炎と虎龍の軌跡 答えと願い
炎が辺りを散らす。
陸也は刀を振るい、炎を弾き火鎚に届こうとする。
しかし、それは叶わずに先ほど弾いた炎より大きな質量で押しつぶされる。
それでも陸也は倒れない…屈しない。
『なぜ折れない。かつての英雄よ』
炎の魔人はそんな陸也を見てそんな疑問を投げかける。
それに対して陸也は軽く笑って前を再び向くだけだった。
『気に入らん』
炎で一蹴しようとする。
しかし、更に戦況が変わる。
炎が切り裂かれる。
そんな中、呟くような声が次第に大きくなるように陸也は口ずさむ。
「切り裂け…そして、伝えよ…我は信念を持つて道を切り開くものなり!」
その瞬間、陸也の刀が煌めく。
目の前にある光景は一種の幻想だった。
「俺は出来損ないだ…」
陸也の言葉が何より寂しく辺りに響く。
「人災に侵され、人を失い…それでも英雄であり続けた…出来損ないだ」
炎の魔人には理解できない。
陸也の言葉の意味を…陸也の心の内を…
「それでも、俺の信念を持ってしてテメェの盲目な考えを切り裂いてやる!」
**ヒヅチ
目の前はあたり一帯を焼き払った跡。
しかし、そこに死体はなく目の前に火傷だらけの男が立っていた。
「ようやく理性を戻してくれたか…」
男はそう言うと笑う。
しかし、俺の中に一つの疑問が浮かぶ。
「なんで、あんたは俺を殺す実力があるのに殺さないんだよ!」
そう、目の前の男は明らかに俺を殺せる。
しかし、なぜか俺を殺さない。
「んなもん、自分の信念に従ってしなかっただけだよ」
理解ができない。
なのに分かってしまう。
あぁ、こいつもかよ…くそっ、希望なんてそんな願いなんてもう無いと思ってたんだけどな…
「まぁ、言っちまえば…俺も人災だから分かるんだよ…」
「え?」
「辛いだろ。ただそんな気は無いのにずっと人類の敵にされるのがよ。
分かるんだよ。俺は英雄なのに人災の出来損ないだからよ」
俺は知らなかった。
英雄も人災になることがあるのだと…。
「だからよ、こんな俺達でも生きる方法…考えようぜ」
そう言って男は手を差し伸べてくる。
俺は戸惑いながらも手を出す。
そう、この日…俺の心が救われた瞬間だった。
**ユキトラ
俺が目を覚ました時には朝になっていた。
場所は普段から俺が寝ている場所で変わりばえのしない筈だ。
だが、しかし…昨日のことは…あの少女はと戦って負けた筈だ。
なら、なぜ俺は死んでないのか…それとも昨日のことは夢だったのか…それともこれ自体が永遠に醒めない夢なのでは無いかという言い知れない恐怖に襲われる。
しかし、それが違うとすぐに分かる。
「お前が『虎龍』か?」
その言葉に俺は警戒する。
目の前の茂みからひとりの十八くらいの少年が出てくる。
いつでも殺せるように俺は爪を立てて睨む。
「おぉ、聞いた通りだ。
そして、なんて悲しい瞳をしてんだか」
少年はため息を吐きながらそう言うとゆっくりと俺のもとへ近づいてくる。
俺はその瞬間、飛びかかろうとする。
が、俺は途中で動けなくなった。
それは相手が強いわけでは無い。
ましてや、俺や相手が何かしたわけでも無い。
ひどく単純なこと、簡単におそらく体を引き裂くことはできるだろう。
しかし、それを俺しなかった。
怖いのだ。
この少年は初めから攻撃の意思がない。
武器も持たずに無防備に俺のもとに向かうだけ。
俺が攻撃しようとしても身構えもしない。
ー怖い…怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
恐怖…
そんな感情で一色に染まる。
俺は逃げた。
そんな恐怖から逃げて目の前の少年から逃げた。
**ヒヅチ
あれからどれだけの時が経ったのだろう。
英雄…いや、陸也と生活を共にしてから随分の時が経ったような気がする。
今のところ、『ガイロ』は表に出ずにことなきを得たがこれからもそうとは限らない。
いや、違う。
分かるのだ。
もう、時間がないのだ…ガイロを抑え続ける時間が…。
あの日から共に歩んでくれる陸也はそのことをわかっているのか何も言わずにいつも通りに過ごしていく。
そうして過ぎていくある日の夕飯、俺は意を決して陸也にそのことを打ち明けようとする。
「陸也、ちょっと真面目な話がある」
「ん、どうしたんだ?お前がそんな真剣な表情なんて」
マイペースにも陸也は先ほど狩った鳥の肉に齧り付く。
俺もそれを見て気持ちを落ち付けようと余ってる肉を火で炙りつつ齧る。
「それで話というのだが…」
俺は話す。
自分の人災が抑えられないこと、それはもう長くないこと…。
俺は少しずつ話していく。
そして、全て吐き終えた頃には高かった日も沈み綺麗な満月が真上から俺たちを照らしていた。
「それで、お前はどうしたいんだ?」
陸也は話を聞き終えて一番に放った言葉はそれだった。
「いや、俺以前の問題にあんたに俺はこのままだと…」
「だから、どうしたいって聞いてる」
「え?」
理解できなかった。
陸也はまっすぐと俺を見据えて一切の陰りも曇りも見せずに俺に言う。
何をどうすればいいのか俺には分からない。
何を選べるのか俺には分からない。
「どうしたいって…」
「あのな、ヒヅチ。
俺は初めからお前の人災について知ってたし覚悟の上なんだ。
お前が死にたいと言うのなら俺は死んでも止める。そして、お前がそれでもなお生きたいと願うのなら俺はそれを全力で手伝う」
俺は…
「まぁ、俺には思いつかない第3の選択もある…だから、選べ…そうすれば俺はお前を止めるなり何なりとできる」
分からない…でも、一つ確かなものとしては俺は陸也に救われた。
人災から救ってもらったのではない。
ただ、自分の心を救ってくれた。
俺に温もりを思い出させてくれた。
俺に生きていいと言ってくれた。
だから、俺は…
「俺は…」
陸也は黙って俺の言葉に耳を傾けてくれる。
わかってる…こいつはそういうお人好しだ。
ムカつくくらいのお人好しだ。
だから、俺は陸也を信用できた。
だからこそ…
その瞬間、込み上げてくる。
『ガイロ』の侵食がどんどんと行われていく。
タイミングがいいのやら悪いのやら分からない。
でも、これだけは伝えなくては…
「あとは、自分でやるから…逃げてくれ」
その瞬間、呑まれる。
不思議と今までとは違い意識は存在する。
しかし、体の主導権などは奪われて俺は再び『ガイロ』となる。
炎が吹き荒れる。
しかし、陸也は立ち止まったままだった。
「悪いな…ヒヅチ」
ー何で…
『ガイロ』は陸也を標的と定めて動き出す。
炎が陸也を殺さんと放射される。
「お前の選んだ答えを聞き届けられない」
その瞬間…炎が霧散する。
それは陸也の持つ刀によるもの…。
そんな中、俺は困惑する。
何で、何で逃げないんだよ!
止まれ…死なせたくない…殺したくない!
しかし、炎は止まらない。
左半身が『ガイロ』に侵食され、黒い鎧が生み出される。
そして、炎の貫手が陸也を射抜かんと放たれる。
しかし、陸也は避けるだけ…いや、正確には武器を取り出して防いではいるが決して俺を攻撃しようとしなかった。
それを見た『ガイロ』の攻手はより激しくなる。
それでも陸也は延々と刀で弾き続ける。
圧倒的な実力差…しかし、陸也は一切攻撃をしてこない。
それでいて俺の方が損耗が少ない。
なぜなら、炎程度ならいくらでも生み出すことができ、かつ人災特有の溢れ出すエネルギーによっていくら力を使っても無理をしても簡単に治っていく。
それが何時間も続いていく。
俺もどうにかしようと必死になってるがどうすればいいか分からずに時間が経つばかりだった。
そして、それが起きる。
陸也の負ける瞬間が…。
もう既に陸也の体のあちこちが火傷で黒ずんでいる。
いや、燃えているのだろう。
そして、貫手によって傷口から焦げて抉れている部分までもある。
見るからに痛々しい様相に俺は目を逸らしたくなる。
「なぁ、やっぱりお前はどうしたいんだ?」
しかし、陸也はそれだけを言って笑う。
どうしたいかって…
決まっている。
しかし、俺にはそれが許されない。
そんな資格俺にはない。
数多の命を奪い…あらゆる命を犠牲にして生き延びた俺が言えることじゃない。
『私はただ生きるだけ…そのためにいる』
声が聞こえる。
ひどく懐かしい最近まで聞いてなかった声…『ガイロ』の声だ。
「そうか…。
なら、それが正解なのか?」
その瞬間、俺の中に怒りの感情が流れ込んでくる。
これは俺の感情じゃない。
間違いなく『ガイロ』の感情…。
『お前に何がわかる!お前に何が言える!
何かに縋らねば一瞬で消えてしまうような我が一体どれだけ苦しい思いを…苦しい思いをしたと思っている』
それは正真正銘の『ガイロ』そのものの叫び…。
そして、炎が形作り…陸也にとどめの一撃が放たれる。
はずだった。
そう、はずだったのだ。
「よくやった…『信念』
あとは俺に任せろ」
そう、目の前に突然現れた俺より見た目だけでも年下であろう17くらいの少年が剣を持って俺の炎が出ないように腕を抑えたのだ。
まるで喰われたかのように炎は消える。
『何者だ!』
反射的に距離を取り身構える。
しかし、それに対して全く意を返さずに少年は陸也を落ち着けさせていた。
「…やめろ…あいつを…」
何かを止めようと陸也は呟く。
しかし、声は思った以上に響かない。
それでも少年は聞こえたようで笑う。
「安心しろ。
お前の信念をしかと見届けた…『信念』の英雄。
だから…」
少年は俺の方にようやく向き剣を顕現させる。
「英雄『北条 勇馬=*****』が救ってみせる」
その言葉に偽りも取り繕いもない。
そう、陸也と同じ…俺を助けようとする人間の目…。
何でだかわからなくなる。
俺はもうどうしようもない化け物だ。
なのにどうして見捨てない?
何で逃げない?
どうして、そうまでして救おうとしてくれるんだ?
**ユキトラ
雪が降り始める。
故郷でもあの国でもあまり見なかった雪だ。
真っ白なものが落ちて辺りを覆い始める。
それを見ると何故か儚い気持ちが強くなる。
そう、まるでその一つ一つがあの災害で死んだ人々だと思ってしまうほど静かで虚しい気持ちを誘う。
「ここまでくれば…」
「全く、いきなり逃げんなよ」
一息を吐こうとしたと瞬間にあの少年の声が聞こえる。
俺はおそるおそる振り返る。
そこには何にも変わらない無防備な少年が立ってるだけだった。
そう、何の変哲も何もない一般人と間違えてしまう。
しかし、そんなわけがない。
ただの少年がこんな場所は来れない。
ましてや人間離れした速さで走れる自分に追いつけるわけがない。
「何者だ…」
俺の問いに少年は少し迷った様子を見せた。
しかし、ふと何か思いついたように笑う。
「そうだな、俺は英雄だよ」
その答えを聞いた瞬間、俺は少年の後ろに回り込んで爪を立てる。
そして、切り裂こうとした瞬間、叩き落とされた。
少年にではない。
そう、昨日戦った少女が俺を止めたのだ。
「ちょっと、何で守ろうとしてないの!」
「いや、だってこいつは理性的だろ?」
今のやり取りを俺は理解できない。
いや、正確には理解したくなかったのかもしれない。
「さて、話を聞いてもらおうか『虎龍』」
そう、今思えばこれがすべての始まりなのかもしれない。
**火鎚
目を覚ます。
長い長い夢を見ていたようだ…いや、まだ夢だった。
目の前にあるのは真っ暗な闇…。
その闇はまるで俺の答えを待つかのように僅かに揺らめいているように感じる。
『俺は存在してはいけないのか?』
声が聞こえる。
『生きることが悪なのか?』
また、聞こえる。
何故だろう。
最初は俺の声のはずだった。
しかし、今の声は俺以外の何かだった。
いや、知っている筈だ。
この声を…。
そうしてるうちにどんどんと声が聞こえてくる。
それのほとんどは俺の声であとは全部聞いたことあるような無いような…。
しかし、不思議とこの中に『答え』がある気がした。
いや、実際もう気がついているのだろう。
俺は『答え』を見て見ぬ振りをしてきただけなのだ。
この声は紛れもなく俺だ。
いや、正確には俺の中にいる『ガイロ』の声…。
「見つけた…」
それが正解なのか…それとも間違いなのかわからない。
しかし、その答えを俺は選んだ。
それしか無い。
それが一番良い選択である。
ただ…それだけだった。
そうして、俺はまた自分の深層心理の中で眼を覚ますのだった。
決着をつけるために。
**雪虎
俺は目を覚ます。
そうすると、俺はいつものように台所に立ち朝飯の準備を始める。
そうしてると今日見た夢を思い出す。
その夢は懐かしい原初の記憶。
「俺の…願いか」
わからない。
しかし、わからない筈がないのだ。
なら、何故わからないのか?
それはどこかで抜けてしまった。
いや、正確には履き違えてしまったのだろう。
そう、どこかで俺は間違えたのだ。
だから、今もこうして悩み続ける。
「今日も良くできてるのう」
そうして、悩んでるうちに食事の準備ができる。
爺さんは先に席について俺の作った味噌汁などの香りを楽しんでいた。
かといって行儀が悪いわけではなく、漂う香りを楽しんでいるようだ。
まぁ、それがわかるようになった辺りかなり慣れたものだ。
「「いただきます」」
二人で手を合わせて挨拶。
そうして、二人同時に別々のものを箸でつまみ出す。
自分で作ったにしては美味いなと思いつつも考える。
結界内では時間の間隔が違うから正確なところは分からないが大体1週間近くここにいる。
その間、ずっと俺は人災にうなされていた。
その度に考えさせられる。
俺は何故こうも人災の力を扱えないのか…。
そうして考えてるとどんどんと時間が過ぎていき、気がつけばいつものように爺さんとの対決になっていた。
「ほれ、また」
そう言われると同時に正気に戻る。
どうやら、また人災に呑まれていたようだ。
俺はなんとか勝とうと全力で剣を振るう。
しかし、それらすべていなされて反撃を食らう。
ーまだ、足りない
僅かに意識が真っ白になる。
それだけで理性では分かった。
俺は今呑まれてると…。
しかし、本能が暴れ出し結局はいつものように爺さんから連撃をくらい飛ばされる。
どうしてなんだ…どうして勝てないんだ。
なんで、俺は強くなりたい。
なのに…こんなことに意味があるのかよ…。
気がつけば不甲斐ない自分が悔しくて仕方なかった。
負けたくない…何も守れない自分にはなりたくない。
それでも、自分を見失って大切な誰かを失うのはもっと嫌だ。
いやだ…
だから…俺は…俺は…
力が湧いてくる。
不思議な感覚に捕らわれる。
俺は…何をしたい。
強くなりたい…。
何のために…
守るために…
俺は守るために強くなりたい…俺の中で何かが弾ける。
しかし、それは一瞬のことだった。
「今のは…惜しいぞ」
その声を聞いて…俺は
何かを忘れてるような気がした。




