第2話 厄介事は嫌いだ
カチャリ――扉のノブがゆっくりと開く。
イズンは俺にしがみついたまま。息を殺して震えている。
俺は炎を吹き上げる剣を構えて――「その時」を待つ。
ゆっくりと扉が開いて――覆面をした賊が押し入って来ると同時。
「行け……」
俺は小さく呟いた。
炎の剣から、炎が張られた糸を辿るかのように、賊へと向かって伸びていく。
「な……なんだっ!!? 」
覆面の男の一人が――布で口を覆っているために、声はくぐもって聞こえるが。
自分に巻き付く炎を見て、初めて声を上げた。
「他の物は燃やすなよ。後が面倒だからな」
そう。後が面倒なんだ。処理だなんだってな。
「うぎゃぁぁぁぁっ!! 」
悲鳴が飛び交う中。
俺は――あくびをひとつ。
俺たちを襲う方が悪いだろう。こうなったって、仕方ないことは覚悟の上で、俺を襲いに来い。
「ユ……ユリウス様っ!? 」
心なしか――イズンの声が上ずっている。
俺は彼女の両目を軽く抑えているので、状況はよくわからないだろうが――「遮音」の術をかけておけばよかったな。
賊の悲鳴で、何が起こったかはなんとなくわかったのだろう。
焦げ臭いし――。
「気にするな」
俺は軽くそんなことを言った。まぁ、無理だろうが。
俺が彼女の視界を自由にした時は――賊の姿は跡形もなく灰となって燃やし尽くした後のことだった。
「あの……一体……!? 」
イズンが完璧に困惑している。そりゃそうだろうが。
「んぁ……ちょっとな。まぁ……気にすることじゃない」
言ったら朝飯食えなくなるだろうからなぁ――。
◆◆◆
朝食を食べてから、早々に宿屋を後にする。
灰が撒き散らされた部屋を見て、とやかく言われても面倒だったから。
でもそれぐらいで被害を食い止めたんだから、俺としては感謝してほしいぐらいだ。
「しかし……」
あの賊は一体何者だったのか?
ひとりでも残しておけば良かったと後悔してももう遅い――な。
「このまま……ノルダルへ? 」
そんなに俺と別れたくないのか?
あんな危険な目にあったのに?
本当に女は不可解な生き物だよな。まったく。
「俺の力は特殊でね。力を使った後は、少し疲れてしまうんだ。
ノルダルに行くのは明日にしよう。今日はこの先の……モカの街でもう一日泊まることにしよう」
「は……はいっ!! 」
女はわかりやすい。
どんなに俺が鈍感でも、こんな一言で表情も仕草もまるで違う。
可愛っちゃ、可愛いが――ある意味少し面倒くさい。
「なぁ……イズン。君に少し訊きたいことがあるんだが……」
「はい……なんでしょう? 」
「昨日、君は何故あんな場所にいたんだ? 」
◆◆◆
それは昨日――先ほど泊まっていた宿のある街ケイガとベイッチという街の堺に、大きな森が広がっている。
彼女はその森の中で――ひとりで馬に乗ってやってきたのだという。
そこを賊に襲われ、俺が助けた――という感じなのだが。
しばらく口も聞けないほど恐ろしい目にあったのか、俺が夕方まで彼女の傍についてやったのだが――それから昨日の夜にはすっかり懐かれていた。
同じベッドで寝てやったのだが――変な関係にはなってないぞ。
それがいけなかったのは認める。
だが――どう考えても不自然だろう?
こんなお子ちゃまが、たったひとりで馬に跨って森の中って――。
「あの……」
イズンは言いにくそうに俺から視線をそらしていたが――。
「話してくれ」
俺がまっすぐにイズンを見つめる。
イズンは――顔を完全に俯け、俺に表情を見せないようにしてから――消えてしまうような小さな声で囁いた。
「……家出を……しました」
そうきたかぁ――。
何か訳があるとは思っていたが――また面倒なものを拾ってしまったのかぁぁ。
「ならば……ますます君を家に送り届けなければならないな」
「……ま…待ってくださいっ!! 」
厄介事はごめんだ。
ただでさえ、自分のことでいっぱいいっぱいなのに……。
そんな俺の気持ちなど、イズンに伝わってなどいないだろうが。
「私が家に帰ったら……ユリウス様にご迷惑がかかります」
「……何故だ? 」
今が最高の迷惑なんだが。
「あの……私……」
俺の顔を見上げていたイズンが――再び顔を俯けて――そしてもう一度俺を見つめた。
「この国の王女なんですっ……」
イズンのその告白を聞いた瞬間――俺の頭の中が真っ白になった――