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(Chapter,24)~(Chapter,25)

(Chapter,24)


「プラウダ航空技術史第23章4部(ヤブコフ開発の経緯)」


より一部文章の抜粋


 1937年12月18日

神聖パルト公国南部・ヨモーティ郡内、バラーニャ丘陵近辺の森林に不時着したヴァシュリクス空軍先行量産機体「ファイルフェン」を発見鹵獲する。


 左右の主翼は20mm機関砲による損傷と墜落により全損に近い状態ながら、燃料タンク・エンジンからの出火などは無く、電装式のプロペラ軸内蔵型20mm機関砲・排気タービン・小型炸裂弾・ボールベアリング・水冷式発動機におけるガスケット技術・流層翼・不凍グリース・その他、多くの技術に関するサンプルの取得に成功したことが、我が軍にとって大いなる戦果であった事は、紛れもない事実である。


また、39年以降、再評価されることで量産されたファイルフェンの先行量産機の一部が、西方大戦における、極めて初期の戦線に投入された事、その鹵獲に成功したことは、パルト空軍における次期主力戦闘機「ヤブコフ」の開発にとっては、極めて幸運であったと言わざるを得ない。


 鹵獲機が比較的平原に近い森林で不時着した事も僥倖であったと言える。

不時着した地点が最小限の重機が走破可能な地点で無かった場合、2日後に戦況を押し返したヴァシュリクス空陸空軍の侵攻で、鹵獲は不可能だったはずである。


 主翼と同様に、コックピットは20mm機関砲の掃射を受け、座席およびパイロットは炸薬式と思われた脱出機構による射出によって、回収不能。

機体内に千切れた右大腿部(太もも)から下を発見、発見された右大腿部に装着されたフライトニーボードは無傷であったが、血液等の付着により、一部が判読不明。


 フライトニーボードに記載されていた部隊名の判読およびチェック項目は、半分以上が判読不明、パイロット名は下記の通り


「ザビーネ・モーラー少尉」




 1937年12月22日 

 敵試作兵器(FH-2)及びテストパイロットの確保について


 ヴァシュリクス空軍先行量産機体「ファイルフェン」のテストパイロット1名をバラーニャ丘陵東の森林にて確保。


 パイロットは、パラシュートを装着、森林内の樹木に吊り下げられた状態で確保。確保時は意識不明、銃創は無し、全身に骨折・打撲の状態、意識回復後の尋問により前記の


(以下の文面は特務検閲により抹消)






(Chapter,25)


「痛っ…あ…私…生きて…どうして?」


 中破したファイルフェンのコックピットで、アンナは激痛と共に目覚めた。


「…不時着…したの?」


 全身の痛みを感じながらも、大きな外傷、骨折の無いことを確認すると、アンナはコックピットから周囲を見回した。


 ファイルフェンは、樹木の無い山肌に不時着していた。

無意識に着陸出来るような場所ではない、山肌の切れ目とも言える僅かに開けた場所に、主翼や胴体にこれ程のダメージを受けた機体で不時着するのは、絶対に不可能であると、アンナは改めて思った。


「何も思い出せない…敵機は?皆は?」


 そう口にしたと同時に、仲間たちの身に起きたことを鮮明に思い出したアンナは沈黙した。ファイルフェンのエンジンからは、もうもうと黒鉛が上がっていた。


「爆発するかもしれない…早く機体から離れないと…」


 爆発を恐れたアンナは、コックピットから最小限の装備と短機関銃を持ち出し、鉛のように重い身体を引きずってコックピットから這い出した。


「アレは?」


 意識が明瞭となり始めたアンナの耳に、無数のエンジン音が届いた。

音の方向を探ったアンナは、眼下の森林の中を行軍する戦車の列を認めた。


「軍用山道…あれは…ヴァシュリスクの多脚戦車?」


 友軍の車両を認めたアンナは、車列に向かって両手を振った。

暫くして、1台の多脚戦車が森林の向こう側から道を外れ、アンナのいる山肌へと向かってきた。


「やっぱり友軍…でも見た事もない機体…」


「どういうことだ?」


「おいおい、先走りしすぎてこんなところに墜落か?」


 煙を上げるファイルフェンの爆発を警戒したのか、多脚戦車はアンナの手前50メートルの地点で停車した。

多脚戦車のキューポラから、這い出した戦車兵たちが、アンナに駆け寄ると、次々と声をかけた。


「君は…あ!」


 戦車兵の一人が、アンナに声をかけようとして絶句した。


 アンナは、右側頭部からの出血で顔の半分が血まみれだった。

所々が鋭く裂けたパイロットスーツは、多く重篤な負傷を連想させた上、その身体からは、血液や油、それらの焦げたものの匂いや汚物の放つ悪臭が立ち込めていた。


「一体どうしたって言うんだ、こんな若い女の子が何で?」


 戦車兵は、振り向いてキューポラに叫んだ!


「包帯っいや、医療キットを早く!それから、何か羽織る物はないか?」


 アンナは、狼狽する戦車兵に歩み寄り、その腕を掴んだ。


「私の事は大丈夫です、それよりも早く第6山岳基地へ救援を!まだ仲間が戦っているはずです!」


「何だって?」


 驚いた顔で、戦車兵がアンナを見詰めた。


「我が空軍のパイロットも2人、まだ中で戦っているはずです、お願いします、早く救援を!航空戦力はもうダメです、中で戦っている兵も、もういくらも持たない、敵の兵力は予想以上に大規模なのです!」


「待ってくれ、そんなバカな…君の所属は?」


「ヴァシュリクス空軍特別先遣隊、第2ダーリエ小隊、アンナ・ピューロ伍長です」


「先遣隊?そんなもの聞いていないぞ?」


「3日前より、第6山岳基地に着任しています」


「3日前だと?戦闘を…空戦を行ったと言うのか?第6基地で?」


「はい、2日前より3度の防空戦を行いました、しかし、恐らくもう戦闘可能な友軍機は皆無となっているはずです、友軍機の迅速な支援をお伝え願います」


 アンナは疲れ果てた身体を左右に揺らしながらも屹立を保ち、若い戦車兵たちに懇願した。


 ややあって、戦車兵たちは何やらヒソヒソと話し始めた。

その妙な違和感に、アンナは底知れない不安を覚えた。


「アンナ少尉…」


 呆然と立ち尽くすアンナに、一人の戦車兵が慎重に声をかけた。


「我々はその…第6山岳基地が、3日前に放棄されたと聞いてるんだ」


「そんな…そんなバカな!私たちは3日前に現地に着任したのですよ!」


「ああ…だが自分たちは確かにそう聞いているんだ、人的被害を最小限に抑えるために、早期撤退し、我々と合流した後に戦線を巻き返すと」


「撤退?馬鹿なっ!自分達はそこに補充されたんですよ!」


「しかし、我々はライナー・エスレーベン大佐よりそう聞いている」


「ライナー・エスレーベン大佐っ?ライナー・エスレーベン大佐だと!」


「ああ、大佐はご自分で戦闘機を駈り、奪還戦に向かわれる覚悟だそうだ」


 その言葉を聞いた瞬間、アンナは膝から地面に倒れ込んだ。

絶望と焦燥…そして様々な感情がアンナの胸中に交錯した。


「…ふっ…ふははははっ…」


「ど、どうしたんだ伍長?」


「…そうか、そう言うことだったのかっ」


 アンナの面持ちには、恐怖と狂気が浮かび上がっていた。

恐ろしく見開いたその瞳から、止め処もない血涙が流れている。


滴り落ちる頭部からの出血がそう見せているのだろう、しかし、若い兵士達には、そのようにしか見えなかった。


 或いは本当にそうであったのかもしれない。


「良く聞けお前たち!」


 アンナは立ち上がった。顔を上げて兵士たちを睨み付ける、その瞳孔は激しい怒りに燃えていた。

頭部から吹き出す激しい出血、アンナは苦悶とともに深く頭をたれ、大きく息を吸い込もうとしては吐血を繰り返した。


長い沈黙が、若い戦車兵らを苛んだ。


「そいつは部下と基地の人員に責任を押し付け、いち早く敵前逃亡した卑怯者だ!」


 耐え難い沈黙は、アンナの絶叫で破られた。


「残された人員と僅かな義勇兵、そして私たち、学徒上がりのヴァシュリクス先遣隊六人が、この3日間、死に物狂いであの基地を防衛していたのだ!」


「そんな…まさか!」


「聞いていないぞ」


「本当なのか?」


「教官は一度目の出撃で撃墜された、ギルベルタは自分の機体を失った後、慣れないパルト機に乗り換えて、地上攻撃機の護衛を全うして撃墜された!ザビーネも敵機にハチの巣にされた!」


 アンナは、どうしようもない怒りに我を忘れた。

眼前の戦車兵でさえ、アンナには敵にさえ思えてならなかった。」


「エレオノーレ…アーデルハイド…二人はまだ基地の中できっと…」


 両手で顔を覆い、膝を崩すアンナに向かって、一人の戦車兵が歩み寄った。


「すまなかった少尉、しかし、この仇は、我々が必ず討つ!約束する!」


 そう言って自分の肩に手をかけた戦車兵に、アンナは静かに振り向いた。


「仇を討つ…?」


「うあっ!」


 アンナと視線を合わせた戦車兵は、狂気に満ちたアンナの形相に、思わず後ずさりした。


「仇を討つ?ハハハハハ仇を討つだと?アハハハハハハハハ誰が?誰の?ハハハハハ」


「どうした少尉?何が可笑しい?」


「汚らわしいっこの薄汚い手を放せヴァッシュ!」


 アンナの怒号に一同が戦慄した。

「ヴァッシュ」とはヴァシュリクス共和国人に対する最大の蔑称であったからである。


「私の仇はお前たちだヴァッシュ!」


「なんだって?」


「私の仲間たちは、お前たちエリートが、一人の死人も出さずに戦果を上げ、勲章を手にするため、時間稼ぎの捨石として死んでいったのだ!、私はこの日を決して忘れないぞ」


「何を言う少尉!私たちはそんな!」


「忘れるなよヴァッシュ!お前たちがチェスの駒を摘み上げるように虐殺を楽しめるのは、私達の屍が必要だったと言うことを!」


「知らなかった!自分達は同胞がこんな目にあっているとは…」


「同胞だと?笑わせるなヴァッシュ!千年にわたり戒律・道徳を踏みにじり続けた鍛冶屋の末裔め!神を恐れぬ蛮族め!」


「なんと言う暴言、同胞の言葉とて聞き捨てならんぞ!」


 一人の戦車兵が叫んだが、アンナはゲラゲラと笑ってその戦車兵を指差した。


「やめろ!あの娘は普通の状態じゃない!」


 興奮した戦車兵を、二人の戦車兵が羽交い絞めにして静止した。


「蛮族風情が大した紳士ぶりだな、そのお綺麗な軍服にシワ一つ寄せることなく、圧倒的な戦力の差で相手を地獄に叩き落し、せいぜい勲章にありつくがいい!」


 アンナは狂ったように笑い出すと、突然意識を失って倒れこんだ。


「信じられん…」


「こんな…こんなことが」


「汚い…許せない!」


 戦車兵たちもまた、初陣であった。

同じ境遇の少女が、どれ程の地獄を垣間見たのかと想像した彼らは、その動揺を隠せないまま、悪臭を放つ少女の身体を担架に乗せ、後方への移送を行った。




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