いつものやつ
句陽の執務室。此の部屋には良、白、袁兄弟、崔均、卞喜、王方、王粲、郭嘉、文稷と言う首脳陣と良羽ほどの年で気品と才気を感じさせる青年が居た。
良が句陽に帰った五日の後の事である。ちなみにこの五日とは戦後処理である。
王粲が紹介した。
「此方が司馬一族の次男。司馬仲達殿です。句陽に屋敷が欲しいとのことでその許可を」
王粲の横に座る十八の青年は厳格に育てられたのがありありと見て取れる姿勢の良さで拱手し言う。
「お初目にかかります。司馬懿、仲達に御座います。お世話になりまする」
『何これ虎いんだけど?これが普通か?普通なのか』
「よろしく仲達さん。此処を任されてる呂井、字を良羽。んでコッチが白です」
「ガッ!」
「県令の優れた統治にて発展し続ける句陽に屋敷を一つ立てさせていただきたい」
『虎が睨んでる。え?王殿の冗談かと思っていたけど挨拶したほうがいいの?』
「今も職人さんは多いんで早めにつくりますよ」
「グル“ル”ル“ゥ」
「落ち着け白」
「ありがとう御座います。
我が弟の孚と共に長くあなたの統治下であれば学問を深く知ることもできます。これは私達にとってとても嬉しい事です」
『あ、イカン。凄い唸ってる』
「勉強熱心だなぁー。えっ、アレ?」
「ん?」
「いや、えーと。でも俺、任地変わって此処からすぐ居なくなるんすよね」
「「「「「え?」」」」」
「急な話だけど豫州牧になれって」
「豫州は荊州に近いから句陽は崔均さんに任すよ。
一、二月後だけど代理の県令に任ずる。
文の親父さんは句陽の護衛と子供達の教育を頼んます」
「は、ははっ!!」
「ははっ!」
「仲達さん。俺は統治能力なんか無いけど崔均さんは太守相応の能力あっから学問を修めたいってなら暇な時に話して見なよ」
「は、はぁ」
良が状況を司馬懿に教えている間、崔均は伏していた。
良にとって最も重要な地を任せて貰えるというのは彼の自身に対する信頼を理解するに余りあり嬉しさで今にも泣きそうだったのだ。
良の感覚で言えば崔均こと崔州平はなんでも無難にこなす。句陽を空ける際は必ず彼に任せ、豫州の戦いの際も袁覇を陳国に置き、袁敏を副将とし、彼に留守を守らせた。
句陽の商業政策や開墾も成果は出だしたが道半ば。陳国の出身で自身のサポーターとして袁兄弟を連れて行かねばならない故に句陽を任せるのは彼しか思いつかなかった。又、実質的な県令に任命する事になり、縁の下の力持ちを続けてくれたお礼でもあるのだ。
「呂県令。そうとなれば席を外させて頂きます。司馬殿の屋敷を作る候補地を見繕ってきます」
「よろしく。崔均さん」
「ははっぁ!!」
「なれば私もついて行っても?」
『いかん。此処にいたら噛まれる』
「勿論」
「では、失礼いたします」
そう一言添えて退室した。それを見送った後、良が疲れた顔で言う。
「さて、丁度いいから言っとくわ。
義親父曰く俺、豫州牧だってさ。そりゃあ、御飾りかなんかだろーけど」
「いや、違うぞ白虎殿」
それに対して呆れた様に言うのは郭嘉だ。
「え?」
「驃騎将軍は急速に領地を広げた。しかし親類が未だ少ない故、其れなりの事が出来る者は魏将軍と白虎殿くらいだ。何より白虎殿の下には俺を含めて豫州出身者が多いからな」
「いや、え?」
「郭県相の言に間違いはありません。もっと言えば高将軍は信用でき武官として手元に置いておきたいでしょうし、陳軍師もまた然り。なれば良羽殿が任ぜられるは不思議では御座いません」
袁覇も困惑する良に追撃する。遂に良は考える人の様なポーズで悩み始めた。正直お飾りなら居るだけでいいじゃんとか考えて居たツケである。
「・・・どうしよう。普通、太守からだろーが。つーか、何も考えてねぇ。
つか、開墾に力を入れてくれとか言われたけど、俺が居た所とか川がある割に土パッサパサで碌に農耕出来なそうなんだけど」
「それなら兄貴、家に西門豹や孫叔傲の話を纏めた史記の一部があったよな?」
「・・・うむ、あったな」
「家にも探せばあるぞ。
潁川に寄るついでに持ってこよう。
王従事も何か持って居ただろう?」
「はい、書家の子弟故」
「郭県相、最も荒れているであろう汝南の事を調べて頂けますか?私は陳、沛を調べます。敏、郭県相を手伝うのだ」
「良いだろう。任せておけ」
「おう!よろしくな県相」
「あぁ、此方こそ」
大体こうだ。最近はやり慣れた事のローテーションだったが、良が何かをしようとすると彼等が良い感じで転がしてくれる。
良も任せておけば上手く行くし、部下も献策をヒョイヒョイ受け入れてくれるので部下もやり易い。
クマノミとイソギンチャクな句陽文官事情である。
「じゃあ、俺は何しようか?」
「白虎殿は賊でもとっ捕まえとけば良い。
人手はいくらあっても足りん」
「って事ぁ、いつも通りで良いな?」
「はい。それでよろしいかと」
さまざまな準備を終えたのは一月。
見送りはなかなか盛大で良は孤児達からなかなか離してもらえなかったが句陽を崔均達に任せ豫州への出立した。
良は激怒した。何時頃にか習ったメッチャ走る人は暴君を前に交渉を持ちかけたが、今の良なら後先考えずにブレーンバスターをかまし処刑台に登ってウィイイイイと奇声を発するだろう。
良は激怒していた。
この後散々たる理不尽に激怒した。
顔を真っ赤にした良に当てられてか乗っている馬も後ろに付いてくる騎兵も何処かテンションがおかしい。
つーか真夜中に松明を掲げて疾駆するとか言うクソ危ない事をしている。
「郭嘉ァ!!」
「このっ、先に、渡し場、がある」
「袁敏ン!!」
「オウ!!」
「オッシャァアアア付いて来いやぁぁぁああ!!!」
「「「ウオオオオオオオオオ!!!」」」
さて、良が何故こうもブチギレているか説明しよう。
単純に言えばやる事が多かったのだ。
其れはもうメッチャ多かった。
先ず良が赴任して驚いたのは賊徒の量だった。
戦争終盤辺りで袁術の苛政に耐えかね田畑を捨て戦乱を避ける為に徐州や荊州に逃げようとした者が、小沛の関羽の軍や予章や蘆溝で展開していた呂布や袁術残党の軍を恐れ汝南一帯に集い賊になったのだ。
呂布達の本体も袁紹を気にして本拠地に足早に帰り対処が遅れた事も状況を悪化させてしまっている。
其れを先に入っていた郭嘉から伝えられると、賊数百人を数珠繋ぎに連行しながら部下と共に入城した平興城で聞いた良は言った。
「しゃーない。取り敢えず荀汝南太守と相談して町の見回りだけしといて」
その日は城下町の賊を片っ端から捕縛し騎兵で練り歩いて治安回復を優先させた。
数日の後、治安改善も行き渡る。さぁ復興だと得意でもなんでも無い書類仕事を片付けようとしたら情報が何も無かったのだ。何も。
戸籍の纏め、税の記録。そう言った統治に必要な資料尽くが燃やされ、或いは水を掛けられ読めなくされていた。筆から墨を垂らし固まった良は、袁覇からその報告を受けて言う。
「しゃーない。兗州の時もそうだったし」
敵に渡さざるおえない領地を収めにくくするのは当たり前だ。このような地味な嫌がらせは当たり前である。
やるべき事が多過ぎるが取り敢えずは戸籍を作ろうにも荒くれ者が中々減らず、汝南の治安回復を完璧にすべきだと牢を作り警備と資料作成を手伝い一定の成果を得た。
此頃には七日ほど経っていたが統治の取っ掛かりは出来そうな状況。
久々に心地よい眠りにつけそうだと寝床に向かった良が意識を失いかけた頃に、汝南太守と良のサポートを任された荀攸が駆け込んできて言った。
「陽安、郎陵、北宣春の近辺で袁術残党と賊が暴れ出しました!!」
寝台に寝そべっていた良は言った。
「しゃぁなックソォォオオオオオ!!!!」
だいたいこんな感じ。
走る、走る。枝葉に足を切られ、雨水で身体を濡らしながら暗闇の中を。
呼吸は早次に繰り返され、頭と胸が四散しそうな程に痛い。足に至ってはも感覚が麻痺している。
獣道と言うのも憚られる道無き道を掻き分け大きな穴倉へ転がり込んだ。
いや、倒れ込んだと言う方が正しい。
驚き支え起こす仲間に危機を伝える為声を張り上げた。
「賊狩りだ!遂に此処まで賊喰いの化け物虎が出て来やがった!!
叔父貴ぃ。此処あぁもうダメだ。早く逃げるんだぁ!!」
「何!?・・・早い。
范、共、豊。本拠に行って陳の頭と雷の頭、緒の若頭に伝えるんだっ!!
急がねぇと皆んな捕まっちまう!!!」
「へい!分かりやした。急ぎやす」
三人は此処の住処で最も若い三人だ。彼等ならば大丈夫だろうと安心して賊の意識はプチリと切れた。
「テメェが最後だボケェェッッ!!!」
意識の覚醒にあって激痛、出所は咆哮を受けた耳と衝撃を受けた腹と背。
混乱した脳に瞳が写したのは、鎧の上から白い片肌脱ぎの着物と外套を纏う荒々しい若武者だった。
足が上がっていたことから腹を蹴飛ばしたらしい。
黙っていれば整った顔立ちだと言えるだろうが今の顔は燃え盛る豪炎の様に赤く、その心情を測るに憤懣やる方無かったのがこちらに向き、鬱憤ことごとく晴らしてやろうと言ったところか。
良く見れば攫ったガキや女が若武者の後ろで震えている。多分若武者の怒気の所為で。
「オラ!ちゃっちゃと立て人攫いが!!」
一見細く見える腕に襟首を握り持ち上げられる。その剛力に唖然としていると投げ飛ばされ、そのまま従者らしき屈強な男に後ろ手に縛られ仲間と共に数珠つなぎに歩かされた。
良がブチギレた結果、天柱山付近を寝ぐらとして割拠していた袁術残党の陳蘭と雷博と言う半分賊みたいな者らが降伏し豫州の治安がやたら良くなる。
その間際に捕まり開墾や灌漑に携わった者達は後に語った。
「白虎様は何があっても怒らすな」




