潺春馬
久しぶりにバスタードマーケットに来たゼツヤ。
なんだかんだと寒いと感じながらも、露店が並ぶ広場を歩いていた。
「……雪降ってるな」
天候と言うのはなかなかデータとしては重い。
現代で数多くリリースされているVRMMOの多くは『レルクスプログラム』をもとにして作られているが、ゲームマットとしては優秀な代わりに、必要最低限なものしか用意されていないというものだ。
だが、バグもラグもほとんどないので、結果的に使われている。
「まあ、雪が降っていることが悪いわけではないか」
人が全くこないのに重いデータをわざわざ設ける必要はない。
雪が降っているということは、言い換えるならそれ相応に人が多いということなのだ。
「さて、買取店を開いてるって話だったな……」
そこそこの値段設定をしているところに行けばいいだろう。
そもそも、買取店のような商売は、スキルに寄って多少買い取り価格を高く設定できるとしても、他の店と比較するのが客であり、結果的に、高くし過ぎると客が集中する。
別に客が集まることに問題はないのだが、客に数が多くなるので対応しきれなくなることも多い。
大したコネのない時代と言うのは調子に乗ると痛い目に合うのだ。
「……お、あそこだな」
先天性集中力過剰であるゼツヤは、ちょっと集中するだけで数を正確に数えることが可能だ。
数を数えるとしてもシャリオほどの正確さを出すには少々の時間が必要なのだが、もとから目算レベルしか必要がないのであれば問題はない。
入ってみるとカウンターが並んでいる。
後、買取もそうだが、実のところ、NPCが販売しているような既成品に関しても売られているようだ。
「……あ。そうか。『交渉』は買う時も有利になるから、設定価格よりも低く買えるのか」
値段が気になったが、どうやらそう言うことらしい。
ただ、あれらのアイテムは、基本的には大手ギルドが買い占めているはずだ。どうやって買ったのだろうか……。
とかいろいろ考えていた時、店の出入り口からプレイヤーが一人入って来た。
「ふああ……雪の日はそんなに好きじゃないなぁ……ん?」
ゼツヤが振り返ると、そこには、黒い髪に白いメッシュを入れた少年プレイヤーがいた。
装備はそこまで戦闘を想定したものではない。
なかなか、商人としての雰囲気を持つ感じだった。
ゼツヤと目が合った。
そして、最初に口を開いたのは、少年の方だった。
「……画像で見た格好と同じだな。ゼツヤ」
「で、お前はダムアってことか」
「奥に行こうぜ」
ダムアはゼツヤに言うと奥に歩いていく。
ゼツヤもついて言った。
奥に行った先には、おそらくダムアの私室であろう場所があった。
なんだかんだとバスタードマーケットで店舗を持つほどの規模になったので、ついでに用意しているのだろう。
「で……糸瀬竜一だよな」
「お前は潺春馬だな」
お互いに、疑問ではなく、確認を口にする。
そして、お互いにそれに反対することはない。
お互いに「この話は後にしよう」と言わんばかりに、別の話題に移った。
「ダムア。お前、一体いつからNWOをやってるんだ?」
「大体十年くらいだ」
「俺と同じか」
しかし……なぜ気が付かなかったのだろうか……。
「まあ、俺は今回、戦うつもりはないからな。もともと、金を集めることだけを目当てにやってたからな」
「……じゃあ、俺のオークションの商品をもともと買い漁れる程度のことはやってたのか」
「ああ。何だっけ、『エクスライト・リング』だったか。自作自演であれを手に入れていた時もばっちり会場にいたぞ」
「すごく懐かしいことを……」
そうだな。確か……ええとどこだっけ。
当時、小物集がするボンボンの演技全開だったヘリオスをトップとするブリュゲールにとられたダガーを取り戻すために、わざわざ自作自演までしたのだ。
もうずいぶん前のことのようだ。
……当時、一緒に拠点まで乗りこんだメンバーの名前がさっぱり思いだせないのだが。
「この時期になって『交渉』なんてスキルが出てくるとは思ってなかったけどな。どうせだから使って集めただけだ。それ相応に人脈も持ってるからな」
「ほう……」
「お前の彼女が運営してるアトラクションにも支店は出してるし」
「公式としてはミズハが彼女と言う情報は存在しないはずなんだがな」
「分かるやつにはわかるさ。そしてその上でどうするのかは本人次第だが」
ぶっちゃけ、人気アイドルが交際中だったとしても、よほどのオタクで無ければ大した興味はないとゼツヤは思うのだが……だって、歌って踊っている姿を見たいわけだろ?
まあ、そこまでアイドルと言うものに対して興味が薄く、ぶっちゃけるとBGMとしての機能しか求めないゼツヤの言葉に、まったくもって説得力はないのだが。
「ダムアとしてはどうでもいいってことか?」
「うん」
まあ、そういう奴だということも知っているけどな。
「で、なんでまたこんな目立つようなことをやってるんだ?」
「『交渉』スキルが出てきたしな。それ相応に動くためには、ある程度の知名度も必要でね。それに……警戒されないって言うのがなかなかつまらん」
実力はある。
もちろん。目立つことが良いのか悪いのかは状況に寄るのだが、様々なプレイヤーが表舞台に出てきて戦闘力がインフレしてくると、そこに混じりたくなるのはゲーマーとしては珍しいことではない。
ダムアも、商人としては実力者だ。
戦闘力に関しても高いといえるだろう。
戦闘はしないとしても、戦う舞台はいろいろあるものだ。
その中で警戒されないというのも、なかなか嫌なものなのである。
「まあ、既に、頭がおかしいといえる金額だからな。誰が相手になろうとも、パワープレイで叩き潰せるくらいに稼いでいるが……」
パワープレイと言うのは、簡単に言えば、採算度外視の持久戦である。
商売とは基本的に、金を使って金を稼ぐ手段だ。
汗水たらして稼ぐというのも確かにそれはその通りなのだが、それは現場の人間が持つべき価値観であって、経営者のそれではない。
原価と経営管理費を出して、利益を出す。
そしてそうなった場合、多くの資金を持っているものが大体勝てるのだ。
それプラス、金が大量にあるということは、それ相応の大手の企業と関係を持てる。
で、関係を持てるのなら、それを利用して銀行から金を借りることもできる。
用意できる金額と言うのはそれだけで多くなるのだ。
NWOに銀行は存在しないが、金貸しはいる。
まあ……貸すだけならバカにもできるが、回収できるかどうかは別問題。ということもあるにはあるが。
とにかく、ダムアというプレイヤーは、レイクという通貨が通じる範囲内において、かなりの影響力を持つことが出来るということだ。
「まあ、技術者である俺が経営者であるお前に何を言っても仕方がないがな……それにしても、驚いた」
「何に?」
「俺以外にもいたんだなって。思ったからだ」
「それはお互いのセリフだろう」
「確かに」
二人は、そういって、笑い合った。




