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(Chapter,7)~(Chapter,8)

(Chapter,7)~(Chapter,8)



 一度目の出撃を終え、第六山岳基地に帰還したアンナとザビーネは、

先に無事帰投したエレオノーレとアーデルハイドの出迎えを受けた。


「二人とも大丈夫だったのね、無事で良かった!」


 アーデルハイドが二人に駆け寄って叫んだ。


「ええ無事よアーデルハイド、それよりも大尉とギルベルタはどうしたの?貴方たちより先に帰投しているはずよ」


アンナの質問に、アーデルハイドの顔色が曇った。


「ええ、あの…」


 口ごもるアーデルハイドの表情に、アンナとザビーネは不安に駆られ沈黙した。


「お二人の機体に損傷はありませんでしたの?負傷はなさそうですけど」


 沈痛な面持ちで腕を組んでいたエレオノーレが、体ごとアンナとアーデルハイドの間に割って入った。


「ないわ」


 アンナは即答した。


「エレオノーレ、ギルベルタは無事なの?無事よねエレオノーレ?」


 ザビーネがエレオノーレに詰め寄った。学生寮では同室であるギルベルタの無事が、彼女には何よりも重大な事であった。


「補給が済むまでは待機との命令ですわ、さあ行きましょう、少しでも休憩しないと身体が持ちませんわよ」


 エレオノーレに促されるまま、アンナとザビーネは、あてがわれた控えの部屋に向かって歩き始めた。


「エレオノーレ、ギルベルタは…教官とギルベルタは無事なんでしょう?」


 ザビーネが、力なくエレオノーレの背中に手を伸ばし声をかけた。


「ギルベルタは無事帰投しましたわ、もっとも機体はもう使い物にならないでしょうけど」


 エレオノーレは、アンナとザビーネに背中を向けたまま、そう応えた。


「よかった…」


 ザビーネが安堵し、大きくため息をついた。

やがてたどり着いた部屋のドアの向こうから、少女達は微かな少女の泣き声を聞き取った。


「ギルベルタッ」


 ザビーネは勢い良くドアを開けて部屋に飛び込んだ。そこには、ソファーに泣き崩れるギルベルタの姿があった。


「私、機銃で、3千m付近で失速してしまって」


 嗚咽交じりのギルベルタの言葉は、正確に聞き取るのが困難な程であった。


「ダイブ中に運悪く、キャノピーに流れ弾を食らったらしいですわ」


 沈痛な面持ちで、エレオノーレがギルベルタの代弁を始めた。


「まさか急降下中にか?そんな事あるのか?」


 ザビーネが驚愕した。


「確かにキャノピーに2発程食らっていましたわ…掠った程度ですけれど…」


「信じられない、本当なのか?」


 ザビーネが疑念の晴れない面持ちで再び繰り返した。


「お疑いならキャノピーを確認すればよろしいでしょう?」


 エレオノーレが無表情に言葉を繰り返した。


「私、後ろに付かれたと思って、驚いて左にロールしてしまったの、そうしたら…」


「ロール先がまた運悪く敵機の射軸上だったと言うわけですわ、そこで主翼と胴体に20ミリを数発食らった…当たり所も最悪でしたわ…」


ギルベルタの言葉を補足するように、エレオノーレが言葉を続けた。


 ギルベルタの言葉に、アンナは肝を冷やした。戦場とは、確率を無視してそんなにも不運が重なる場所なのかと。


「いや…」


 それでも有り得ない、そんな偶然が重なるものか。アンナにはこの不運に、ある種の意図を感じざるを得なかった。


「2機以上いたわ、主翼を撃たれて私…」


ギルベルタが鳴き声で続けた。


「焦って操作を誤り、減速し過ぎたのか?」


ザビーネの言葉に、ギルベルタが声も無く頷いた。


「でも逃げられなかった、そこに大尉が、大尉の…」


「下から大尉のファイルヒェンが急上昇で駆けつけてくれたのねギルベルタ?」


 アンナの言葉に、ギルベルタが再び頷いた。

厳しい戦いになっただろう、ファイルヒェンは迎撃機ではないのだ。

離脱から再上昇に切り替える為の大きな旋回半径を縮小して急上昇したのであれば、かなりの上昇力を失ったはずだ。


 しかし、アンナはそれを口にしなかった。


「教官とおじ様たちのカメーリアが一機、私を助けてくれて…直ぐに帰投しろって指示を受けて…私…教官が…・」


 ギルベルタが再び突っ伏して泣き出し、見かねたザビーネがギルベルタに歩み寄った。


「それで、中尉はどうなったんだエレオノーレ?」


 ザビーネは、嗚咽するギルベルタの頭を抱え、エレオノーレに尋ねた。


「カメーリアは撃墜が確認されましたわ、大尉のファイルフェンは両翼に無数の二十ミリ機関砲を食らって降下して行くところまでは目撃されていますわ、今のところは未帰投、それ以外の情報は現時点ではありませんの」


「百の練磨が数万分の一の偶然に刈り取られる…か」


 アンナが小声で呟いた。

戦場では常識や確率論や実力が本当に通じない、自分が積み上げてきた研鑽の全てが、こんな戦場の気紛れな偶然に奪われるのかと、アンナは密かに恐怖した。


 そして、もう一つ。


「エレオノーレ、中尉の機体は最後に、どの方向へ飛んだかは判らないの?」


 アンナは少し歩み寄って、エレオノーレに質問した。


「ええアンナ、私も同じ事を考えましたわ、北か、やや北東だったようですわ、でも…」


「この状況では捜索に人手も機体も回せないって、さっき言われたの」


 アーデルハイドが涙目でエレオノーレの言葉をつないだ。


「そう」


 揃いも揃って育ちの良い事だなとアンナは思った。


「ギルベルタ、最初にキャノピーに食らった弾はどの方向からだったの?」


「…前部、下からよ、多分教官…中尉たちを追ってきた敵機からの」


「そう…それじゃあ…」


「もういいだろうアンナ…やめなよ」


 ギルベルタに質問を続けるアンナにザビーネが割って入った。


「それじゃあ大尉は無事かもしれない、大尉の無事を祈ろう、そして、私たちは今やれることをやるだけよ、ギルベルタ、大尉はきっと生きている、だから元気を出して!」


 ザビーネがギルベルタを諭しながら、無難に話を締めくくる。間違いではない、そう思ったアンナは心中に浮かんだ疑念を、ここで詳らかにする事を止めた。まずはギルベルタの機体を見る事が先だと考えを切り替え、ザビーネの作った流れに添う事にする。


「そうね、その通りだわ」


 ザビーネの総括に、アーデルハイドが答えた。

アンナとエレオノーレは、黙って頷いた。

ギルベルタは、ザビーネに頭を抱えられながら、最後まで沈黙していた。






(Chapter,8)


 作戦会議では、軍の権威や規律や序列が、すでに瓦解していた。

無理もない、わずかに残った正規パイロットと非常招集された老兵、同盟国から派遣された事実上学徒兵の少女たち、それを束ねる基地の責任者からして、施設の詳細を完全には把握出来ていない、代打的に押し付けられた人間なのだ。


 彼らは一様に、捨てられた、しかし逃げ出すことの許されない砦に取り残された、哀れな囮の駒であった。


「申し訳ないが、4機は爆装した上で、地上攻撃に回って貰いたい」


ハイデミル・ブルマー大尉が沈痛な面持ちで厳しい現状を切り出した。


「地上攻撃?敵の地上部隊がこんな山ん中までもう来ているのか?」


 非常召集に応じた老兵のリーダー格、テオ・ブラントがハイデミル・ブルマー大尉を不遜な面構えで睨み付けた。前大戦で九機を撃墜した(つわもの)である。その威厳と実力は額面に違わないものがあったが、一方、尊大でもあった。


 複雑な現代戦への理解を持った人物であろうとしている為、あからさまに一撃離脱を初めとする現代戦の戦術を否定はしなかったが、心中では未だに空戦を、騎士道的な一騎打ちと解釈している節が多分にあった。


「昨日より、グライダー等による大規模な夜間降下が行われたようですな」


マルク・アルニム少佐が書類を片手に応えた。


「野砲の組み立てを行われるとやっかいです、一早くこれらを叩かねば、この基地が砲撃され、降下兵たちに占領されてしまうでしょう」


 ハイデミル・ブルマー大尉は地上からの脅威の緊急性を主張した。


「山をくり抜いたこの山岳基地に、小型野砲の砲撃などが脅威になりますの?」


エレオノーレがするりと疑問を口にした。


「山肌を切り抜いたこの山岳基地も、全ての施設が山中に埋まっているわけではないのだよ兵長、また、歩兵の侵入を許せば、空で勝利しても帰る場所を失う」


 階級と規律を無視した少女の無礼な質問に、マルク・アルニム少佐は丁寧に答えた。


「残り29機を総動員して戦えという訳か?」


 またもやテオ・ブラントが口を挟んだ、自分以下、最も損耗の激しい非常召集兵の生き死にに、責任を感じている様な口ぶりだった。

戦場では頼りになる人格だが、会議では予定調和を崩しかねない異物と言える。


「いえ、更に二機を護衛に付けますので、迎撃は二十七機でお願いします」


ハイデミル・ブルマー大尉が事務的に答えた。


「大尉…それは少し厳しいかと…」


第6山岳基地の正規パイロット、ウド・ベック中尉が恐怖を隠さず口を挟んだ。


「言いたいことは分かるがな、もう常識で対処できる枠を超えた状況なのだよ中尉」


テオ・ブラントがウド・ベック中尉に話しかけた。口調から言えば怒鳴りつけたに近かった。


「そこの少尉さんなんざ、自機を失って予備機がないってのに、乗ったこともねえカメーリアで出撃するって話だぜ、常識なら狂気の沙汰だ!17、8の娘っ子がこれだ、正規パイロットのアンタが泣き言を言っちゃ格好つかねえぞ、なあ?」


ギルベルタを指差し、老兵のリーダーを気取るテオ・ブラントが大声を上げた。


「はあ、しかし」


 その言葉を最後に、ウド・ベック中尉の更なる反論は消えうせた。

それを認めると、テオ・ブラントは少女たちに体を向け、大きく息を吸った。


「さあーて!何か考えはあるのかい?お嬢ちゃんたち、ええ?」


 テオ・ブラントが一転、無邪気な笑顔で少女たちに声をかけた。

ヴェラ・ブロッホ中尉亡き今、階級的に唯一人の伍長であるアンナは、軍律上、ヴァシュリスクの代表者となっていた。

アンナは、少女たちの塊から一歩前に踏み出ると、険しい表情でテオ・ブラントに視線を向けた。


「実は…う…」


「そんな仏頂面では真意が伝わらなくてよ、伍長殿!」


 エレオノーレが背後からアンナの口を左手で塞ぎ、悪戯な笑顔で囁いた。


「ここは私に任せて」


そう言うとエレオノーレは、手の平を合わせながら、老兵達の座るテーブル席に、しおらしげな表情で歩み寄った。


「私たち、実はおじ様方に大事なお願いがありますのぅ」


 老兵といっても五十路には少しばかり達していない、エレオノーレ程の美少女が歩み寄ってくれば、心も沸き立ってくる。


「なんだいお嬢ちゃん?」


「どうしたどうした!」


「怖くなったんだろう?可哀そうになあ!」


 エレオノーレを囲み、老兵たちは口々に喋りだした。

仲間を失い、寡黙だった彼らの表情が、一瞬にしてすっかりと一変していた。


「ほう、意外に上手いなエレオノーレは」


ザビーネが感心して呟いた。


「うー」


アーデルハイドはあからさまに不快な表情でエレオノーレを睨み付けている。


「おじ様たちのお陰で、私たち先程の戦闘では本当に助かりましたの、でもぉ…」


「でも何だいお嬢ちゃん?」


「私、もうおじ様たちの誰にも危険な目にあって欲しくありませんの、だからこそ、聞いて頂きたいお願いがありますの」


 エレオノーレは、ゆっくりと頭を回して老兵たち一人一人と視線を合わせると、一呼吸おいて小首を傾げ、静かに口を開いた。


「聞いていただけます?おじ様!」


 瞬間、老兵たちの間に、歓声が巻き起こった。


「何でも言うことを聞くよおじょうちゃん!」


「こんなこと、女房にも言われたことねえ!」


「こんな娘が家にもいたらおりゃあもっと出世できたぜ!」


エレオノーレの猫撫で声に、老兵達はすでに骨抜きだった。


「エレオノーレったら!」


 爆発寸前となったアーデルハイドの肩の上にアンナは右手を乗せた。


「エレオノーレは凄いねアーデルハイド、やはり私なんかよりずっと優秀よ、後悔と反省から何も学べていなかった私よりも、貴女の姉は本当に凄い、尊敬に値する人物だわ、心からそう思う」


「アンナ…」


 アーデルハイドは驚いた。

やや無感情な印象を受けながらも、アンナには充分な人望があった。

不器用ながら相手の気持ちを察した行動を行い、自己顕示的な言動も無く、どちらかというと静かに全体を重んじる彼女を、心中では皆リーダーとして認識し、認めていた。

それ故に、今回も彼女のみが兵長ではなく、伍長の階級を与えられたのだ。


 そんな彼女に対し、普段から剥き出しの対抗心で絡むエレオノーレを、アンナがこうも賞賛するとは、アーデルハイドにとっては単純な驚きであった。


「私たちの中で、あの老兵たちの心をこうも掴める人間が他にいるかしら?エレオノーレは異国の、しかも宗主国気取りの同盟国から来たエリートの制服を着てそれをやってのけているわ、貧乏くじを引かされて捻くれた人々を相手にね、ほら!」


「わーはははっ!いやーっ気に入ったぞお嬢ちゃん!いや兵長殿!」


 エレオノーレを囲む輪に、ただ一人入らなかったテオ・ブラントが、豪快に笑いながら歩み寄った。


「兵長殿、どうか我々にご命令を!」


 テオ・ブラントが、エレオノーレにうやうやしく敬礼をした。

それは、悪戯のようにも見えたが、不思議と敬意の篭った敬礼にも見えた。


「恐縮ですわおじ様、どうかどうか、私たちの僭越をお許しになって」


 エレオノーレがテオ・ブラントに深々とを頭を下げた、それは目上の者に対する正式な拝礼であった。


「了解だ!」


「何でも言ってくれ少尉!」


「あんたのいう通りにするぜ!」


「は、はいっ…あ、あのう」


 エレオノーレがここに来て戸惑った。慌てて自分に顔を向けるエレオノーレに、アンナは手の平を上に向けて差し出した。


「皆さん、エレオノーレの説明をどうかお聞きください」


 アンナはそう言うと差し出した手を再び下ろした。


「あ、あのう、それでは説明させていただきますわね、えーと、簡単に言うとおじ様たちにも私たちと同じ戦法で戦って欲しいんですの…この基地に配置されたレーダー管制とおじ様たちの機体にも積まれているトランスポンダーを有効に活用して…・通信とその情報を連動…それから敵機の弱点がわかりましたの、高度的な弱点がみつかりまして…・それで高度3千m付近で…手動式の過給機が…」


「順番に頼むぜ少尉!」


 テオ・ブラントが、喝采を送るような仕草でエレオノーレに声をかけた。


「宗主国のエリート様がそれだけ頭を下げて下さったんだ、俺もこいつらももう何でも言うことを聞くぜ、例えそれが俺達の積み上げてきた経験を全て捨てろって話でもナ」


 エレオノーレは瞳を見開いて、老兵の笑顔を見つめた。

次の瞬間、驚きの表情がくしゃりと崩れた。


「ありがとうおじ様!」


エレオノーレは無邪気にニコリと笑っていた。

それは、アーデルハイドの最も好きな、エレオノーレの笑顔だった。


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