十四話
―繰り返されていた歴史―
辺境の田舎、そこの端っこに、ポツンと残された廃墟。
そこにはいくつかの噂があった。が、誰も近寄らない。いや、近寄れないため、その真偽は分からない。
曰く、不老不死の魔女が人造人間を大量生産している。
曰く、魔女が不老不死になるために近くから人間を拉致しては人体実験を繰り返している。
曰く、魔女が世界を滅ぼすために魔法の研究をしている。
といった噂が立っている。
そしてそれらの噂は、どれも完全に的を得ているわけではない。
だが、確実に的にカスってはいる噂だ。
事実その廃墟には、魔女が住んでいる。
灰色の髪を持った、この世界で唯一の人外と、人間のハーフ。
かつて、ある人間にキア、と呼ばれていた少女は、もう少女を呼べるような表情はしていなかった。
その表情は、病的なまでに白く、そして何かにとりつかれたかのように苦し気に、目をとがらせている。
間違いなく、平々凡々とした生活を送っていれば、このような表情にはまずなることは無い。
そして、その魔女は、不老不死であった。
いや、不老不死にならざる終えなかった。
かつて、救いの糸で自身を縛った少女は、死に逃げることなんて、許されなかった。
自身の術で、時と共に腐敗していく身体が、完全に腐りきる前に、少しずつ、部分ごとに新しいものに取り換えていく。
そうして、強引な方法で、苦痛を伴う方法で不老不死になった。
なら、そこまでして、この少女は何を求めるのか。
自分に残った記憶を触媒に、陰陽術で作り上げた、兄さんの型に命を吹き込む。
つまり、私の記憶を使って、私の記憶の中の兄さんを再現する。
そして、数分。いや、数秒だっただろうか。
その型は、兄さんのフリをしたガラクタは、何も言わぬガラクタになった。
こんなの、兄さんじゃない、こんなの!
人形を壊そうとして、激しい抵抗にあい、ボロボロになった身体を、どこか他人事に眺めながら、内心叫ぶ。
何故だろうか、私が作った兄さんは、間違いなく兄さんだけど、気持ち悪かった。
本物の兄さんといるときは、こんな気持ちには、ならない。
だからアレは、偽物、まがい物、おもちゃ、ガラクタ。
違う!私が欲しいのは、ただ一つ。
本物の兄さんだけだ。
私は、ボロボロの身体に鞭打って、兄さんの姿をしていたガラクタを、片付ける。
ゴミ箱の中に、既にもう、数十のガラクタが入っている。
それらは、全て私の身体の一部か、兄さんの姿をしている。
自然とため息がこぼれる。
今までの、私が兄さんと再開するために、何度も作ってきたけど、一度も成功したことは無い。
ダメ、なのかなぁ。
私達は、もう会うことは、できないのかなぁ
ねえ兄さん、教えてください。
私は、兄さんが居なくなってから、一人でずっと頑張っています。
でも、会える気が、しません。
―ねえ、嫌だよ、会いたいよ。一人は、辛いよ、寂しいよ。
既に枯れたと思っていた涙が出てくる。
頭に浮かぶのは、兄さんとの楽しかった日々。
走馬燈の様に、頭をよぎる、過去。
『陰陽術は、創造に特化した能力で、技術と経験、それから、時間さえあれば、何でも作れる。はずだよ』
兄さんとの会話を思い出す。
この言葉を思い出したから、私は兄さんを作れる。と確信している。
でも、実際は、成功した試しはない。
もし、もしも、兄さんが間違っていれば?
兄さんが完璧じゃないのは知ってる。
けど、そんな事、考える訳にはいかない。
だって!じゃあ!
それなら、前提が崩れる。
私が、崩れてしまうから。
私が、この世界にいる理由が、消えて、なくなっちゃう。
―もう、この世界にいる理由なんてないんじゃないの?
あるよ、兄さんが、兄さんと、再開できる可能性があるんなら。
最近聞こえるようになった幻聴のようなものに、そろそろ私もダメかもな。と自嘲しながら、久しぶりに廃墟から出て、地面に寝転ぶ。
生憎の好天。蒼い世界が私を見下す。
そのくせ私を見ず、何も知らないふりして回り続ける世界が憎い。
―こんな世界、壊しちゃいたい。
つい頭に浮かぶ、不可能な想像に、苦笑いしながら立ち上がる。
不可能、かぁ。
よく言う。私だって、死人を生き返らせる。なんて
はたから見れば十分不可能なことだ。
ああ、もう、全部やり直せたら、最初からやり直せたら、もう同じ間違いなんか、絶対に、しないのにな。
目が痛い。頭も痛い。精神的に疲れたからだろうか、何となく体調も悪い。
廃墟の地下、私が生活している空間に帰る。
日記をつけて、今日はもう寝よう。
今日は、ああ、何日だっけな。
もう思い出せない。
えっと、今日も、また失敗しました。
んー、それから、ちょっとだけ兄さんとのことを思い出して、悲しくなりました。
ああ、書いてると、また思い出しちゃう。やめよう、別の事を書こう。
あ、これだけ書いとかないと、忘れたくないからね。
えっと、兄さんが、『陰陽術は、創造に特化した能力で、技術と経験、それから、時間さえあれば、何でも作れる。はずだよ』って、言ってたのを思い出しました。
あとは、そうだなぁ、世界がちょっとだけ憎いです。
早く壊れちゃえ!
ああ、あとは、これかな、うん。
全部、全部全部、やり直したいよ、また、一から、まるごと全部。
よし、これ・・・で・・・・・何だろう、何か重要なことに気が付きかけてる気がする。
でも、眠たい。
なんだっけ。ああ、嫌だ、ここで寝たらもう絶対に思い出せない気がする。
日記を書いて何か気づきかけたんだから、読んでみたら何かヒントになる?
即座に閉じかけていた日記を開き、もう一度、先ほどの分を読み返す。
―失敗
―兄さん
―陰陽術は、創造に特化した能力
―憎い世界
―やり直したい
・・・・・・ああ、そういうことか。
頭に浮かんだ、確実に兄さんと再開する方法に、笑みをこぼしながら、自身の右手を眺める。
長く、なりそうだなぁ。
―やらない理由がある?
ないよ。もちろんやるよ。
―そう、安心した。ならまずは・・
うん、分かってる。こんなまがい物の不老不死じゃなくて、
―本物の不老不死。
神様に、ならないとね。
―終わりと始まりの過去―
ある時、新たな全神が誕生した。
―まだ・・聞こえてる?
うん、聞こえる。
唐突に、久しぶりに聞いた声に、ふと我に返る。ぼんやりしていたようだ。最近多い。
ああ、ダメだダメだ、後少しだっていうのに、兄さんと再開できるまで。
長かったけど、兄さんと再開するためだ。
そしてそれはもうすぐ叶うだろう。
もう少しで、兄さんと再開できるんだ。
昔は、いろんな方法で兄さんと再開しようとしたものだけど、何一つうまくいくものはなかった。
例えばそう、人工の身体に私の記憶から、再現したモノを入れる。
これは、ある意味では、かなりの完成度だった。
だって、私の記憶から、造ってるんだから、私の望むとおりに動いてくれる。
でもそんなの、兄さんじゃない。いらない。
つまり、天然の兄さんを作ればいいのだ。
だから、私は、直接兄さんに手を加えることはしない。
なら、どうするか?
簡単。
だって、この醜く爛れた世界は、一度、一度だけ、兄さんを創ったんだ。
だから、私は、兄さんを創る世界を。
創る。
これが私の唯一の答えだった。