理不尽な始まりの歯車
プレイヤー『ゼツヤ』として降り立った竜一である。
「さて、ロミュナスに行くべきなのかね?別にメリットもデメリットもないのだがな……」
ゼツヤには誰かと接触することに関してメリットもデメリットもない。金はあるし(通貨は『レイク』である)バカでかいホームも……いや、倉庫か。まあそれはいい。とにかくある。と言うか、今いる。
さらに、パーティー専門のクエストを受けるにしても、それはかなりの額をはらうことで手に入れることが出来る『NPCソルジャー』と言うもので数合わせが出来るのだ。
「ま、見るだけ見ておくか。ロミュナスか。行くのは久しぶりだな。いつ行ったかは全く覚えてないけど」
ダイブした基本的に白(+赤)の部屋を見渡して、作りの言い木箱の方に行った。アイコンが浮かんでいるのでタップすると、長方形のウィンドウが表示される。NWOでは、ウィンドウは例外なく長方形である。
ウィンドウには様々なアイテムが表示されており、整理するためのアイコンが右端に一列で並んでいる。
「まあ、アホみたいに強力な装備を持って行っても仕方がないしな……。ま、中級プレイヤーと上級プレイヤーの境目くらいの装備でいいか。まあ、保険はかけておくけれど……」
ウィンドウを操作し、簡単に装備を整える。
ついでと言うかなんというか、短剣を何本か選んでおいた。
鏡を見た。現実の竜一にはあまり似ていないが、それでも中の上と言った感じの顔。白い髪に青の瞳だ。
背中には水色の片手剣があり、また、コートもやや青い。シャツやズボンやブーツは白……いや、アイボリーだ。青や白と言った色は、ゼツヤと言うキャラクターの構成要素である。今のところ。
「準備完了。行きますか」
ホーム内のワープルームに行く。因みに、いくらホームとは言え、普通はワープポイントはついていない。ゼツヤ作である。
部屋に入ると、黒いスーツの格好をした執事のNPCがこちらに来た。
名前は確か……『ロイド』だったか。
「ロイド。僕は少々外に出る。ま、いつも通り頼む。だが、3年に一度の『あのイベント』が起こるかもしれないから、警戒態勢を上げておくように」
『あのイベント』と言うのは……簡単に言うなら、モンスターの大群の襲撃イベントである。モンスターそのものの強さはあまり高くないが、シーフ系のモンスターも存在するため、倉庫の中身が抜かれてしまうこともあるのだ。ゼツヤの今現在のホームにおいて、それは致命的である。
「畏まりました。ゼツヤ様」
いつも通りの仕草で(当然である)ロイドが頭を下げる。
ワープポイントに入り、『ワープ ロミュナス』と言うと、白い光がゼツヤを包んで、次の瞬間。そこにゼツヤはいなかった。
ロミュナスは……と言うより、NWOの拠点となる町や村は基本的には基本的に中世のものに近い。町ではほとんどがレンガ状であり、村だとほとんどが木でできている。
無論だが、厳密な街の作りは全く違う。ロミュナスの特徴は、全体的に建物の高さが低く、さらに、町のすべてを見渡せる時計塔が街の中央にあることである。因みに時間は日本基準である。
中級プレイヤーが多く集まるため、それ相応の実力はまあある方だと思う。レベル的には、10以下なら初心者。20~35くらいが初級。36~60が中級。61から85が上級。それ以上はトッププレイヤーである。カンストレベルは100だ。ゼツヤは100である。
NWOの世界はすべての土地が陸続きになっており、やろうと思えば全ての土地を自分の足で歩くことが出来る。ゼツヤはしない。
ロミュナスは、ゲームの初スタート地点から直線距離で400キロに及ぶ。移動において速度を上げる手段はいろいろあるが、原則、一度言った街にしか、ワープポイントで行くことはできない。今ある巨大ギルドの拠点も、初期の街とは言わないが、それにやや近い街に配置されていることもあるのだ。
話がそれたが、まあ、結論。ロミュナスにいるということは……パーティーの最大人数である6人で来たと仮定しても、40レベルくらいはあるということだ。おそらく。
「しかし、やはり広いな」
人を探すという目的では、あまり適さないのがこの町だ。しかし……。
「何で知られていないのかよくわからないけど、時計塔の頂上からは、四方にある門が見えるんだよな」
ただし、頂上に行くのには通行金が必要になる。その額、2500レイク。中級のプレイヤーが主に使う、『ミドルポーション』の値段が、一本600レイクなのだ。頂上に行っても何か特別なことがあるわけではないので、中級プレイヤーにとってはやや無駄遣いである。夜景はきれいだが。
で、行くことにした。ちゃんと2500レイクはらう。正規ルートで行かないとあとでめんどくさいことになるからだ。いや、ならなかったら行っていいわけじゃないけど。
「ふむ、やっぱり見晴らしがいいな」
商人プレイヤーが何か大きなものを置いていない限り、時計塔に天辺と言うのはかなりいい。
西の門を見ると、女性プレイヤー2人がいた。片方は両腰にダガーを納めたやや盗賊型。もう片方は……僧侶だな。回復魔法にブーストが付く緑色の宝石が先についた杖を握っている。
「大丈夫なのかね?まあ、ダガーの威力にもよるけど、盗賊系と僧侶系のパーティーだと、決定打と防御面がやや薄い。まあ、僧侶のレベルが高いのなら、持久戦も可能だけどなぁ」
考えても仕方がないので行くことにした。というか、クラスメイト(確定ではない)と分かっているプレイヤーが、ややバランスの悪い組み合わせでフィールドに行こうとしているのだ。気になって仕方がない。
そして、数十分。
「ふむ、思ったよりやるな。というか、よく見たらあのダガー。本来なら上級のプレイヤーが持つようなものだ。右手だけ……。ダガーは要求STR値が低いからな……」
よほどのことが無ければ問題ないということが分かった。まあ、あくまでよほどのことが無ければ、と言うだけの話だが。
メモ帳を引っ張り出した。
「お、このあたりで入手しておく素材もあったか。ほとんど隠しエリア見たいな場所だったが……覚えているから問題ないな。そろそろ行く……?」
急にアラームが鳴りだした。これは……。
「モンスターの大量発生か。一体どこに……嘘だろ?」
あの2人がいる場所に予測点があるのだ。これは計算外だった。
「なんていうか、神様のいたずらってこういうことを言うんだな」
のんきな構え方だが、考えても仕方がないので行くことにする。
「出来れば終始傍観がよかったんだがな」
世の中うまくいかないものである。
全速力で走っていると、2人が見えた。すでに交戦中である。ワンサイドゲームに見えるが。モンスターたち有利の。
モンスターは個体で言うと強くないので、フルパーティーで陣形を崩さなければ、戦えなくはない。だが、前衛と後衛の1人ずつしかいないというのは……狙ってくれと言っているようなものである。
「おらよ!」
ダガー使いに迫っていたモンスターを蹴散らした。ゴブリンに負けるほどゼツヤは弱くはない。数で来ようとまとめてぶっ飛ばせる。
「あ、あなたは……」
ダガー使いが呆然としている。ていうか、声が冬香そっくり。
「俺のことはいいさ。ただ、僧侶さんがヤバいんじゃないのか?」
「あ、そうだ。リキュア!」
はい、確定。
ゼツヤはダガーをほぼ無意識で取り出すと、ダガー使いに投げ渡す。
「そっちの方が威力は高いはずだ。ま、使いなよ」
「あ、ありがとう。ちょっと借りるね」
走って行く。
「さて、こっちはこっちで行くとしよう。『エンチャント アタックブースト』」
ゼツヤを赤いエフェクトがつつんだ。
ゼツヤは一気に距離を詰め、連撃を叩きこんだ。
「まあ、剣だけでどうにかしようと思った俺がバカだよな」
左手をかざした。
「『コールドフレア』」
青い炎が次々とゴブリンたちを焼いていく。うん。普通に弱い。
あと、さっきから入手ドロップアイテムが加速度的に増えていく。大量のゴブリンなのでそれはそうなのだが、何と言うか、張り合いがない。
「まあ、一方的な虐殺は今に始まったことでもないか」
剣を構えなおした。
5時間後。
ゼツヤは完璧に息を切らしていた。
「もう帰ろう。ていうか、あの数はないって……」
懐から指輪を出して右手の中指につける。
「『ワープ ホーム』」
さっさと転移することにした。早く休みたい。それだけを考えていた。
だが、今にして思えば、それは最大の間違いだったのだろう。何故なら……
先ほど渡したダガーには、しっかりと、『制作工房 オラシオン』と書かれていたのだから。
起こるはずのない運命であろうと、それらは急に、形を変える。
なぜなら、たった1人の人間が偶然はめ込んだ歯車一つで、全てが動き出すのだから。
文字数が少ないような気がものすごくする。