二話
―エマ
僕が昨日買ったチスイ族の奴隷だ、まだ若干僕の事を警戒してるみたいだけど、もう一押しだ。
辛かった冷たい奴隷商に与えられていた温度と僕の与える偽りの暖かさの温度差に戸惑いつつも、慣れてきている。
暖かさを知って、それに慣れた奴は自分から冷たい場所に戻る事なんてできはしない。
頭が僕の事を拒んでも、身体が暖かさを求める。
もう手遅れだ。
現に今も、僕に何か言いたそうにチラチラと僕の方を見てはいるが、
目を輝かせながら、宿で朝食を食べている。
「そんなに焦って食べなくてもごはんは逃げないよ?」
「はい....あの、何で奴隷の私に対してこんなに普通の生活をさせてもらえるのでしょうか」
「んー、まあ別に酷い生活を強いる理由もないからね、ならこれぐらいが妥当かな、と」
いや~、いいねぇ。信用しちゃってんなぁ?ヒヒヒ
「そう、なんですか。ありがとうございます」
「それで、僕がエマを買った理由なんだけど」
と、お互いに朝食が済んだ段階で本題を切り出す。
身体をピクリと震わせて、緊張したように僕の方を見るエマ。
ふむ、まだ怯えはあるようだな。まあこれもすぐにほぐれていくだろう。
問題は無い。
「ああ、大丈夫、難しい事じゃないさ。ただ、情報が欲しいだけなんだ」
安心したように軽く息を吐くエマ
「情報、ですか?えっと、私は別に物知りって訳じゃ..」
「いや、僕には出来ないことなんだ、でもエマならできる。
その情報って言うのはね....まあ詳しくはまたあとで話そうか。
要はこの国の住民に信頼される必要があるんだ」
「信用..つまり私がするのは聞き込みですか?」
「そうだね、僕は人だからこの国の人にはきっと信用されない。
信用されてないやつからの情報もまた信用できないからね」
「分かりました....あ!..えっと、その、それが終わったら私は捨てられるんですか?」
当然の疑問だろう。だから僕は本心の通りに言葉を紡ぐ。
「大丈夫、用が無くなっても手放したりなんてしないよ」
てめえがいなくなったら俺のストレスが発散できねえからなぁ。
ちなみに、いくら購入して、術具で契約したとはいえ、物理的に拘束しているわけではない。
抜け道なんていくらでもあるわけだ。しかも抜け道なんて、思いついた数だけ、実質ほぼ無限だ。
用は、このままだと逃げられる可能性がある。
「絶対ですよ!私、その言葉は忘れませんからね!」
青白い顔に笑みを浮かべながら机を乗り出して僕にそう告げてくる。
はぁ、奴隷ちゃんのくせして調子乗ってるなぁ。
まあいい、こいつを買ったもう一つの目的が達成するまでの我慢だ。
....ヒヒ..ヒヒヒヒ
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さて、ちゃんと聞き込みに行ったかな。
なら俺はクソ奴隷にはできない俺の仕事をやるか。
「ックヒヒ....ああ、これだよコレぇ、ヒヒヒッ
楽しみじゃねえかぁ。..おいおっさん、これ、いくらだぁ?」
「ん、ああそれか....あんたもいい趣味してんな」
良い趣味..ねえ。
それをこんな安値で売ってんのはどこのどいつなんだか。
矛盾している目の前の太った商人を鼻で笑って、代金を払う。
..え?なに母さん。
それを何に使うのかって?
うん、大丈夫、ちゃんといいことに使うからね。
アハハ、奴隷ちゃんとの約束を守るために必要なんだ。
ああ、そうでしょ?僕は優しくて、いい子だからね。
母さんの血を引いてるからね、当然だよ。
え?ああ、もちろん母さんとの約束も忘れてなんかないさ。
待っててね、今のところ順調だから。
何も問題ないよ。....母さん
足に何かがぶつかった衝撃で、ふと意識を戻す。
視線だけを足元に向けると、黒味の強い肩より少し長いぐらいの灰色の髪が印象的な幼女..推定10歳ぐらい。が居た。
辺りに親らしき人物はいない。人だろうか、ちょっとだけ雰囲気が違うけど..
「君、どうしたの?親はいるの?」
めんどくさいが、僕は優しくていい子なんだ。これぐらいやって当たり前だ。
「えっとね、私、お母さんを探してるの」
お母さんを....
アハハ、僕の母さんはずっと一緒に居てくれてるのに、やっぱり母さんも優しくていい人だね。
それに比べてこの子のお母さんときたら....
ハハ..ハ....
「そうなんだ、偉いね。僕も手伝ってあげるよ、お母さんの特徴を教えてくれる?」
「分からないの....私、お母さんを見たことが無いの。
でも、会いたくなって探してる最中だから、分からないの」
は?何を言ってるんだこの子、特徴が分からないどころか、見たこともないのに
探せる訳がないじゃないか。
....よし、決めた。どうせ見つけられないなら手伝わなくても一緒だよね、逃げよう。
僕の貴重な時間を無駄にはできな......
....あれ?....なんだっけな。
..ああ、そうだ、この子と一緒にこの子のお母さんを探すんだっけか。
さて、どうやって探そうか、手掛かりもないんだ。
って、この子の父親に聞けばいいじゃん。
ちょっと考えればすぐ分かったはずなのになぁ。
「君のお父さんはどこにいるの?」
「お父さん..は、いないの。何でいないのかは誰も教えてくれないけど....お兄さんは知ってる?」
お兄さん......僕の事だろうか。
ふむ、お父さんは『いない』が、お母さんは『探す』のか。
お父さんはいない、と言ったやつらは、あえて隠している、なら事情があるんだろう。
絶対に会えない事情が。
まあ、恐らく生きてはいないだろうが。
人外の身でこの国にいる、と言うのは実質この国から出ることは出来ない。
そして、人外が犯罪を犯そうものなら即処刑、その場で殺処分も許可されている。
なら、会えない理由なんて生きていないから、ぐらいのものだろう。
....だが、一つ不思議なのはなぜお母さんの方はいないと言わないのか、だ。
さっきの状況から、生きているならこの子に会うなんて、何も難しい話じゃあない。
..分からないな。まあ、分からないなら無理に考える必要はないか。
とりあえず、この子が飽きるまで探そうか。
って、いつの間にかエマが後ろに立っていた。
怖いことするじゃないか、この奴隷ちゃんは。
「いつからいたの?」
やっと気づいてもらえた、とばかりに僕を見たエマは口を開く。
「スティスさん!情報、集まりましたよ!頼まれてた子の....ってアレ?もう見つけてたんですか?」
見つけてた?....あ。
あー、そういうことか。
なるほどね、この子と母親が会えない理由、そりゃあ会えないわけだ。
なにせこの子の母親はおそらく人外と結ばれた、この王国の大犯罪者、とも呼べる人だろう。
つまり、この子が僕の探していた人外と人のハーフ、と言うことだ。
当然、人と人外が結ばれる、なんてあってはいけない、力関係がこの国における絶対的弱者である人外、この国における絶対的強者である人、その二つを第三者的に見ることが出来る唯一の存在であるハーフの子供を残されたら王国の存続に関わるだろう。
実際、そこまでの影響力を持つとは思えないが、さぞかしオエライこの国の上層部の考えることだ。
どうせ、念のためだろう。ホント、自分の事になると徹底的だな。
いや、おそらくこの子のお父さんが死んだことは知られているんだろうけど、お母さんがどうか分からない。
もし、後から出てきたら面倒だな。
今のうちに生死の確認をして、生きているようなら処理しておくか?
....ハッ、僕もやっぱり人だな。
何も変わりやしない。クソみたいな..って、何考えてるんだ僕は....
やっぱり幸せが足りないんだ、だから....はぁ、ストレスでも溜まってんのかね?
ダメだなぁ、落ち着かないと成功するはずの事まで失敗するだろ。
よし、気持ちを切り替えよう。
さて、とりあえず第一の目標である、人と人外のハーフを見つける、と言う目標は達成できた。
とりあえず、いったん状況を整理して、それから具体的にどうするかはまた考えよう。
「..あ、あの、奴隷の身で厚かましい事なんですけど....」
エマの遠慮がちな声。
視線で続きを促す。
「その、血を貰えないでしょうか」
血。そういえばエマはチスイ族だったな。
まあいいか。別に血を吸われたからと言って何も問題は無い..かな。
「別に問題は無いよ。..あれ、チスイ族って血を吸う必要あったっけ?」
そう、別に種族名がチスイ族だからと言って、主食が血、という訳ではない。
「チスイ族は確かに血を吸う必要はないんですが、精神的に..なんていうか、常に不安になるというか..」
「用は血が無いと抑うつ状態になるの?」
「はい、そんな感じです」
んー、まあそんな状態の奴といて僕のストレスがさらに溜まっても嫌だし、それぐらいは構わないかな。
それにしても血を吸われるのか、あまり気分が良いモノじゃないな。
「はい、えっと、腕からでいい?」
右腕を差し出しながら聞く。
「できれば首筋がいいなぁ、なんて....」
首、か....まあどこでも同じか。
「はい」と、首筋を差し出す。
「失礼します」
と、遠慮がちに僕の血を吸うエマ。
..ふーん、チスイ族ってやっぱり名前に反して本当に血を吸う必要はないのか。
かなり少量しか吸わなかったことを思い出しながら思う。
「さて、..あー、君の名前はなんていうの?」
今更ながらこの幼女の名前を聞いていないことを思い出す。
「キア!年齢は..えっと、秘密!」
はは、元気がありあまってるようで何よりだ。
..『秘密!』じゃねえぞ、めんどくせぇなぁ。
「ハハハ、年齢を教えてくれるかな」
「えっと、前に畑のおばさんが言ってたんだけど、れでーに年齢を聞いちゃいけないんだって!」
れでーってなんだよれでーって。
くそ、どう考えてもそんなことを教える年齢の子供じゃないだろうが。
つーか誰だよ畑のおばさんって、今すぐ辞書の角でぶん殴ってやりてぇ。
エマに目配せ。
「年齢ぐらいさっさと教えなさいよ、メンドクサイじゃない」
っておい、人によって態度変わりすぎじゃないか?
これが女か、怖いねぇ。
なんだかこの憎たらしかった子供がかわいく見えてきた。
案の定キアはガッチガチに怯えながら、一転、泣きそうな声で「10歳です」とつぶやく。
キアからは助けを求める視線、エマからは褒めて欲しそうなドヤ顔。
ああ、ストレスがたまるなぁ。
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―ある奴隷の日記―
―月―日
今日も変わらず私のご主人様は私に優しくしてくれる。
..たまに見せる闇を思わせる表情はどこか怖いけど、すぐに消える。
ああ、そういえば今日はいろんなことはあったな。
まずは、私がこんな一般的な人と同じ水準の生活をさせてもらえる理由。
なんでも、これ以上悪い生活を強いる必要は無いから、だって。
..かっこいいけど、若干信頼性には欠けるかな。
それから、情報収集を頼まれたなぁ。
ご主人様はこれのために私を買ったって言ってたけど、これが終わっても変わらず私のご主人様でいてくれるって約束してくれた。
素直にうれしい。
それに、ちゃんと仕事できるってところも見せられた。
ご主人様からの目配せをの意図を的確に汲んで、最適な行動を取れた。
今のところは完璧、順調でオールオッケー。
......それに、無いとは思うけど、万が一の時のための切り札は確保できた。
使うときが来ないといいけど......
―????の日記―
懐かしいなぁ、まだ覚えてる。
こんなことになったすべての始まり。でも私はちゃんと覚えてるからね。
大丈夫、私がちゃんと変えてあげる。もう同じ過ちは繰り返さないからね。
ただ、たまにスティスが私の知らない行動をとるのが心配....かな。
でもまあ、私がいる限り問題は無いんだけどね。
さて、長かった私の目標までもう少しだ。
長かったなあ....そして、これからが一番大事な部分だ。
気を付けないと。