禁域3
禁域3
苦しくはない。
私を守ってくれている。
暗闇の中で私はそう思った。
彼女がいずれ復活するのは知っていた。
でも、それはこんな形じゃない。
彼女は苦しんでいる。
もう暴れたくないと嘆いている。
私の願いに反したことをしたくないと泣いている。
ねぇ、誰か助けてあげて。
私はどうなってもいいから
私を支えてきた彼女を救ってあげて…
私の足も首も腕も
無数の恨みが私を殺そうとしてきてる。
私はいいからお願い…
勇馬
**
「シャルロット、シャーロット、二人とも本気でやれ。じゃないと死ぬぞ」
那奈の形をした分体が踏み出す。
息を呑む。
俺はここでどうにかする術を見つけ出さなければならない。
「ひえ、何ですかこれってさっきから猛攻がすごくて死にそう…てか、シャルロット様は平気なんですか?」
「俺は問題ないがやはりヘレネアは外で待った方が…」
何言ってんだシャロットは…おっとこれはちゃんと言わないとダメだな。
「シャルロット、おまえは確かに強い強さだけでいうならシャルロットとシャーロットが重要だろうが…今回必要なのはヘレネア、こいつの力だ」
俺がそう言うと二人が首を傾げている。
おーいヘレネアはちゃんと避けることに集中してくれ、でもシャーロットからは何もないな。
「私は別に疑問も何もないよ」
だそうだ。
とりあえず、どうやって時間を稼ぐかだな。
動き出す。
まず動いたのはシャルロットだった。
彼の能力的にはあまり前に出てほしくないが…
龍の災害をズラす。
さすがはシャルロットと言えるか、彼の能力は向かってくるエネルギーなどの相対位置とベクトルの変更と空間における相対位置の変化である。
故に災害となる炎、雷、寒波などを全て彼の前では簡単に操作できるもの…だったらよかったんだけどな。
「格は相手の方が上だぞ」
俺の警告を聞いたシャルロットは顔を歪めて即座に身を引く。
それは、ズレたはずの力が軌道修正されたからに他ならない。
「シャーロット!」
俺はシャーロットに呼びかける。
彼女は杖を持って即座にエネルギーを外に放出する。
彼女の能力は魔法と世界定義の一律化だ。
魔法というのは根本的には世界に存在する法則を元に作られた技術だ。
個人差ないその力はエネルギーの有無だけで大抵の現象を再現できる。
津波が起きる、噴火が起きる雷鳴が轟く。
だが、向こうもそれでは終わらないガシャドクロが災害の合間を縫って巨大な手を振り上げている。
「全く、あんまり得意じゃないんだけどな!」
俺の放つ炎がガシャドクロの手を防ぐ。
炎に物理的な概念は無い。
違う、ただ物理概念のある炎がその場にあればいいだけである。
とは言っても、誰でも使える技では無い。
さっきの男の炎のおかげでそれが可能であり、理屈だけで再現できるものでは無い。
「ヘレネアはとりあえず、待機だ。ここぞという時に飛び出せ!」
「うっさいな!てか、そんなものを見る余裕があると思う!?」
俺相手だと言い方が乱暴だな。
まぁ、いい。
見る余裕がないなら余裕を作ってやる。
「シャルロット!シャーロット!」
「なんだ?」
「何?こっちも魔法の維持が大変なんだけど」
二人ともただ、ガシャドクロと龍に苦戦している。その奥にいる分体二つの…いや、もう一つ目が復活した。
とりあえず、たった2体で3人の戦力を使っている。
この状況は非常によろしくない。
「俺を信じることができるか?」
俺の問いかけに
「さぁな、俺はお前があまり好きじゃない」
「私は信じられるよ、てか、シャルロットは相変わらず素直じゃないな」
「姉さんは黙っててくれ!」
…
心の中でちょっとした暖かさがある。
これは感情…そして心。
その意味は
「本物をここで見せてやる」
二人から光が溢れてくる。
「ほらシャルロットからも光から出てる辺りやっぱり素直じゃないな」
「あーもう!そういう証明の仕方はやめろよ!」
二人とも猛攻に対処しながら姉弟喧嘩なんて器用だなぁ。
今ここで…本物を呼び出せる。
幾重もの絆、その信頼、
それに応えて
奇跡を
勇気を
力を
生みださん!!
「信頼と、絆の剣…『俊王』!!!!」
世界が割れんばかりの震えが発生する。
炎が、雷が、津波が…全ての災害から音が消える。
「バージョン『理』+『干渉』」
その剣はまるで神々しいように眩く。
確かに俺は俊王を失った。
だが、その剣は自分の記憶を封じた偽物にすぎない。
正確には例え俺から俊王を取り出しても、俺の絆から生み出される剣こそが俊王であり、俺の手にあるこの剣が俊王である。
俺の自己意識と認知認識の極致たるのがこの剣。
動き出す。
抑える相手は少女型と那奈と同じ姿のタイプ。
あとはシャルロットとシャーロットがどうにか…
桜が舞い散る。
「しまっ…」
体が分解される。
だが、即座に立て直して体を再生させる。
「あいつの炎が残ってなかったら今頃死んでたな」
この炎は活性と再生の役割があり、今の俺の生命線とも言える。
「あの桜が厄介だな」
俺の独り言に
「なら私が抑えようか?」
シャーロットが反応する。
「いや、平気か?」
「んーっと、あれだけならなんとかなると思う。あれって概念干渉系の毒っぽいし」
「それをどうにかできるお前も大概だな!」
シャーロットの言葉に安心して走り出す。
意識の外から来る斬撃。
それを俺は防ぐ。
少女型は確実に隙を狙ってくる。
今のは偶然ではない。
シャルロット、シャーロットの二人が来てくれたおかげで俺の使えるエネルギーの幅が広がり、霊格系技能、制空権を使用できている。
これは霊格による一定領域内の情報を常に掌握し続ける能力であり、高い情報処理能力と空間ないに霊格を維持させるための多量の霊格のエネルギーが必要となる。
まぁ、言うなれば領域の基礎だ。
「これでもう不意打ちは防げるけど…」
純粋に少女型と那奈型は強い。
圧倒的技量と動き、身体スペック、全てにおいて今の俺を上回っている。
時間稼ぎは短そうだ。
**
「疑問があったんだ、那奈さん…いや、あなたは那奈さんじゃない」
私こと祈は目の前にいる少女に問いかける。
このアカシックレコードの記録内での案内人が那奈さんの残滓だった。
私はそう勘違いしていた。
だって初めて入るのだから当然だし、そういうものだと思っていた。
「…なんで気づいたの?」
「それは…あなたが死のうとしてるから…かな」
「それでなんで那奈じゃないと?」
「この記憶の那奈さんじゃない、彼女はずっと死場所を探してるように見えてね」
私はポツリと呟く。
そして記憶が勇馬との決着となる。
『…なんで殺さないの?殺せば彼女は本物は解放されるんだよ。そうすれば本物が表出して私だけが消えて万々歳ってね』
皮肉混じりに溢した笑みはどこか引き攣っている。
目の前にいる少年、勇馬は今とどこか面影を残しているが決定的に違う点があった。
それはその目。
「彼はあんなに優しい目をしてたんだね」
私の言葉に目の前にいる那奈さんではない何かも記憶の中の勇馬を見る。
「そうだね、彼は残酷でとても…」
勇馬がポツリと呟く。
『お前を否定すれば俺は俺を否定しなくてはいけない』
『なに?』
『いや、なんでもないさ。今は君がとても危険な存在なのかもしれない。でも、君はいずれきっとまた誰かのために必要になる』
確信も根拠もない勇馬の言葉。
『ふざけないで!そうやって勝手に生み出して勝手に利用して、勝手に異物だって扱って…私は死んだほうがいいの!』
苦しみ、
それは様々な後悔や結末の結果だろう。
私にはこの時代に何が起きて、彼女たちが今どういう状況にあるのかわからない。
でも、
「あなたは覚えてるはず、自分が殺してきたすべての人を」
那奈さんのフリをしたものは黙り込む。
「仮にも那奈さんの情報を持つアカシックレコードの管理者、それなら忘れるわけがない!あなたの中にずっと眠ってるんでしょ、苦しかったことも、悲しかったことも、辛かったことも…全部、全部!私に教えて!」
**
私の自意識が目覚めて最初に認識したものは少女の叫び声だった。
苦しそうに悲痛そうに、叫び続けている。
感情が流れ込んでくる。
泣かないで。
そんな、自分を卑下しないで。
君は誰よりも強い子だよ。
こんなに誰かを守りたいと願って
こんなに誰かの幸せを願って。
大丈夫、私が君を守るから。
私が君の願いを叶えるから…
だから泣かないで。
君を苦しめる全てを私が遠ざけるから。
「ほん…とに?」
うん、本当だよ。
「なら…もう…これ以上、私と同じ目に合う人を…出さないで」
わかった。でも、きっと、君の望む結果は得られないよ。
「わかってる…でも、私も背負うから…私もその罪を背負うから…お願い、こんなどうしようもない世界…を…一緒に」
わかった。
任せて…
君が私に意思をくれた。
君が私に願いを教えてくれた。
だから、君を守るよ。
君が平和に笑えるその時まで。
時が経った。
私はちゃんと笑えてるだろうか、
私はちゃんと彼女の代わりになれてるだろうか?
村の大人達は私に対して無能と言った。
そうだ、私は守護者として地脈から生まれたもの…。
でも、私の役目は彼らの言うことを聞くことじゃない。
良いのだろうか…
本当に私はコレをして。
いや、しないといけないこのままでは彼女のような人が那奈みたいに苦しむ人が増えてしまう。
私が守らないと私が終わらせないと。
「どんな感情を見せてくれるの?ねぇ、教えてよおじさん」
目の前で彼の愛した人を拷問する。
「何が目的だ!」
「地脈を利用するための方法」
「それを知ってどうする気だ!」
「それを破壊する。もう二度と彼女と同じ苦しみを受ける人がいないように。良いから話せ」
指を落とす。
残酷だろうと何であろうと私はしなくてはならない。
この村での不幸を少なくするために。
「ふん!お前に何に何がわかる!大勢を救うために少数の犠牲が必要だ!人間のふりをした化け物には分かるわけない!」
そうかもしれない。
でも、私は彼女の思いを叶えたい。
「ならお前達が死ぬしかない。そうすればこんなくだらない因習も終わる」
「ふん!それは村を最終的に滅ぼすことになるんだぞ!」
「そうかも…でも、私が全部退ける、私が全部殺す。何があってもこの村を守る」
首を落とす。
その日、私は村の長となった。
嘆いている。
泣いている。
苦しんでいる。
それが正しい感情なのだろうか?
私にはわからない。
私の思いは全て彼女に教えてもらったことだ。
でも、私の中に眠る彼女はずっと泣いている。
私に謝っている。
違うよ。
君がそうさせたんじゃない。
私がそうしたかっただけなんだ。
だから泣かないで。
私が守るから…私が叶えるから。
私は戦い続ける。
「お前さえいなければ、こんなことにはなっていない!」
無数に落ちてくるエネルギーの塊を私は受け止めながら村人達の罵声を受け止め続ける。
体を壊しながら私は人々を守る。
でも、守り切れずに死んでいく人々がいる。
私に石を投げつける子供、罵声を浴びせる大人。
私は何のために生きてるのだろう…
私は何のためにこうしてるのだろう?
ダメだ、守らないと…守らないと、
心が死んでいく、
心を殺していく。
ただひたすら誰かを守るために…
気がつけば私は白骨化していた。
それはそうだろう、私が私を殺した。
『お前さえいなければ』
『お前のせいだ』
『お前が死ぬべきだった』
無数の怨念が纏わりつく。
それはやがて巨大となっていき。
そして私は生者を食らっていた。
やめて…
お願い。
こんなことしたくない。
『俺の代わりに死ねばいい』
『もっと生きていたかった』
『夫も一緒に…』
やめて、誰かにそんな思いをぶつけても意味ないよ。
ただ、苦しみ人が増えるだけだよ。
お願いもうやめて。
私はこれ以上…
泣いている。
苦しんでいる。
でも彼女は叫ぶこともできない。
やめてよ…
これ以上、あの子を苦しめないで。
必死に怨念を引き剥がそうとする。
だが、その抵抗が強く人々を喰らっていく。
もうやめて!
お願い、君たちだって守りたいものがあったはずだよ!
君たちだって救いたいものがあったはずだよ!
君たちだって生きたい理由があったはずだよ!
これ以上誰かからそれを奪っちゃいけない。
これ以上誰かに苦しみを味合わせちゃいけない。
必死に足掻き、引き剥がし
気がつけば私は桜になっていた。
無数の怨念が花弁となり、全てを枯らしていく。
これは毒だ。
私の選択、その結末が…これ…
でもよかったこれ以上誰かを…
村で何かしてる?
アレは…
だめ、アレと交渉なんて…
アレは君たちを喰い尽くす。
やめてよ、お願い…もうこれ以上誰も苦しんでほしくない。
疫病が流行る。
薬が流通する。
あの綺麗な村は無法な掃き溜めとなっていた。
そして、全てに絶望した人が私の下に来て桜の花弁の毒によって桜の木の下で死んでいく。
守らないと…止めないと…誰か…誰か…誰かじゃない…私しかいない。
気がつけば私は少女の姿となっていた。
まずは奴らを殺した。
次に奴らを手引きした奴らを殺した。
「ひぃ、」
私を見て怯えている。
でも、私はそれで良いと考えている。
支配するしかない。
恐怖でも何でも良い、これ以上苦しみを生まないために私が悪となろう。
薬を使うもの、奴らと繋がりを持とうとするものを一人残らず殺していく。
「あはは、変なの?君たちは私のおかげで生きてるのに」
そう私のおかげだ。
今私がいなければみんな死んでいた。
でも…
ノイズが走る。
隠したその言葉は
「ううん、私が殺したんだよ」
那奈の言葉だった。
彼女は悪くない。
私の選択を間違えたのがいけないんだ。
依代となった彼女は何もしていない。
私が全て悪いんだ。
目の前に映る大人も子供も全て私の敵だった。
「あぁ、なんて悲しいんだろう…何で辛いんだろう、守ってきたものが…みんなアレによって変えられている」
翼が見える。
もう、彼らは人間じゃない。
彼らを殺す。
ただそれだけのことだった。
その日、村は滅んだ。
私の手によって。
吐き気がする。
それでも良い。
私の罪なのだから。
わたしが背負っていくものだ。
陰陽師と名乗るもの達がわたしの前にいた。
彼らに連れられて私は巫女となっていた。
アレらに洗脳された村人を殺したことが功績となったらしい。
私のせいなのに…私のが悪いのに…
あぁ、誰か私を…消して
ひたすら戦い続けた。
どれだけ経ったかわからない。
そこで異質な存在を見た。
私たちの敵だ…いや、違う…
私達と一緒に戦ってる?
敵なのに味方?
彼と出会った。
その当時の名前を私は知らない…いや、これだけは記録されていない。
でも、今の彼の名前は
北条 勇馬が私の前に立っていた。
「ねえ、あなたは誰かを導く存在なんだよね?」
私は気がつけば聞いていた。
「一応そう言うことをしているよ」
そっか、そうなんだ…なら安心だ。
「お願いしたいんだ」
私の口は震えていた。
怖かった。
今からいう言葉がどこか空虚で寂しく感じる。
「私を殺して」
涙を流していた。
そこで自覚してしまった。
私は死にたくないんだと。
そこで理解してしまった。
私は人に…いや
人間になってしまったのだと。
それでも私は
「お願い…もうこの子を解放して、導いてほしいの間違いだらけの私を殺して!」
延々と私にまとわりつく怨念は彼女の精神を蝕んでいる。
ずっと聞こえてくる。
私のせいだと
お前が死ねと…
もっと殺せと
もう嫌なんだ
彼が剣を握る。
あぁようやくだ…ようやく死ねる。
何も感じない。
それもそうか
この体は私の体じゃないんだ。
目を閉じてる私には世界の何も映らない。
あれ、なんでだろう
暖かい。
まるで何かに包まれてるような。
目を開くと彼は私を抱きしめていた。
『…なんで殺さないの?』
やめて
『殺せば彼女は本物は解放されるんだよ』
温もりを与えないで
『そうすれば本物が表出して私だけが消えて万々歳ってね』
私に幸せを教えないで…
死ねなくなるから…
『お前を否定すれば俺は俺を否定しなくてはいけない』
聞きたくない…
『なに?』
『いや、なんでもないさ。今は君がとても危険な存在なのかもしれない。でも、君はいずれきっとまた誰かのために必要になる』
確信も根拠もない勇馬の言葉。
やめてよ私に希望を与えないで…
『ふざけないで!そうやって勝手に生み出して勝手に利用して、勝手に異物だって扱って…私は死んだほうがいいの!』
生きる意味なんであったら死ねないじゃん。
お願いだから…
殺してよ
これ以上苦しめたくないの
これ以上あの子を泣かせたくないの
お願い
『それに君の中に眠る那奈が悲しむだろ?』
何を…言ってるの?
悲しむ?
何を根拠に
こんな私なのに…
こんな私がいいの?
なんで?
そんなの妄言だ。
そんな要素だ
そんなの都合のいい世界だ。
だってそうじゃなきゃ私の罪が
私のしてきたことへの対価が成り立たない。
『何きっと、君の存在とその意味の答えを出してくれる人が現れる』
やめてよ。
私が生きていいわけがない。
『今はおやすみ…また会える日を』
優しい
残酷な言葉だ。
私はそうして眠りにつき、あの子が目を覚ます。
**
目を覚ます。
これが彼女の最後の記憶…。
アカシックレコードはそんな記憶すらも読み取ることができたことに驚きと共に物悲しい気持ちになる。
「勇馬…答えは決まったよ」
私の一言に勇馬チラリとこちらを見る。
「私は那奈さんを救いたい)
私の出した答え。
それは彼女の中に眠る守護者を殺すこと。
でも、
「今ここにいる彼女も救いたい」
その一言に勇馬が泣きそうな顔をした気がする。
だが次の瞬間には笑っていた。
「わかった」
ただその一言が私にはとても心地よいものだった。
個人的にはとても濃密な回でした。




