VRMMOにおける偽札ギミック
「た、確かにそれならわかりますが、ゲームの世界で偽札など作れるのですか?」
明らかに動揺しているセトナ。
「作れるよ。ただ、この世界の流通通貨は、言葉に表すとレイク。もしくはクートだが、金貨でもある」
「ああ。なるほど」
入手した通貨は電子データとして表示されるが、これらをオブジェクト化することもできる。
その際、金貨一種類のみなのだ。
「では、その金貨を作っているということなのですか?」
「いや、金貨を作ったとしても、その金貨は『金貨のように見えるただの石ころ』とシステムが判断するだけで、金になると言うわけではない」
「?」
「まあ、順に説明するさ」
ゼツヤは金貨を一枚オブジェクト化した。
表には、奥に盾があり、その手前に交差する双剣があるという、そこかの画像データをそのまま使ったようなものだ。裏には『1』と刻まれている。
当然、材質は金。
「この一枚のクート金貨だが、こうしてオブジェクト化している時は、一つの『耐久値無限アイテム』の一つでしかないんだ」
「そうなのですか?」
「あと、装備アイテムとは違って、こうして出している時はそもそも俺の所有物だと扱われない。当然、ウィンドウに表示されるクートの残高も1減っている」
セトナも自分で確認している。
頷いたところを見ると、そうなったようだ。
「ですが、出した時点で自分のアイテムとは扱われないのですね」
「ポーションでも丸薬でも変わらんよ」
そこは大して問題ではない。
「重要なのは、この世界において、『誰の所有物としてもシステム的に認められない通貨』が存在できる状態が存在するってことだ」
「もしオブジェクト化されていても所有者が決まっている場合、作った硬貨は誰のものでもないわけですから、その時点でシステムがエラーを発生させるということですか?」
「納得できるのならそれでかまわない」
「ですが……偽の金貨を作ったとしても、それは金貨のようなアイテムとして扱われるだけなのですよね」
「普通ならな」
「例外があるのですか?」
もちろん。
「というか、いくらゴミ運営だからって、金貨をそのまま作ってたらさすがに何か言うだろうしな。まあ、論より証拠だ」
ゼツヤは宿屋の部屋の中で、そのあたりで拾ってきた石ころとビーカー、後は液体が入った瓶を取り出す。
瓶の中の液体をビーカーに入れて、そのビーカーに石ころを入れた。
「……?」
セトナにはわからないようだ。
「……もう十分だな」
ゼツヤはビーカーの中にいれた石ころをセトナに投げ渡す。
危なげなく受け取ったセトナが石ころを見る。
「これは……」
「ストレージに格納してみろ」
セトナは格納した。
「……アイテムが格納されていない?まさか……」
そして、理解できないといった表情になった。
「クート。1だけ追加されてるだろ」
「追加されています。ですが、訳が分かりません。石ころが、金貨になり得るとは……」
まあ、普通なら考えられないか。
「一体、その液体は何なのですか?」
「液体型のエンチャントアイテムだ。これに付けておくと、格納するとき、その保存先がクートの残高になる」
「……保存先を変えることなどできるのですか?」
「できるよ。アバターに直接影響が出るアイテムだったり、大切なものを入れておく場所に強制的に送っておいたり、まあ他にもいろいろあるが、こういった保存先の変更ができるアイテムはいくらでも存在する」
「その液体の効果は……」
「当然、保存先を『クート』にする。この世界のオブジェクト化される通貨は金貨一種類だけだから、格納された時点で、アイテム一つにつき1クートになることが確定する」
セトナが液体を見ている。
「では、偽の金貨を作っているプレイヤーは、これを使って……」
「まあ、他にも似たようなことが出来るアイテムはあるだろう。保存先がクートになれば、どんなアイテムもクートの表示残高を変更するアイテムに変わるからな」
ついでに、と言って、ゼツヤは続ける。
「この増やしたクートをオブジェクト化するとき、当然それは金貨になる。なぜなら、1増やしたと言う情報以外必要がないからな。もとより、金貨は耐久値無限アイテム。形状変化もない。あと、所詮、買い物の時に決済として扱うツールでしかないうえに、ほとんどの場合オブジェクト化されることすらないから、ウィンドウに表示されている残高しか見ないんだ。結果的に、さっきの石ころであっても、保存さえしてしまえばそれはクートになるんだよ」
「本体の方では可能なのですか?」
「いや、本体の方では不可能だ。俺がGMコールで報告したからな。それ以前に行われていたのかどうかは分からないが」
セトナは液体を見ていう。
「これが、偽金貨の作ったからくりなのですね」
「そういうことだ」
この液体があれば、いくらでもクートを作ることが出来る。
自由度が高いゲームと言うことは、それだけ、想定することすらないであろうアイテムが出回るということだ。
オンラインゲームをしている時、自分が使っている通貨が、誰かが作ったものだと誰が想像するだろう。
「これを使っているヤツも、別にルール違反にはならないんだ。リアルの法律はゲームの中では適用されない。だから、罪だということはできない」
もう、我慢する必要はない。
「だが、そいつらは、本来、何かを積み上げて得るはずのものを、こんなことのために使っている。ルール違反ではないさ」
もう、妥協する必要はない。
「ただ、マナー違反にしても限度があるってもんだ。それすらもわからないバカどもの目を覚まさせてやる」
もう、躊躇する必要はない。
「本体にいるプレイヤーの舐めてるって言っていたな。なら、支配するって言うことがどういうことなのか教えてやろうじゃねえか。この世界にいるクズどもから、血の気を引っこ抜いてやる。骨も残してやらねえから覚悟しやがれ」
一度閉じて、そして開かれたその瞳は、全てをくらうかのように、真っ赤になっていた。




