竜一の精神構造
「セカイ。少し聞きたいことがある」
「何だいリオ。君が質問なんて珍しいじゃないか」
とあるVR空間……と言っても、NWOではない。
今では、二人だけであって簡単な遊戯を楽しむという感じで無料のVRソフトも普通にあるので、そこに入っていた。
将棋盤がテーブルにおかれている。
「お前、なんでNWOを作ったんだ?」
「変なことを聞くね。というより、十五年以上も前の話だ。覚えていないって言っても不思議ではないと思うけど」
「お前はそうではないだろう」
確かにね。と言いながら、セカイは飛車を動かした。
王手だ。
そして、リオに逃げ道はない。
「質問の瞬間に鈍ったね。まあそれはいいか、質問に答えよう。何故僕がNWOを作ったのか。それは君が考えている通り、ゼツヤの対策だ」
セカイはウィンドウを操作すると、トランプを出した。
「対策、とは言うが、実質、不可能だろう」
「確かに不可能だね。先天性集中力過剰症。何かと面倒だけど、一番驚異的なのは、その膨大な集中力に寄る学習能力だ。学力における天才クラスの人間は一度見たものを忘れないというけれど、彼は本来それを可能にするし、数学オリンピックの人間の計算速度を軽々と超えることもできる」
セカイは溜息を吐いて五枚ずつ配った。
「変更はなしだ」
「僕も」
お互いに持っているカードをテーブルに置くと、お互いにロイヤルストレートフラッシュがそろっていた。
ただし、リオはスペード。セカイはハートだ。リオの勝ちである。
「NWOは生産において自由度の高いゲームとされているけれど、これの根本的なシステムは、既に二千年初頭に、VR学園ができた当時に組み上げられていたものだよ。言ってしまえば、基本プラグラムを用意して、それに沿った数値データを生産によって入力、出来上った式から答えを出して、アイテムを生成する」
「VR学園?」
「御子柴秀峰と言う男をGMとした学校さ。まあ、当時はそこまでVR技術がそこまで進んでいたわけではなかったから、大きい組織がバックにいたみたいだけどね。確かそのVR技術の基盤プログラムも、たぶんコードネームだと思うけど『レルクス』という者から送られたものらしいよ」
「……まあ、そのあたりのことは後でいいだろう」
「そうだね」
確かにそれに関しては後でいい。
「この生産プログラムだが、言ってしまえばパズルのようなものでね。何回も何回も生産を行うことで、彼はそのパズルを解読してしまった。彼が生産で苦しんでいるのは、僕が例外法則をインストールしたからであって、おそらくそれらが完全解明されるのも時間の無駄だろうけどね」
「基盤データが解読された以上、素材的な条件さえそろえることが出来れば、何でも作れるって訳か」
「そういうことだ。ただ、そうした状況を作りだして、自由度を高めておいたのが結果的には良かったのだろう。彼はその力を、『リアルで振るうことはなかった』からね」
「そうだな」
自己流で勉強はしているだろうが、本格的に動いていないことも確かだ。
「彼はこの世界に入った瞬間からすさまじい生産能力を発揮していた。そして今、彼はとあるサーバーで、その場所に存在する需要を全て根こそぎ奪い去ってしまった」
もし、その生産能力をリアルで振るわれていたらと思うと夜も眠れない。
「リオ。君にエッセンススキルを持つもの達の倫理観の植え付けを依頼したのは僕だ。それは覚えていると思うけれど、あれがなければ、NWOと言う世界を用意したとしても、彼はすべてに追いつき、そして満足しては慣れて言ったことだろう。そうなれば、リアルで振るっていても不思議ではない。感謝しているよ」
「スペックだけは高いからな」
「そうだね。ただ、本体の彼にかなうのかどうかは、僕としてもわからないけど」
赤い目のゼツヤ。
そもそも、ゼツヤは生まれつき赤い目だったのだ。
そして幼稚園に通っていた時代に、既にその学習能力によって自分の『次元の高さ』を自覚していた。
末恐ろしいというより、セカイには理解ができなかった。
神童。と言うだけならばまだいい。
だが、ゼツヤは神童だとか天才だとか、そう言うレベルではない。
人としての限界を超えることはできないが、摂理のぎりぎりまで踏み込むことができるほどのスペックを持っている。
天才ならまだかわいいものだったが、それ以上の次元に立っているのだ。セカイは親戚ではあるのだが、それはそれとして、幼いうちに合うことができていてよかったと思っている。
「僕がNWOを作った理由。その本当の理由と言うか、完成させようと思った原動力となったのは、ゼツヤが暴走した時、それをNWOの破滅というだけで止めようと思ったからだ。この世界は、確かにいろいろなものを積み上げてきたが、所詮は0と1でしか作られていない。いくら暴れたところで、リアルの需要に影響があるわけではないからね」
少々、想定外だったこともある。
「想定外だったのは、彼があのホテルの調度品を作った時だったかな」
「ああ。あれには驚いた」
ホテルで並べられたあの調度品。
とてつもないほどの技術が含まれていたし、過去に存在していたが、後継者不足によって廃れてしまった概念まで存在していた。
「あまりにもすさまじいものだったよ。あの時は赤い目ではなかったから妥協していたはずだ。ただ、妥協していても、あそこまでの完成度を持っているということそのものが恐ろしかったよ」
「文字通り、需要を奪い続けることが出来るということか」
「彼を求めて戦争が起きるレベルにまで発展する可能性も否定はできないよ。まあ、地球の資産の四割を牛耳っている君に言うのも妙な話だけどね」
「……どういうコメントをすればいいんだ?」
「別に返答を求めてはいないよ。ただ、言いたかっただけだし」
セカイはフフッと笑った。
「ただ。彼は危険だよ。好きなだけ暴れてもいいから、NWOだけにしてほしいものだ」
「確かにな」
「それはそれとして……ミズハだったかな。彼女がこれを知ったらどう思うだろうね」
「すでに知っている」
「え?」
「自分で気が付いたそうだ。で、ゼツヤに実際に聞いて確認したみたいだな。その上でまだ続いている」
「なかなか素晴らしいことだ」
恋は盲目とは言うものの、何かとすさまじいレベルである。
「彼女は制御としての役割もあるかもしれないね」
「あり得るだろうなぁ。しかし、子供っていうのはわからんもんだ」
「そういえば君にもいるよね。女の子が生まれていたはずだよ」
「ああ」
「どうなんだい?」
「……」
リオは何も言わない。
「……何かあったのかい?」
「……レムに気に入られたようだ。将来がかなり心配だ」
レムというのはセルファの娘だ。
あのわけのわからない思考回路の女の子である。
「……ご愁傷様」
「それだけは言わないでほしかった」
レムに気に入られたというのはどういうことなのやら……。
「どんな感じになるのかはわからないが、気を付けるようにね。予想できないから」
いい感じにストッパー担ってくれることを祈るしかない。
……のだが、ストッパーがいたとしても踏み砕いて進みそうだ。意味などあるのだろうか。
「まあ、その話はいいとして、ゼツヤの話に戻ろう」
「ああ」
「まあいろいろ言いたいことはあるよ。でもまあ……プレシャスコードの世界で暴れてくれるのはありがたいね」
「それは確かに」
自分のサーバーで赤い目で活動されると目も当てられない。
そう思えば、楽だった。
(とはいえ……いくら父親譲りとはいっても、なかなか自重のない子供だよ。まったく)
セカイは、そんなことを考えていた。




