(Chapter,9)~(Chapter,10)
(Chapter,9)
第6山岳基地への第2次攻撃を終えてサルボマール航空基地に辿り着いたポリカフが、息も絶え絶えに滑走路に取り付いた。
「第2次攻撃も失敗だったみたいですね大尉」
ふらつきながら滑走路に着陸するポリカフを眺めながら、コンラッド・ブランデル少尉が叫んだ。
「今度は5機と帰還できないらしいね、地上攻撃機に至ってはほとんど全滅じゃないのか?」
マーサ・ケイジ大尉は、帰還した機体に近づきながら、その損傷を凝視していた。
「大尉!また管制に怒鳴られますよ!」
「13mmの炸裂弾…こっちのこの被弾は…」
「ちょっとお大尉、怒られますって!連中これでもう50機以上撃ち落とされてピリピリしているんですから…」
コンラッド・ブランデル少尉が駆け寄った。
「やはり地上攻撃機は全滅のようだ、それにこれは…」
「本当にまずいですって大尉、警備兵にしょっ引かれますよ本当に!」
「ブランデル少尉、前回と今回の帰還機の損傷を見て、君はどう思う?」
「え?損傷でありますか?うーん…」
突然の質問に、コンラッド・ブランデル少尉は一瞬当惑した後、ポリカフの主翼に穿たれた風穴を注視して沈黙した。
「この角度でこの貫通力は…上空からの徹底した一撃離脱…連携に徹した?」
「流石だね少尉、おそらく敵はほとんど、もしくは一切の格闘戦を行っていないね」
「同感ですね」
コンラッド・ブランデル少尉が即答した。
「それでもこれだけの被害を被るには無理があるね、恐らく敵は個人的戦果を一切かなぐり捨てて、音声通信による連携戦闘を行っていると考えた方が良いね」
自分の見解をほぼ完璧に補足したマーサ・ケイジ大尉の言葉に、コンラッド・ブランデル少尉は頷いた。
「確かに、パイロットの矜持としては面白みに欠けますが、安全性が比較的高く、堅実な戦法だと言えますね」
「そうだね、低空を一騎打ちで奪い合うって時代は、前大戦でもう終わりさ少尉、今や空戦は決闘ではなくなった。しかし恐ろしいな…」
「何がですか?」
「俺が今話した戦法は、近代戦では有用であると理屈では半ば常識化もしているのさ、しかし、五年後ならばともかく、複葉機世代がまだ現役に大勢存在する世界中の空軍において、それを容易に徹底出来ると思うかい少尉?」
ポリカフに穿たれた20mmの風穴を子供の様に無邪気な表情で覗き込んでいたマーサ・ケイジ大尉は、クルリと振り向いてコンラッド・ブランデル少尉にその笑顔を向けた。
「少尉、空の一騎打ちで敵の首級を幾つ取った!ってのが大事だって人、多いよね今でも」
「そうですね」
コンラッド・ブランデル少尉は、おどけた困り顔で同意した。
「これからの戦争では、それらのほぼ全てが形骸化するだろう、多くの人間もまた、それをちゃんと認識している。しかし、だからといって今すぐに新しい戦術が体現できるわけでもない、そうだろう少尉?」
「はあ、まあそうですね」
「しかし、どうやら敵は次世代の戦法を充分有効に運用しているんじゃないかな?だとしたら恐ろしいよね、攻め込むようでいて、受身に徹しているのも恐ろしいよ」
「受身に徹すれば、高性能なヴァシュリクス製の地上管制装置が運用できる…佚を以て労を待つ(いつをもってろうをまつ)という訳ですね、ある意味古典的でもある訳か…」
「そうだ少尉、さらに向こうは恐らく各機体に2次レーダー、いわゆるトランスポンダーを積んでいるはずだ。お互いの位置や高度を常に確認しあっているのだろうさ、そして世界一優秀なヴァシュリクス製の通信機でパイロット同士は確認された敵機の位置と、最も有効な位置にいる味方機の位置を音声による通信で確認しあって攻撃する。こっちは滞空時間も短くて、音声による通信は不可能な旧型機だ、各機に2次レーダー(トランスポンダー)も積んではいない、お互いの位置も高度も確認は不可能だ」
「一早くこちらの動きを察知して、高高度で待ち伏せし、雲や逆光に紛れて一撃離脱、さらにポリカフが息切れを起こす3千m付近におびき出して、一撃離脱を繰り返す、音声通信と性能差を徹底的に利用した運用ですか…?」
「その通りだよ少尉、流石!すばらしい!」
コンラッド・ブランデル少尉の回答にマーサ・ケイジ大尉は軽く手を叩いて喝采を送った。
「それともう一つ、敵機のカメーリアの主な装備は13mm機関砲のみのはず」
コンラッド・ブランデル少尉が言葉を続けた。
「んん?」
コンラッド・ブランデル少尉の言葉に、マーサ・ケイジ大尉は、無邪気な眼差しを送った。
「帰還した味方の機体にはこの通り、20mm機関砲による弾痕が散見されます。これは、帰還した連中が言っていた白い機体に装備されたものでしょうね大尉?」
「そうそう!間違いなくアレだよ少尉!、13mmの他に恐らくプロペラ軸に20mm、それも飛び切り性能のいい物を積んでいるね」
マーサ・ケイジ大尉の瞳が見る見る輝きを増している。
「あー目がキラキラしてる・・こういう時はろくな事が無いないんだよな…」
コンラッド・ブランデル少尉はその単語を口にする事を躊躇した。
「でもまあ無駄だしな」
賢明かつ安全な選択肢を諦めたコンラッド・ブランデル少尉は、重々しくため息を吐くように口を開いた。
「ヴァシュリクスの新型、FH-2とか言うやつですか大尉?」
コンラッド・ブランデル少尉は小声でマーサ・ケイジ大尉に耳打ちした。自分たちの立場では知ってはならない機密事項的な情報だったからである。
「間違いなくそうだろうね少尉、俺はそれがどうしても見たくなったよ!」
「やっぱりそうですか…」
予想通りの回答に、コンラッド・ブランデル少尉は肩を落とした。
「恐るべき完成度の機体設計と2000馬力級のエンジン、二段三速の過給器で高高度の性能もバツグンらしいぞ、強敵だな少尉!楽しみだなあ!」
「楽しみじゃないですよ、もう50機以上の友軍機が落とされた敵地に、同じ戦闘機で出撃するんですよ、しかも向こうには最新の戦闘機があると見て間違いが無いときたら、楽しいなんて思えるのは戦闘狂か変態くらいのもんですよ全く」
「ありがとう少尉、それだけ俺を理解してくれるのは君と彼だけだよホラ」
マーサ・ケイジ大尉は、こちらに向かって汗だくで走ってくる、太った男を指差して微笑んだ。
「大尉ぃーっ!次の攻撃は一時間後だそうですよ素で言って!」
「ありがとう少尉、ご苦労だったね」
たった200m弱の駆け足で汗だくになったドライナル・シュタスキー少尉に声をかけると、マーサ・ケイジ大尉は滑走路の先にある黒い機体を指差した。
「俺たちのポリカフは通常のそれとは違うだろ少尉?機体剛性もエンジンも違う、新型の排気タービンのお陰で、高度3千どころか5千でも息切れなんかしないのは君だって承知しているだろう?」
「まあそうですが」
コンラッド・ブランデル少尉が諦めたように覇気なく答えた。
「さらにはアレだ!あのコンドルさえあれば、我々は敵地でも無敵さ!」
マーサ・ケイジ大尉は、漆黒に輝く二機のポリカフの後ろに鎮座する、巨大な4発機を指差した。大型排気タービンを装備したエンジンと巨大な四機のプロペラを両翼に配し、胴体の上には直径八メートルのレーダードームを備えた最新のレーダー管制機「コンドル」である。
ドライナル・シュタスキー少尉の任務は、このコンドルを運用して敵機襲来の恐れの無い高度でレーダー管制を行い、敵機の位置確認と、その結果を友軍機に通信する事であった。
「あの大尉、素で聞いていいですか?」
ドライナル・シュタスキー少尉が不安げに質問した。
「まさか次の攻撃に俺たち加わるんですか?」
「そうだよ、十分ほど遅れてから後ろに付こう、貴様だってあの四発機で高度1万mまで上がりたいって言ってたじゃないか?」
「素で言っていいですか?正直一万はムリですよ絶対」
「でも九千近くなら余裕でいけるだろう?」
「素で言っていいですか大尉?マジで3機だけで行くんですか?」
「プラウダ系の先遣隊って俺たちの三機だけだからそうなるね当然」
「昨日一昨日であんだけ撃墜したんだし、もう良いんじゃないですか出撃は」
「あんたは出撃してないけどな」
コンラッド・ブランデル少尉の嫌味に、ドライナル・シュタスキー少尉は、汗だくの顔面を歪めた。
「そうそう!出撃できなかった分だけさ、欲求不満だろう少尉?」
マーサ・ケイジ大尉の狂った見解に、ドライナル・シュタスキー少尉は、汗だくの顔面から大量の汗を滴らせて下を向いた。
「レーダー管制機なんて出撃する必要なかったですからね。素で言っていいですか?出撃しないで良いなら、自分はその方が幸せなんで、欲求不満とか気にしないでください大尉」
「それが必要になったんだよ、今度は3人で大戦果を上げよう!」
大口を開けて微笑むマーサ・ケイジ大尉の表情から、ドライナル・シュタスキー少尉は、大体の状況を察し、諦め顔で右手で3百メートル先の4発機を指差した。
「はあ…まあ自分は良いですけど…あいつら大丈夫かな…?」
ドライナル・シュタスキー少尉がコンドルのパイロットとコパイロット(副操縦士)の心配をしながら、無感動に答えた。
「素で言って良い?あいつら覚悟できてないよ!あそこで機体チェックが終わったら、帰る気マンマンだよ素で言って」
「大尉が行くと行ってるんだから、行くしかないだろ!さっさと二人を呼んでこいよ!大体、高度九千以上なんて危険無いだろ!あんたに至っては、上空で管制するだけなんだから、面倒臭そうな顔するなよデブ!」
コンラッド・ブランデル少尉は、ドライナル・シュタスキー少尉に不満をぶちまけた。
「素で言っていい?アイツの管制関係の機器いじれるの俺だけジャン?オマエがやれるなら俺がポリカフで出撃してやるよペッタリ髪!」
「殺すぞデブ!」
「おいおい、もっとやる気を出してくれよ二人とも、地獄の番犬ケルベロスの異名を、今日こそ轟かせてやろうじゃないか!なあ?」
「ええーっ大尉ぃ…そのネーム本当に採用する気だったんですか?」
「素で言って良いですか?ダサいと思いますそれ、子供っぽいし正直嫌です」
コンラッド・ブランデルとドライナル・シュタスキーが同時に突っ込んだ。
「待ってろよ!ヴァッシュの新兵器め!」
部下たちの困惑を他所に、マーサ・ケイジ大尉は満面の笑みを浮かべ、自らの機体に向かって、軽やかに歩き出した。
(Chapter,10)
第六山岳基地は、二度目の敵機襲来を、人命を失うことなく凌いだ。
それでも数機の機体が被弾、使用不能となった為、事態は依然として悪化していた。昨日以来、パラシュート降下した兵力からの小型迫撃砲の攻撃が始まった事は、特に兵士たちの不安を煽っていた。
あと2回も襲撃を受ければ、さすがにこの基地も陥落するだろう、誰もがそう思いながら、それを口に出せないまま沈黙していた。
徐々に近づく迫撃砲の着弾音を耳にしながら「その時」が訪れる瞬間まで、軍人として自分がやるべきことを黙々とこなす事で、誰もが恐怖を押し殺している。
そうした状況の中、ギルベルタ・ルンゲ少尉もまた、自分のフライトニーボードにチェックリスト挟み、整備中のカメーリアに向かって歩みを進めていた。
フ ライトニーボードとは、パイロットが出撃の際に、フライトチェックを行う為のチェックリストやフライトに関する様々な情報のメモを綴るボードである。
簡単に言えば、ゴムで太ももに縛り付ける、バインダーとペンホルダーだ。
またチェックリストとは、機体の各動作の確認、始動試運転など、乗り込んでから離陸を始めるまでの手順書である。
パイロットは出撃前、コックピットに座って、このチェックリストを読み上げながら各動作が間違いなく作動するか確認するのだ。
「すいません、ここが少し分からないんですが」
ギルベルタは、カメーリアの整備を行う若い技師に話しかけた。
「え?何ですか兵長?」
「チェックリストのこの箇所が分からなくて…・」
「こんなこと…自分達がやりますから、兵長は少しでも休んでいてください」
若い整備技師は、驚いた顔でギルベルタに休養を促した。
「でも本来は自分でやることだし、今は少しでも多くの人手が必要でしょ?」
「それは兵長が正式なパイロットとしてこの機体に精通していればの話ですよ、搭乗経験の無い機体での実戦なんて、本来はありえません、せめて整備やチェックくらいは自分たちにやらせてください、お願いしますよ」
「でも」
「しょうがないなあ…じゃあ本音を言いますよ兵長」
「え?」
若い整備技師の表情が不意に陽気で無邪気なものに変化したことに、ギルベルタは驚いた。
「半日前からここ、砲撃を受けてるでしょ?新人や腕の悪い技師は、もう陸戦に回されているんですよ」
「そうだったの?」
「そうそう、自分は外で撃ち合いなんかしたくないんです、だから、自分から仕事を奪わないでください兵長、お願いします」
「ありがとう、それじゃあお言葉に甘えるわ」
ギルベルタは微笑して、丁寧に頭を下げると、整備技師に背中を向け歩き始めた。
「兵長!」
整備技師が、不意にギルベルタの背中に声をかけた。
「貴方たちパイロットは、一度飛び立てば、逃げる事だって出来るんだ、初陣で、しかも他国のこんな作戦のために死ぬ事なんてないんですよ、ここがもうダメだと判断したら、北東に舵を切って逃げれば良い、貴方たちはもう充分に戦ってくれたんだ、誰も恨んだりはしませんよっ」
ギルベルタの表情が一瞬強張った。
「北東に…舵を…切れば…?」
「ど、どうしたんですか兵長?」
硬直したギルベルタの背中に、整備技士が声をかけた。
「何でもないわ、ありがとう…でも…」
ギルベルタは、ゆっくりと技師に向き直って、悲しげに微笑んだ。
「それは出来ないわ、そんな事をすれば私は偉大なる総統に顔向けが出来ないの」
少女の言葉に、整備技士は驚いた表情でため息をついた。
「まだ学生だった、そして実戦経験のない貴女たちを軍人に仕立て上げ、こんな戦場に送り込んだ意図は明らかです、尉官を含む部隊を派遣して失ったと言う既成事実を、貴女たちの本国は必要としているんです、だからこれ以上の忠誠を尽くす事なんて無いんですよ兵長」
技師は、真剣かつ悲壮な表情でギルベルタの瞳を見つめた。
しかしギルベルタはそれ以上に厳しい眼差しで整備技士の視線を睨み返した。
「総統は新しい世界を創造される偉大な救世主よ、総統が私たちの命を必要とされるのであれば、私は喜んでこの命を捧げるわ!」
「兵長…」
ギルベルタの瞳に宿る狂気に、整備技師は沈黙した。
控え室に戻る彼女にはもう、声をかける気力も無かった。
「酷いな戦争は、あんな可憐な少女を盲目の悪魔に変えてしまうんだからな」
整備技師は再びレンチを手に持つと、作業を再開した。
「ギルベルタ」
カ メーリアの元を離れて控え室に向かうギルベルタに、アンナが声をかけた。
「ピューロ少尉!」
仮眠しているはずのアンナがいることに、ギルベルタは当惑した。
「こんな所で何をしているのアンナ?寝ていなきゃダメじゃない?」
「ごめんなさい、貴女の機体が気になって…」
「私の機体?これの事?」
「違うわ、ファイルフェンよ…」
「あれはもう使えないわ…部品取りに使いたいの?」
「違うわ…いえ、それよりもギルベルタ、どうしてもまた出撃するの?」
「するわ」
「危険よギルベルタ、自分がどれほど危険な事をしているのか、あなた自身が一番わかっているはずよ」
アンナは最小限の言葉で、ギルベルタを説得しようと試みた。
しかし、静かに振り向いたギルベルタの瞳に宿る狂気にも似た何かに、アンナは息を飲んだ。
「アンナ、私にだって地上攻撃機の護衛くらいなら出来るわ、その証拠に1機は撃墜したじゃない、ファイルフェンよりも遥かに性能の劣るあのカメーリアでね!」
「分かったわギルベルタ、ごめんなさい」
アンナは右手の平を上げて、謝罪し、ギルベルタの激情を制した。
「貴女こそ、今は仮眠していなくてはいけないでしょうアンナ?パイロットの休息は、最も大事な任務の一つでしょ?」
「そうねギルベルタ、でもどうしても貴女に伝えたい事があったの」
「私に伝えたい事?」
「そう、次にあなたが接敵するかもしれない機体の事…それから…」
「アンナ?」
「シュトルヒを覚えている?」
「あ、良く覚えていないけれど、確かプラウダの新型地上攻撃機、だったかしら?先月見た資料にあったやつよね」
「そう、極めて防弾能力の高い地上攻撃機、さらにシュトルヒは後部機関銃座まで配置していて、対空防御にも秀でた、非常にやっかいな相手なの」
「そんなもの、それこそ一撃離脱で落としてみせるわ」
ギルベルタの強気な発言に、アンナは首を振った。
「たとえ炸裂弾を使ったとしても、カメーリアの十三ミリでは、シュトルヒを撃墜出来ないかもしれないの、だからギルベルタ、もし次の地上攻撃に、爆装したポリカフでは無くてシュトルヒが現れたなら、絶対に交戦しないで逃げてほしいの」
「そんなに頑丈なの?」
「最高速度や航続距離を犠牲にしてでも防弾装備と攻撃力を追求した機体なのよ」
「そんなに凄いプラウダの新型機が、なぜ近隣諸国連合軍にあるの?それに、シュトルヒが来るかもしれないって、どうしてそんな事が判るのアンナ?」
「この戦役の後ろにはプラウダ連邦がいることは確かよギルベルタ、そしてプラウダは自国の人員を消耗させること無く、この戦いで新型機の実験を行いたいのよ、だから、かなりの数の新型機や改良機を、連合軍に供与しているの、シュトルヒもその一つよ」
ギルベルタは、アンナの言葉に沈黙した。
積もりに積もった様々な疑問が、追い詰められた彼女の心に交錯していた。
彼女にとって今や、シュトルヒの情報等は些末な事だとさえ思えた。
「ねえアンナ…この際だから聞いておくけれど、貴女は一体何者なの?」
ギルベルタは彼女が、いや同期の少女達やシューレの教官達がずっと疑問に思っていた疑問をアンナに投げかけた。
「私は唯の一兵士よギルベルタ、世界情勢に人一倍目を凝らし、耳をそばだてているだけ、生き延びる為にね」
少し当惑したような表情で、アンナはギルベルタに答えた。
「嘘だわ!貴女には口に出せない目的や行動理念があるわアンナ、どうしてこんなにも戦況を俯瞰できるのアンナ?貴女の目的は何?もしそれが我が総統に弓を引く陰謀や指令であるならば私は…」
ギルベルタは、腰のホルスターから拳銃を抜いて、アンナに銃口を向けた。
アンナの父親は同盟国であるパルト人であった。しかし、彼女の母親は。来るべき大戦での敵国、プラウダ連邦の軍人であった。アンナの背後にある様々な経緯や彼女の不可思議な能力や行動は、以前より様々な憶測を呼んでいた。その中でも最も彼女に不利益な解釈は「敵勢の人間ではないか」というものであり、同期の少女たちも当然、その認識の存在は承知していた。
「私は総統に代わって、貴女を撃つわ!」
「総統は貴族を排して共和国を建国されたわ、私の敵じゃない」
アンナは銃口に怯むことなく、取り乱したギルベルタの瞳を見つめた。
「それじゃあ貴女の敵とは一体誰なのアンナ?」
「私の敵は貴族よギルベルタ、全ての貴族を滅ぼすことが私の目的なの」
「貴女だって貴族じゃない!ふざけないで!」
「そうよギルベルタ、時が来れば、私は私という貴族にも引き金を引くわ」
狂気に満ちたアンナの瞳に、ギルベルタは引き込まれ萎縮した。
拳銃を突きつけながらも、ギルベルタにはアンナを殺せる気がしなかった。
引き金を引いた瞬間、自分が殺されるような予感と恐怖、それがギルベルタの胸中を満たしていた。
ギルベルタは拳銃を握った右手をダラリと下げ、アンナの視線に押されるかのように、無意識のまま半歩ほど後ずさりしていた。
「いや、来ないで!」
アンナは後ずさりするギルベルタに歩み寄ると、戸惑うギルベルタの身体を強く抱きしめ、耳元で囁いた。
「いいわねギルベルタ、シュトルヒが来たら絶対に戦わないで、私に通信してくれたら、必ず助けに行くから、約束するわ…それに…貴女のキャノピーに当たった弾は…」
アンナの囁きを耳にしたギルベルタの瞳に、見る見る涙が溢れ出した。
「それは本当なのアンナ?本当にそんな…」
「本当よギルベルタ、原因は全て私に有ったの、だから貴女が罪悪感に苛まれる事はないわ、一緒に本国へ帰りましょう、絶対に思い詰めてはダメよ」
「うん…判った!判ったわアンナ…貴女を信じるわ…」
母親に掴る赤子のように、ギルベルタはアンナの身体を強く抱きしめた。
「ありがとうギルベルタ、それじゃあ私は少しだけ眠るわ、お休みギルベルタ」
「ええ…お休みアンナ…」