十二話
「実は、僕が君の父親なんだ」
まただ。
キアの視点になってから、数度目の既視感と、そして、微妙に僕の記憶との差異が見つかる。
よく自分でも覚えているモノだと思うが、僕は確か、この時に
「実はね、僕が君のお父さんなんだ」
と言ったはずだ。
細かいことだが、多少でも違いがある。ということは、これは少なくとも走馬燈じゃあない。
ならここは一体なんだ?パラレルワールド的な感じか?
(お父さん?兄さんが?こんな弱っちそうなのに?)
............
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目の前に高速で飛来する黒い棘。僕の知るイキが、キアに向けて放ったものと同じものが、同じように向かってくる。
なかなかの迫力だね、僕の身体じゃない。って自覚はあっても、焦る。
焦ったところで自分の意志じゃあ身体は動かせないんだし、意味はないんだけどね。
「ガ..アアァ..,,,,ッヒヒヒ....そぉ簡単にぃ、やらせる訳ねえだろ..が、よぉ」
推定キアの身体の中で、苦しそうに、でもどこか勝ち誇ったような僕の声をBGMに考える。
この世界、とりあえずパラレルワールド、並行世界と仮定する。の現在の気づきだけど、まずライリンがいない。
おかげでイキの攻撃をもろに受けた僕..この世界の僕のことだけど、既に瀕死だ。
とりあえず、それだけだ。
それなりに時間が経ってきたけど、それだけ。
暇すぎる。何をしろと言うのか。
これでまだ先の展開が予測できないならまだ面白味もあるんだろうけど......いかんせんほとんど僕の記憶との差異はない。
ライリンの言葉の意味がよく分かる。
全てが予定調和、必然で埋まった世界。何ともつまらないものだ。
でも、多分この世界の当事者である、この世界の僕たちは、いくつもの奇跡を見て、運がいい、なんて思うのだろう。
まあ、要は僕が観たってこの世界は詰まらないだけだね。くだらない茶番だ。
きっと、この世界に興味が持てるのは、僕がいた世界の続きだろう。
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キアがちょうど誘拐された。今思えばこの時の事は多少興味が湧く。
この時までは基本的に僕とキアはあまり離れなかった。
だが、ここで僕とキアは離れる。キアが誘拐される形で、だけど。
まあ、そんな感じで、キアの身体を共有......違うな、共有じゃない、キアの五感を傍受、の方がしっくりくる。
ようやく退屈な時間から解放されそうだ。
........なんて、のんきに思ってたさ。実際にその時が来るまでは。
(いやっ、なんで!兄さんっ....どこ..どこ?どこ?助けて、いや、兄さんと会えないなんて嫌!!)
....重くない?
僕の元の世界と同じか、分からないけど、どうやらキアは僕の想像以上に僕に依存してるみたいだね。
他の大人もいるのにこの有様だ。
はいはい、お探しの兄さんはここですよ。
なんて聞こえもしないのに呟いてみたくなる。
そもそも呟くための身体なんてないんだけどね。
とか意味の無いことを考えていたら、木製の何かが破砕される音と共に、大きな声が舞い込んでくる。
「おいゴミ共ぉ!うちのキアに何してくれてんだ?今ならまだバック宙しながら土下座すんなら許してやるぜ?」
ああ、僕だ。これは僕だ。発言から既に興奮状態の僕だ。
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「..ねえ、兄さん。あなたまで私達を裏切るの?」
キアに似た口調。いや、やはり同じ口調だ。
イキ、なんなんだろうか。この世界にライリンはいないけど、ライリンが何か関係があるっぽかったんだけど。ここにライリンはいない。
なんだっけ....確か、力を没収、とか.....って、違う、これはエマの話だ。
ライリンは確か、あの時呪術を止めようとした僕の妨害をしたんだ。
今考えればエマとどこで関わったんだ?
......ま、考えても無駄だ、今はいいやメンドクサイ。
そんなことより、今はこの世界に集中しよう。
「..ねえ....なんでそこにソレがいるの?ダメ、認めない。許さない。そこは、私たちがいていい場所じゃない。
..だから、あなたも、繰り返そう?繰り返し続ければ、私たちは、永遠に幸せだよ?一人じゃないんだよ?ねえ、いいよね?だから......」
うつろな瞳のエマ、中身はイキだけど。キアに向け、縋るように微笑む。
が、一転。無表情になると、前と同じように黒い棘でキアに向けて攻撃。
....って、のんきに見てる場合じゃないんだけどな。
多分、この時の僕なら......
....ま、そうなるだろうね。
キアとエマの間に立つ僕。背中に突き抜けて見える数本の黒い棘。
......どうしよう
「あ、..あ........あああ..ああああっ!兄さん!!」
そこに立っていた奴は既に死んでいる。一目瞭然だ。
いつも通り、猫背で、キアの前で立ったまま死んでいたが、
「....に..さ.....」
酷く震え、力のこもらない手でキアが僕に触れると、僕はバランスを崩し、地面に倒れる。
その表情を見なくても、僕が最後にどんなことを考えていたかなんて、手に取るようにわかる。
......どうしよう、かなり羨ましい。
丁度、だってこいつは、きっと最後まで満足して逝けたんだろう。
いつからだろう。僕が死を解放と考えるようになったのは。
はあ、いいねぇ。僕も、さっさと解放されたいもんだ。
それにしても、ちょっとつまらないんだけど?
僕が死ぬまではまだよかった。でもさっきからキアが僕の死体ににらめっこしながらたまにうわごとの様に「兄さん」って繰り返すだけ。非常につまらないな。
ん、後ろに足音。キアは気づいていないのかな?無反応。どっちかっていうと、それどころじゃないって感じかな。
「......スティスさん。聞こえてますね?」
――....!?......このしゃべり方、ライリンか?この世界にはいないんじゃないのか?
くそ、キアが正気を失ってライリンの声に無反応のせいで、本当にライリンなのかが分からない。
「....きっと、あなたの事です・この世界をパラレルワールドとか、仮定して他人事のように見ているのだと思います。
..ここは、あなたの可能性。
そして、ある意味では、経験。
言いたいことが分かりますか?
これはパラレルワールド、つまり、並行世界なんかじゃあありません。
紛れもないあなたの世界の、経験。
可能性だったモノで、これからの可能性でもあるモノ。
私が言えるのは、ここで一人、満足したままあなたを必要とする人を残して、死に逃げるのか。
それとも、誰も、世界ですら知りえない可能性を探すのか、あなたが選ぶことです。
それでは、そろそろ時間切れだと思いますから、よろしく伝えておいてください。
―――..未来の....私に......」
言い終わる前に、世界がぼやけ、まぶしいぐらいの白に溶け出す。
カゲ族..キア....陰陽術..未来の私......未来..可能性....経験......世界すら知りえない可能性..
キアの心の支えで合った僕の死亡した世界..絶望の神、イキ......全神..たびたび僕の前に姿を現す正体不明の女..たまに違和感の残る、弄られた記憶.......僕が決める。なんて言いながらも明らかに偏った考えのライリン
ぼやけていたものがつながる。
そういうことか。
「兄さん..あ..はは、だい..じょうぶだよ。
私が..こ、今度こそ、たす、け....て、あげるから....
......うん、まだ....まだ..私は頑張れる、からね。兄さんとまた、会うためなら、私は何だってするから....頑張るから、また....あえたら、私の事、ほめて、くれる。よね....兄さん?」
きっとキアにとってそれは地獄につるされた糸、手に取ることは出来れど、希望を持たせるだけで、決して本当の意味では救ってくれない。
キアをかばって死んだ僕との再会。
という、決して手放せない救いの、そして呪いの糸となったのだろう。