踏み躙る思い
俺は千那と一緒に椿の家に戻ってきていた。
「はぁ、一応桜さんは帰りが遅くてよかったよ」
「なんか問題あるの?」
「お前との関係をどう言えばいいんだよ。一応桜さんの妹の婚約者だぞ」
「そりゃあもう、互いに求め合った仲?」
「だから問題しかないんだよ」
間違ってはいない。
千那もまた昔の俺を見ていた。
その昔の俺を求めて俺に突っかかってきていた。
まぁ、多分それ以外にも理由はあるとは思うが大半の理由はマジでそれらしいから笑えない。
「とりあえず部屋に行くか」
「椿ちゃんとの愛の巣に?」
「なんか言い方に棘がない?」
「別にー僕は事実を言ってあげただけじゃん」
そうして部屋に入るとそこには…
「あれ、なんで那奈と華がいるんだ?」
「私がいたら都合が悪いことでも?」
「勇馬、私ともデート!」
「って、華!飛びつくな!」
なんでこんなことになってるんだ?
てか、華やめろ。
痛い腹を絞めるなこれは殺人級の締め技だぞ。
声が出ない…てか、意識が
「あ、華ちゃん、ストップ!これは死んじゃうから」
千那が華を引き離して俺はようやく落ち着くことができた。
そして、改めて四人の姿を見る。
「これで揃ったってことだな」
「そうだね。勇馬君。私は久しく皆が揃ったことを嬉しく思うよ。まぁ、私たちの大将は嬉しそうじゃないけどな」
「だってさぁ、僕としては常に命を狙ってくる子が一人いるんだよ。真っ向勝負ならいいけど寝首を掻かれるのはごめんだよ」
千那は華を見ながらそう言う。
当の本人は気にした様子もなく俺の方に媚びにくる。
なんか、華のたまにある行動が腑に落ちたが正直今の俺にはこれだけで情報過多になっている。
「と、とりあえず本題に入ろうぜ。このままだと何も進まずに終わると思う」
俺の言葉にそれぞれ返事をする。
そして、俺はこれからの目的について話し出す。
今回は言ってしまえば俺は本条家という枠組みから解放されれば何だっていいと思っていた。
その枠組みは自分の入るべき枠ではないと勝手に思っていたからだ。
しかし、結局今の自分も過去に持っていた自分も捨てることはできず今はどっちつかず。
でも、
「今の本条 勇馬から逃げる事はもう終わりだ。俺は本条家当主になる」
「なるほど、婚約に関しては破棄するという事でいいのかな?」
「そういう事だな」
「ふむ、ならこちらからは桜姉さんでも嫁に出すとするかな」
「そういう話は後にしてくれ……あと、丁重に断らさせていただきます」
「ほぉ、私のほうがいいと」
「そういう話じゃねぇよ」
なんでだろう一向に話が進む気配がない。
ここは強行突破しかないか。
「とにかく、俺は当主になることは確定だ」
「そもそも自由が欲しいなら私と結婚した方が早いと思うが?」
ガタッ
「それは…血は見たくないな…」
「私も流石に三人とやるのは命が関わってしまうな」
「あ、いえ、私はそんなつもりじゃ」
「やだなぁ僕がそんなことするように見える?祝福するよ。まぁ、その時はね」
「勇馬が幸せならいけどそうじゃないのなら私でもいいよね?」
那奈、千那、華の順で言い訳をするがいや、言い訳か?
ただの殺人予告とかの類にしか聞こえないのだが、まぁ那奈は唯一の良心と考えおこう。
「まぁ、他にも当主になる理由はある。立場があることによってこれまで以上に動きやすいことが増えるからな。だから、協力してくれるか?」
「勿論だとも」
「僕はオッケーだよ!」
「私も大丈夫です」
「勇馬がそう言うのなら」
さて、これで俺達の動きは決まった。
さぁ、戦争をしようか。
**
「そんなことで私を呼び出したの?」
「いや、お前しか頼れる人はいないんだよ」
俺は次の日、円華を近くの公園に呼び出していた。
「はぁ、まぁいいけど要件はしっかりと言ってくれないと困るよ。私も今日の仕事わざわざキャンセルしたんだから」
「本当にすまない。俺のくだらない要件のために」
「い、いや勇馬の誘いだし。私自身がこと…じゃなくて!兎に角、本条家の今の動きを知りたいわけね」
彼女はそう言ってスマホを確認し始める。
「てか、私以外にも寧々とかいたけどいいの?あの子結構根に持つからできればそっちを通してからの方が助かるんだけど」
「あー…それは…ちょっとあってな」
「なるほどねー、分かったわ。後で寧々にも話を通しておく。仲直り…したいでしょ」
まるで俺の心の内を見透かすように円華はそう言う。
それと共に俺のスマホに着信が届く。
「今のメールに本条家の日程があるから確認して。直近だと当主の就任式かな」
「ありがとう、これは準備が立て易く…」
俺が不敵に笑ってると円華が俺の服を引っ張ってきていた。
「次は何をするつもりよ」
「なんて事のない昔と同じ悪戯だよ」
俺はそう言ってそっと後ろ向いて歩き出す。
「ただ、今回は奪われたものを奪いに行く最低な悪戯だけどな」
「っっ!だめ!あなたは本条家を敵に回す気?」
「敵に回すも何もようやく勝つために必要なものは揃ったからな。それに俺は負けず嫌いだ。負けたまま終わるってのはちょっとムカつく」
千那の顔を思い浮かべる。
昨日も負けて今度こそ勝つと言う意識が強くなっている。
千那も負けず嫌いだから一生どころか来世を使っても終わらない勝負を繰り返してんだよなぁ。
ちょっと自分のしてたことに染み染みとする。
「なら代案として…私と婚約しない?」
「は?」
円華が急に変なことを言い出した。
いや、そもそもなんか引っかかるぞこのタイミングで婚約話は。
なんか、あったような
「今の本条家は分家の四家との繋がりが薄いから私と勇馬が結婚すれば…当主になれるよ」
あー思いっきり聞いたことがある。
そうだ、俊介が揶揄って言ってた寧々と結婚した時のメリット的なやつだったような気がする。
「いや、それは
「私がダメなら寧々ちゃんでもいい!お願い行かないで」
そのまま去ろうとする俺の腕を掴む円華。
俺は言葉が出なかった。
きっとずっとそうだったのだろう。
俺が目を逸らしてきたものがそこにあった。
震える手に僅かに潤んだ瞳。
まるで迷子を見てるような気分になる。
「もう、私たちを置いてかないで」
答えが出ない。
今ここで円華を突き放すしかない自分がもどかしい。
しかし、ここで突き放してしまえば寧々の時の二の舞だ。
あぁ、何で残酷なんだろう。
今の自分と向き合えば向き合うほどに裏切りたくないものが増えてくる。
そして、裏切らないためには何かを裏切らなくてはならなくなる。
でも今の俺にどっちかを選ぶことはできない。
なら
「待っててくれ。今度は絶対に戻ってくるよ」
「信じられないよ!だってそう言って前はいなくなったじゃん!私たちを置いて行ったじゃん」
そうだった…な。
でも、今は行かないといけない。
「寧々にも伝えて必ずまた会おうって」
今は振り返らない。
やれることはやった。
あとはその先に進むだけでいい。
「…待ってよ」
その声に今だけは振り返らずに
**
初夏の夏休みに入ろうとする日。
本条家にて当主の就任式が行われようとしていた。
夕日傾く和の屋敷の扉が開く。
そこからゆっくり歩いてくる存在がいた。
「…みろ、あれが天馬様だ」
「あんな若いのに当主に任命されるのかよ」
「仕方ないだろ…いまは不安定なんだ」
その存在、天馬に対して色んな憶測を飛ばす参列者達は拍手をしながら奇異の目で見ていた。
「あまり騒ぐな響鬼様は何が逆鱗か分からない」
「「す、すいません」」
参加者の中で唯一大きな力を持つ四家の一つ南条 壱火は参加者達を諌めながらも当たりを見回していた。
(にしても早過ぎる…確かに20年前に本来当主になる者の逃走によって当主はもう歳の行ったバァさんがしている。だが、まだ15の歳で任命されるものではない)
壱火は現状のおかしな点を並べていくがそれが一体何かわからない。
「壱火様、広間に向かってください」
「わかっている。他の三家はどうしている?」
「北条家は現在、向かってるとのこと。西条家はいつも通り無断欠席。東条家はここには参列されずに広間で待機しております」
「なるほど、いつも通りか」
壱火そう言いながら広間まで案内されて座る。
「南条家とは珍しい人が来るものだな」
「まずは挨拶からだろガキんちょ」
「そうだな。東条家当主、東条 俊介。もう会わないだろうがよろしく」
「っつ!南条壱火だ」
(こいつも若い。どうなってんだ明らかに14…いや、13…小学生にだって見えるガキが当主だと?)
「嘘ではないさ。ご覧の通り東条の紋章はしっかりと所持している」
「おい、今俺の考えを…」
「普通に考えれば分かると思うが?俺は幼いことは自分も理解してる。それなら自ずと相手が抱く疑問も分かる簡単な話さ」
壱火は言葉が出ない。
明らかに早熟なんて域を超えた達者な口ぶり。
そして、明らかに落ち着いた雰囲気と視線は彼の口を塞ぐに十分だった。
壱火ずっと気を張り詰めた状態でこの場所を過ごすことになった。
そして、一方で俊介は
(ふむ、南条が来たということは監視でもするつもりか。まぁ、現状考えたらキリがない。俺はやることをやるだけ。ここで駆け引きなんざ性に合わねぇしな)
壱火のことなど気に留めることはしていなかった。
彼が見てるのはその先にいる当主、いや、元当主である本条 響鬼。
かなりの歳の入った風貌をしており見たところ七、八十はいってるだろうか?
そんな彼女がじっと奥の場所に座っている。
そして、東条はそのすぐ右であり、現状向かいの今回くるはずの北条家のものを除けば俊介が二番目に一番偉いことになる。
そして、北条家の当主がやってくる。
それは豪快な大男であり、
「ほぅ、東条家に新しい当主が着いたのは知ってたがまさか、こんなガキとはな」
「北条 伝具だったか?当主に年齢は関係なはずだったが?」
「はっはっは、面白いことを言う。私と対等に立ったとでも?小僧」
「あんたは東条家を敵に回すつもりか?」
「っっ!それはごめんだな。勝てても残るものもない争いだ」
俊介の威圧共に出る脅しに伝具は怯む。
北条家は確かに一番強い家だが、東条家はそれとは別の方面で強い家と言える。
武力の北条であるのなら
諜報の東条とも言われている。
要するに互いに拮抗しており下手すれば北条家は簡単に東条家に潰される。
故に誰も東条家に逆らうことはできない。
「そうだ、南条お前の娘まだ歌手なんて儲かるか分からん商売してるのか?」
「え、あ、まぁしてますね。子供の夢ですし」
「全く南条のところは甘いなぁ」
「へぇ、厳しくし過ぎた結果子供に逃げられた親は言うことが違いますね」
「うぐっ、それとこれとでは話が別だろう東条」
痛いところを突かれた伝具は言葉に詰まらせるがすぐに持ち直して声を荒げる。
「そうだ!お前らに依頼した俺の娘の件はどうした?見つかったのか?」
「娘さんなら死んでますよ、以上」
「ちょっ!」
「これ以上話すことはない。散々なことをしておいて感傷するなら後にしてもらって…そろそろ始まるぞ」
周りが静まりかえる。
相変わらず西条の席は空きのまま着任の儀が始まる。
一番手前の襖がゆっくりと開かれ、そこから天馬がゆっくりと歩いてくる。
(やっぱり器じゃねぇな。だが才能はあいつよりあるか)
俊介は天馬を見てそう思う。
(まだ弱いな…精神も何もかも)
伝具はそう評して瞑目する。
その顔は苦渋に歪んでおりとても他者に見せられた顔ではなかった。
(傀儡を作るだけの当主着任…それを見ることになるとはな)
伝具は目の前で起きることに耐えられずにいた。
彼自身かなり歳はいってるもののそれでも彼は自分にとって辛いものを見るのが苦手だった。
いや、元はそんなものではなかった。
辛いものは捻り潰す。
そんな意気込みの人間だったのだが自分の娘が自分の元から消えた時に現実と向き合うのが段々と怖くなってきていた。
(歳には勝てないか…いや、ただ怖くなっただけか)
無情にも話は進んでいき、そして
「では、本条 天馬を今この時より本条家当主に…」
終わるはずだった。
突然襖が開かれて、現れるのはひとりの男は使用人だった。
「今取り込み中なのだがね」
「申し訳ありません。しかし、現在侵入者が…」
そこまで言った所だった。
そのタイミングで使用人は蹴り飛ばされる。
「全く酷いな。俺も一応当主候補としているわけなのだからな」
その蹴り飛ばした本人は足を上げならそう言う。
周りに合わせた袴が妙に様になっている少年はそうニヤリと笑って歩を進めていく。
そんな少年の前に立ちはだかったのは伝具だった。
「おい、貴様。誰だか知らないが今は取り込み中だお引き取り願おうか」
「だから関係者だと言ってるだろ」
「俺はお前を知らない。それだけでお前がここに入る資格はないと言っても…
「ちょっと待ってくれないかい伝具」
伝具の言葉を止めたのは意外にも壱火だった。
それに対して伝具は威嚇をするが気にする様子もなく壱火は話し始める。
「君がそれを咎めることはできないのだよ」
「どう言うことだ?」
「そりゃ、北条家の当主でもない君がここにいることがおかしいのだからね」
「何を言っている?俺は当主だぞ」
「いいや、残念ながら君は当主ではない。今の北条家をまとめる当主は彼だよ」
「どう言うことだ!家系にこんなのがいるところ見たことないぞ。系列の者ども!答えろ!」
伝具の命令に対して北条系列の家は誰一人として答えない。反対に少年に傅き頭を垂れていた。
「はぁ、北条…お前の知らない北条家の系列一つ心あたりないのか?」
その様子を眺めていた俊介は呆れるようにそう吐き捨てる。
それを見た伝具は至る。
自分以外、全員が初めから知っていたのだ当主から落ちていることに。
「まさか、響鬼様!」
「いや、私も知らなかったね。まさか受動的なあんたがそんなことをするなんてね。本条 勇馬…いや、北条 勇馬」
「どっちでもいいさ。あんたから本条家の名ももらうつもりだからな」
「…まさか、お前…亜子の」
「子供に捨てられた親は黙っててくんね。それに俺はまだ北条の当主じゃねぇしな」
勇馬はそう言って首を振る。
本条に連なる四家にはそれぞれ当主の継承条件がある。
大抵のものは消えてしまっているが北条家は残っているものであり、その条件は
「あんたを武力でもって倒す。それがあんたから当主を奪う最後の条件だ」
不思議なもので本条家の分家に連なる四家はそれぞれ当主に特定の分野で勝つと言うのが当主になるための条件である。
故に勇馬が挑むものは「当主への挑戦」と条件を知るものたちから呼ばれている。、
「ほぉ、ガキが調子こくなよ」
「あんたこそ過去に縋って老いから目を逸らすなよ」
ニヤリと笑う勇馬は構えを取らない。
自然な様子で構える。
その次の瞬間、伝具は勇馬の目の前におり拳を振りかぶっていた。
明らかに間に合わない。
誰もが見逃していた伝具の動き。
まるで消えたように彼は動く。
無駄はなく、音もなく勇馬の前に…
「凄いけど遅い」
伝具の顎が蹴られる。
拳を振り切る前のことによりも前に蹴られた伝具は何もわからず地面へと落下する。
「これで俺の勝ちだな」
「ま、まだだ」
伝具は立ち上がる。
地面に直撃した衝撃と顎に直撃した痛みで彼の意識は朦朧としており、気合いで最早立っていると言っても過言ではなかった。
(負けられねぇ。ポッと出の小僧に任せられるほど本条家っていうのは甘い世界じゃねぇんだよ。悪いがこの戦い何度でも)
立ち上がるところに勇馬の拳が飛んでくる。
的確に顔面を狙って一撃。
体制が崩れる伝具はすぐに持ち直そうと飛びかかるが…
「頭に張り付くこれ常識」
伝具の側頭部に膝が飛んでくる。
それを伝具は寸でのところで防ぎ膝蹴りのために飛び上がった無防備な勇馬に攻撃しようとする。
だが、まるで空中で移動するように勇馬は体を捻り肘を立てる。
それは伝具の後頭部に直撃して、再び伝具は地に伏せる。
「頭って…どこの狩人の常識なんだか…」
周りは伝具が倒れたことに驚いてる中、一人俊介だけは呆れるようにそう呟く。
(これは本当に彼が当主のなるのかい…想像以上の実力だ)
壱火は勇馬堂々とした戦いに見とれている。
だが、
「まだ立つのかよ」
勇馬の驚きの声をあげていた。
そう、伝具は今まさに立とうとしていた。
立ちあがろうともがくところを踏みつければ勇馬の勝ちは決まる。
だが、勇馬はそれをしなかった…いや、出来なかった。
(今から俺は踏み躙らなければならない。この覚悟も意地も…でも、なんだろうこの気分や感覚は。少しくらい…見たい。この覚悟や意地を。変な気分だな)
笑う。
いや、嗤う。
勇馬の目の前にあるのは自分に欠けている決定的な何かにも思える。それと同時に似ているところとも思える。
勇馬はその思いに興奮していた。
**伝具
一体、何が原因だったのだろうか。
あの日、娘は唐突に姿を消した。
確か娘が16になる頃だっただろうか。
それと同時に本条家の方でもゴタゴタがあったらしいがその時の俺はそれどころではなかった。
北条家は表では本家の家を齧ってるだけのくだらない家だ。
しかし、裏はどこまでも醜いものだった。
本条家へ反発する組織や家の始末。
武力にものを言わせたお偉いがたへの政治的圧力。
時には人身売買とかだって手を出していた。
どこまでもあいつそれを許さなかった。
俺だって昔は嫌だったさ。
でも、もう後戻りはできない。
根深い罪。
あの頃の俺は北条家の当主でもなかったのもあり何もできなかった。
「なんでこんな事を…信じられない」
ある日の仕事の時に娘に言われた言葉。
あの時は確か…
どっかの社長を殺したんだったか。
その娘が確か娘の友人。
なんともまぁ皮肉な話だ。
その次の日、現実を受け取れられなかったか女は姿を消した。
探すなという書き置きだけ残して。
「これは俺が背負うべき…罪だ…誰かに押しつけてたまるか」
立ち上がる。
目の前で当主になろうとしてるのは自分の孫だ。
尚更、こんなところでやられる訳にはいかない。
安堵
恐怖
絶望
悲しみ
喪失
虚無
殺意
不安
ありとあらゆる負の感情が交わり壊れていくこの世界に子供を立たせる訳にはいかない。
「うぉぉぉぉ!!」
視界がひっくり返る。
次は蹴りが頭に入ったらしい。
後からくる痛みでそれがわかる。
この男は頭にこだわっている。
それならばそこを狙う。
再び気合いで立ち上がり…数える。
1
2
3
10
100
こない、いや違う。
入った。
『超越者の境地。それを目指すといいよ。それはありとあらゆる時間、感覚、認識、全てが速くなり、己を完全に支配できる境地』
娘に逃げられて間もなく、当主になる前にあった少女の話を思い出す。
これが境地。
全てがコマ送りのように見える。
今まで見えなかったものが見える。
こいつの動きが止まって見える。
受け止める。
その瞬間には思うように腕が出る。
ここで初めて攻撃が当たる。
だが、浅い。
でも、その一手は大きなものだ。
それはこいつも感じてる事なのか。
一歩下がられる。
しかし、その踏み込みより早く俺は動けた。
もう、一方的な戦いは終わりだ。
もう、子供に辛い世界を見せないために。
**勇馬side
「っふー」
一体何度目だ?
いや、何度目とかそんなレベルじゃないな。
ある一定の瞬間から伝具の早さがおかしくなった。
攻撃等が速くなったのはあるが違う。
認識できる感覚そのものが俺とは異なっている。
微細な動きさえも認識して情報として取り込んこんでるような気さえする。
一番の問題は…
『超越者の境地』
だと思う。
確信があるわけではないが、多分その境地に伝具は入っている。
でも、実際『超越者の境地』ってどんなのかわからないんだよなぁ。
今の現状で見ればさっきとは状況が真逆。
一方的に俺がやられている。
『領域について知りたい?えー、僕って感覚で使ってるからよくわからないけど。領域っていうのは自身のエネルギー利用範囲の拡張って言うのかな〜。あ、それの対になるのであるのが超越者の境地って言うやつなんだよね〜』
とか、なんとか言ってたがそう言われると確かにとしか思えないレベルで理不尽だ。
だが、やはりさっきからおかしいな。
この戦いをやめたくない。
決着を付けたくない。
伝わってくるんだ。
この心地よい感覚と想いが…
(もう、嫌なんだよ。こんなくだらない家で苦しむのを見るのは)
こんな優しい重い気持ちが伝わってくる。
それだけで俺はやる気が出る気がする。
でも
「もう、いい加減諦めろ」
「…それは無理な話だ」
「お前は
「俺とあんたは他人だ。孫ですらない。捨て子だからな」
「…それでもあいつの子供なら俺の孫だ」
「ありがたい話だ。でも、だからこそ無理な話だ。第一、あんたの事情なんて知ったことか。自分一人で背負えば全てを救える?この代で終わらせれば終われる?」
そう、彼の考えはそもそも継承しないこと。
そんなものは無駄だ。
東条家がそれを証明した。
東条家元当主も同じことを考えていたが俊介が無理矢理受け継いだ。
確かにこのままなら北条家だけは消える。
でも、それじゃダメなんだ。
この家を壊すなんてそんなことでは出来るわけがない。
これは長年培ってきた深い深い業。
いずれ四家に戻りまた繰り返す。
俺がやることも伝具がやることも一時凌ぎにしかならない。
ならば、どうするか?
いずれくる腐敗が止められないのなら…
『本物』を見せればいい。
再び、この本条家の意味を教えてやればいい。
「だから終わらせられない。あんたにとっても俺にとっても誰にとってもこの結果で満足するのは勿体ないだろ」
「そうか」
伝具は短く返事をして瞑目する。
「ならば本気で潰すだけだ」
やばい、相手は超越者の境地に入ってる化け物だ。
例え能力を使っても勝てる相手ではない。
だが、だからどうした?
「ふーっ」
『勇馬は多分…んー、領域かな?だからまずは感じることを考えて。目で世界を見るんじゃなくて感覚で世界を感じとる』
分かるか!
と、話された時は言っていたが今なら少しだけ分かる気がする。
ほんの少しの予備動作、息遣い、筋組織の動き全てがわかる気がする。
やばい、頭がパンクしそう。
そんなことを考えてる間に目の前に迫ってきていた。
やばっ、情報量の多さにパンクしてる間に…
パシンッ
自然と動いた体は伝具の腕を弾いていた。
触れた?
いや、そういうことか。
考えるじゃない。
伝具の腕を払い、膝を受け止め、反撃の一撃を避けられる。
まだ、読めるようになっただけだ。
次のが来る前に考えろ。
勝つ手段を…今一番に必要なものは
「倒れろおぉおぉ!!!!」
あ、そっか…これだ。
熱いものが込み上げてくる。
頭が真っ白になり何かが弾けるような感覚が俺を襲う。
「え?」
次の瞬間、世界が僅かに違って見えた。
まるで世界がひっくり返ったような不思議な感覚。
曖昧で飛んでるような浮かんでるような地に着いてるような感覚だが、確かに今ここでの現実に変化はない。
だが、今俺の見てるものは違うものだった。
見えてないものが見える。
ただ、全てが遅く見えるわけではない。
大量の情報が瞬時に入って処理される。
それは決して目を通した情報だけではなく、無数の感覚や能力…正確に言うなら霊格による拡張空間全てを把握できる。
その範囲は50メートル。
一対一ならまず負けることのない範囲。
俺はそれを利用しない手はない。
伝具の攻撃を弾く。
ここで初めて互いの力が拮抗する。
「あんたの事はわからない。それと同時にあんたも俺のことは分からない筈だ伝具!」
「うるせぇ!俺はお前を当主にする訳にはいかない。こんなくだらない世界で終わらせねぇ」
「あぁ、そうだな。だから俺は当主になる」
拳と拳がぶつかる。
振り抜きが良かったのは伝具の方。
その力は俺の方が押し負け負けそうになる。
だが
「こんなもの!」
千那と比べれば練度もクソもない。
同じ境地に立てると言ってもその練度は天と地ほどの差だ。
例え同じ高さにいても負ける道理はない。
「っっ!バカな」
押し勝つ。
バランスを崩した伝具に今の俺の攻撃を避ける術ない。
「俺の勝ちだ伝具。祖父はとっとと引退しておけ」
ドォン!
顔面に入った一撃は大きな音が鳴り響き伝具を屋敷の外まで飛ばす。
勝ったと大きく息を吐く。
「これで俺は北条 勇馬は当主となり正式に本条家の当主候補に入ったはずだ」
俺は響鬼のババァに問いかける。
だが、答えは返ってこない。
油断は一切ない。
何故、答えがないかは分かりきっている。
「もう、諦めてくれ」
「まだ…だ」
振り向かずに俺は伝具と話す。
彼は立ち上がり続行の意思を見せる。
体はボロボロでフラフラな彼は多分目の焦点すら合っていないであろう。
俺が上手く見えてるのかも怪しい様子でゆっくりと歩いてくる。
段差で躓き転び、倒れ、立ち上がり、また倒れ、這いずり、立ち上がり俺のところまで来て拳を振るう。
トンッ
しかし、そこには力はなくただ痛みもなく触れただけの手は震えている。
「クソォッ!もう、殴る力すら」
トンッ
トンッ
トンットンットンッ
トンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンットンッ…
「クソッ…クソッ…クソォ〜…俺は…俺はぁ…」
倒れる音が聞こえてくる。
そして、涙を流してるのか嗚咽が聞こえてくる。
これが
「お前たちに…平和で平穏な世界を…世界を…与え…たかった」
俺の踏み躙った本当の思いだ。
「おめでとう北条 勇馬。君はこれより当主候補だ」
そんな言葉がとても虚しく聞こえた。
継続投稿が相変わらずできない作者ですいません。
読んでくださりありがとうございます。
出来るだけ早くテンションを維持して投稿できるよう頑張ります。




