純粋に不愉快
「……どうなっているんだ?これは」
「何かあったのですか?」
数日間ではあるが、プレシャス・コードの世界を過ごしたゼツヤだが、納得できないことがあった。
「いや……いろんな町のマーケットに行ったし、いろんなモンスターを倒した結果思ったんだが……価格設定がな……」
「価格設定……ですか?」
「ああ」
ゼツヤが感じたのは、プレイヤー数がそこまで多くないにしては、金払いのいいものが多すぎるということだ。
「そうでしょうか。あまりそう思ったことはないのですが……」
「それはセトナが稼げるからだ」
十年以上生産職をしているゼツヤは、一つのアイテムに対する供給力と需要を把握することが容易にできるのだ。
その結果として思ったのは、あまりにも金払いがよすぎるのである。
「プレイヤー数が多くないとしても、この世界の歴史も、そこそこ長いですよ?」
「それもそうだけどな……」
いろいろと、納得できないレベルなのだ。
普通に考えれば高額であっても文句を言わない理由。
それは一つしかないのだ。
砕いて言えば『流通する通貨が多いから』である。
オンラインゲームでは気を付けるべきことではある。
なぜなら、ファンタジーを舞台とするRPGという前提である以上、モンスターの存在は不可欠だ。
モンスターを倒してもアイテムしかドロップしないゲーム、ゲーム内通貨とアイテムがドロップするゲーム。いろいろあるが、NWOの場合は当然『ゲーム内通貨とアイテムが別概念でドロップする』と言う形式だ。
要するに、モンスターを倒せば、本体の方ではレイクが、こちらではクートが手に入る。
これは確実である。
そして、アイテムを売買するとき、プレイヤー同士でその取引を行う場合、その通貨はプレイヤー同士での決済のツールになる。
NPCからアイテムを買った場合……少なくとも、運営が配置した店のNPCからアイテムを買って、それを通貨で払うとき、その通貨は消えるのだ。これは個人用のRPGをしたことがあるものは当然わかる。
ただし、プレイヤー間で取引した場合、その通貨はプレイヤーの間で出回る。
だが、モンスターを倒すものがいる以上、プレイヤー達が持つ通貨の総量は増えていくのだ。
流通通貨が増えていくと何が起こるのかは、先ほど言ったように物価の上昇である。
そのため運営と言う組織は、この流通通貨を減らすための処置をする必要がある。
自分たちが配置したNPCがものを売っているが、その値段が基準にならない状況と言うのは好ましくないからだ。ゲームバランスの話である。
だが、NPCに販売させるものの値段を上げるのは、プレイヤー達が持つ基準の変更と同じになるし、そう言ったことはプレイヤーが対応できないときがある。
NWOの中で対応策として行われているのは、『運営にゲーム内通貨を大量にはらうことで購入できるアイテムやシステムの設定』である。
まあ、一番簡単な例は『家』だ。
他にもいろいろあるが、そういった高額の何かが少なからず用意されているのだ。
一度に大量の通貨を消費させることが出来る。ちまちましたものは自分で用意できるのだが、家と言う規模になると話は別だ。
「少なからず高額のものがあるからな。これは異常だぞ。NPCの店なんて何も売られていなかったしな」
NPCで売られているものは何一つなかった。おそらく、どこかの商業ギルドが予約するか、それとも張り込んでいるか、簡単に言えば、売られた瞬間に買い取って、それを回しているのだろう。
「確かに……NPCの店に行ったときには何もありませんね」
「だから、多くのプレイヤーは、NPCが運営する店ではなく、プレイヤーが運営する店に行こうとする。売りに行くときもそうだ。値段的には、プレイヤーに売った方が絶対に高く買い取ってもらえるからな」
「そうでしょうね」
そういう経済状況になってしまっているのだ。
「そして、運営が設定した超高額システムが存在するのに、流通通貨が多すぎるんだ」
「ですが、運営はゲーム内通貨に限度など設けないと思いますよ。それに、低コストで作れて、高額でNPCに売れるものもあるでしょう」
「……まあ、そうだろうな」
それに関しては否定しない。
だが、ゼツヤが言っているのは、それを考慮したうえでの話だ。
「そう言えば、そもそも運営はこのことを知っているのでしょうか」
「不可思議ではあるが、GMコールが存在しないようなゲームだ。今更、流通通貨が多いなんていったとしても何も言わないだろう」
「……そういうものなのですね。そう言えば、本体の方は、流通通貨に関しては把握しているのでしょうか?」
「まあ、別に難しい話ではない。プレイヤーが何もないところから通貨を生み出す方法は、運営が配置した何かを利用すればいいだけだからだ。モンスターを倒すにしても、クエストを達成するにしても、NPCにアイテムを売るにしても、それは変わらん。だから、その全てをカウントするプログラムがあればいい」
逆に、プレイヤーが持つ通貨が消滅するのは、運営が配置した何かを利用して、通貨をはらった場合だけだ。そのすべてをカウントすればいい。
「……あ、そういうことか」
自分で説明していくと、ゼツヤは今現在何が起こっているのかが分かった。
「何か分かったのですか?」
「俺が一番イラつくことが行われているんだよ。ちょっと調べるか」
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いろんなマーケットに行ったり、いろんなモンスターを倒したり、いろんなクエストを受けることで、ゼツヤはそれを確信した。
「……なるほど、もう分かっちまった。クソどもが」
ゼツヤは露骨に舌打ちした。
「どういうことなのですか?」
「セトナ。『運営でばらまいた金』を『-』、『プレイヤーが持っている金』を『+』と仮定して、その二つを足すとどうなると思う?その二つの間でいろいろ取引はあるだろうが、第三者の存在を抜きにして考えてくれ」
「それは当然、0ですよ」
当たり前だ。
例えば、小遣いとして子供に千円を渡したとすれば、他の誰かが子供にお金を渡さない限り、その子供の小遣いが千円から増えることはない。
「おそらくこの世界は、その数値が0になっていないんだ。さっき砕いて言った例だと、『+』……ようするに、プレイヤーが持っている金が多いってことになる」
「……本来起こりうるのですか?」
システムに管理された世界では、そう言ったことは本来起こり得ない。
セトナにも若干、分かりにくい状態になったか。
「リアルで考えてみな。政府が作った量を超えて、国民が金を持っていたとしたら?」
「……まさか」
セトナも気が付いたようだ。
「そういうことだ」
ゼツヤは言った。
「この世界の誰かが、コソコソ隠れて偽札を作っているんだよ」




