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(Chapter,15)~(Chapter,19)

(Chapter,15)


「素で言っていいですか大尉?やっぱり1万mは無理ですね」


 ドライナル・シュタスキー少尉の音声通信が、マーサ・ケイジ大尉の駈る漆黒のポリカフのコックピットに鳴り響いた。 


「そうか、じゃあどれぐらいまで上昇れたんだい少尉?」


「8千と…7百ですかね?」


「充分じゃないか、そこまで上がって来れる敵機はないだろう?」


「素で言っていいですか?敵の新型のスペックが本当なら若干やばいかも?」


「俺たちに比べれば充分安全圏だろお前は!」


 コンラッド・ブランデル少尉の怒号が、通信機越しにドライナル・シュタスキー少尉の耳をつんざいた。


「で、下の状況はどうなの?ちゃんと分かる少尉?」


 再びマーサ・ケイジ大尉の陽気な声が通信機から木霊する。ドライナル・シュタスキー少尉は副機長に目配せをし、彼の頷きを確認するとマイクに向かって口を開いた。


「それは完璧ですね、さすがヴァシュリクスの技術ってところですね素で言って」


「しかしトルストイの親父さんは、どうやってあんな最新兵器を、ヴァシュリクスから掠め取ったんですかねえ?」


 コンラッド・ブランデル大尉が素直な疑問を口にした。


「世界は複雑なんだね案外、自国の技術で、こうやって同盟国を攻撃されるって事もあるんだからね、しかも自分達が使う前にさ!」


 不敵な訳知り顔で、マーサ・ケイジ大尉が二人に答えた。


「しかしこれは画期的だね、まるで通信施設の充実した自国領で戦うのと変わらないわけでしょ?」


 マーサ・ケイジ大尉は、言葉を続け、ドライナル・シュタスキー少尉に同意を求めた。


「素で言って良いですか大尉?自国領でもこれだけ管制の効いた状況で戦えるのは、管制施設の充分に機能した、ごく僅かな地点に限りますよ」


 ドライナル・シュタスキー少尉が即答する。異国の、しかも敵地の上空でそこまでの状況を作り出す責任など到底持てないからだ。


「あんな高価なもの、そこらじゅうに建設出来るほど軍の予算は潤沢じゃないですからね」


 ほとんど意見の合わないコンラッド・ブランデル大尉でさえも、そこにはドライナル・シュタスキー少尉に同意した。


「そうだねブランデル少尉、それにしてもヴァッシュの連中は凄いね、管制システムを4発機に積めるくらい小型化しちゃうんだもんな」


「素で言って良いですか?流石に地上に設置されたレベルの管制能力はないんで、そこはボクの責任じゃないことを理解して欲しいですよ」


 ドライナル・シュタスキー少尉は声を荒げて上官の行き過ぎた期待感を再度窘めた。


「こんな狭い範囲での空戦なら充分だろ?」


「まあそうです…あとちょっと聞いて欲しいんですけど大尉」


「どうしたんだいシュタスキー少尉?」


「離陸直前に、このコンドルの周りをウロウロしていた整備員なんですけど」


「ああ」


「あいつか」


「やっぱり監視軍の情報員らしいです」


「もう吐いたの?」


「はい大尉、足の指をハサミで切ってたら左の4本目で吐きました」


「うわっ!酷いことするな…」


 ブランデル少尉がコックピットで静かに呟いた。


「痛感神経が集中してるからなあソコは!考えたね少尉!」


 マーサ・ケイジ大尉の陽気な声がコンドルのコックピットに響いた。


「やっぱりコンドルの情報というかレーダードームの情報が欲しかったらしいですね素で言って」


「そうかあ、やっぱりなあ!新型の排気タービンとコンドルは、ちょっと強引気味に持ってきたから、嗅ぎ回ってたんだろうねえ、ゾロトフ家もウチの飛行船も随分警戒されているんだなあやっぱり」


「そんな悠長な話じゃないでしょ大尉、どういう事です?」


 コンラッド・ブランデル少尉が大声を上げた。


「素で言っていいですか?やっぱりこの3機、無断で持ち出したんすか大尉?」


「違うよ少尉」


「素で言って良いですか?正直ほっとしましたよ、こんな高性能機、俺また大尉が勝手に持ち出したんだと思ってました」


「正直自分もそう思ってましたよ大尉」


 コンラッド・ブランデル少尉が珍しくドライナル・シュタスキー少尉にその日2回目の同意を口にした。


「あはは!酷いな二人とも、俺はただ、パーツで転がってたのを組み立てさせた上で、改造して持って来ただけだよ!」


「素で言って良いですか大尉、やっぱり最悪な上司ですよアンタは!」


「じゃあこの三機の情報が誰かに渡れば、銃殺モンですね大尉?ははは…」


 コンラッド・ブランデル少尉はもう、言葉を失っていた。その表情はもう、悟りの境地に近かった。


「小さなことは気にするなよ二人とも!全て戦果で補える問題じゃないか!」


「素で言っていいですか?ぜんぜん補えないですよ大尉!じゃあコイツとかどうしたらいいんですか?監視軍の情報部に写真一枚の情報でも漏れたら、いくら大尉でもあの飛行空母から首を吊るされますよ、素で言って!」


「そうだよなあ、じゃあまあ、その人はもう帰してあげなよ」


「今からですか?」


「そうそう、俺たちはこれから仕事で忙しいんだ、丁重にお帰り願おうじゃないか」


 コンラッド・ブランデル少尉の悟り切ったような穏やかな声がコンドルのコックピットに木霊する。


「ダメだこいつら…まあいいやもう…あー大尉、素で言って俺たち3人分以外、予備のパラシュート無いですけど?」


「いらないだろそんなもん」


 コンラッド・ブランデル少尉が今度は機械的な発音で即答した。


「そうだよ、いらないよ!」


「素で言って良いですか?アンタらやっぱり人間じゃないわヒトデナシだわ」


 ドライナル・シュタスキー少尉が嘆いた。


「ハサミで人の足指を切断するようなブタに言われたくないわ」


「さーて、そろそろ下に友軍がいるはずだな、シュタスキー少尉、様子はどうだ?」


「素で言って良いですか?やばいすね、もう友軍が17機しかいないです」


「おお!聞きしに勝るね、敵さんは!じゃあそろそろ行こうかブランデル少尉!」


「了解です!増槽を捨てますよ!」


「良いだろう、ここからは録音する、各自真面目な通信で行くぞ!メートル法もダメだ!」


二機のポリカフは、増槽を投下して、漆黒の機体を眼下の積雲に飛び込ませた。


「素で言っていいですか?コイツのパラシュートレスダイブは後で良いですよね?」


「真面目にやれって言われただろブタが!」


 コンラッド・ブランデル少尉が怒鳴った.


「了解了解…ケルベロス隊へ!こちらエキドナ!ヘディング060(進路60度)雲を抜けたら敵機が見えるはずだ」


 ドライナル・シュタスキー少尉は、一転した真面目な口調で管制情報を報告した.


「了解だ!」


 マーサ・ケイジ大尉は、スティックを右に傾けながら、右前方を見回した。


「エキドナへ!こちらケルベロス01、タリーホゥ(敵機確認攻撃開始)」






(Chapter,16)


「管制からの情報が途絶えただって?」


 ザビーネが叫んだ。


「迫撃砲か、もしくは砲撃で施設がやられたのかしら?」


 アーデルハイドが言葉を続けた。


「この様子では最悪、基地が占拠される、ということもあり得ますわね」


 エレオノーレが最悪の事態を口にした。

シュワルベ(四機編隊)を組んだファイルフェンは、三度目の一撃離脱を敢行した後、その白い機体を、高度六百メートル付近で再上昇へと転じさせていた。


「新手だ!信じられん、奴ら高度六千以上から来やがったぞ」


 上空からの通信に少女たちは戦慄した。


「おじ様!どうなさったのおじ様!応答を、おじ様!」


 エレオノーレが叫ぶ。声の主は間違いなくテオ・ブラントだった。暫くしてエレオノーレの通信機に再び雑音が鳴り響いた。


「逃げろ!お嬢ちゃんたち!コイツはまずい、エースだ!」


「おじ様!ご無事ですの?おじ様!おじ様!」


 エレオノーレの絶叫に、テオ・ブラントは応えなかった。しばらくして、再び通信が繋がった。


「黒い機体だ、二機いる!気を付けろ、あっという間に三機食われた!俺ももうダメだ、逃げろ、お嬢ちゃんたち」


「おじ様!おじ様!」


 エレオノーレの絶叫に、もう返答は無かった。


「高度六千メートル以上?まさか向こうも高性能な排気タービンを装備していると言うの?」


 アンナは、いずれにせよこの空域を離れなければ危険であると直感し、一瞬でも早く、それを仲間に伝えるべきと判断した。


「みんな、早く上昇して!出来るだけ離れて上昇するのよ!早く!」


「いたわアンナ!見つけた!」


 ダイブ(急降下)する黒い機体を発見したアーデルハイドが叫んだ。


「カメーリアが追われているわ!助けないと!」


「ダメよアーデルハイド!敵の性能が分からないわ!今は空戦エネルギーをロスするような動作はしないで!とにかく高度を稼いで!」


 アンナが叫んだ。

しかし、アーデルハイドは機体をフルスロットルで上昇させ、敵機に向かっていった。


「正面から来る?まさか素人なのか新型機のパイロットは?」


 マーサ・ケイジ大尉は、ポリカフを、向かって来たアーデルハイド機の下に潜り込ませると、そのまま縦方向旋回インメルマンターンで、進行方向を180度変えた。


「後ろは取らせないわ!」


 アーデルハイド機は、吊られるように前方半宙返りでマーサ・ケイジのポリカフに向かい、すれ違いざまに機銃を掃射した。


「青い!そんな起動中に正確な射撃など出来るか!全くの無駄弾だ!」


「避けてアーデルハイドッもう一機いるわ!」


アンナは、アーデルハイドを狙うコンラッドの機体を認め、叫んだ。


「何?避ける?ああっ!」


「白い新型機、墜ちろ!」


 コンラッド・ブランデル少尉のポリカフが、アーデルハイドの機体に20mm機関砲の掃射を浴びせた。

マーサ・ケイジ大尉は、スティックを左一杯に倒して機体を90度バンクさせ、スティックを前方に引いて180度旋回を行った。


 マーサ・ケイジ大尉は、ロールアウトしながら、コンラッド・ブランデル少尉に、蜂の巣にされたアーデルハイド機を一瞥した。


「止めを刺しても良いけど、あの様子なら無駄弾は必要なさそうだ、少尉の手柄で良いよ!」


「まだ飛べるわ!」


 真後ろからの掃射によって、アーデルハイドの機体は、主翼に無数の穴が穿たれていた。アーデルハイド機は、背面飛行から、水平飛行にかろうじて機体を安定させていたが、再度の攻撃を受ければ、回避は困難な状態と言えた。


「降下してアーデルハイド、低空を全速力で逃げてっフイルフェンの性能なら、その状態でもポリカフを振り切れるはずよっ」


 そう叫ぶと、エレオノーレはスロットルを開けて急上昇しながら、コンラッド機の背後にスルリと回りこんでみせた。


「後ろを取りましたわ!」


 エレオノーレは、降下しながら、攻撃体制に入った。


「うおっ生意気なっ…しかしな…」


 コンラッド・ブランデル少尉がニヤリと笑った。


「腹が丸出しだよ!」


 エレオノーレの動きを予測していたマーサ・ケイジ大尉は、スティック(操縦桿)を一杯に引き、姿勢指示器が、上下反転すると同時に、180度ロールさせた。


 反転していた姿勢指示器は、水平状態に戻った。結果、二機はお互いに真正面から接近する状態になっていた。


「ケルベロス02!こちらのヒヨコはオレが頂くよ少尉!」


 マーサ・ケイジ大尉が陽気に叫んだ。


「何で今そいつを墜とさなかったんですか大尉?腹が丸出しだったでしょうに…まあいいか…それじゃあよろしくお願い押しますよ大尉!」


 呆れ顔のコンラッド・ブランデル少尉は、通信することもなく、軽く敬礼した。


「負けませんわよ!対弾性能ならばこちらが上のはず!射撃の腕だって!」


 マーサ・ケイジ大尉の機体に向け、エレオノーレが、13mm機関砲を発射した。しかし、全ての弾丸は空しく空を切った。


「当たらない!」


「当たらないだろう?タイミングが早いのさ」


 マーサ・ケイジ大尉は、不敵に微笑むと、20mm機関砲の発射レバーを軽く握った。


「奥が深いのさ正面射撃はね!もっと引き付けてから…こうだ!」


 黒いポリカフの両翼が火を噴いた。放たれた二筋の弾道は、ファイルフェンの両翼に吸い込まれた。一瞬の後、エレオノーレ機の主翼内部に爆発が起こった。被弾した右主翼内機銃の弾薬が爆発したのである。


「食らった!こちらは一発も当たらなかったのに!どうしてですの?」


 射撃の才能を自負していたエレオノーレは、自分が一方的にマトにされた事に驚愕した。


「くうっ!このままではっ」


 主翼にダメージを受けたエレオノーレの機体は、煙を吹きながら降下し始めた。


「エキドナへ、こちらは1機片付けた!ケルベロス02の方はどうだ?」


 マーサ・ケイジ大尉は、ドライナル・シュタスキー少尉のコンドルに情報を求めた.

一方、コンラッド・ブランデル少尉は、思った以上の速度と頑丈さで逃げきろうとするエレオノーレ機に驚愕していた。


「エキドナおよびケルベロス01へ!こちらケルベロス02、敵の足が速すぎる、信じ難いがこの機体ではでは追いつけない!」


コンラッド・ブランデル少尉の叫び声が通信機から木霊した。


「本当かぃ?凄いなヴァッシュの新型は」


 マーサ・ケイジ大尉は、口笛を吹く様におどけて感心した。


「クッソーッ手負いの機体が出せる速度じゃねえぞありゃあ!まあいい、どうせ戦闘能力はもう無い、放っておくぞ、次のターゲットを教えてくれ」


 アーデルハイド機の追撃をあきらめたコンラッド・ブランデル少尉が、口惜しげに叫んだ。


「ケルベロス02へ、こちらエキドナ、まずはケルベロス01と合流してくれ、ケルベロス01、こちらエキドナ、応答願います、感度はどうですか?ケルベロス01」


 ドライナル・シュタスキー少尉は、二機のポリカフの位置情報を確認しながら、マーサ・ケイジ大尉の通信状態を確認した。


「エキドナへ、こちらケルベロス01、感度良好!感度良好!」


「ケルベロス小隊へ、こちらエキドナ、高度5千フィートまで上昇せよ!ケルベロス01、全速力で針路300度を取れ!ケルベロス02、速度180ノットを維持し、針路270度で航行せよ!」


「了解だ!エキドナ!こちらケベロス01、敵はあと何機だ」


 マーサ・ケイジ大尉は、戦闘可能な敵機の機数を再確認した.


「こちらエキドナ!ケルベロス01へ、残り4機、2機は離脱中です!」


「よーし、無傷の新型はあと2機か、最後の仕上げだな」


 マーサ・ケイジ大尉は、舌なめずりしながら、スティック(操縦桿)を握り締めた.






(Chapter,17)


「この私が墜落など、してたまるものですか!」


 エレオノーレはフラップを開き、スティックをいっぱいに引きながら、姿勢指示器で自機の姿勢を確認した。


「とにかく機首を上げないといけませんっ…わねっ」


 昇降計は最高値の降下率を示していた。

エレオノーレは、スロットルを、少し戻した.。やがて、昇降計の降下率が次第に緩やかになった。


「ふうっ…何とかリカバー出来そうですわね…」


 エレオノーレは必死でスティックを引き続け、機体をどうにか水平飛行に戻す事に成功した。


「高度は?」


 高度計を見ると、3百メートルを切っていた。


「危なかった…」


 エレオノーレは改めて大きく息を吐いた。


「あれは?」


 エレオノーレは上空に2機のファイルフェンを認めた。アンナとザビーネの機体が、眼下でフラフラと水平飛行をするエレオノーレの機体を追ってきたのだ。


「エレオノーレ!」


「大丈夫かエレオノーレ?」


 フラフラと飛行するエレオノーレ機のコックピットに、アンナの叫び声が鳴り響いた。


「大丈夫、まだ飛べますわ」


「怪我はないのかエレオノーレ、機体の状態は?」


「大丈夫、かすり傷一つありませんわ、機体もまだ無事ですわ!」


「その機体ではもう戦えないぞエレオノーレ!外から見れば分かる!」


 ザビーネが叫んだ。


「アーデルハイドは無事逃げおおせたようだわ、後を追って、早く帰投するのよエレオノーレ」


 アンナは素早く指示すると、基地を指差した。


「…了解ですわ!」


 エレオノーレの機体がアーデルハイドの機体を追って基地に向かった。


「大丈夫かあの二人…」


 ふら付きながら基地へと向かうエレオノーレのファイルフェンを眺め、ザビーネが不安げに呟いた。


「ファイルフェンは重戦闘機よ、あれ位の被弾は何とも無いわ」


 アンナが即答した。


「そうか、そうだな!」


「それよりもザビーネ、今は油断してはダメよ、さっきの黒いやつがまた来るわ、今度は間違いなくこっちにね」


「そうだな、どうする?」


「とにかく散開しましょう」


「上のカメーリアはどうなっただろう?」


「多分…全滅ね」


「敵のポリカフも、まだ十機近く残っていた上に、あんな化け物が二機もいたらな」


「残りの敵はもう時間切れでこの空域から撤退したはずよ、問題はあの黒い新手の2機ね」


「アンナ!応答してアンナ!アンナ!」


 ファイルフェンのコックピットに、ギルベルタの絶叫が木霊した。


「新手の敵機多数!貴女の言っていた地上攻撃機もいるわ!これじゃ地上は…」


「落ち着いてギルベルタ!状況を教えて!」


「みんな墜とされたわっ30機以上いる!アンナッ…」


「ギルベルタ!何処?ギルベルタ!」


 ザビーネが絶叫した.。


「主翼が!主翼がやられた!脱出するわっ!」


 ギルベルタの声が、ガンガンガン!と言う金属音とともに、途絶えた。


「ギルベルタ…」


 アンナは息を呑んだ。ギルベルタの機体が、直撃を受けたことは明白だった。


「…ギルベルタ…幸運を…」


 アンナは唇をかみ締めた。


「ギルベルタ!畜生!ギルベルタ!」


 ザビーネが叫んだ。


「落ち着いてザービーネ、操縦に集中して!ギルベルタは脱出したわ!」


 アンナは自らの動揺を抑え、最小限の言葉でザビーネを諭した。


「…本当かアンナ?」


 ザビーネがすがるよな口調で返答した。


「射出装置の爆発音が聞こえなかったのザビーネ?座席の射出は被弾する前に行われたわ」


「本当に聞こえたのアンナ?本当に?」


「…ええ確かに聞こえたわザビーネ」


 それは、またしても限りなく嘘に近い言葉だった。

アンナが確認できたのは、座席が射出されたという事実であって、それはギルベルタの生存とは一線を画した真実であった。


「そう!わかった!」


ザ ビーネの機体が上昇を開始した。


「何をするのザビーネ!」


「決まっているだろ、ギルベルタを救出する!」


「ダメよザビーネ!今の私たちはギルベルタよりもずっと危険な状態なのよ!」


 アンナはザビーネを追って上昇した。


「ザビーネ落ち着いて!このままでは敵の的になってしまうわ!」


 アンナはコックピットのザビーネに叫んだ。


「じゃあどうすれば良いのアンナ?」


「聞いてザビーネ、私に考えがあるの、戦力を分散させてしまうけれど、お互いが生き残る可能性が最も高い戦法よ」


「上等よアンナ!早く言って!」


「お互いの機を九時の方向に見ながら、旋回上昇するの、まずは高度を上げて」


「分かった!」


「お互いの後方を警戒し合いながら、索敵をするの、二機では少し心もとないけれど」


「どういうこと?」


「こうすれば、どの方向から敵機が来ても、どちらかが敵の背後を取れるはずよ!」


「バレルロールか、了解したわアンナ!」


2機は、旋回しながら高度を上げ始めた。






(Chapter,18)


「エキドナへ、こちらケルベロス小隊、ロッテを組んだ(合流した)ぞ、これから攻撃に移る、敵の位置はどうだ?」


 マーサ・ケイジ大尉が、コンドルのドライナル・シュタスキー少尉に尋ねた。


「10時の方向、20マイルです、円を描くように旋回中、おそらく上昇している模様!」


「ほーう!円を描くように上昇?二機の位置関係はどうなっている?」


 マーサ・ケイジ大尉は、興味深く尋ねた。


「互いに180度の位置について旋回中です」


「なるほど、そういう言うことか、しかしその戦法、2機でやるには心許ないな」


 マーサ・ケイジ大尉が微笑んだ。


「ケルベロス小隊へ、こちらエキドナ、視程(雲の状況など、気象状況により変動する視認距離)がよければそろそろ敵が見えるはずだ、八時の方向に10マイル」


「エキドナへ、こちらケルベロス01、ターゲットインサイト(敵機発見)」


「こちらケルベロス02、ターゲットインサイト(敵機発見)」


「ケルベロス02へ、こちらケルベロス01、今、手前に来た方を血祭りにあげる、ターゲットを間違えるなよ」


 マーサ・ケイジ大尉が、ザビーネの機体を指名した。


「了解!」


「02はあいつを集中して攻撃し続けろ!おそらくもう一機は我々の背後に回って攻撃してくるはずだ、機体性能はともかく、相手のパイロットは予想以上に未熟だ、俺はそいつを反転宙返りで正面から墜とす!」


「ラジャー(了解)」


「1万2千フィートまで上昇するぞ、そこからハイヨーヨーを仕掛ける、良いな少尉っ」


 マーサ・ケイジ大尉が大声で叫ぶと同時に、コンラッド・ブランデル少尉は眼下にファイルフェンを発見していた。


「ターリーホウ!(敵機確認攻撃開始)」


 コンラッド・ブランデル少尉のポリカフが、ザビーネのファイルフェンに向かって叫んだ。ポリカフは、ロッテ(二機編隊)を組んで、ザビーネに襲い掛かった。


「来たわザビーネ!あなたの後ろよ、とにかく避けて!」


 いち早くコンラッド・ブランデル少尉の機体を察知したアンナが叫んだ。


「分かったアンナ!」


 ザビーネはフルスロットルで、急降下を始めた。

しかし、機速の付いたポリカフの加速は凄まじく、振り切ることが出来なかった。


「しまった!ダメよザビーネ!降下や加速は!」


 アンナは自分の致命的なミスに愕然とした。

急降下中は機体の加速性能の差がほとんど出ない事、それを空戦経験の浅いザビーネが充分には認識できていない事を、アンナは考慮出来なかった。結果、ザビーネは最悪の選択肢を反射的に選んでしまった。


「敵は速度を上げたぞ、ハイヨーヨーは中止だ!こちらの速度に合わせてくれたようなものだな、いい標的じゃないか!」


「バカが、死にたいのかコイツは?追撃射撃をするにはちょうど良い速度差だぜ!」


 コンラッド・ブランデル少尉は、舌なめずりをしてザビーネの機体に照準を合わせ、20mm機関砲の発射レバーを軽く握った。


「油断をするな少尉、もう一機は我々の背後に廻るはずだからな!」


 2機のポリカフの両翼から、20mm機関砲が火を噴いた。

一呼吸の後、ザビーネ機の右翼の半分がが砕け散った。


「え?」


 20mm機関砲の弾頭によって半分以上破裂するザビーネ機の右翼を、アンナは呆然と眺めていた。


 コントロールを失ったザビーネのファイルフェンは、失速し、右に旋回しながら地上へと向けて降下を始めた。


「ザビーネ!機体を起こして!ザビーネ!」


 アンナは自分の浅はかさに激しい憎しみを覚えた。

自分の知識や経験則をベースに、相手の判断力を測ってはならなかった。それを学ぶには、高過ぎる代償がアンナの眼前で現実となった。


「アンナ!ギルベルタを頼むアンナ!アンナ!」


 切迫したザビーネの叫び声に、アンナはかろうじて正気を取り戻した。


「ギルベルタ?」


 煙を吐き出しながらも、ザビーネの機体は持ち直し始めていた。


「北に向かってザビーネッ!ギルベルタは必ず私が助けるから!」


「頼むよアンナ、お願いだギルベルタを・・アンナッ…・・」


 その言葉を最後に、ザビーネの通信は途絶えた。


「飛んでファイルフェン!少しでも遠くにザビーネを運んであげて、お願いよファイルフェン…お願い…」


 フラフラと北に向かうザビーネの機体を見つめながら、アンナは心から祈ったが、空に群れる死神達は、その手にした鎌を振るう事を止めようとはしなかった。


 時間にして数秒後、呆然とするアンナを呼び覚ますような金切り声が、突如として通信機から鳴り響いた。


「アンナ、聞こえて?アンナ?誰か、誰かっ」


 切迫したエレオノーレの絶叫に、アンナは正気を取り戻した。


「エレオノーレ?」


「良かった!アンナ、基地はもう陥落しましたわ!絶対に戻ってきてはダメよ!ザビーネとギルベルタにも必ず伝えて!絶対に戻っては…」


「エレオノーレ!応答してエレオノーレ!」


 アンナはエレオノーレの応答を求めた。


「アーデルハイド!早く!アーデルハイド!」


 エレオノーレの絶叫が、無数の銃声の直後に止まり、音声は途切れた。


「エレオノーレ!応答してエレオノーレ!」


 アンナの呼びかけに、もうエレオノーレの答えは返ってこなかった。

第六山岳基地は陥落したのだ.アンナは、遂に帰還する場所さえ失ってしまった。


「もう帰る場所もない…帰っても誰もいない…」


 呆然としながらも、アンナは敵機が自分に迫り来ることには気が付いていた。


「ああ…来たのね…」


 どう言う訳か手も足も動かなかった。

自分の体が自分の意思では動かない、そんな事は初めてだった。恐怖のあまり、萎縮して動けないのか、それにしては肝心の恐怖感をアンナは感じていなかった。むしろ不思議な安心感と高揚感が自分を包み込んでいる、誰かに優しく抱きしめられているような不思議な心持でアンナはしばし目を閉じていた。


「最後の1匹だ!」


「02!油断するなよ」


 2機のポリカフが20mmの獰猛な牙を剥いて迫る。

それでもなお、アンナは何一つ行動を起こさなかった。


 確かに2機のポリカフに対して、アンナの機体は有利な位置に付いていた。しかし敵は2機、戦力的には不利であることに変わりはなかった。


 マーサー大尉が照準器のスクリーン中央にアンナ機を捕らえようとした瞬間、その機体が忽然と彼の照準機から姿を消した。


「なにっ?」


 マーサ・ケイジ大尉が大声で叫んだ。

アンナの操るファイルフェンは、一瞬にして1/2バレルロール(螺旋を描きながら 飛ぶ)で射撃線をかわしていたのだ。


「見える…全て見えるわ…パパ…」


 アンナは静かに瞳を開け、スティックを傾けた。瞬間、ファイルフェンは機体をバンクさせスライスバック(水平飛行からマイナス45度(135度)バンクし、そのまま斜めに下方宙返りし高度を速度に変え、開始時と終了時で方位が180度変わる)でマーサ・ケイジ大尉の機体を追った。


「黒い機体だと?耐え難い…耐え難いな…」


「うん…あれはパパだけの色…」


「教えてやろう」


「うん…償わせる…」


 ファイルフェンの機影を一瞬見失った事で怯んだマーサ・ケイジ大尉は、六時の方向をアンナに取られていた。


「ケルベロス02!バックをとられた、上昇して上から攻撃しろ」


マーサ・ケイジ大尉はスティックを左右にゆすり、アンナ機を振り切ろうとした。


「愚か者が」


 アンナはそう呟くと、ジグザグに飛行するマーサ・ケイジ大尉の機体を照準機に捕らえ、見越し射撃を行った。

瞬間、13mm機関砲の描く直線的な弾道が、ポリカフの主翼に吸い込まれた。


「当たるんだよ!」


「何!当てただと?」


 マーサ・ケイジ大尉が叫んだ。黒いポリカフの両翼は、瞬時に炎に包まれた。しかし、しばらくして作動した自動消火装置によって、その炎は鎮火した。


「驚いたかヒヨコめ、20mmだったらバラバラだったぞ小僧、分かっているな?今日のところは生かしておいてやる、生き恥を背負って、せいぜい修行を積むんだな」


 アンナは戦闘を心から楽しんでいた。

これほどの恍惚感が空戦で得られることを彼女は知らなかった。


 何時までも空にいたい、目に入る全ての機体を眼下に叩き落したい、それ以外はもうどうでも良い、ジグザグ飛行をするポリカフの背中を照準機に何度も収めながら、アンナはゲラゲラと笑っていた。


「何者だあのパイロットは?さっきまでとはまるで別人じゃないか?」


 マーサ・ケイジ大尉は、驚愕しながらもジグザク飛行を続けた。

無駄と知りつつも、そうするしかなかった。


「何だ?いつでも墜とせるだろう、弄っているのかコイツは?」


 2機はみるみるうちに降下していった。

マーサ・ケイジ大尉の高度計の針は、すでに300フィートを指していた。


「ケルベロス01 こちらケルベロス02 降下して攻撃します」


 上空よりコンラッド・ブランデル少尉のポリカフは、アンナをめがけて急降下した。


「ふん、さらにザコか、まったく興の削げる事だ」


 アンナは退屈気に呟いた。


「死ねぇっ!白いの」


 コンラッド・ブランデル少尉は、20mm機関砲の発射レバーを力強く引いた。


 アンナは、バレルロール(銃身バレルの内壁をなぞるように螺旋を描きながら飛行する・進行方向と高度は変わらず位置が左右にスライドする)でコンラッド・ブランデル少尉の突撃を瞬時にかわした。


 しかし、アンナが敵機を交わす必要は無かった。

コンラッドが放とうとした20mm機関砲は沈黙したまま、火を噴くことはなかったからである。


「話にもならん…弾数も数えられんザコとはな…」


 アンナは辟易として嘆息した。


「ちっ!弾切れかよクソッこんな時に…いや…違うな…俺は負けた上に…見逃された…何と言う屈辱だ…」


 コンラッド・ブランデル少尉は、割れんばかりに右手でキャノピーの強化アクリルを殴りつけた。


「ケルベロス02、こちらケルベロス01、少尉助かったよ、お陰で敵を振り切れた、感謝する」


 アンナが、コンラッド・ブランデル少尉の攻撃をかわした隙に、マーサ・ケイジ大尉はシャンデル(上方斜め宙返り)で自分の背中を捕らえていたアンナのファイルフェンを振り切っていた。


「はあ…」


 コンラッド・ブランデル少尉は、マーサ・ケイジ大尉の言葉が慰めであることを充分に承知していた。


 敵は…あの白い悪魔のような敵機は、その気になれば自分たち二人をいとも簡単になぶり殺しに出来た筈だ。敵は自分達の実力不足に失望し、見逃したに違いない、どう考えてもそう言う流れだった。


「…ケルベロス01へ、こちらケルベロス02こちらはもう弾切れです、いずれにしても、この辺りが潮時でしょう」


 コンラッド・ブランデル少尉、沈痛な面持ちでそれだけを伝えると沈黙した。


「ケルベロス02こちらケルベロス01!あんなパイロット、いるんだね、ここまで完全に敗北した事も、見逃してもらう事も、生まれて初めての屈辱だよ、しかし認めなければならないようだね、機体性能の差なんかじゃない」


「大尉の声が震えている…」


 マーサ・ケイジ大尉の通信に、コンラッド・ブランデル少尉は驚愕した。

恐怖か?屈辱か?いずれにせよ、言葉とは裏腹に、これほどに冷静さを欠いた状態のマーサ・ケイジ大尉を、彼は知らなかった。


「奴がノーマルのポリカフに乗っていても俺達はきっと墜とされただろうさ、燃料タンクもやられた事だし、今日はもう引き上げるとしようか少尉!」


 マーサ・ケイジ大尉は、震えた笑い声で帰投を命じた。


「こちらケルベルス02、了解、全くの同感です…」


 ひと呼吸の後、コンラッドは落ち着きを取り戻し、そう答えた。


「さっさと逃げようか少尉、奴の気が変わったら今度こそ殺されてしまいそうだ」


「…」


 マーサ・ケイジ大尉のふざけた通信に、コンラッド・ブランデル少尉は無言で応えた。そして、小声で呟いた。


「屈辱この上無い…が…同感ですよ大尉…」






(Chapter,19)


「ちゃんと逃げられたかヒヨッコども…そんなポンコツで私の所に降りてきたのが運の尽きだったのさ」


「あの二機は見逃せない…仲間を…仲間を…」


「ふん、手負いと弾切れの機体なんぞに興味はない…」


「それでも許せない」


「落ち着け、仇なら他にも居るだろう?」


「そうか…ギルベルタをやった地上攻撃部隊…」


「そうだ…弾丸を温存した理由が分かったかアンナ」


「うん、わかった」


「良い子だ、じゃあ行こうか」


「うんっ」


 不思議な高揚感がアンナの身体を支配していた。ありえない感情、それは狂気にも似た歓喜であることが、自分でも不思議だった。


「必ず償わせるわ」


「半分はキャノピーの狙い撃ちだ、でも半分はその装甲性能を侮辱するようなやり方が良いな、そうだ、そうしよう」


 アンナの意識と記憶は、この直後あたりから、曖昧模糊なものとなっていった。

13mm機関砲の餌食となって、次々と堕ちるポリカフ、激しい怒りと絶望感、無力感と激しい憎悪、失禁の不快感、右主翼に受けた機関砲の衝撃、20mm機関砲で打ち抜かれた敵地上攻撃機シュトルヒ、機銃座で怯える兵士の顔、飛び散るキャノピーの破片、迫りくる森林、そして激しい衝撃と暗闇…


 後年、アンナの記憶していた断片的な情景と感情は、それだけだった。

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