水面下の激戦
「……もうそろそろか」
リオが席をたった。
「おい、リオ。どこにいくんだ?決勝戦が始まるぜ」
「結果などわかっている。だが、それ以上に重要なこともあると言うだけのことだ」
「へぇ、手伝おうか?」
「僕一人で構わない」
「まあそれならいいか。お前がそういうときは、一緒にいっても暇なだけだし」
「そういうな。まあ、少々席を開ける。賭けについては棄権扱いにしておいてくれ」
「あいよ。行ってきな」
リオはエンシェントアグリスのカジノから出ると、そのまま北門からフィールドに出た。
エンシェントアグリスの北エリアには、大草原がある。
そして、リオが待ち初めて数分後。空間がひび割れた。
奥には大量のモンスターが存在しており、そのすべてが竜人であった。
「ほう、ここが異世界か。ロスト・エンドから移動技術を奪ってまで来ただけのことはありそうだ」
先頭にいたもっとも大きい竜人が喋った。
「ん?貴様は何者だ?」
「大したものではない。リオ。という名前があるだけだ」
「ほう、では、そこを通してもらおうか。我々『ドラグニア』のイデア侵略のために、多くの奴隷が必要なのでな」
「なるほど。それが目的か。それはできないな」
「フハハハハ。下等生物がほざくほざく。おい、メイジたち!焼き払え!」
竜人たちが次々と魔法を発動する。
「魔法の名前はすべてこちらと同じか。中にはランク10も混ざっているな」
リオは剣を抜かず、拳を光らせる。
「なめられたものだな」
次の瞬間。リオの右手は、すべての生物の認識可能速度を越えた。
当然。魔法はすべて効かなかった。
「ほう。この世界にはそのような法則があるのだな。我々の世界でも可能かもしれぬな」
「結構難しいぞ。一般人にとってはな」
「ハハハ。我々が一般人か。ずいぶんと余裕だな」
「僕にかなうものなどいないからな」
実際に、リオはそう思っている。
「ずいぶんな自信だ。まあよい。魔法で攻めることができぬというのなら、近接戦闘で押しきるまで。貴様は一人。私の部隊『レガリア』を、たった一人で止めようなど、無謀以外の何者でもない。さあ。行け!」
「まず自分でなにかをしようとはしないんだな。そういうの。職務怠慢って言うんだぞ」
まあ、向こうの部下にも何人かうなずいているものがいる現状。いつもこんな感じなのだろう。
行けといわれたから来てはいるが、さすが自信だけはあるのか。見下したような視線を向けてくるものも多い。
「あまり時間をかけられないのでな。本気を出すつもりはないが、少々真面目にやるとするか」
リオは剣を抜いた。その剣は、純白でとても輝いている。
「いい剣だな。我のコレクションに加えよう」
「お前が持っているどの剣よりも性能は上だと思うぜ」
何人かの竜人が剣だったり斧だったりで斬ってくる。
リオはそれらを、一瞬で制圧した。
こちらでは倒されると始まりの町に戻されるシステムだが、向こうはわからない。
だが、こちらが倒しても特に表情を変えない辺り、NWOには設定されていない復活エリアに転送されているように思う。
「どうした。お前の部隊『レガリア』の実力はこんなものか?」
「中々やりおるな」
「……今思ったんだが……」
リオは竜人の隊長(部隊といっているのだから隊長であっていると思う)を改めてみる。
竜人という、こちらでは時々見かけるかどうかという存在のためよくわからなかったが……。
「お前、権力で太ったタイプだろ」
もしもこの世界に効果音を実際に発生させるシステムがあれば『ブチッ』という音が聞こえていただろう。おそらくだが。
「この私をデブ扱いだと!ふざけているのか!」
「いや、だって、部下に任せっきりだし、お前自身が初期位置からずっと動かないし、俺がお前に切り込んでも時間的に問題なく防御できそうなやつが五人ほどお前のそばにいるぞ。おまけになんかお前だけお腹の肉がちょっと多い感じにも見えるし。判断材料揃いすぎだぜ?明らかに」
リオはリアルの社会階級的に、こういった体格のものと話すときもあるので、何となくわかるのだ。他種族であっても。
「ふざけるなぁ!これでもくらえ!」
「ん?」
なんかのたまを投げてきた。
そしてリオは、隊長の手元からそのたまが離れた瞬間に破裂できるように投擲用ピックを投げたのだが、そばにいた部下がそのピックを防いだ。中々優秀である。
そのピックはリオのそばで爆発した。
リオのアバターの、状態以上に対する耐性はかなり高い。オラシオンシリーズ、そのなかでも最高級のものが使用されているからだ。
中から出てきたのは紫色の煙だ。なんか毒っぽい。
まあ、アバターに異常はなかったようだが。
「ふははは。この球は『毒』や『麻痺』など、様々な状態以上を同時に高確率で引き起こす猛毒なのだ。しかも、その一つ一つのこうかはとてつもないほど巨大なものだ。隊長にしか支給されない特注品だぞ。これで貴様も……ってなぜそこまで平然とたっていられるのだ!?」
「そんな毒。効果があったとしてもすぐに対応されてこうかが終了すると思うがな」
カジノでリオに話しかけてきたちょっと不良っぽい男。実はあのプレイヤーはリオの仲間であり、ゼツヤに匹敵する調合師だ。最近仲間になったばかりでまだ越えてはいないと思うが。
あと、リオ相手に『高確率』など通用しない。『絶対』以外の全てをリオは無効化する。
「僕は運がいいからな。高確率なんてものは通用しないよ」
「そんなことがあるか!くらえ!」
何個も投げてきた。リオはなにもしない。
そして、数秒後。煙を出すためのたまの残骸が転がっただけだった。
「ば、ばかな」
「だからいっただろ。僕は運がいいとな」
「そ、そんなのは反則だ!」
「反則?確かにそうだな。では、実力で相手をしよう」
次の瞬間。その隊長以外は全て倒されていた。
まあ、そのぐらいの実力がないと、あの化けものたちの師匠など出来ないのだが。
「すまないな。最初にもいったが、あまり時間はかけることができないんだ。お前にも退場してもらう」
「ま、待ってくれ!この作戦に失敗したら、私の地位は!」
「ああ、もう少し有能なものがたくさんいると思うから、そいつに譲ってもらってくれ。じゃあな。虚名にすがり付く愚かな権力者よ」
リオの一閃で隊長はいなくなった。
「まあ、こんなものか。ん?シュラインからのメールか。ゼツヤが優勝したか。まあ、予想通りだな。あのままいれば600万レイクが手に入ったわけだが、まあ今年はいいとしよう」
リオは剣を納めて、エンシェントアグリスに戻っていった。
決勝は見れなかったが、弟子たちの表彰式は見るべきだと思うからだ。
「優勝、ゼツヤ。準優勝、レイフォス。三位、ルナード。四位、ミズハ。か。全員がハイエストレベルに至っているのは予想通りだったが、僕の弟子以外が入賞するのは久しぶりの光景だ。これからどのように成長するのか楽しみだ」
リオはいい気分だった。新しいなにかを見つけることで幸福を感じるのは誰でも一緒で、リオの場合は、新たな強者のことだ。
「来年は、僕も出てみるか」
ゼツヤを含めたハイエストレベル到達者全員の師匠にして、『始まりの男』は、そう、呟いた。




