やっぱりバカだこいつ
「ふああ……なんか作業ゲームだな。もうちょっと奥深くにも進んでみるかな。一応手段的にはそろってきてるし」
潜水艦を操縦しながら、ゼツヤはそんなことを呟いていた。
あれからワープ機能も搭載して、即座に帰れるようになったのだ。
ミズハからは『ゼツヤ君は普段からワープ機能ばっかりつけるもんね。将来的に旅行に行けないよ?』と言われた。
交際中の彼女に『旅行に行けない』と言われるとは思ってもいなかったが、それくらいではへこたれないのがゼツヤクオリティ。三日後には忘れる。
「……ん?」
ドンドンとドアあたりで音がしている。
何かが叩いているのか?だが、モンスターが近づけば索敵スキルを封じ込めたマジックアイテムが作動して知らせてくれるはずなので、普通ならわかるはずなのだが……。
ドアに付けられている水圧耐性ガラスを覗く。
そこには、決死の形相でドアを叩いているユフィの姿があった。
「……」
ゼツヤはドアの横についている縦に並んだ二つのボタンのうち、上のボタンをぽちっと押した。
すると、ドア付近に空気の膜が発生し、その空気の膜を水から保持するようにガラスケースが出現して、ユフィを取り囲んだ。
そして、下のボタンを押すと、自動ドアが開いた。
そこには、運動し続けた末にぐったりとしているユフィの姿があった。
「ゼハー。ゼハー。あ~酸素のありがたみが分かります~」
しかし、この水圧耐性ガラス、そこまで強固なものではないのだ。
NWOでは、深さに寄って常時発生ダメージが発生するのだが、現在、深海千メートル。リアルなら一平方センチに百キロの力がかかるので、体が持つかどうかは良く知らないが、息が続かないとかそれ以前に魚の餌になるのだが、それはいいとして、ゲームのアバターなら生きることはできる。
ただし、深海なので光はものすごく薄い、と言うか真っ暗。ていうか、深海200メートルの時点で植物は光合成できないけど。
一応、ゼツヤ作成の潜水艦『深く潜れる君』は高性能ライト型のマジックアイテムを搭載しているし、各種レーダーもマジックアイテムで再現しているので問題はないのだが、良く生きていたな。
多分、自動回復のスキルが間にあっていたとかそんな感じだと思うが、カナヅチにはつらいものがある。
……というか、何があったのだろうか。
しかし、高校一年の16歳になって酸素のありがたみが分かるというのも変な人生だ。
とりあえず、ガラスは耐えられないのでさっさと潜水艦の中に運び込む。
「で、何があったんだ?」
本来の体ではなくアバターなので、ほんの少しの時間でしゃべれるようになるはずだ。
「はぐれてしまいました」
「それは分かるが……」
一応メールするか。
『おーいレイフォス。ユフィを確保したぞ』
メールの返信はすぐに来た。
『そうか。すまないが座標を送るので来てほしい』
『分かった』
うーむ。まあいい。連れていくか。話はそれからだ。
「連れていくことになった」
「分かりました」
ホッとしているユフィ。
よほど怖かったのだろう。ゼツヤも経験があるのでよく分かる。
まあ、その時は本体を出したのでトラウマにすらならなかったが。
十数分後、レイフォスの船を発見。
実のところ、ゼツヤが作った船は全て、潜水艦『深く潜れる君』のレーダーに引っかかるように作られているので発見は容易にできるし、オマケに船底には接続、そのまま移動できるような設備が設けられている(接続は近くに行けば自動で行える)ので、苦労することなく移動出来た。
「久しぶりだなレイフォス」
「ああ。よかったよかった」
レイフォスはホッとしている。
「で、何があったんだ?」
「ええと……シャリオ、簡単に説明宜しく」
「何故俺なのかわからんが、まあいいか」
シャリオが説明を始める。
「まず、俺達は船を使っていろいろ回って、たまには違う船と戦いたいって意見が出たんだ」
「海上戦闘をしたいってことになったってことか」
「そうだ。そして、二時間たっても全く発見できなかった」
「海は広いからな」
「ああ。で、ユフィは言いだした。『海の上を走れるし、船よりも早いので、偵察をしてくる』と」
「……」
「実際問題、俺達の中でユフィ以上に早く動ける奴はいないからな。瞬間的に言うと分からんが、長距離移動としてみるとユフィにはかなわん」
「NWOは数字に支配された世界だからな」
「そうだ。そして、提案するとともにユフィは走り始め、一分もしないうちに水平線の向こうに消えた」
早すぎるだろ。
「そして、その数秒後、サーガがぽつりと言った。『方向音痴で視力がいいわけではないユフィが、何の目印もない大海原に乗りだしたら……』と」
「……続けてくれ」
「俺達は大慌てで、ギルドのメンバーの位置を特定していたりするんだが、これがもうものすごい勢いでマップ上のアイコンが動くものだからやってられない。どっちに行けば帰れるのか、その方向をユフィに指示したとしても、まるで意味はなかった。『右に四十度方向転換』とメールしても、アイコンは左に九十度進路を変えるからな」
このあたりからユフィは赤面しているが、ゼツヤはあえて指摘しなかった。
「しかも、俺達はメールの文面はバラバラで、必然的に、方向変換の指示のメールも、書き方が異なる。迷子になったことに気が付いたユフィに、そのようなバラバラの指示メールが理解できるはずもなく、超高速で動き続けなければ海の上では沈むからな。結果的に、がむしゃらにユフィは海を走り続けた」
「途中で、『号泣しながら走り回るクリムゾンの上着の少女』というスレができていたな。まあ、知っているものはそのほとんどがユフィのことだと理解できただろう」
セルファがぽつりと言った。
ゼツヤは聞き流すことにした。
「そして慌てていること数十分。ついにユフィは力尽きた。アイコンの動き方が変だったからたぶん転んだと思うが、それはそれとして、胸だけは大きいからてっきり浮くと思っていたが、ドジなユフィはがむしゃらにウィンドウを操作して金属装備を一部装着、そのまま沈没したというわけだ」
「で、深海千メートルに来たところで、俺の潜水艦を発見、ドアを叩いていたのに気が付いて中にいれて、メールして……今に至ると」
「そう言うことだ」
ゼツヤはふむ、と頷いた後、こういった。
「……バカだろ」
「ああ。ゲームだからバカをやっても多少問題はないが、ちょっとバカなことをやりすぎたと少々思っている」
まあ、海の上ではよくある話だ。ステータスだけは無駄に高いからなこのギルド。
「正直、レムがいなくてよかったと思っている。あのガチの爆走幼女がいるとロクなことにならん。たぶん今回以上にカオスなことになっただろう」
サーガが言った。
「私もそう思うわね。レムちゃんには悪いけど」
クラリスも続いてそう言うので、自分の娘を酷評されたセルファがへこんでいる。
「……自動展開する浮き輪。作っておいた方がいいか?」
「正直ほしいが、高校生にもなって浮き輪を付けるというのは……ユフィはそこまで身長が高くないことを考慮しても、黒歴史にしかならんからな」
シャリオ、さっきから言葉を選んでないけど、よほど疲れてるんだな。
「なるほど、必要以上に状況は理解した」
こういうバカなことが起きて将来的な馬鹿話のネタが生まれるからNWOは止められないのだが、それにしても……苦労する連中である。
「まあ、困ったことがあればまた連絡しろ。オラシオンだからな。アイテムで解決できるのなら相談には乗る」
「助かる」
……はぁ。こいつら馬鹿だな。




