情報屋の苦労と本場の違い
さて、延々と同じような感じの通路を通り続けている。
途中に部屋があったので、そこで食事中だ。
「それにしても、ダンジョンでもここまでおいしいものが食べられるのはいいよね」
「ストレージ内部だと、出来立てほやほやで入れても冷めるからな」
アルモとサターナは角煮を食べながらうなずいていた。
「……しかし、長いよなぁ」
「師匠。大丈夫?」
「ミチヤ。顔色悪いぞ」
「だって、通路の雰囲気全然変わらないんだもん……」
そう言うことは全く無いわけではないし、経験したことが無いと言うわけではないが、普段、素材を自分で取りに行かずにNPCに任せることも多いゼツヤだ。
結果的に、パターンによってはなれていないものも存在する。
「それにしても、マップを見ても、まだかなり先は長いよ」
「食料とか足りるのか?」
サターナが残りの食料の心配をするのは分かる。
ダンジョン作成と共に『空腹度』のパラメータが設定され、ストレージの中に、食料を入れることが必要になった。
異世界転移ファンタジーのように、携帯食料が必要になるわけではないが、それでも、かさばるのは確かである。ストレージ内では冷めることはあっても、耐久値が減ることはない。
だが、それでも、数が必要になる。
しかも、空腹度は、動いたその分だけ多く消費する。
結果的に、必要と言えば必要なのだ。
今まで面倒ではなかったのだが、なかなか無視できないデメリットが来るからである。
「……そう言えばさ。師匠って、剣の能力でモンスターを出せるんだよね。それを利用すれば、騎乗モンスターのような感じで、わざわざ僕らが走る必要ってないんじゃ……」
アルモの呟きはもっともであり、そして、あまりプレイヤーが考えないことでもある。
騎乗手段はそこそこあるのだが、職業やスキルによっては、多額のレイクをはらう必要が出るからだ。
払えないわけではないが、普段から頼るにはちょっと遠慮したい金額なのである。
確か、『交渉人』という職業を持っている者は、買うときは普段の二割引きで、売る時は普段の三割多く売ることが出来るらしい。あくまでもNPC相手だけだが。
まあそんな感じで、二割引きで騎乗モンスターをレンタルすることもできるらしいな。ゼツヤ達には関係ないが。
「いや、何かそのシステム。このダンジョンでは無効になっているんだよ。アイテムを作る方は問題ないんだが……」
要するに楽することはできないのだ。
「まあ、せっかくモンスターのいない安全エリアにいるんだ。世間話でもするか?」
「……そうだね」
何か話題あるかな……。
「そう言えば、アルモは探偵で、普段は情報屋をやっているんだったよな」
「そうだよ」
「何か苦労とかあるのか?」
「そうだねぇ……」
アルモは思いだすように目を閉じた。
そして、話し始める。
「いろんなところにアンテナはってるから、情報量は多いけど、無理なものは無理って言うのは僕にもあるからね」
「例えば?」
「無理だって即断したのは『オラシオンが生み出した最高の武器を超えるものを作りたいからレシピを教えてほしい』ってことだったかな。無理だって……」
アルモ本人の師匠がゼツヤだからな……。
「あと……生産職の人からは結構来るかな。レシピ関連が多いよ」
「知っていて損はないからな」
「まあ、それは僕よりも師匠の方が分かるかな」
「まあな。何度か言ったことがあると思うが、NWOでは、『誰かにできることは、誰にでもできる』って言うのが、もう法則みたいなものだからな」
無論。よほどステータスに違いがあったり、職業が関係ないものだと無理が生じるが、ステータスを補うことはできる。職業は一応、変更することは可能なのだ。職業にもレベルのようなものがあるが、これは、変更したとしても下がらないからだ。
「そうだな。まあ、『創造神』になる道は遠いと思うが、もしなることができて、作るための道具まで同じものがあるのなら、レシピさえあれば、俺と同じものが作れる」
「状況さえそろえることが出来れば。ということか」
「そう言うことだ」
少なくとも、生産系のスキルをマスターしなければ無理な話である。
「あとねぇ……僕も生産職だから感じているけど、低ランク素材を、本当の意味でバカにするって言うのかな。エリート思考が強い客だったと思うけど、そう言う人もいたよ」
「そう言うことだ?」
「確か、錬金スキル保持者で、素材販売を生業とするプレイヤーだった」
「ああ、いるな。そういうの」
武器や防具ではなく、素材を売るものもいる。
錬金と言うのは、専用の機材がそこそこ必要であり、専用の水も集める必要がある場合もある(必ずしも必要ではない)ので、他の生産スキルと合わせて持つのは少々つらい部分もある。
……俺が言えたことではないが。
「強い素材と強い素材を合わせれば、さらに強いものになる。これを、本当の意味で考えているって感じだったかな。それ以外の意見を持っていなかった」
NWOにおいては、それは正攻法であるが、ある意味で誰にでもできることだ。
なぜなら、NWOに存在する全てのアイテムは、
・モンスタードロップ
・クエストリワード
・採取ポイントでの入手
・NPC販売品
この四種類を除いて、全て最初から存在しない。
確かに、強いモンスターを倒す。高難度のクエストをクリアする。困難な採取エリアに到達する。高価なアイテムを扱う店に行く。といった手段を用いることで、自らの生産能力に関係なく、強い素材を手に入れることは可能だ。
だが、生産職と言うのは、その先を行く必要がある。
無論。素材を入手するという時点で、その四種類の段階を踏む必要がある。
高価なNPCショップの素材を買っただけでも、強い装備は作れるだろう。ゼツヤだってできる。
そしてゼツヤ本人も、直剣『絶夜の創造神剣・ORASHION』を作るために、数多くのクエストをクリアした。
だが、そこから『マテリアル・オリジン』を生み出すためには、特殊な錬金液が必要になる。
単純な話ではないのだ。
「エリート思考が強い生産職は、NWOにもそこそこいるけど、誰もが言う。『今知っている中で一番すごいものを教えてくれ』とね。まあ、僕も情報屋だから、もらったレイク相応の情報は教えるし、僕が掲示したレイクを本当に払ってくれた場合は、知っている中で一番すごい素材を教えるさ。だけどね。ああいうのは、あまり好きじゃない」
「まあ、そうだな」
「ふむ……俺は生産はあまりしないからわからないが、そう言うものなんだな……」
サターナは刀使いであって生産職ではないからな。
「生産職って、今の段階で始めた人にとっては、ちょっと難しい領域だからね。売れるには」
「そうだな……」
生産職の共通認識としては、『自分が作ったもので戦ってほしい』『自分が作ったもので楽しんでほしい』『自分が作ったもので強いやつになりたい』という物だろう。
誰かに作ってもらうと言う意味ではなく、ただ新しいものを見たいという『研究思考』のプレイヤーもいないわけではないが、少数だ。
出遅れる。
今の段階だと、それがもっとも大きいだろう。
「ただ……レア度の低い素材を、軽く見ている、もしくは、見ようともしない。細工師でいえば、宝石の原石には興味を示すけど、道端の石を眼中にしないって感じかな。料理人で言えば、高級食材しか使おうとはしない人って感じだね」
「優秀な生徒を育てることしか考えない教師みたいなもんか。ゼツヤはどう思う?」
そうだな……。
「腕次第だな」
ゼツヤは部屋の隅の方に、手のひらサイズの石が二個あるのを発見して、それを持ってきた。
そして、そのうち一つを握って、錬金を使う。
すると、赤く光る宝石に変わった。
それをアルモに投げ渡す。
「鑑定してみろ」
アルモが鑑定スキルを使ったようだ。
そして、明らかに驚愕している。
「道具も何も使わずに、一瞬でこれか。この宝石でも、かなり高ランクの装備を作れるよ」
「だろうな」
ゼツヤはストレージから簡単な細工セットを取り出すと、残った石を削って行く。
そして、それは数秒で小さな城の模型になった。
「すごいね」
「ちなみに魔法効果付きだ」
「どんな効果だい?」
「半径10メートルのパーティーメンバーの攻撃力を一割増加だ」
「あんな石から作ったとは思えないね」
「ま、細工師は、この領域に立つのには時間がかかるし、そもそも、機能性重視ではなく、多くの場合は見せるものだ。だが、本当の意味で本物だったら、宝石だろうと、道端の石だろうと、どちらにしろたいして変わらん。料理だって、俺ならそこらにあるスーパーから買ったもので二ツ星くらい作れる」
「じゃあ、あのチーズケーキって……」
「材料は買ったわけではないが、買ったとしても200レイクだ」
「そう言うものなんだね」
まあ、極端であることも否定はしないが。
「本物か……」
「そう言うことだ。精進しろよ。生産に関してはアルモもな」
「分かってるって」
サターナは、この雰囲気の中、いい師弟だと思っていたらしい。




