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(Chapter,11)~(Chapter,14)

 仮眠から目覚めたアンナは、ファイルフェンの整備状況を確認する為、第2格納庫に向かって連絡通路を歩いていた。


「アンナ、ちょっと良い?」


 待ち伏せするように通路の窪みから顔を出したのは、沈痛な面持ちの

アーデルハイドだった。


「クルツ兵長?」


 アンナは、手招きするアーデルハイドに促されるまま、給湯室に連れ込まれた。


「アーデルハイド?」


 飛び込んだ給湯室のドアを閉めると、アンナはアーデルハイドを名前で呼んだ。


「今まで貴女と二人きりで話すことって、あんまり無かったねアンナ」


「そうね貴女の周りって、大抵はエレオノーレが纏わり付いているもの」


「話って言うのはね、そのエレエオノーレの事なのアンナ」


「エレオノーレの?」


「私、山で育ったから目が良いの、知ってるでしょ?本当は検査の数字以上に視力が良いの、1キロ先の小鹿の動きだって見えるわ」


「それは今日の空戦で痛感したわアーデルハイド」


 アンナはアーデルハイドの言葉に同意した。アーデルハイドは今日の空戦でも、その卓越した索敵能力によって、少なくとも敵機二機をエレオノーレとの連携で撃墜していた。


 また、その他二機の早期発見をアーデルハイドから通信された友軍機が、その撃墜を果たしてもいた。これもまた、立派な彼女の戦績である。


「謙遜は良いわアンナ、貴女は私と同じかそれ以上に目が良いわ、動体視力ならば私よりも上ね、今日の空戦で私こそ痛感したわ」


 アーデルハイドは、小さな身体を震わせて黙りこんだ。 


「でも…でも私だって、今日みたいな戦闘ならば、貴女と同じ戦い方が出来るわ!先に敵を見つけることが出来れば、貴女ほどの技術が無くたって充分に敵機を撃墜することが出来る、そう確信出来た!」


「エレオノーレの話ではないのアーデルハイド?」


「そうよアンナ、これはお姉様の話よ」


「お姉様?」


 アンナは驚いた。アーデルハイドが、エレオノーレの事をお姉さまと言ったことは、アンナが記憶する限り、一度も無かったからである。

それゆえにアンナは、姉として接しようとするエレオノーレを妾腹であるアーデルハイドが疎んじているのだと、他の少女達と同様に感じていたのだ。


「アンナ、貴女が昨日からの空戦で引き受けてきた事の全てを、次の出撃では私が全て引き受けるわ」


「何を?アーデルハイド?」


「誰よりも先に離陸して、私が敵を探すわ、離脱に転じた味方が狙われたら、私が助けに行く、格闘戦だって、私は貴女以外の誰にも負けない!射撃だって貴女とお姉さま以外の誰にも負けない、だから…」


 アーデルハイドは感極まって息を詰まらせた。溜め込む様な沈黙が続いた後、アーデルハイドは、意を決するように再び大きく口を開いた。


「お願いアンナ、お姉さまを護って!お姉さまだけは生きて本国に帰してあげて!お姉さまはこんな所で死んではいけないの!お父様の下にお姉さまを帰してあげないと、私は死んでも死に切れないわ、だからお願いよアンナ!お姉さまを助けてあげて!」


「アーデルハイド…」


 アーデルハイドの迫力に、アンナは気圧された。

しかし、それは叶わぬ願いでもあった。恐らく口にした彼女自身が誰よりもそれを理解しているはずなのだ。


「判ったわアーデルハイド、私が出来るだけエレオノーレを護って見せる、でも貴女も死んではいけないわアーデルハイド」


 無責任な言葉しか吐き出せない自分に、アンナは苛立った。

それゆえに、もうある種の軍務的な道徳を捨ててでも、生き延びる為だけの術を、アンナはアーデルハイドに伝えようと考え始めていた。


「1度目の出撃と同じように、貴方達二人はペアで戦闘すれば良いわアーデルハイド」


 アンナは出来る限り言葉を選び、抑揚のない口調でそう告げた。


「私は貴方達ペアが何処にいるか、どうなっているかを常に意識しながら戦闘するわアーデルハイド」


「うん…」


「だから貴方達は、いち早く帰投するために次回は誰より先に出撃する、味方機が1機でも多く生き残っている間に弾薬を使い切りなさい」


 今となっては空しい策か、そう思いながらも、アンナはアーデルハイドの手を取って、祈るように自分の考えと気持ちを伝えた。


「うん…うん」


「今なら多少は無駄弾を使っても大丈夫よ」


「え?でもそれは…皆に危険を押し付ける事に…」


「大丈夫よ、貴方達が減らすべき敵機は、全て私が引き受けるから」


「アンナ…」


「でもこの事は、エレオノーレには絶対に伝えてはダメよ、そして、貴女が先に弾を使い切るの、そうすればエレオノーレは戦闘を放棄してでも貴女と帰投するわ」


「待ってアンナ!私はちゃんと戦うわ!」


 アーデルハイドの叫び声をアンナは右手で制した


「無理よ、貴女が無理をすればそれこそエレオノーレが死ぬわ、誰よりも早くエレオノーレを連れて滑走路に飛び込みなさい、それで終わりよアーデルハイド」


「そんな…わたしはそんなつもりじゃあ…」


 戦場で誰かの命を重んじるのであれば、それは、他の誰かの命を軽んじる事に繋がりやすい。アーデルハイドがアンナに求めた事は、間違いなく「そう言う事」なのだ。


「…でも…そうか…」


 アンナはそれを伝え様とした訳ではなかったが、アンナは曇りゆくアーデルハイドの瞳にある種の寒気を覚えた。


 人間の命に、しかも親しい人間達のそれに序列を付けざるを得ない時、人の心には天使も悪魔も同衾するのだ。アンナはそうした「人の業」を、アーデルハイドから強く感じていた。


「…そうね、流石にもう、次の次の出撃ってなさそうだものね…」


「多分無理ね、でも撤退の理由にもなるわ、これだけの時間を稼げば、敵前逃亡とはならないはずよ、きっと軍法で裁かれる事もないわ」


「判ったわアンナ…ありがとう…」


 アーデルハイドは顔を上げた。そして、一転して落ち着いた、強い決意を秘めた眼差しでアンナを見つめた。


「アンナ…ありがとう…皆を守ってね、アンナなら出来るよね…」


 そこには、先程、自分の命を差し出してでも姉を救おうとした少女の姿はなかった。「仲間を犠牲にしてでも生き延びる」という覚悟をした人間の生々しい気迫に、アンナは内心、気後れすら感じていた。


「私もう少しここにいるね、顔、洗わないと」


「私は先に格納庫に行くわ、あまり遅れないでねアーデルハイド」


「うん」


 アーデルハイドを後にして、アンナは給湯室のドアを開け、再び格納庫に続く大きな通路へと歩き始めた。 


 彼方から迫撃砲の音が響いて来る。もう多くの時間は残されていないだろう。これでは数時間後には陸線が始まるはずだ。


「どうすれば良いの…どうすれば…パパ…」


 アンナは無意識の内に、仲間全員の命を背負っってしまっていた。

そして、全てを救おうとする為に、自分の存在を軽んじて策を練る。

悪癖と自覚しながら直せない業の様なものであったが、それでも尚、生還への綺麗な道筋が、アンナには見えてこなかった。


「こんな事なら…さっさとやるべきだった…全く…」


「よう隊長さん!何をブツブツ言ってるんだい?」 


 格納庫に続く通路を歩くアンナに、今度はザビーネ・モーラーが声をかけてきた。


「今日は千客万来ね…私は隊長ではないわザビーネ、それは貴女のポジションでしょう?」


「そんな怖い顔で謙遜しないで伍長殿!まあいいか、ちょっと相談があるんだけど良いかしら?」


「どうしたのザビーネ?」


「私たちって、ここ2回の出撃で、それぞれ数機の敵機を墜としてるじゃない?」


「そうね」


「もしかしたら皆、次の出撃で5機目の撃墜を記録できるかもしれないでしょ?つまり、私たちの誰か、もしくは全員が、初陣でエースパイロットになれるかもしれないって話よ」


「ああ…でもそう言う考え方は禁物のはずでしょザビーネ?戦功を焦って命を落とす事もあるでしょう?」


「解ってるってアンナ、例えばの話よ、結果的な話、それでね、ファイルフェンって戦闘記録用のメラを装備して回しているでしょ?」


「カメラ?」


「そうカメラ、そのフィルムがね、手違いでかなり品質が悪いらしいわ」


「何ですって?」


「かなり粗悪なフィルムが装填されてたらしいわよ、角度によっては真っ黒だったって!」


 そんなはずはない、アンナはそう思った。

自分達の派兵において、軍が最も重要視する事の一つは、新鋭機ファイルフェンのデーター収集である事は間違いない。よりによってそれを撮影するガンカメラ用のフィルムを間違えるなどあり得ない。


「正直、せっかくの撃墜シーンも真っ黒になるみたいよ、品質が最悪の上に感度が低過ぎる海外フィルムと間違えたとか何とか…」


「信じがたいミスね…」


 やはり信じられない。新型の先行量産機であるファイルフェン、その正規テストパイロットを除けば、プロパガンダでモルモットとなっていた自分達こそが、ファイルフェンの飛行時間が最も多かった事、それこそが、自分達が今ここに居る大きな理由であるとアンナは確信していたからである。


 体裁を取り繕うと言う面も大きいだろう、しかし、それでも多額の予算を賭けて育成したパイロットと時期新鋭機をこうも雑に扱うだろうか?

捨て駒にするにしても、新鋭機の正確なデータ収集はしたいはずだ。


「でも…私たちの能力を想像以上に低く評価しているのなら…」


 まさか純粋に尉官や正規パイロットの死体と新鋭機のスクラップを本国は御所望なのか?

アンナは最悪以下の最悪をどこまで想像すれば現実に追いつくのかと、辟易とし始めていたが、その気持ちを知るか知らずか、ザビーネが陽気な声で話を続ける。


「せっかく敵機を落としたのに撃墜された場合で、フィルムが回収できてもまっ黒だった場合は、どうすれば良いのかな?」


「こんな時に出世欲も無いでしょう?意外に俗物なのねザビーネ」


「がっかりした?」


「少しね」


「まあ良いわ、兎に角そうなったら、私たちの戦果は誰が保証してくれるのかな?」


「決まっているわ、自己申告と僚機の証言ね」


「初陣の私たちがいきなり5機の敵機を撃墜しましたなんて、信じてもらえるのかな?」


「…まず無理ね」


「私達お互いの証言は?」


「微妙だけれど、そんなフィルムよりは遥かにマシね」


「でしょう?だからね」


「何?」


「なんとしても帰投して、例え撃墜されても生き延びて、仲間に戦果があったことを、撃墜されなかったやつに証言してもらう必要がある」


「ザビーネ…」


アンナはようやく理解した。

ザビーネは、アンナがこの絶望的な状況を一人で背負い過ぎている事を

憂慮していたのだ。


「貧しい中で私を進学させてくれた両親や家族の為にも、私は出世しなければならないのよアンナ、それには全員が生き残る必要があるって話、自分だけ死ぬ程の無茶をしようなんて、絶対考えちゃだめよ、生還できたなら恐らく英雄視される貴女に、私の撃墜を証明して貰いたいのよアンナ」


 ザビーネは強烈な対抗心をアンナに持ちながらも、それ故に、最もアンナを見つめていた人間でもあった。

アンナには集団が危機に際した時、人知れず自己を犠牲にして解決を図る悪癖があった。人に言えぬ、しかし強烈な目的を持ちながら、一方で自己破滅的なアンナの性格と行動傾向を、ザビーネは優しい嘘でたしなめたかったのだ。


「別に私は…」


「私が撃墜された時、貴女と同様の戦果が私にもあったことを証言して貰わないと困るのよアンナ」


「ザビーネ…」


「だからアンナ、貴女は自分の身を犠牲にしようなんて傲慢な考えを起こしてはダメよ」


 アンナは自分が立とうとしていた場所に置いて孤独ではなかった。

その場所にザビーネが能力的に相応しいかどうかは関係が無い、自分が一人になる事を彼女が憂慮してくれていた事は、大きな救いだった。


「貴女には救われるわザビーネ、やっぱり貴女が小隊のリーダーに相応しいわ」


「今更持ち上げても何も出ないよアンナ!」  


「本当よザビーネ…」


「そうそう、少しはそうやって笑いなさいアンナ、しかめっ面ばかりじゃ折角の美人が台無しよ、私ほどじゃないにしてもね」






(Chapter,13)


 第6山岳基地周辺に配置された、レーダー管制施設が、3度目の敵機襲来を知らせた。


「満足な補給と整備で出撃できるのは、恐らくこれで最後ですわね」


 エレオノーレがアンナに同意を求めた。


「そうね、でももっと恐ろしいのは敵の陸戦兵力ね」


 アンナの返答に、エレオノーレの表情が陰った。


「予想以上の兵力らしいですわ、今カメーリエの地上攻撃を失えば、陸戦をしている皆様が苦戦されるのは必至でしょうけれど…」


「それは…補給や整備が出来なくなるより先に、私たちが帰る所がなくなるって事?」


 アーデルハイドが、小隊全員の不安と恐怖を代弁した。


「そう簡単に陥落するものではないでしょうけど…」


「最低限とは言え、地上攻撃機は回したわ、敵にとっては充分に脅威のはずよ」


 アンナは無難な見解を示した。

嘘はついていない、多くの不安について語らなかっただけだ。

仲間の沈黙は、その精神的姿勢への賛同に他ならなかった。


「さっさと敵機を撃墜して、地上攻撃を再開すれば良いんだろ?」


ザビーネが危機感の無い口調で叫んだ。


「その通りだぜお嬢ちゃんたち!俺は降りたらビールをたらふく飲みてえぞ!」


 老兵のリーダー格、テオ・ブラントが同調したが、後に続く人間たちは沈黙していた。誰もが皆、戦力的な限界を感じていたのだ。


「きっと持ち堪えてくれれますわ、ギルベルタやおじ様を信じましょう!」


エレオノーレの言葉が空しく空に木霊した。






(Chapter,14)


 一早く上空に達したアンナとアーデルハイドは、全神経を集中させて索敵を開始していた。雲に隠れながら、前回よりもさらに踏み込んだ距離での待ち伏せは、奇襲としての看板よりも、少しでも早い帰投を促すための思惑の方が大きかった。


「見えたわねアンナ?」


「ええ、アーデルハイド」


「その視力だけには感心しますわ二人とも」


エレオノーレが呆れ顔で感心した。彼女にとって二人は今や、レーダー以上に心強い存在だった。


「三十二機いるのねアンナ」


「管制の情報通りならそう言う事になるわ」


「それじゃあ行きますわよ!」


 三機は各々、雲に再突入した後、さらに逆光を利用した角度で、敵機の編隊にダイブ(急降下)を行った。


「また全機ポリカフね、こんなに手前で攻撃を受けるとは思わなかったでしょう?」


 アーデルハイドが初めにダイブを行い、敵機編隊に13mm機関砲の掃射を浴びせた。


「コイツもいただくわ!」


 運良く射軸上にいた二機目に20mm機関砲を浴びせたアーデルハイド機は、四散する敵機を背に、加速したまま離脱した。


「アーデルハイドの背中はやらせませんわ!」


 続いてダイブしたエレオノーレのフイルフェンが、アーデルハイドの機体を追う可能性のある敵機に13mm機関砲の掃射を浴びせた。


「80キロ以上踏み込んでの襲撃は成功ね」


 さらに殿しんがりを務めたアンナが、ダイブしながら3機のポリカフを仕留めた。結果、最初の一撃で、3人は7機のポリカフを撃墜した。


「それなりに頭数を減らせましたわね」


「欲張ればもう一機落とせたけど」


 アーデルハイドが顔をしかめ、口惜しげに呟いた。


「敵機発見、攻撃開始!次は私だ、今日中にエースパイロットの座をいただくよ!」


 上空ではザビーネがダイブを始めたようだ。

先駆けたアーデルハイドはそろそろ上昇に転じている頃だろう。

気がかりは、100キロ以上先で地上攻撃機を護衛するギルベルタのカメーリアだ。


「2機の地上攻撃と1機の護衛…早くここを片付けて戻らないと」


 アンナはそう呟くと、さらにスロットルを開いた。


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