九話
「何やってんだよクソっ」
「ごめんなさい、私が目を離したすきに....」
「本当にな、何が親子愛だよ....」
爪を噛みながら吐き捨てるように言う。
「....スティスさん、聞いてください、私ならキアちゃんが何処に連れていかれたのか分かります」
「........」
ライリンを無言で睨む。
「えっと、神だからです」
僕が理由を聞いていると勘違いしたのか。
そうじゃない
「それで、どこにいるの?」
「..奴隷商の所です」
「なあ、聞きたいんだけど....
....なんでそこまで分かってるのにキアが誘拐されるのを防げなかったの?」
責めるように聞く。
「それ..は、ですね......キアさん、ちょっとまずいです、助けてください」
キア?何を言って....
ああくそ、これあれだ、何度か経験して分かってきたが、思考を弄られてるやつだ。
..............
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ごめんなさい。
頭の中でスティスさんにそう謝る。
こうなることは分かっていた。でも私が干渉することは出来ない。だって、そこは私が弄っていいことじゃない。
キアが目を覚ます。
「..ん....ハッ、もしかして私寝てた!?」
スティスさんはそんなキアちゃんを眺めながら、聞く。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。もう外も真っ暗だし」
いや、外が真っ暗になったのはスティスさんが背負って帰るのがメンドクサイ、とか言ってキアちゃんが起きるのを待ってたからじゃないですか。
という言葉を飲み込む。
「え~、あと一個だけ他の店も行ってみよ~よ」
「....もう真っ暗だよ?」
「まあまあ、いいじゃないですかそれぐらい、もしまたキアちゃんが寝ちゃったら私が背負って連れて帰りますし」
「言ったね?じゃあキアが寝たら絶対背負ってよ、後で適当な言い訳するのはナシだからね」
私から言いだしたことではありますけど、これはこれでどうなんでしょうか....
まあちゃんと背負うつもりですけど。
もう私がこのキアちゃんと居られる時間もあまり多くは無い。
私が言うのもおかしい話ではあるけど、長いようで短かった、私には分からないはずなのに。
「それじゃあ、適当に次の店でも探してくるかな」
と言いながら店を出るスティスさん。
この後来る悪い人達のため、私も席を外さないといけないのですが....
「......」
心の底からおいしそうにケーキを食べるキアちゃんをみる。
......私が救うべきはこの娘じゃない。
「キアちゃん、ちょっとだけ、席を外しますね」
「んー、ふぉっふぇー」
私にしか変えられない事、私が変えられる事。最後のピースへとつながる唯一の道、
全てをみえる私だからこそ、『終わり良ければ総て良し』を取れる。その過程で..やめましょう。こんなこと考えたって、虚しくなるだけです。
店を出て、少し離れたところで開かない目を空へと向ける。
器を無くした遥か昔、器を持たない神となった私は様々なものを制限されたが、ある意味で自由となった。
器を無くし見えなくなった、器を無くし観えてきた未来、器を無くし観えてきた過去。
そのすべては変えることが出来ない。私は前には進めない、ただ元へ、振り返る事ならできる。
だからこそ待つ。あの人たち....あの人に最後のピースを託すため。
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「どうしますか?どこに連れ去られたのかは分かっていますが、準備していった方が危険では無いですよ?」
考える。
ライリンの言うように時間を空け、頭を冷やし、計画を練ったほうが安全かつ正確ではあるだろう。
だがキアはどうだ?奴隷商なら拷問とかは無いだろうがそれなりに怖い思いはするかもしれない。
今キアの質を落とすわけにはいかない。まだ甘い汁だけを吸って、幸せな世界の住民で居てもらわないといけないんだ。
「今から行こう、夜なら奇襲が通じやすいしね」
割れながらパッと思いついた割にはいい理由をでっち上げたと思う。
まあまさか後で落とすためにキアに苦しい思いをしてもらうのは困るから急ぐ、なんて言えない。
....この女が何処まで知っているのか分からないけど。
「そうですか....私も行っていいですか?私の責任でもあるわけですし」
「ああ、ご勝手にどうぞ?ただ、役に立つの?本当に目が見えてないのかは怪しいけど、力は使えないんでしょ?僕はキアを優先するから、あなたが危なくなっても助けないよ?」
「大丈夫です、自分の身ぐらいは何とかできる....はずです。
それに、最悪の場合、奥の手もありますから」
奥の手....後で聞いておくか。
正直かなり気になるが、今そんなことに使える無駄な時間は無い。いや、道中にでも聞けばいいか。
「そうか、まあ....とりあえず行くか」
はあ、まさか僕がスーパーヒーローみたいなことをする羽目になるとはね。
「分かりました....具体的な場所は?」
「分かるよ、一度、行ったことがあるからね」
「そう....ですか」
「ん、意外?」
なぜか少し悲しそうな表情をするライリンに問いかける。
「..え?ああ、違いますよ、少しだけ、気になることがあるんです..まあ、気にしないで下さい。
それと、そこじゃなくて奴隷国の方なのでスティスさんが前に行った場所では無いですよ」
「そう、ま、それなら聞かないよ。あと、そっちは場所知らないから案内よろしくね。
それより、さっき言ってた奥の手、力を使えないとか言ってたのに前出してたあの黒い壁と関係があるの?」
思い出すのはイキの出す黒い棘の威力を弱めていた同じく黒い壁。
「あ、はい。それが私の奥の手、ですよ。私の力ではありませんが、私の友人の力を借りてました。
....ん?違いますね、友人に身体を貸していました」
「....さっきあなた、知り合い以上の関係は僕とキアしかいないって言ってませんでしたかねぇ?」
「あ....あ、いえ、嘘は言ってませんよ?....多分。分かる時が来ます」
「まあ今はそれでもいいけど、もし僕の邪魔をするんなら話は別だから、ね?」
「はい、分かってますよ」
「そういや聞いてなかったね、何でキアに親子愛を抱いたのか」
我ながらよく聞かなかったものだ。こんな重要なことを。
「..まあ、これもあんまり詳しくは言えないんですけどね、ずって....ずっと、何回も何回も、観てたからです。観続けてたから、なんですよ」
はぁ、詳しく言えない、ってことは聞いても教えてはくれないんだろう。
ここまでよく分からないことを言われても、ストーカーだった。ぐらいしか候補が浮かばないんだけどなぁ。
「っと、それはいいんですけど、何でキアちゃん突然スーパーヒーローになるって言いだしたんでしょうね」
「絵本でも読んだんじゃないの?キアぐらいの年齢なら感化されやすいでしょ」
何か言いたげに話を振ってくるライリンに適当に返す。
「つまり、スーパーヒーローに憧れを持ってた、という訳ですよね」
「あー、うん、そうだろうね」
「スーパーヒーローはですね、どんな悪が相手でも、正々堂々と正面から戦うんですよ。侵入なんてセコイまねせずに」
だんだん言いたいことが分かってきた。
「....悪いけど、スーパーヒーローの称号はキアに譲ってあげないといけないから、僕は小悪党らしく、セコイ手を使っていくよ」
「いえいえ、別にスティスさんに正々堂々といけ、と言いたいわけではないんですよ?
ただ、キアちゃんからすればこんな思いがけないところに憧れのスーパーヒーローみたいなことできる人が居たら..どう思うでしょうね」
ああもうメンドクサイな、堂々と言えばいいのに。
「分かったよ、正々堂々と行けばいいんだろ?多分どっちにしろ大して難しくは無いしいいさ」
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頭が痛い....ここは..冷たい床、ああ、そういえば....思い出した。
私は捕まったんだ。
「目が覚めた?」
同じ部屋にいた複数人のうち一人、あのお姉さんと同じく青白い顔の男の人が話しかけてくる。
「うん....ここ何処?」
「奴隷商人の所だよ、奴隷国で人が経営してるほうの、ね」
「え....わ、私、奴隷じゃないよ!」
「無駄さ、こんなところにルールなんて無い、ここに捕まったら買われるか、売れ残って廃棄、その二つだけ。わざわざこんなところにまで人外を助けに来ようとなんか誰もしない。当然国も、ね」
「イヤ!」
感情のままに叫ぶと、青白い顔の男の人は、苦笑いした。
「....諦めなよ、大人しくしてれば一日二食出るし、働く必要もないんだ。
それに、他にもっと大きな奴隷商があるせいで客もほとんど来ない。前向きに考えればいいじゃないか」
違う、そんなことはどうでもいい、ただ私は兄さんに一緒にいて欲しいんだ。
一日一食でも、無くったって兄さんと離れるよりはマシなんだ。
兄さんがいない、いつも一緒に居てくれた兄さんがいない。
現実を見て、認識して、目からは涙があふれてくる。普段は兄さんの前では隠している涙も、ここじゃ隠す必要すらない。
それすらも悲しくて、辛くて、苦しくて。
「..まあ最初の内は悲しいかもしれないけど、諦めさえすれば受け止めれるようになるさ」
背中に置かれる手の感触、気持ち悪い。前に風邪を引いた時に兄さんにされた時とは全く違う。
「触らないで!!」
そうだ、兄さんは私に何かあればいつも助けてくれてた。
風邪を引いた時も、神様に攻撃されそうになった時も、私がわがままを言ったって、なんだかんだ助けてくれる。
大丈夫だ、我慢していれば、少しだけ我慢していれば、また兄さんが助けてくれる。
「..うん、大丈夫、兄さんなら助けてくれる。........ふぅ」
高ぶっていた感情も落ち着いてきた。
部屋の外からは全く知らない男の人の声が聞こえる。何人だろうか、詳しくは分からないけど、それなりには居ると思う。
普通なら諦めるべきなのかもしれない。だってあれでも兄さんは絵本や漫画の中のキャラクターじゃない。
怪我をすれば死ぬし、病気にだってなる。
戦闘で人数という数字がどれだけ大きい物なのか、私は理解しているつもりだ。
フィクションならともかく現実で多対一というのは簡単な事じゃない。
でも兄さんなら、きっとやってくれるだろう。
いつだって兄さんは私にとってのスーパーヒーローだ。まるで絵本の中の存在。
むしろだんだんワクワクしてきた。あとどれぐらいで兄さんは私の元にたどり着けるだろう。
私を助けてくれたとき、最初になんて声をかけてくれるかな。
私の事を心配してくれるかな?それとも手間をかけさせたことに文句を言われるかな?
なんでもいいや、それでも結局は助けてくれる兄さんなんだし。
考え込んでいると、唐突に叫び声が聞こえてくる。
特徴的で、聞き心地が良くって、兄さんの声だ。
「クソ蛆虫共が!俺が来てやったぞ、泣いて土下座しな!!」