師弟の差
「師匠。来たよー」
アルモがゼツヤのいる部屋に入ると、ゼツヤはすっかりとうなだれていた。
半ば死んだような目で、ゼツヤは呟く。
「お前、相変わらずテンション変わらんな」
「まあね。ん?サターナはいると思ったんだけど」
「お前と入れ違いだ。トレンチコート、作ったんだな」
「そうだよ。『オーディンの庭』っていうエリアでとれる『逆なでのコットン』っていう素材で作ったんだ。いまのところの、僕のお気に入りにして最高傑作だよ」
「そうか」
「ん?リアクション薄いね」
「……いや、ちょっと今俺疲れてるからな……」
「ははは。確かにそうみたいだね。ところでこのコート。何点くらいかな?」
「この位置からでも鑑定できるけど……30点くらいだな」
「うへぇ……評価厳しいね」
「逆なでのコットンだったか?ちょっとまってろ」
ゼツヤはふらふらと、プレイヤーホーム内の簡易制作場所に来た。
一般的な生産職にとっての作業室と比べるとどうなのかはゼツヤも知らないが、ランクはそこそこである。
「師匠。この部屋、僕の作業室よりも道具のランク低いけど」
「まあ、黙ってみてな」
数分でトレンチコートを作り上げる。
それをアルモに投げ渡した。
「鑑定してみろ」
「そうだね……うわ……」
見た感じはそんなに変わらない。
だが……。
【風上のトレンチコート
『制作者・アルモ』
DFE340
耐久値92% 修復必要素材『逆なでのコットン』
・常時発動効果
『VIT増加(高)』
『AGI増加(高)』
『鑑定補正(高)』】
【旋風のトレンチコート
『制作者・ゼツヤ』
DFE720
耐久値無限
・常時発動効果
『VIT増加(極高)』×2
『AGI増加(極高)』×2
『鑑定補正(極高)』×2
・起動効果
『MPを一分間で100消費することで、自分に対するランク7以下の、自分がデメリットになる魔法の効果を無効にすることが出来る。効果時間3分。クーリングタイム7分』】
圧倒的な差である。
アルモのコートは、確かに、軽装備をするものにとってはそこそこ使えるし、鑑定補正もあるので、商人プレイヤーでも扱える。
ゼツヤのコートは、ステータス上昇においては圧倒的に上回っており、ランク7までと言う制限はあるが、回復魔法のような自分にとって得する魔法は全て適用させて、他のダメージだったり状態異常だったりと言った魔法を封殺できる。
しかも、ゼツヤのコートは、少々素材を手に入れるのが難しい(とも言える)逆なでのコットンを再入手する必要性を完全になくす『耐久値無限』という、初心者に渡す場合でもやさしい配慮だ。
仮に誰かが使うとしても……まあ、トレンチコートを着るという場合になるが、きちんと配慮をするのである。
「生産においてはやっぱり師匠にはかなわないな……」
「純粋な生産能力で負けたら、俺、この小説で主人公できないからな」
「メタすぎるでしょ……ところでこのコート、もらっていいのかい?」
「見ての通り片手間に作れる程度だからな。問題ない」
「ていうか、逆なでのコットン、よく在庫があったよね」
「生産環境がすでに整っているからな」
「僕……これ作る時、わざわざオーディンの庭にソロで取りに言ったのに……」
ドンマイ。
「で、僕はどんな用で呼ばれたんだい?」
「ああ……さっきの部屋に戻るぞ」
「分かった」
で、戻ってきた。
「これを見てくれ」
「ん?」
写真データを見せる。
遺跡でとった壁画の写真だ。
「ああ、これか」
「行ったことあるのか?」
「まあそれは情報屋もやってるからね。アンテナはいろいろとはっているから。結果を先に言えば、調査中かな。いろいろ写真集めているから、そっちも見る?」
「見る……たぶんわからないだろうが」
「まあ、ちょうどいい機会だし、頑張るけどさ」
「ほしかったらなんか軽食作るぞ」
「チーズケーキ」
「了解した」
ゼツヤがふらふらと出ていった。
「師匠……大丈夫なのかな。まあ、片手間にこのコートを作れる程度に余裕はあるようだけど……」
ちなみに、全開状態のゼツヤの片手間の場合。先ほどのコートのステータス強化の【増加(極高)×2】が【超絶増加(極高)】に変わるのだが……どれほど変化があるのかは察してもらうことになるのだが、それは言わない方がいいだろう。
10分後に戻ってきた。
……紅茶付きで。
「……なんで紅茶?」
「後味さっぱりだから。ていうか、何飲むか聞くの忘れたからな」
「確かに言ってなかったね」
テーブルにおかれたので、アルモは一口食べた。
「これ……銀座の……」
「名前は忘れたが、たぶんそんな感じだ」
「僕の記憶だと、一皿3000円くらいするはずだけど……」
「そこはまああれだ。オラシオンだからな」
「便利だよねぇ。その言葉」
まあ、いろいろ言いながらも暗号は解読中だ。
「……ていうか、チーズケーキ作っている間にどんだけの数の本を引っ張り出したんだ?」
テーブルの上には、ゼツヤが記録した生産レシピがかなりひろげられていた。
現在は片手剣だけのはずだが、斬撃武器は全般的に引っ張り出されている。
「まあ、いろいろ必要なんだよ」
「それは分かるがな……」
「ていうか、一々暗号化して書くからかなり読むの面倒なんだけどね……一見あっているように見えるからなお性質が悪い」
「俺は暗号だって作れるのさ」
「師匠が作ったダンジョンにも入ったけどさ。あの、プレート五枚の内、正解の食べ物をはめ込むヤツ。野菜を入れようって書かれてたけど。メロンが野菜じゃないって認識されてて一瞬戸惑ったよ」
「え、メロンって野菜なのか?」
「……感想欄であんなにずかずか言われてレルクスが困っていたというのに……」
さて、『なろう』ならではのメタはこの辺で終了とするか。
「で、何かわかったか?」
「そうだね。まあ、いろいろと重要なことが分かったよ」
「それh「戻ったぞー」ちょ、サターナ!タイミング悪いよ!!」
サターナが帰ってきた。
「お、アルモ。いたのか」
「呼ばれてきたんだよ」
「おかえり、ま、とにかく座れよ」
「ああ」
「あ、アルモに作ったチーズケーキが余ってるけど、食うか?」
「貰う」
ゼツヤはふらふらと出ていった。
「……あいつ、まだあんな感じなのか……」
「ここまでくるとちょっと不安だよね……」
で、戻ってきた。
コーヒー付きで。
「ゼツヤ。俺、いつもお前にカフェオレ頼んでるけど……」
「あ……」
また、ふらーっと消えていった。
で、十数秒で戻ってきた。
「お前大丈夫なのか?」
「身体的には何も問題はない。が、精神的にHPはゼロだ」
「まあ、とにかく、話の続きだ」
アルモが強制的に軌道修正した。
「まず、師匠が見つけたこの壁画だけど」
「うん」
「これ、生産レシピじゃなくて他の遺跡の地図だよ」
「地図!?」
一体どうやってその答えに行きついたのだろうか。
ていうか、その答えを導き出すのに、どうしてゼツヤの過去の生産レシピが必要になったのだろうか……わけがわからない。
「厳密には、その遺跡に行くための道と、そこを攻略するためのヒントが描かれている」
「……俺の苦労って一体……」
はっきり言うと無駄骨だったが、それを言えるほどサターナとアルモは非情ではなかった。
「まあ、良かったじゃないか。どんなものなのかが分かったんだから」
「そうだな」
「で、アルモ。その遺跡ってどこだ?」
サターナの質問に、アルモは簡潔に答えた。
「『アメロッパ遺跡・地下大空洞』だよ」
「あの遺跡、まだ奥があったの!?」
「マップのブランクが全てではないんだよ。師匠」
サターナは呟いた。
「師弟の差……か。生産能力においてはゼツヤは圧倒的だが……暗号解読においては、アルモの方が圧倒的だな。足して二で割ると……丁度良くはなさそうだな。これは」
とにかく、出発である。
アルモも巻き込んで。




