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第1話


秋、と訊かれれば子供は何を答えるだろうか。

読書の秋や食欲の秋なんて今の子どもには古臭いと言われ、さらに月見なんてテレビや絵本、大人たちの会話で出なければ忘れてさえいる。

なら、秋といえば何と答えるのだろうか。


「あぁ~、寒い」


10月もそろそろ終わりになることを知らせるように外の空気はひんやりと冷たく、風もまた秋の木枯らしとなって寒さを助長する。

なんて酷い寒冷コンボなのかと思わせるのに、街の悪趣味な雰囲気は俺にトドメを刺しに来ている。


『Happy Halloween!!』

『Trick or Treat!』


そんな(のぼり)やカボチャの装飾を見ると自然に溜息が出てくる。

上着の内ポケットからスマホを取り出して画面を見れば今日は10月30日と表示されている。


「明日、か……」


憂鬱だった。それもこれも一通のメールの所為だ。

何かの間違いであってほしいと確認のためにメールを開けば幼馴染からの誘いのメールがある。

今日の昼ごろに来たメールだが未だに返信していない。

内容の確認は届いたときにしているが、その内容の所為で現在進行形にて俺は悩まされている。


「仮装パーティーなんて恥ずかしすぎる。年を考えて言えっての」


私服のセンスと金が無い俺の普段の格好はジャージがほとんどだ。

元々は服のサイズが合わないことが多すぎて面倒臭くなり、高校に入ってからは私服は自然とジャージになっていた。

通気性が良くほのかに暖かさがあるジャージに、最近では抗いがたい魅力が溢れているとさえ思ってるくらいだ。

これに勝てるのは冬場の毛布のみぐらいではないか?


「って、現実逃避しててもしょうがないんだけどさ」


はぁ、と溜息を吐いてポリポリと頭を掻きながらスマホをポケットに入れる。

結局のところ選択肢は二つに一つだと分かってるくせに、何となく返信を遅らせている。

気付かなかったフリでもしようか。それとも催促のメールでも来てからにしようか。返信しなければ来ないと勝手に思ってくれないだろうか。

そんなことを考えながら町に一つしかないデパートへと入店する。

一階から五階まである此処は、一階には食料品店や携帯ショップ。

二階には雑貨店が並び、三階には衣服、四階にはゲームセンター。

五階にはレストランなどの飲食店が幾つか入っており、外の景色を見ながら食事を楽しめるようになっている。

そんなデパートの中はハロウィン一色となって、外の冷気を遮断して暖房によって暖められている。

加えて言えばカップルや親子によって雰囲気も一段と明るい。


「ん~……まさに地獄から天国。まぁ内装はかなり地獄めいてるけど」


魔女や吸血鬼、ミイラや狼男などファンタジー色の強い格好をした店員がデパートには沢山いた。

きっと明日には客も仮装してさらに大賑わいと化すのだろう。

まぁ、逆に明日になって店内が普通に戻っていたら仮装した客は涙目だろう。

デパート側がしかけた大規模な悪戯だともいえる。


「それはそれで俺みたいな奴には面白いけど。さて、と」


明日に備えてハロウィンの飾りつけを買う親子や恋人たちを尻目に、俺は安くなっているであろう菓子類コーナーへレジ籠を持って一目散に歩き出す。

幸せそうなオーラを放つ連中なんて目の毒でしかない。

なるべく視界に入れないようにしつつ菓子類コーナーで安くなっていて、お得そうな菓子類を物色する。


「……チッ。何が『オマエこれとか似合うんじゃねぇ~?』だよ。『これスカート短いんですけど~! ヤラシィ~♪』だよ。家かホテルでやれよ。そのまま高齢化問題も救ってろ、クソが」


途中で遭遇したスマホを見ながら恋人たちのチョコ以上に甘ったるい会話に舌打ちしつつ、ブラックチョコでも食べようかと手に取ったときだ。


「あっ。魅加石じゃん」

「ほんとだ、ミカチーだ。こんなところで何やってんのー?」

「っ」


現在一番会いたくなかった男女の声が俺を発見した。

溜息を吐きたくなるのを意識的に抑え、何故か妙に重たくなった頭を彼らに向ける。

どちらも知り合いという言葉では括れないほどの知り合い……というか幼馴染の二人だった。


「タカとカスミか」

「なんだなんだ。暗いじゃんか。明日はハロウィンだってのに」

「そうだよー。それに私が送ったメールの返信も無いしぃー」

「ええー? マジかよ? おいおい明日はパーティーやろうぜ。パーティーは人数居たほうが面白いじゃんか。なー?」

「ねー♪」


会って早々に会話を放棄したくなる誘いに我慢できずに溜息を吐く。

二人とも幼稚園の頃から仲が良くて何時も三人で遊んでいたほどの仲良しだった。

だがまぁ、時が立つに連れて二人の関係が変わったのだから……色々と面倒になる前に俺が距離を置いた。

いつの間にか二人の恋愛相談を受けている中学時代は何の拷問かと思ったが、幼馴染ということで無碍にも出来ずに話を聞いていた。

その甲斐があったのかは定かでは無いが、二人は高校入学とともに付き合い始めている。

それは構わないのだが人と話してる時でも腕を組んでイチャイチャするのは止めてくれませんかねぇ?


「パーティー、ねぇ」

「何だよ、ノリ悪いな。もっとテンション上げろよなぁ。他の連中だって来るんだし」


タカこと高広がそう言うと、彼のポケットから流行の着メロが響く。

悪い、と謝ってから高広がカスミと俺から少し離れて電話に出る。

話し声から察するにパーティーに来るほかの人物からのようだった。


「やれやれ。アイツも物好きだ」

「えっへへ。イイ彼氏でしょ? 優しくてカッコイイし、背も高くて面倒見もいい。サイコーの彼氏よ♪」

「へぇへぇ。聞き飽きたよその惚気話。でもまぁ、そうだな。俺とは全くもって正反対だよアイツは」

「ミカチー……」


電話で話をする高広の姿はまるで何処かのサラリーマンのように見える。

幼馴染とは違う接し方、人との距離感をよく解っている言動。

きっとそれは現実的な将来の姿なのかもしれなくて、ふと自分はどうなのだろうかと思う。

なりたい職業や未来への目標など欠片もなく、何となく今の人生を怠惰にを生きている。

重要な選択を重要だと思わず、無気力な面白味の無い人生。

それは《生きている》と言えるのだろうか? それは《生かされている》と言わないのだろうか?

嫌なことを振り払うように、何気ない風を装って思ったことをカスミに訊ねてみる。


「そういや、カスミはどうしてタカと付き合うことにしたんだ?」

「え?」

「いや、何となく気になったんだ。何か切っ掛けがなかったら漠然と仲良し三人組のままだったのかと思ってさ。決め手みたいな事があったんだろ?」


う~ん、と頬を指で掻きながらジッとタカを見つめるカスミ。

タカを見ているのに見ておらず、遠い記憶に思いを馳せているようだ。

そしてチラっと俺をの顔を見て少しだけ困ったような笑みを浮かべる。

さらに前置きとばかりに「タカには内緒だよ」と口の前に人差し指をたてる。


「実は……小学校くらいまではミカチーのことが好きだったの」

「………ワァーオ」

「あっ、嘘だと思ってるでしょ? ホントなんだからね?」

「日本式のブラックジョークだろ? 屋上に呼び出して『これ、彼に渡して?』ってラブレターを取り出すような展開だ。ありがちなパターンだよな」


男からのラブレターならあったけど、と心の中で呟く。

今夜、このホテルでお前を待つ。

などと書かれた《果たしラブレター》を変わりに渡すように言われた俺も、渡されたアイツも不要なトラウマを抱えそうになったものだ。

職員室のシュレッターに美味しく頂いて貰わなければ、どんな目に遭うかなど想像もしたくはなかった。


「大丈夫? 顔色悪くない?」

「大丈夫だ、問題ない。けど余計に気になるな。何があったんだ? 俺の記憶じゃ喧嘩したことも無かっただろう?」

「うん、喧嘩じゃないよ。ただ……気づいちゃっただけ。同じ道を歩いてても違う景色を見ている人なんだなぁって」

「……随分と遠回りで分厚いオブラートに包んでくれてありがとう。おかげで心が砕けそうだ」

「そうそう。もっと感謝しなさい。人と合わせるのが苦手で面倒臭がりで、さらに女の子に無関心すぎるダメ男くん」

「オブラートは包んだままにしとけよ、チクショーめ」


何もかもが的確だと思った。

実際問題、俺には彼女の言葉に何一つとして言い返すことが出来ない。

あるとすれば《女の子》に関心がないのではなく、《他人》に関心がないということくらいだ。

《自分自身》を除けば世界中の人々は《他人》だ。

例え《クラスメイト》であっても、《幼馴染》であっても、《家族》であっても俺には《他人》としか思えない。

それが《興味》や《関心》の乏しさに現れていることも知っている。

薄情な奴だと言われたこともある。

けれど人は簡単に変われない。

なにより、そもそも変わりたいとも思っていない。

人との繋がりが大事だという常識は、今はもう……無いに等しいのだ。

だから今日も昔と変わらず、退屈で怠惰で周囲を妬む毎日を繰り返すために幼馴染の彼女に反論するのも面倒臭くてテキトーに謝ってしまう。


「まぁ何だ。悪かった。俺もガキだったってことだ」

「今もでしょ」

「そんなことねぇ――「いやぁ~、悪ぃ悪ぃ!」――遅かったな」

「だから悪かったって。つーか何の話? 何か盛り上がってたじゃん」

「助けてタカくぅん。なんかナンパされちゃったぁ」

「んなっ! それは幾ら親友の魅加一でも許さないぞ!」

「………面倒臭ぇバカップル。長い惚気話を聴かされそうだし俺は帰るぞ」


抱き締め合うカップルに溜息を吐いて、目当ての物や新商品の菓子をレジ籠に入れて歩き出す。

地球温暖化を加速させるのも少子化をくい止めるのも家でやってればいいなどと思っている俺に、背後から普段と変わない声でタカが声をかける。


「明日来いよっ! 絶対に来いよ!」


そんなアイツの言葉に俺は明確に答えるでもなく、ただ手を挙げるだけという何とも情けない有様だったことに少しだけ気分が悪くなった。


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