表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/132

大きな軍師 大きな豪傑 小さな英雄 前編

纏めきれませんでしたが暇潰しにでも読んでってくれたら幸いです

河間国易城から五里程離れた土地に巨大な城が鎮座している。


易河に面し田畠に囲まれたその城は太く長い二重の城壁を一纏めにし、その上に等間隔に並べられた櫓と投石器が剣山の如く聳え立つ。


平野、丘陵地帯に面する門は二重。その門の一つ目をくぐれば四方を櫓と壁に囲まれ更に進んで門をくぐり城内を見渡せば易河から引かれた水の流れる田畑と農民達の家々が並んでいて城の内外で盛んに農耕が行われていたのが良く分かる。

事実、警備された複数の兵糧庫の中には敷き詰められた袋が天井まで壁を作り麦や豆など様々な穀物が蓄えられているのだ。


其処から兵舎や官舎を抜けさらに中央へ行けば五つの楼閣が有る。


大きな二階建ての楼閣が石造りの四角い土台の東西南北四隅に建てられ、その中央の殊更巨大な赤い三階建ての絢爛豪華な楼閣が城壁の内側全てを見下ろしていた。


此の時代では珍しい商人に対する優遇政策を行い巨万の富を注ぎ込んで造られた此の堅城の名を易京城と言う。


城主の名を公孫瓚、字名を伯圭と言い前将軍、易侯に任ぜられ白馬義従と言う精兵弓騎兵を率い白馬長史と恐れられた勇猛な男だった。




…そう、だったのだ。


過去形である。


今はアレだ。幽州の近辺の人々に言わせればウンコだ。


商人に対する優遇政策云々とか言ったが半分近くは敵対者達や異民族から略奪した金品だし、そもそも優遇政策と言っても己の有する土地の民から搾り取った兵糧を義兄弟(笑)の富豪に売って金にしただけだ。


城の内外に田畑が有ると言った。しかし最近使われるのは内側の田畑だけで有る。

何故か?ここで働く者達が公孫瓚に攫われてきた者達ばかりで城外に出すと皆逃げてしまうからだ。


然し彼をウンコと評するにはまだ足りないだろう。


彼の評価を木っ端微塵に打ち砕き悪評を天高く聳え立たせた愚行。


それ即ち王族殺しである。

然も唯の王族では無い。此の後漢末期という時代に於いて最も評価の高い王族を殺したのだ。


殺された王族の名を劉虞と言うが彼を殺した事により周辺民族全てを敵に回す事になった。

全てというのは伊達では無い。

漢民族だけでなく鮮卑や烏丸などの異民族達までも激怒激憤激昂し怨嗟の声をあげたのだ。と言うのも劉虞は万里の長城近い此の地において全ての民族を恩徳を持って手厚く治めていた才人でもあった。

然し異民族を嫌い劉虞の名声を妬んだ公孫瓚は劉虞と対立。劉虞の治める土地の民を攫い異民族の為に手配した物資を何度も略奪したのだ。


当初はブチ切れた劉虞を魏攸と言う者が何とか思い留まらせていたが病死。劉虞は遂に堪忍袋の尾が爆発四散し公孫瓚征伐を決意した。

その怒り凄まじく異民族等を含めた十万を超える大軍を用意。公孫瓚討つべしと軍を進めたが、これに対抗した公孫瓚の戦法は民衆を盾に城に籠ると言う非道なクソっぷりである。


これに対し戦で民に害が及ぶことを恐れた劉虞は部下に余人を傷付けてはならじと命令を出す。


結果は単純。

攻めあぐねて逆襲され劉虞は捕まってしまった。


さらに処刑の仕方も杜撰。

袁紹が劉虞を皇帝に擁立しようとした為か、劉虞本人が皇帝になる気は無いと内外に示していたにも関わらず、市中引き回し態々雨の降りにくい土地に祈祷台を作り皇帝に成れる程の者なら雨を降らせて見せろと祈祷させ、雨が降ら無かった事を理由に皇帝を称した賊として殺したのだ。


人民、名士、部下、故知様々な者からの助命懇願を無視して行った愚行だったが自身の名声の凋落を感じ、慌てて義兄弟の絹売りの豪商の李移子を使って劉虞の妻妾に送っておいた良質の絹織物を質素倹約を常としていた劉虞の本性として発したが、かと言って公孫瓚の悪名の広がりを抑えることは不可能。


近年は局所的な勝利は出来ても戦略的にボコボコで前年の鮑丘の戦いで決定的打撃を受け、此の易京城に避難し引き籠っているのだ。


さて、その公孫瓚の籠る易京城。

現在包囲真っ最中である。十万を越す程の兵力が城の周囲に展開されネズミの一匹も外には出れない。


総大将は前年の鮑丘の戦いにて公孫瓚を滅多打ちにした袁紹軍の名将麴義。

更に副将に敵討ちに燃える劉虞の子、劉和。

劉虞の部下であった鮮于銀、鮮于輔、斉周の以下数名。

劉虞の部下に烏丸司馬に擁立された閻柔。

遼西烏丸蹋頓。彼に率いられた上谷烏丸の難楼、遼東属国烏丸の蘇僕延、右北平烏丸の烏延。


更に後詰として易城に校尉の張郃と軍師郭図、部曲の顔良・文醜などが控え袁紹の動かせる将士の中でも一際、勇猛な将校達が集まり正に錚々たる顔ぶれである。


さて其れだけの将兵に居城を囲まれた公孫瓚と言えば怯えているかと言えば、そうでは無かった。


城の中心の楼閣で左手に若い妾を右手に筆を絡めて、井戸の水汲みのように運ばれた報告書をもう一人の妾に掲げさせて眺めていた。


「袁紹十五万か。

くだらんなぁ…実にくだらん。

此の易京城の前に畜生程の頭もない胡族供を集め、愚かしくも物資をくれてやる。

劉虞の真似事か?


ハッ殊更袁紹とは愚か者だな。

戦において兵糧がどれほど重要かも考えられんとは。


総大将は傲慢に過ぎる麴義。

此の城にこもって機を待てば鮑丘での雪辱も晴らせよう。

此の捨て駒の先陣供を万が一袁紹助けに来れば其の時こそ、この公孫瓚自ら出で討ち取ってくれる」


渋みをました精悍な顔立ちに怨敵袁紹への嘲りを浮かべて、大軍に囲まれ焦る側近の関靖への返書をしたためる。


唯、烏合の集と。


「心配性に過ぎる者を侍らすと警鐘の代わりにはなるが煩すぎるのが偶に傷だな。


おい、この返書を階下に落とし序でに酒を持て」


そう言って苦笑いを浮かべて筆を置き左手の妾を巻き込みダラリと寝台へ寝そべる。


コレが今の公孫瓚。


今となって公孫瓚の部下達は兄の喪に服す為に故郷に帰った義勇兵長が懸念していた通りの事となったと嘆かぬ日は無い。思えばその後に劉虞を殺してからは孔融、果ては公孫瓚の同門だった劉備まで離れて行った。アレは正に公孫瓚を見限ったのだ。

更には其の状況にありながら公孫瓚は助けられる味方を見捨てた。部下達の不安と不信は募るばかり。


そんな日が続き異変が起きたのは包囲されてから三月たった夜半。その日は月が雲に顔を隠し視界全てが暗闇に潜む中で不意に公孫瓚は目を覚ます。


微かな話し声を頼りに暗闇に慣れた目だけを寝台の外に向けると岩山の如き巨体の男と長身の男が聞き取れぬ程の小さな声で話し合っていた。


暗殺者か襲撃者だと当たりをつけた公孫瓚は枕元に置いていた直剣を握り布団の中に潜り込ませる。其れと同時に長身の男に向かって頷いた巨体の男が近づいてきた。

これ幸いと剣の範囲に入った瞬間、裸の妾を潰しながら布団を捲り上げ相手の視界を奪い、腿を目掛けて斬りかかる。


然し襲撃者は布団で視界を絶たられると同時に其の巨体に似合わず軽く後ろに跳躍する。


回避された事に舌打ち。


妾の絞め殺した鶏の様な悲鳴を無視して立ち上がりながら追撃の為に踏み込む。懐に上手く入ると厳つく角ばった顎下目掛けて剣を突き上げる。

瞬間、右から顔に衝撃。更にはそのまま押し潰され左側を床に叩きつけられた。


「ガァっ!??…なぁに者だぁっ!!」


離してしまった剣の代わりに襲撃者の腕を掴み、自分の頭を押さえ込む手をどうにかしようと暴れながらの公孫瓚の咆哮の如き問いかけに妾は慄き両手で口を押さえ呻き声を抑え込む。


しかし巨体の襲撃者は血走った公孫瓚の目をユックリと見下して呟いた。


「コレが北方の雄、白馬長史か」


心底、見下げ果てながら。


嚇怒し暴れ獣の様に呻く公孫瓚の顔を更に強く鷲掴み、剛腕を持ってして持ち上げ床に叩きつけた。


ゴッと鈍い音を最後に部屋は静まり返る。


襲撃者は巨大だが其れでも公孫瓚は武人然として逞しい。ところが妾が目覚めてからの一連の出来事は正に一瞬の事。


ふと気がつくともう一人の暗殺者が近づいて来た。殺されるとそう思い妾は遂に失禁してしまう。


「妾殿、手足を縛り口を塞いでやる。来なさい」


極寒の猛吹雪に晒された様に震える妾。彼女は今迄静観していた長身の襲撃者の言う通りにするしかなかった。其の声は斯様な状況に不釣り合いなほど優しく逞しかったが何の慰めにもならない。

妾が震え頷き頭を垂れると襲撃者は優しく手足を縛り口に布を詰めて声を出せない様にすると布団を被せ其の上から又縛り、労わる様に妾を持ち上げ大きな寝台の手前に横たわらせた。


「安心しなさい。私達は公孫瓚殿を捕らえに来ただけだ。元部下としてこれ以上この男が堕ちていくのを見ているのは忍びない」


襲撃者はそう言って妾から離る。


もう一人の公孫瓚を制圧した巨体の襲撃者は長身の暗殺者とは対極に公孫瓚を乱雑に縛り上げて大きな袋に突っ込む。其れを人足が兵糧袋を運ぶ様にヒョイっと肩に乗せ長身の襲撃者と後頭部を掻きながら階下に降りて行った。


妾のこの日の記憶はここまでである。

余りの恐怖と混乱に翌朝の騒乱まで気絶してしまったのだった。


妾が気を失っている頃、血みどろの衛所前の廊下を抜け漸く外に出た二人の襲撃者は忍び込んでいた部下と合流し城内の農家の一つへ向かう。

素早く扉を三度叩くと薄く戸が開き、少し経つと皺くちゃガリガリのジジイが扉を大きく開けた。


「上手くいった様ですな」


多少返り血を浴びて服に染みが付いてはいるが無事そうな二人と大袋を見てジジイが興奮冷めやらずに言う。


「はい、御老人。

お陰で上手くいきました。

もういく日もせずに劉府君の仇を討ち、故郷に帰れるでしょう。


無事を祈ります」


そう言うと長身の襲撃者はジジイに黙礼を送り巨体の襲撃者は動き出した袋に蹴りを入れて放り投げ、粗末な床を持ち上げ蓋をあける。


其処には人が三人は通れる大穴が有った。


『全く、袁紹もサッサとこれを麴将軍に教えてやればいいものを』


自分の主人が頼った男に対して僅かな呆れを含んだ思いを打ち消し穴に入る巨体の襲撃者。そして彼に続く長身の襲撃者と公孫瓚を受け取った部下達。


彼らの背が暗闇に消えると一人残された老人が蓋を閉め床を元に戻した。


蓋の上の床を眺めていたが、ふと窓から薄い光が射す。


いつの間にか曇天は消え去り、吸い込まれそうな闇の中に爛々と星々が輝き満月が慈愛を抱いて光っていた。


「劉府君、御君への恩。

此のジジイは返せたでしょうか…」





さて、雲が風に流され星々が燦然と輝き剣山の如き易京城が届かぬ月と星々に手を伸ばすような夜。其の城を眺める陣屋の集合体の中に大きな天幕があった。


其処に掲げられている無数の旗、一番の大旗には曹の一文字。


そう此処に居るのは袁紹に公孫瓚討伐を命じられた曹孟徳である。


彼は兗州山陽国の二城陥落と曹仁敗北を知り呂布の快進撃を察知した直後、事前の経緯から袁紹の援助が期待できない事や物資の観点から即座に袁紹に公孫瓚という敵がいる内に懐に潜り込む事に決定。


兗州の損切りを決断した。


分断される可能性を考慮し予州に送っていた狂信的な清州兵の最精鋭を先頭に数万人を段階的に東群に移動させ、ピストン方式で冀州に撤退を開始。


部下達を安全に引かせる為、最前線を昌邑にして夏侯惇と物資を送り込み、定陶城を中間防御拠点とし、定陶からの退路兼防衛拠点を句陽と離狐の二つのルートに決め最終防衛拠点を僕陽城とした。

更に急遽雇った匈奴などで一発逆転を兼ねた時間を稼ぎを行い、もう少しで精兵全軍を東群へ移せると言うところで夏侯惇が遂に城を放棄せざるおえなくなった。


夏侯惇達殿軍の援軍の総大将程昱はその報を聞くや発見した夏侯惇達敗残兵を収容し呂布軍の士気状況を鑑みて離孤にそのまま撤退した。


信頼できる親族や有能な部下達が数人捕まった事は痛恨だったが自分の取るべき選択だけは間違えなかった男である。


まぁ、かと言って悔やんで無い訳では無く毎日側近や嫁さん達に愚痴っては慰められ、程昱に曹仁の状況を聞いては曹仁の親兄弟や其の家族の所に行き、世話焼きが度を過ぎて逆に恐縮されているが。


さて此の天幕にもう一人の人物がいる。

曹操に相対して其の身長差は巨人と言うべきで160cmちょいの曹操を見下ろす。

其の背丈、実に八尺三寸、190cmを超える。

又、曹操は若々しいと言えば聞こえは良いが年齢の割にヒゲが薄め、然し其の長身の人物はとても立派なヒゲをしていた。顎髭は胸元まで伸び、口髭は捻って固められたカイゼル髭で有る。


顔立ちはヒゲとは違い少々角ばってる程度であまり特徴と言う特徴は無いが其の眼には意志の強さが見てとれ、風体も屈強でやってる事は参謀だが見てくれは屈強な武人の様である。


強情で人当たりの強い性格だが自身の汚名も顧みず謀略計略を、特に汚れ仕事を率先して行い前述の撤退戦でも大活躍した曹操軍における一番の忠臣。


この大きな軍師の名を程昱と言う。


武人に好まれない様な汚れ仕事をする事が多い為にガッツリと評価は出来ないが彼程に曹操の事を思う者はいないと夏侯惇を筆頭に多くの者に認められている男である。


顎髭に手を添える程昱は眼前の男の護衛の代わりに曹操のお悩み相談をしていた。正直な所自分じゃ無い方が良い気もしていたが渾身一投にしてこれからの主人の趨勢を決める策動の結果を確認する為に集まったのは二人だけ故に致し方ない。


少し面倒に思えてきた程昱の前でデローンと酒杯を握った曹操が口癖になりつつ有るセリフを言う。


「青州兵は忠道の徒であった、韓元嗣は気骨の士であり良見の持ち主だった、子孝は真に勇将だった。


何故だ。何故彼らは、我が至宝は捕まったのだ」


「…殿の失策故」


「思ってもないこと言うな」


「殿、事実皆が思っております。己を戒めるのは良き事にございますが度が過ぎて又別の失敗をしては意味がありません。


そもそも、あの戦が起こった事は我ら軍師の失策であり殿の失策とは認めかねます。此れは荀文若殿を始めとした軍師皆の総意。

斯様に我らの責を己が責だと言われ続けては殿に任じて頂き不相応な程に遇していただいた私にとっても辛きことです」


「…うむ」


「殿、高祖を思い起こしてください。

項羽に負け続け、しかし最後の最後に漢王朝を築き上げた高祖を。

もし高祖が敗戦の度に気を落としていたとすれば大業を成せたでしょうか?


私は殿を高祖以上の人物と考えておるのです。

どうか其れをお忘れなきようお願いいたします」


程昱の表裏無い実直な物言いに顔を左右に振り回し、自分の両頬を挟み潰すように引っ叩く。


ヘナっと言うかドロリと言うか身体中に重石が括り付けられた様な緩慢な動きから一変して機敏に顔を上げる曹操。


「今はまだ感傷に耽るべき時では無いな」


「ハハッ、幽州さえ得れば曹俾将軍を取り戻す算段も幾つか有ります。

今は悪来殿の剛勇を待ちましょう」


「ウム!!」


さて何故此の二人だけが天幕にいるかと言うと程昱の策の結果を待っているのである。


軍師筆頭の荀彧が此の場に居ないのは彼が曹操に推挙したいと考えた男を説得し、更に曹操の縁故を広げる為に鄴に居り此処には居ないからだ。


曹操に幽州を取らせる第一段階として、荀彧は袁紹麾下における人との繋ぎを、程昱は曹操に公孫瓚征伐での勲功稼ぎの策動と仕事を分担したのだ。


それはさておき程昱の策で有る。


此処に着陣して直ぐに協力者達を得た程昱は公孫瓚を徹底的に調べ上げ、城の中で護衛も付けずにガキと女を周辺に置いている事を知った。


一応、一階に少数の護衛が詰めているいるそうだが易京城の中央の楼閣は三重である。


アレ?これ上手くすれば殺るか捕まえれるのでは…とそう思ったのだ。

んで白羽の矢が立ったのは暗殺経験?の有る典韋であった。


更に協力者と言うのが趙雲という男だが彼は公孫瓚に使えていた過去があり故に内部偵察と易京城内部に連れ攫われた農民達との渡りを付け穴を掘って貰う仲介をして貰おうとした。しかし此れはどうやら袁紹がすでに指示していたらしく丁度いいので其の穴を勝手に使い、趙雲には公孫瓚と知り合いという事を生かして楼閣の隅々まで調べ尽くしてもらう。


まぁ趙雲と公孫瓚の仲は公孫瓚が劉虞の話を持ち出した為に決裂したが程昱にとって些細な事だ。


そして二ヶ月の準備期間が開け今日は実行日。


ついにその結果が出る。


其れは酒を手放した曹操が悠々とした英雄の覇気を取り戻し孫子兵法の写しを読んでいた頃であった。


布数枚に絶たれた向こうからやりとりが聞こえ、バサリと捲り上げ入ってきたのは二人の偉丈夫。

一人は185cm程は在ろう長身に眉太く鼻筋が通り立派な顔の男。

一人は同じ程度か少し大きい程の背丈に一点五倍程の肩幅、龍の如き眼に無精髭を生やした何やら大きな粟袋を担いだ男。


前者が趙雲、後者が典韋である。


曹操が孫子兵法を脇に置き身体ごと向き直る。其れと同時典韋が大袋を天幕の脇に置いた。


「典韋、上手くいった様だな」


「ハッ造作も無く」


「うむ、二人共よくやってくれた。


趙子龍殿、貴公のお陰だ。城内に居る攫われた民達のことは此の曹孟徳に任せてくれ。

一昔前の凶暴な烏丸も居ない。貴公の助力に比べれば、そう難しい話でもないからな。


取り敢えずは二人とも座ってくれ、酒と食い物も用意させて居る」


そう言って手を二度叩くと典韋の子典満が数人の従者に大鼎二つと食器を運んで中央に其れらを置き足早に立ち去る。


曹操自ら酒と羹を注ぎ配る。

暗殺という危険な仕事を成した二人を慮ってのことである。


「私のことは気にするな。存分に食らえい」


取り敢えずは偉丈夫二人に配り終えると先程まで何処か嬉々として配下に飯を配って居た男とは思えない様な気迫とともに大仰な手振りと共に言った。


「其れは有難い」


「頂きます」


「フフフ程昱。お前も如何かな?」


「ありがたき幸せ。しかし私は殿を手伝いましょう」


黙々と二人の偉丈夫が食を進める間、曹操と程昱が二人のために継ぎ足す。趙雲はこの気さくさに薄く驚きを表したが此処ではよくある事と聞いて納得した。と言うか典韋の食う量が尋常では無く、趙雲が二食食べ終わる間、趙雲の三倍は有る羹を入れた鼎が五回は行き渡った辺りでこうしなければいけないのだと解ったからだ。


趙雲も流石に驚嘆したが十人前程の二つの大きな鼎の九割は典韋の胃に消えた。


「ウーム腹八分目くらいか」


そう言ってワサワサと顎を掻く典韋に言葉も出ない。驚嘆して居る趙雲の耳に曹操のそう言えばと言う一言が入り込んで来る。


「子龍殿。此の曹操の元で働く気にはなったかな?」


つい先程まで発して居た何処か優しくも雄雄しいよくわからない様な王者の風を引っ込め、英雄を前にした子供の様な瞳で問う曹操に苦笑いを浮かべる趙雲。


趙雲は何処か既視感を感じながら答えざるおえない。


「…此の趙雲子龍、曹太守に使えましょう」


「フフフ、ハーッハッハッハッハッハ!!


歓迎するぞ子龍!!取り敢えずは後で子和の率いる虎豹騎の百騎を任せ副将となってもらう」


「ハハッ!!」


此処に虎豹騎隊の趙雲子龍が誕生した。

後に戦場を豹の如くしなやかに駆け虎の如く敵将を討ち取る男として名を馳せることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ