氷の記憶
「お前…本当にそれ望んでいるのか?」
その一言が氷の玉座の間で響く。
そこにいるのは完全なる無…。
冷たく…何もない少女の姿と平凡で凡庸な少年だった。
「…」
少年の問いに答えるものは無かった。
無言が雄弁に語る中、少年は歯軋りを鳴らして拳を握っていた。
「分かった…なら、お前の間違いを教えてやる…」
その言葉と共に氷の玉座の間は少年の敵となった。
いくつもの氷の礫が少年に向かう。
少年はそれを避けて突き進む…死を恐れないかのように…。
氷は全方位から舞う…しかし、少年もそれと共に舞い続ける。
そうとしてまで少年を駆り立てるものがある。
そう、それが例え誰も望まない結果を生み出すのだとしても…。
*******勇馬*********
午前2時現在…俺はそっと外に出ていた。
「準備は…良さそうだな…」
俺はカバンの中身などを確認すると、ゆっくり深呼吸をしながら空を見た。
よく見れば綺麗な月がわずかに雲の隙間から見え隠れしており、あたかも幻想的な感覚を醸し出していた。
俺はそれを見て少し和むとカバンを持って歩き出す。
その時、俺の体がライトに照らされる。
「どうやら、答えは決まったようだな…」
声がした方を向くと一人の男がバイクを止めて俺にそう言った。
「あんた…なんでここに?」
そう、その男は疾風だった。
まるで分かっていたと言わんばかりのタイミングと言葉に俺は言葉を詰まらせる。
「ただ…お前なら今行くだろうなと思っただけだ…」
疾風はそう言って俺をじっと見る。
「どうやら…迷いは今の所ないようだな。
行ってこい」
「…おう?」
「なんで疑問形なんだ?」
「いや、急すぎて少し…」
俺がそう言うと疾風はふふっと笑う。
どこか遠くを見るような目をして疾風は可笑しそうに笑う。
「とりあえず、行ってくるよ」
この状況に耐えられず俺がそう言うと疾風は再び真顔に戻って頷く。
それを見た俺は安心して走り出す。
自分の答えをぶつけるために…。
「おう、行ってこい!
明日の体育祭、俺達が見に行くんだ…せめて、最後の種目くらいは出ろよ!」
俺は後ろから聞こえる声に手を挙げて答える。
****************
実のところ言えば俺は利差のいる場所を知っていた。
知っていて見て見ぬふりをして来た。
怖かったから…でも、もう迷うことはない。
扉の前に俺は立つ。
ここは学校の体育倉庫の隣にある謎の小屋…俺はどうしても行こうとは思えなかった。
友人からの誘いも断るつもりだった。
俺は意を決して扉を開く。
そして、目の前にあったのは氷…。
凍えるような寒さと檻の芸術のように入り組んだ氷。
「見つけた…」
俺は辺りを見回して利差を見つけるとそう呟く。
正直、今の利差は本当に利差なのか怪しかった。
それでも分かった…それでも気が付けた。
姿は氷に包まれており分からないが身体のほとんどが氷に成り代わっているのだろう。
敢えて言うなら氷の魔人と言ったところだろうか。
「…来ないで…」
いくつも反響した声が響く。
辛うじて利差だと認識できる声は拒絶の意を見せてくる。
俺は構わずに歩き出す。
「来ないで!」
瞬間…俺の頭に揺さぶられたような衝撃が走り俺は止まってしまう。
いや、記憶が入り込んでくる…。
たった一人だけでいつも石を投げられて親ですら自分を見ない…そんな少女の感情と情景がなだれ込んでくる。
俺は直接脳を揺さぶられる感覚に頭を抱えるが、すぐに気がつく。
「違う…そうじゃない…違うんだ利差!」
そう、次に流れ込んで来たのは幾人もの人間が氷の彫刻に変わっていくその光景。
そして、最後に…俺や皆帰達が氷の彫刻に変わっていく。
違うこれは記憶じゃない…利差の戒めだ。
自分は無自覚に誰かを殺してしまう…自分は他人を不幸にするという…戒め。
「何が違うの…私は殺した!
私はあの人達を殺した!
他でもない私が…この力で!」
俺は首を振る。
違う…そう、違うのだ。
「お前は…お前の力は…俺達を殺さない…」
俺は絞り出すように声を出す。
しかし、それは届かない。
「違わない!
私は彼らを殺した!
あんなにも仲良くしてくれた彼らを!」
さらに俺の頭に感情が流れ込む。
それと同時に俺の中に刻まれた記憶も揺さぶられる。
利差が言っている殺した人間を俺は知っている…利差が滅ぼした軍の数を俺は知っている。
ただ…思い出せない…昔の俺はどうやって利差をこの状態から救ったのか…。
ー立て…思い出せ…自身の罪を…自身の弱さをー
その瞬間、俺の脳に直接声が鳴り響く。
聞いたことがある…この声は…。
俺は分からずに立ち上がる。
それと同時に更に大きな感情が流れ込む。
氷に変わっていく人間…利差の願い…。
「私は化け物なの…私は人を殺す…良い人も悪い人も友人も家族も他人も関係なく殺す…」
利差の言葉を聞けば聞くほど思う。
「違う!そうじゃない!
お前は…俺を殺さなかった」
歩み出す…一瞬だけ利差の感情に戸惑いが生まれた。
だが、俺の頭にこびり付くこの感覚は一向に消えない。
ー記憶を遡れ…分かったなら我を手に取れー
少しずつ…少しずつ俺は記憶を探る。
あぁ…そうだ。
やっと言葉にできた。
「利差…見せてやる…お前の力がなんなのか…見せてやるお前の真の意味で恐れたものを…」
俺は走り出す。
分かる…この声の正体が…。
これは俺自身だ。
その瞬間、俺の目の前に俊王が顕現される。
この剣は俺の力…俺の中に眠るもう一つの力だったんだ。
故にこの剣の中に俺の記憶の一部は眠っていた。
俺は剣を手に取り、氷を切り裂く。
そして、中から利差の姿が現れる。
俺はすかさず剣を利差に向ける。
それを見た利差は黙ってそれを受け入れようとした筈だった。
そう、剣は利差に届く前に俺は氷に体を蝕まれた。
「…っっ!」
俺はその感覚と痛みにやられて声を僅かに上げる。
「なんで…なんで勇馬が?
私は…死のうとしたはずなのに…」
利差は顔に手を当てて崩れ落ちる。
涙が流れていた。
俺は体が氷になっていく感覚に逆らえずに少しずつ意識が遠のいていく。
(そうだ…そうなんなだよ…お前は死にたいなんて望まないんだよ…いくらそう考えても自ら拒絶しちまうんだから…)
それが…最後に俺が考えたことだった。
****************
「一体、どういうことだ?
あの馬鹿共を殺すつもりか?」
ポツリと溢れたように見える情景。
そこには俺ともう一人…椅子に座っている小太りの男がいた。
「いや〜君の忠告を聞いてね、あの人災から手を引こうと考えたんだよ。
そこで、彼らにあの人災を見てきてもらおうと思ってね」
「なぜ…そうなった?」
「君は言っただろ?
こちら側から手を出さなければ彼女には危険はないと…それとも何かね?
何か言えないことでもあるのかな?」
その時の俺はとても怒っていることが分かった。
まるで別人のように考えが纏まっており、真っ直ぐ前を見据えていた。
「俺だけじゃ証明ならないのか?
一応、俺は英雄だぞ?」
「ハッ、面白いことを抜かしおる。
貴様が英雄だと?
口しか能がなく、碌な力を持たない貴様が英雄とは笑わせる!
そんな英雄の言う言葉を誰が信じる!」
その言葉を言われて昔の俺は黙り込んでしまう。
拳を握り…歯を食いしばって耐えている。
そんな時だった…昔の俺に変化が起きた。
「っっ!お前、何をした!」
「流石は英雄の称号を持っているだけはあるな…。
遅かったようだな…どうかな、虚言吐きさんよ…俺はあいつらに自分達の親を殺した人災だと親切に教えてやったんだよ」
そうだ…実際、身寄りのないあいつら昔の俺だから知っている。
でも、おかしいなら、なぜ彼らは死んでいない?
「人災も可哀想に…ある程度の信頼を得れた瞬間に彼らが自分の親殺しだと自覚するのだからな…。
ここで私が言うのも何だから手紙を使って時間差で教えた気遣いが変な方向に飛び火したものだ。
まぁ、人災とは言えでも死んでしまったかもな…身内からの裏切りなのだから…」
「…」
その瞬間、俺の中には絶望だった。
誰かが…死んだ…勿論、それもある。
しかし、違う。
この世界の人間の愚かさに対して見誤っていた。
「どうした?
ショックで声も出ないか?
仲のいい人災が死んで苦しいだろう、私は優しい人間でな、すぐにでも人災と手を組んで街を滅ぼそうとした大罪人として後を…」
男は何かを話していたがその言葉が途切れた。
「もういい…お前は間違いを起こした…。
一つだけ冥土の土産に教えてやろう」
俺はゆっくりと顔を上げて転がっている男の首だったものを見下ろした。
「人災になりきっていない奴には条件がある。
あいつの場合は自分に向けられた負の感情と害のある全てなんだよ…」
昔の俺はいつの間にか抜剣していた剣を鞘に納める。
「この…大馬鹿野郎…どうしてなんだよ。
どうして…あいつのような奴らが苦しまなくてはいけないんだよ…」
その時、俺と昔の俺の感情が一致していた。
ー間違っているー
そう、間違っている。
だから、俺はここで初めて少女を傷つけるために剣を手に取った。
殺すためじゃない…間違いを正すために…道理に合わないことをねじ曲げられた平等を壊すために…。
****************
朝焼けの光が僅かに差し込む…。
利差は勇馬の亡骸を見て涙を流していた。
自分が殺した…ただその罪だけを自分に問いただし続けた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…私は…私は…もう人には戻れない…」
自分を殺すことはこの人災が許してくれない中で利差は嘆き続けようとしていた。
そして、その悲しみが徐々に呑まれていき…利差は完全な人災へと形を変えていく。
「さようなら…ありがとう」
利差は自分の体が呑まれていく中…前を向く。
そこには勇馬が立ち上がっているように見えた。
「…ごめんなさい」
最後の言葉をポツリと零した瞬間…氷が全てを支配し始める。
と、思えた。
「やらせねぇよ」
瞬間、氷が砕け散る。
あたりに砕けた氷が舞う。
氷の侵食がその瞬間止まる。
そう、そこに立っていたのは北条 勇馬だった。
****************
俺が立ち上がり、利差を見ると言葉が聞こえた。
ーごめんなさいー
憤りを感じた。
これまでにないくらい。
今の俺じゃ利差に敵わない…それでも…救いたかった。
そんな言葉で全てを終わらせるわけにはいかなかった。
そんな、悲しい結末で全部…失うのは嫌だった。
だから…。
辺りに氷の侵食が始まる。
全てが氷に支配されると思われた。
「やらせねぇよ」
俺は氷を砕いた。
その瞬間、利差…いや、人災が俺に向く。
氷の侵食は止まり、あたりに砕けた氷が飛び散っていた。
「俊王…俺の記憶と力を喰らえ」
俺は覚悟を決めた。
もう…引き下がらないと…。
「だから!俺に教えろ!お前のことを俺の力を!そして、力を俺に教えろ!記憶を俺に教えろ!」
その瞬間、俺の力が一気に喰らわれる。
それと共に辺りの氷が喰われ氷が消えていく。
「これが俺の記憶のカケラ…」
俺が自分の力を馴染ませる…その瞬間だった。
氷の礫、槍、侵食が俺に迫る。
それらは俺に迫り来る。
だが、もう…遅かった。
一閃の光が走る。
それは俺が剣を振るった一閃であり、剣から放たれる光だった。
俊王に秘められた一つの力がここに現れたのだった。
己の強さを求めたがために作られたこの力が今、猛威を振るう。
あれれ?おかしいぞこの話で戦闘回を終わらせる予定だったのに…。
キリがいいように話が行ってしまったからつい次回に持ち越してしまった…。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
おもしろいと思っていただけたなら幸いです。
これからも不定期ですが頑張っていきます!




