進化を考える
ゼツヤは相変わらず戦い続けているが、それでも、なにかが足りない気がする。
すでに一年半経過し、新ダンジョンも攻略数は増えてきた。
だが、どれもこれも今のゼツヤにとってはもどかしいものだった。
まず、ネクスト・レベルが起動しないのはそれだけで戦力ダウンになる。集中力を全開にして確実に対応するのがゼツヤのやり方だったからだ。
「新しいなにかが必要か」
だが、オーバーライドが今できる。ゼツヤ本人に対する最大限の状態だろう。
「あとはアイテムだな。俺はオラシオンだし」
あれから工房に行けるようになったので、早速ワープする。
オーバーライドを使うことが前提である。これをもとにするしかない。
攻撃力。敏捷力。いや、それでは意味がない。今の自分でも根本的な部分は大丈夫だろう。
ステータスではないなにか。それが必要だが、ゲームのシステムに乗っかるアイテムでそのようなことができるのだろうか。
その後もやたら武器を作り続けたが、結果として変わらなかった。
「ゼツヤ君。さっきから武器たくさんつくってどうしたの?」
「いつものことだろ」
「まあそうだけど、何かあったのは本当っぽいね」
ミズハになら話してもいいか。
「もうここに来て一年半がたってる。でもな。何て言うか、全然俺たち自身が変わっていない気がしてな」
「確かにそうかもね。普通一年半も同じゲームをやり続けていたら、なには新しいことが発見できるはずだよ。だって、私たちが高校に通っていた時間よりも長いもん」
「そうだ」
ミズハはちょっと考えたあと、言った。
「新しいなにかが発見できないってことは、今の自分が限界ってことになるけど、私はそうは思わないな」
「俺も思っていないが、でも分からない」
「私たちそのものが変わらないとね」
俺たちそのもの……進化か?
ふむ、そう言う言葉もあるな。
「ミズハ。一回だけでいい。デュエルしてくれるか?」
「分かった」
外に出てお互いに構える。
ゼツヤはORASHIONを、ミズハはスターゲイザーだ。
「最初から全力でいくよ」
ミズハの目から光が消える。マリオネット・ストリングを起動したようだ。
ゼツヤも剣を構えなおす。
オーバーライド『進化』発動。
瞬間的に、ゼツヤの中でなにかが変わる。
「ふう」
息をはいたあと、ミズハがいきなり放ってきたミリオンレインを全て切断する。
ミズハは直感で動くので止まらない。次々と放ってくるそれを、ゼツヤはすべて切断して消滅させる。
この世界でのゼツヤなら、そもそも至近距離になることはない。すぐさま後退して、ほぼ勘で対応する。ミズハは直感が武器だ。予測することができない以上。弓使いなのだと言うこと以外の先入観を全て取り払って行動する必要がある。
「やはりなにかが変わったな……」
その時、ゼツヤの中に、一瞬だけ雑念が生まれた。
そこから一気に思考が生まれる。
そもそも、進化って何なんだ?それは生物が環境に適合するために発生させるものなのではないか?そもそも、人間は人間なのであって、そこから変わることはない。
人間は変わらない。気持ちが変わるだけだ。
「……しまった」
オーバーライドが、解除された。
次の瞬間、動揺が発生して動きが止まったゼツヤは、視覚外からの矢によって全てのHPを散らした。
ゼツヤの中で何があったのか。それはよくわからなかった。
「ゼツヤ君……」
「ああ、済まない。ボーっとしてた」
何が起こったのか。
恐らく、ゼツヤ自身が、進化と言うものが何なのか。それを理解していなかったのだ。
「そう言えば、ゼツヤ君は今回何を前提にしていたの?」
「『進化』だ。まあ、俺がそれを理解できていないから途中で雑念が入って途切れたがな」
「それはそうだよ」
普段何も考えない人間に言われると少々悲しいな。本当に。
「それにしても、ゼツヤ君ってすごいよね」
「何がだ?」
「いや、工房でさっき作っていた武器。どれもこれもステータスが高かった。しかも、この世界でわずかに追加された素材は全く使わずに作ったんでしょ」
「そうだな。戻ったときに後悔しないように、ここに来るまでと同じ素材を使っている」
「何か目的はあったの?」
「何かあう剣が見つかるかなって思って作りまくってた」
「でもさ。どれもこれも性能が凄いけど、ゼツヤ君が望む進化に、ステータスって必要なの?」
言っていることがよくわからなかった。
「どう言うことだ?」
「ゼツヤ君の切り札は自分の中の前提を変える。進化という前提を確定させることができれば、少なくとも継続できる」
「まあそれがオーバーライドだからな」
「じゃあ、オーバーライドで進化を選択したときに、自分が進化したと認識できるような剣を作るべきだと思うよ」
「俺自身が認識できる剣か」
「進化はいろんな意味がある。ゼツヤ君はオーバーライドを完全なものにするために、その全て、そうでなくても、それに近いところまで考える。でもさ。そもそもいろんな意味がある進化にそれを求めるのは無理なんじゃないかな」
「完全に理解することなんて出来ないんだから、それを認識できるような。自分が継続できる最低限の何かがあればいいと思う」
「いいヒントになった」
「ふふ、じゃあ私は戻るね」
「ああ」
ゼツヤは工房に行った。
そして、ある剣を生産した。
まだNWOを始めたばかりの頃に生産した、ネタ武器。
その剣の名は『エレメントミラージュ』
刃のない、柄だけの剣。
ゼツヤが柄を握ると、なんの変鉄もない鉄の刃が生成された。
この武器は、圧倒的な感情があれば、それにあった刃を産み出す。
作った当時、そもそもNWOそのものが、感情を読み取ることを得意としていなかった。
だがほんの数年前、リオ関連の会社が、メンタルカウンセリングの効率化のために、それに適したプログラムを発表。NWOでも実装された。
「ミズハ。ありがとう」




