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(Chapter,26)

(Chapter,26)


1939年11月14日

ヴァシュリクス空軍中央本部直轄第六独立実験飛行隊は、新型の試作戦闘機「ゾンネンブルーメ」を七機、無事に受領した。


「あれ以来、試作機受領の度にその話を蒸し返すがな少尉…」


うんざりだと言う口調で、ヴェラ・ブロッホ少佐がため息をついた。


「あの時は本当に撃墜されたんだって!だいたい撃墜された身で、一体何が出来たって言うんだ私に!」


「色々と出来たでしょうね」


  アンナが抑揚のない声で即答した。


「モチロン、色々したさ、戦車兵から巻き上げたお前の戦闘記録フィルムを、宣伝局に持ち込んだりな、だからこそ私達は今、こうやって生きていられるんだろ?違うか?」


「分かりません」


 アンナは、再び機械的な声で即答した。


「何度も言わせるなよアンナ!あの時、汚れ仕事を押し付けられた人間はな、生き残った連中も、尽くトカゲのシッポ切りよろしく消されちまったんだよ!私がフィルムを宣伝部に持ち込んだ機転がなければ、お前の命も功績も、間違いなく消されていたんだ!」


「宣伝部にね……」


「そうさ、だから盛大なプロパガンダニュースになって、空軍の連中は、私たちを消せなくなったんだよ」


「よくそんな事が出来ましたね」


「内部情報局にとっても渡りに船だったのさ、こういうネタはな、まあとにかく私のお陰でお前たちは九死に一生を得たんだ、解ったかアンナ?」


「…」


 ヴェラ・ブロッホ少佐の言葉は、それでもアンナには言い訳以外の何ものにも聞こえなかった。故に沈黙で答えた。

そしてもう一つ、何時になく饒舌なヴェラの話から、アンナは一つの流れを想像した「宣伝部→内部情報局→中央情報軍」と言う一本の道を。


「お前はどういう訳かしらばっくれるがな、あの時お前がゾロトフのエースパイロットを撃退したのは事実だ、その後に地上攻撃機もバラバラと撃墜した!そうだろう?」


 ヴェラの言葉に、アンナは沈黙を守った。


「お前は並のパイロットが生涯かけて築き上げるようなスコアを、初陣で叩き出したんだ、フイルムを確保した事でそれを空軍に正当評価させた私への恩義を、少しは感じてくれても良いはずなんだがね?」


「記憶にありません」


 アンナは無感情に即答した。

ヴェラの話すような内容についての記憶が、アンナには不確かなものしか無かった。特殊な事情により、直接フィルムを見せられた事さえあったが、特に後半に関しては、全く記憶に無かった。


「全く恩知らずな教え子だよお前は、私がいなかったらお前は今頃、良くて輸送機のパイロット、悪くすれば情報部の連中に消されてたんだぞ!」


 ヴェラは自分の尽力を不機嫌そうにまくし立て、アンナに顔を近づけた。


「それがどうだ?中央本部直轄第の独立実験飛行隊なんてフリーダムな立場で、最新兵器が乗り放題!昇進昇給も超特急!花より航空機のお前には天国だろうアンナ?違うか?」


「実験は主に実戦で行うので、生き地獄ですが?それに性交回数なら13歳以降、少佐よりも私の方が遥かに多いと思いますよ多分」


「ななんだって!オマエ、普段信仰心がどうのこうのとか言ってる癖に随分と進歩的な女なんだな、裏切られたよ、花より男根ってか?」


「今日は気分が優れませんので…もう帰って良いですか少佐…」


「あーもう!分かった分かった、この話は止めだ、アレを見ろアレを」


ヴェラは、格納庫に移動させられた6機の新型試作戦闘機「ゾンネンブルーメ」を指差した。


「いつも通り、赤く塗っておいてもらったぞ、最近じゃ(ロッテ・アンナマリー)だとか、(アンナマリー・ルージュ)とか言うらしいなお前の機体の色は」


「前後にプロペラ?」


 アンナは、ヴェラの話題に耳を貸さず、怪訝な顔で新型機を見上げた。


「そう、ツインエンジンだ!双発機の大出力と単発機の軽快性を両立させた夢の機体だぞ!」


 ヴェラが自慢げに機体の説明を始めた。


「最高時速は750キロ以上、プロペラ軸内にはなんと37mm機関砲だ!」


「大きい…重そうですね」


「6トン弱か、まあ軽く出来たほうだぞコレなら、しかもこの機体、超が付くほどに頑丈だ」


「戦闘爆撃機か、高高度爆撃機を迎撃するならば最高でしょうが…しかし」


「しかしなんだ?」


「この機体、重量バランスが相当に悪いんのではありませんか?主翼をこんなに後退させて無理やりバランスを取っているのでしょう?飛行実験よりも設計を一から遣り直した方が、むしろ早いと思いますが…」


「ははーん」


「何ですか?」


「アンナ、オマエの手も随分と短くなったんだなあ本当にフフフ…」


 ヴェラがニヤ付いてアンナを指差した。

(手が短くなった)とは、アンナの情報収集能力の衰えを意味する言葉だった。


「それはどうも」


「そう怒るなよアンナ、こんな部隊に閉じ込められたら、そりゃそうなるわな。お上も上手いこと考えるねえ…でも誰もが安心を得た上で、オマエを生かす為には、必要な措置なんだろうさ」


 ヴェラが自分と周辺の事情について、どのレベルで何を知っているか、正直アンナには把握が出来ていなかった。

父とその事情を知り協力を約束していた縁故との繋がりを失ったアンナにはもう「情報収集能力」と言う武器はほぼ封印された状態にあった。


「暗い顔をするなアンナ、お前を取り巻く事情は複雑怪奇だ、しかし、今オマエの立ち位置を采配している人々の心情は、おおむね愛情や同情や憐憫に溢れているんだ、年齢相応の愛嬌も大事だぞアンナ」


「少佐…」


「さて講義に戻るぞアンナ、このゾンネンブルーメだがな、確かに重い、頑丈だが重い、だから自由自在に飛ばすには大馬力がいる、そうだろ?」


「それで双発機と言うわけですか?」


「違うアンナ重要なのは双発機の部分じゃない、頑丈、それとオマエがイチャモンをつけた後退翼だよ、そして最後に双発機という訳だが、まだ分からんか?」


「機体の破格な強度と後退翼…そう、そういう事…」


 アンナはゾンエンブルーメが何故この部隊にいち早く配備されたかを悟った。


「ジェット化、亜音速機の開発ですか?それとも超音速…」


「超音速はまた次のステップらしいな、とりあえず500ノット(時速806㎞)レベルをたたき出すための土台らしいぞ、現状では450ノットってとこらしいが、それでも充分に恐ろしい存在だと思わないかアンナ?」


「恐ろしいのは貴女です少佐、ジェット機の知識なんて、今や瑣末な話ですね私には」


「どういうことだ?」


「少佐は恐らく、空軍に在籍しながらも、より中央に近い力を、そう言った力とのパイプを最近になって手に入れましたね?」


「口が滑ったか?それとも私はそんなに無教養な人間かねアンナ?」


「いいえ少佐、私はただ、貴方がベネディクト…」


 ヴェラの表情が急激に険しくなった。

それだけではない、彼女は腰のホルスターから素早く拳銃を抜いていた。

銃口は迷わずにアンナの心臓を狙っている。



「オイ、それ以上は口にするなよ小娘、この場で死にたくなければな」


 先程までのおどけた雰囲気が、嘘のように消えている。

本当に自分を射殺しかねない、そんな雰囲気だった。


「了解です少佐…」


 アンナは両手を上げて答えた。


「よろしい…以後も私にはもう少し敬虔であってくれよ少尉」


 アンナは銃口を下ろしたヴェラに対して敬礼した。

それは、また一つ、お互いの距離を共有したという合図でもあった。


「断っておくがなアンナ、この警告は私の為だけじゃない、オマエの為にこそ、そうしてやってもいるんだ、解るか?」


 なるほど、とアンナは思った。

この部隊もどんな思惑で存在が許されているのか、分かったものではないのだろう。そう考えれば、お互いが相当な注意を払って行動しなければ、命がいくつあっても足りないのだとアンナは確信した。


「思ったよりもご苦労されているのですね少佐」


「本当にオマエの命を守るためにもなアンナ」


「その言葉、一応胸にはしまっておきます」


「可愛くないやつだ」


「生き延びるためですよ少佐」


「そうかい?」


「お許し頂けるのならば、講義の続きをお願いできますか?」


 慇懃無礼なアンナの言葉に、ヴェラの雰囲気が再び普段通りのそれに戻った。


「よーしいい子だな、さーてどこまで話したっけ?そうそうアレだアレ、本当の注目ははこれだコレコレ!」


 ヴェラが楽しそうにコックピット内を指差した。

しかし、アンナには特に変わった部分が見当たらなかった。


「何です?」


「この機体にはな、人工知能が積まれているんだ、凄いだろ?」


「人口知能?」


「本来パイロットがやるべき多くの作業をコイツが分担してくれる、またコイツには意識と言うか、一種の人格があって、パイロットのサポートを口頭でやってもくれる!スゴイだろ?私もびっくりしたよ!」


「その話が本当であれば、それはこの世にあってはならない技術です、世界のバランスと秩序を乱す存在です、まあ誇張なのでしょうが…」


「本当さ、今日はお前にその登録を行ってもらう」


「登録?」


「そうだ、この戦闘機は選任のパイロットをマスターとして固体登録する必要があるんだ、順番に説明するから、まずはコックピットに座れ」


 ヴェラが、アンナに着座を促した。


「はい?」


 無感動な動作でアンナはコックピットに乗り込んだ。


「オハヨウゴザイマスマスター、ワタシハゾンネンブルーメ2ゴウキデス、登録を行イマスノデ名前ト階級オシエテクダサイ」


「アンナ・ピューロ少尉…」


 機械と会話し、増してや回答を求められるなど、考えたことも無かった。

アンナは少し躊躇した後、コックピットのスピーカに答えた。


「登録シマス…登録完了シマシタ…次ハ私の固有機体名ヲ設定シテクダサイ」


「名前?」


「戦闘機にじゃない、搭載された人工知能に名前を付けるんだ、相棒には名前が必要だろアンナ?」


「はあ…」


「私はアベルって名前を付けたぞ、人類最初の殺人者の名前だ、良いだろう?」


 ヴェラが、アンナにウィンクをした。どこまでも悪趣味な上官だとアンナは呆れたが、自分が何かに名前を付ける事など、思えば一度も無かった。故にアンナは、ヴェラが期待する以上に困惑していた。


「名前…人工知能の名前…か…」


 アンナは不意にめまいを覚えた。グラグラと上下反転する視界が、アンナの意識を見る見るうちに混濁させていった。


「飛行機に…魂が…宿る…の…か…」


 アンナは軽い痙攣をおこし、頭部を仰け反らせた。見開いた両眼、極端に上部に寄った瞳孔、だらしなく開いた口。


「おい、大丈夫か大尉?」


 アンナの異変に気付いたヴェラが声をかけた。

白目を剥いていたアンナは、大きく瞬きをして再び両目を開いた。

だらしなく開かれていた口が大きく横に広がる、見開かれた瞳、中心に戻った瞳孔はしかし、極端に収縮していた。


「おいっアンナ!」


 しかし、アンナはその言葉を完全に無視してニヤニヤと笑い続けた。


「ああ…良く聞けよ2号機、俺の…いや、お前の名はアルターだ、良い名だろう?アルター・フォン・ピューレの名を貴様に授けてやる!」


「まーたお前か…まあ良い、好きにしろ、でもな、早く大人になった方が良いと私は思うぞアンナ」


 呆れ顔でそう言うと、ヴェラはタラップを降りて機体から離れた。


「お休みお嬢様…」


そういうとヴェラは、通路に向かって歩き去って行った。

カツカツという足音が遠ざかる中、悪魔の儀式はまだ続いていた。


「固有機体名を「アルター」に設定します…設定完了!」


 設定を終える音声と同時に、コックピットの計器類が作動を始め、スターターが自動的にエンジンを始動させた。


「本機はこれよりアンナ・ピューロ大尉をマスターとし、祖国の勝利の為、この機体が朽ち果てるまで戦い抜くことをここに宣言します!よろしくお願いします!」


先程の機械音が嘘のような、凛々しい男性の声がコックピットに木霊した。


 「この声は…」


 アンナは強い郷愁感を感じ、意識を取り戻した。

自分が今、夢と現実のどちらに存在しているのか、区別が付かなかった。


「…この声は」


 アンナはコックピットに響く男性の声が、父アルターの声に瓜二つであることに気が付いた。しかし、それを不思議とは思わなかった。むしろ当然の事だとすら感じていた。


「パパ…」


 アンナは再び意識を混濁させ、そのままコックピット内で昏睡した。


「パパ…」


アンナの頬からは、止め処もない涙が、いつまでも溢れていた。

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