『セーフ』か『アウト』か、と言うレベルではない。
「で、夏休みの宿題を一日で仕上げることになったわけだな」
「死ぬかと思った……」
九月一日。
なんだかんだ言って地獄から抜け出しているのか、それとも地獄の続きなのかよくわからない日である。
始業式も終わり、宿題を提出して、放課後。
竜一は机に項垂れて撃沈していた。
その隣では道也が溜息を吐いている。
「まさか夏休みのほぼすべてを使うハメになっていたとは……そこまで苦労する相手だったのか?」
「段階と言うものがいろいろあってね。まあ、時間がかかったんだ」
なんていうか、そう言うことにしておいてほしい。そういう気分である。
「ところで、プレシャスコードの方ではうまく行ったのか?」
「ああ。まあ、本体の方を出したからな」
「……それに関しては、ご愁傷さまと言っておこうか。もちろん敵組織にだが」
やかましい。
「で、桜は朝から見ていないが……欠席か?」
「今日はなんかドラマの撮影があるらしいな。今日が金曜日で始業式。明日、明後日と休日で時間があるから、その間にいろいろやってしまおうという感じだ。日曜日はホールでイベントだからそこまで時間使えないみたいだし」
「なかなかハードスケジュールだな」
「勘がいいから手の抜きどころが分かるって言ってたぞ」
「……」
道也は苦虫を噛み潰したような表情になったが、溜息を吐いて表情を戻した。
「とにかく俺は疲れた……」
「来週から体育祭の練習が始まるぞ」
「……なんでこのクソ熱い時期に体育祭なんてやるんだろうな」
「知らん」
まあ確かに知らないのは当然だ。ていうか、校長に聞いたところで納得する意見が聞けるかどうかは謎である。聞いてみようとする勇者はこの世にはいない。
「で、体育祭が終わったら中間テストの期間になるからな」
「道也って時事問題の成績ゴミだもんな。しっかり予習しとけよ」
「うるさい……ん!?」
急に変な声になった。
「どうした?」
「新着ニュースを見ていたんだが……セインベール女学院にセリュアル王国の王女が留学してきた」
セインベール女学院は、沖野宮高校の隣の隣にある学校だ。
この地域にしてはすごいレベルで偏差値も高く、周辺も都会レベルで発達している。
因みに、竜一の母親の母校である。
「……セリュアル王国の王女ってセトナだよな」
「ああ……」
「なんでこんな辺境に?」
「いや、辺境と言うほど辺境ではないがな。東京からも近いし」
「だからってなぁ……」
なんだろう。すごくいやな予感がする。
「今日はもう帰った方が良いな。ていうか、放課後なんだし、帰ってもいいだろ」
「その通りだ」
竜一は席から立ち上がると、教室のドアを開け……ようとして閉じた。
(ちょっと金髪が見えたような気がするな。おかしい。沖野宮高校に金髪の生徒はいなかったはずだ)
竜一は全速力でもう片方のドアに移動して、ドアを開け……ようとして閉じ……ようとして、その扉がガシッと掴み止められた。
「……(汗)」
竜一は自分の頬が引きつったことを感じた。
「いくらなんでもひどいのではないですか?」
閉めようとする竜一の力を上回る膂力でドアが開けられる。
そこには、にっこりと微笑むセトナがいた。
「そんなことはない。と俺は思うんだが、それは俺だけか?」
「……」
おい、道也。なに我関せずを貫いてるんだ。ちょっとは援護しろ!相棒だろうが!
「今のあなたに味方はいませんよ。さあ、行きましょうか」
そう言って竜一の手を取ろうとするセトナ。
だが、ここで竜一のメールボックスの着信音が響いた。
しかも、セトナにも聞こえる設定だ。
竜一はメールを開く。
桜からだった。
【竜一君。『八月十六日』って言ってみて】
どういうことだろうか。
まあ言ってみるとしよう。
「八月十六日」
言ってみると、セトナの頬がピクッと震えた。
そして、出していた手を引いた。
「……今日のところは引いておきましょう。それではまた」
セトナは去っていった。
一体、どんな意味があるのだろう。
「……女同士の水面下の戦いは、なかなか苛烈だな」
「……だな」
軍配がどちらに上がっているのかは……若干で桜かな?
さて、困ったことになったものである。




