男のロマン
副題「セーラー服は正義」
「あ・き・らっ! これ見てくれよ~」
そう言って亮太が衣装掛けから引っ張り出してきたのは、セーラー服だった。
水兵が着る方ではなく、女子高生が着る方の。
「どうしたんだ、それ? 隣の女子校の制服だろ」
「企業秘密v」
何の企業なんだよ。
あとハートマークを語尾に付けるな。
「で、そんなの引っ張り出してどうするんだ?」
まぁ、大体の予想はつくけど。
どうせ自分で着るなんてふざけたこと言い出すんだろ。
「彰、これ着てくれ」
……あぁ、そっちか。
予想の斜め上を行ってくれるよな、亮太って。
「まぁいいけど、着れるのか?」
女物なんて普通入らないと思うんだが。
「大丈夫だ。彰のサイズに合わせた特注品だから」
誇らしげに胸を張っている亮太。
でも言ってることはいつも通り馬鹿だ。
なのに、どうしてこんなに愛おしいのか。馬鹿な子ほど可愛い、もしくは恋は盲目、あばたもえくぼってものだろう。
「で、一体いつの間に測ったんだ?」
「彰が寝てる間に」
やっぱりか。
本当に俺って一度寝たら起きないんだな。
「まぁ、別にいいけど」
サイズを測られたからどうと言うこともない。
制服を受け取り、着替えようと上着に手を掛けて……亮太が穴が空きそうなくらい俺を見ているのに気が付いた。
「亮太……見過ぎだろ」
「いいじゃん、別に」
軽く睨むようにしても亮太には意味が無い。
気にしない方が早いと判断して、さっさと着替えることにした。
「彰……可愛いっ。メチャクチャ可愛い!」
「あぁ、そう……」
あの後俺は、着替え終わると同時に現れたメイドさんたちに連れ去られた。
そしてやけにテンションの高いメイドさんたちにメイクをされ、ウィッグまで付けられ、再び亮太の前に突き出されたのだ。
因みに亮太は現在カメラマンと化している。
「いやぁ、うちのメイドは優秀だな! もちろん元が良いからだけど!」
嬉々としてシャッターを押す亮太を横目に見ながら、部屋に置かれた鏡をまじまじと見つめる。
そこに映るのは、少し明るい灰色のセーラーとお揃いのチェックのスカートを身に纏う、ロングヘアーの少女。
……にしか見えない俺。
化粧って怖いな、なんて現実逃避してみる。
俺用にデザインをいじっているのだろう。
それなりにある筈の肩幅もウエストも気にならない。
むしろ、アルバムで見た母さんの若い頃そっくりだ。
……母さん似で良かった。
これで父さん似だったら目も当てられない。
「彰、デートしようっデート!」
鏡に映る自分を観察していたら、亮太がまた阿呆なことを言い出した。
「デートって……この格好でか?」
亮太は何を考えているんだろう。
いや、考えてないからこその発言か。
「嫌なのか?」
証拠に、亮太は心底不思議そうな顔をしている。
とりあえず、現実を教えてやった方がいいだろうな。
「嫌というか、無理だ。あの女子校、お嬢様校だけあって規則が厳しいんだよ。前に柳がそれで喚いてただろ」
柳と言うのはクラスメートの一人で、亮太の理解者の一人でもある。
無類の女好きでもあり、近隣の学校の女子全てをチェックしているとかいないとか……。
その柳が、お嬢様校は規則が厳しすぎてデートすら出来ないと以前盛大に嘆いていた。
俺ですら覚えているほどの騒ぎようだったのに、亮太はもう忘れたのだろうか。
そう考えていると、亮太が「あぁ」、と声を上げる。
「そういや、そんなこと言ってたな。ん~……じゃあ、別の格好で行くか」
「……別のも、あるのか」
またしても何処からともなく現れたメイドさんたちに追い立てられながら、亮太の奴、実は全部わかってるんじゃないかと疑った。
……結局は聞き入れてしまうんだから、どっちでも同じか。
そうして着替えさせられた俺は、亮太とデートすることになった。
鞄やら靴やらの小物類も揃えられていて、外に行くのに不自由はない。
最初から、デートするつもりで女装させられたとしか思えないんだが。
「デートって言っても、何処に行くんだ?」
「うん、とりあえず、定番の映画でも見るか」
定番かどうかは知らないが、亮太がそう言ったので映画を見ることに決まった。
更に亮太が「知り合いに今の彰は見せたくない!」と主張したため、移動は車に決定。
わざわざ隣町の映画館まで運ばれて、その念の入れように呆れるしかない。
これで満席だったりしたらお笑いだが、幸いそんなトラブルもなく、すんなり中に入れた。
売店で飲み物とポップコーンを確保して席に着く。
上映まではまだ時間があるようで、中は明るかった。
手持ち無沙汰にポップコーンを口に運んで、ふと気が付く。
「なぁ亮太、何の映画を見るんだ?」
チケット売り場で亮太が映画のタイトルを言ったはずだが、全く頭に残っていない。
そもそも聞いていなかったし。
「……俺がチケット買ってる時、何してたの?」
俺の質問に、亮太が微妙な表情になる。
まさかここまで来てそれはないだろう、と言った顔だ。
しかし残念なことに俺は映画に興味がない。
「ぼーっとしてた」
正直に答えたら、亮太はガックリと肩を落とした。
珍しい光景なのでまじまじと眺めてみる。
しばらく俯いて何やらブツブツ呟いていた亮太は、気を取り直したように顔を上げた。
「今日見るのはこれだよ」
言葉と共に、パンフレットが差し出される。
どうやらラブロマンスらしい。
A4サイズのパンフレットの表紙には、男女が微笑み合う写真がプリントされている。
それにしても、一体どこからパンフレットを出したんだろうか。
売店で飲み物買ってるときは何も持ってなかった筈なのに。
ささやかな疑問を抱きつつパンフレットを流し読みする。
いまいち興味をそそられないが、入った以上は仕方ない。
パンフレットを亮太に返して、座席にもたれ掛かった。
しかし、亮太も何だってこんな映画を選んだんだろう。
「なぁ……」
ぼんやりとスクリーンを眺めていると、亮太が心持ち不安げに声を掛けてきた。
「どうかしたのか?」
「うん、つまらなそうだから……。俺と映画来るの、嫌だったか?」
いつも問答無用で俺を振り回しているくせに、変なところで弱気だな。
「亮太と映画見に来るのは嫌じゃない。映画の中身に興味が無いだけだ」
正直に答えたら、鳩が豆鉄砲食らったような顔になる。
「……それって、もしかして愛の告白?」
あぁ、いつもの亮太だな。
「お前がそう思うんならそうだろう」
愛かどうかは別にして、告白に関しては間違ってない。
「うわぁ~、めちゃくちゃ嬉しい。アキってこういう時躊躇わないよな~」
デレデレと笑み崩れた顔で抱き付いてくる。
とりあえず窮屈だ。
「重い、退け。それからアキってなんだ」
押しのけたら案外あっさり退いた。
代わりに、肩を抱いて耳元に顔を寄せてくる。
一体何なんだ。
「彰、今女の子の格好してるって覚えてる?」
内緒話と同じ音量で囁かれて、ようやく思い出した。
「やだ、すっかり忘れてた。ありがとう、亮太」
ちょっと高めの声を出して悪乗りする。
どうもクラスでは真面目だとか思われているらしい(これも柳からの情報)が、こういう馬鹿は結構好きだ。
ついでに亮太の肩に頭を乗せ、膝に手を突いてバランスを取る。
と、亮太が小さく呻いた。
「あ、ごめっ……亮太?」
てっきり体重を掛けすぎたのかと思ったら、亮太は前かがみになっている。
典型的な、アレの状態だ。
それにしたって何でいきなり?
脚を押されてどうこうってのは流石にないよな?
「大丈夫?」
「ご、ごめ……アキがあんまり可愛いからつい」
「……」
つい、でコレは駄目だろう。
とりあえず、これ以上刺激しないように他人の振りをしておく。
結局、亮太の前かがみが治ったのは映画の始まりとほぼ同時だったが。
亮太が涙もろい性格だったと思い出したのは、映画の途中で隣から鼻を啜る音が聞こえてきた時だった。
かみすぎて真っ赤になった鼻を見ていると、赤鼻のトナカイを連想させる。
目も赤いから、うさぎに例えるのも良いかもしれない。
それはともかく、亮太がこんな状態で外に行きたくない、とゴネたため、俺たちは映画館から出てすぐに車に乗り込んだ。
人目をはばからず馬鹿なことをする亮太も、他人の目を気にすることがあるのだと思うと感動すら覚える。
「亮太、大丈夫か?」
運転手のじんさん(本名は仁也らしい)に買ってきてもらった缶ジュースで目を冷やしている亮太に声をかけた。
人外の呻きが返った後、亮太が缶を当てたまま振り返る。
「どんな感じ?」
「どんな感じって言われても、そのままだと、見えないから」
缶を退けさせて見ると、随分ましになっていた。
「あ~、ましにはなってるよ」
まだ赤味は残っているが、パッと見ではわからないだろう。
鏡で確認した亮太も納得したらしい。
「うん、じゃあご飯食べに行こう」
途端に元気になって、じんさんにどこそこへ向かってくれと声を掛けてる。
聞き慣れない名前だから、なんて言ったのかまでは聞き取れなかった。
どうせ聞いてもわからなかったけど。
着いた先は、レストランだった。
ファミレスじゃなくて、いかにもな感じで、結構値段が張りそうな。
「亮太、ここって?」
「叔父さんが趣味でやってる店」
身内の店か。
亮太が当たり前にエスコートするのに従って中に入った。
「いらっしゃいませ」
迎えに出たボーイに、なんとなく見覚えがあって首を捻る。
しかし俺が思い出すより早く、亮太が名前を読んだ。
「桐谷!」
そしてそれを聞いて俺も思い出す。
一年前まで亮太の家で働いていた人だった。
服装や髪型で、全体的に印象が変わっていたのですぐには繋がらなかったのだ。
「え? あ、亮太じゃん。……龍崎様、お久しぶりです」
思わず素に戻った桐谷さんだが、仕事中なのを思い出してか口調を改める。
「うわー、桐谷に龍崎様とか言われると、すげえ変な感じ」
「……お席にご案内します。どうぞ此方へ」
一瞬何か言いたそうな顔をしたものの、俺を見ると営業用だと思われる笑顔を浮かべて席へと案内をする。
もしかして俺、気付かれてないのか?
後に付いて行きながら亮太を振り返ると、今にも吹き出しそうな顔をしていた。
どうも本当に俺だと気付いていないらしい。
ま、普通知り合いが女装してるなんて思わないよな。
引いてもらった椅子に腰かけて、一年ぶりに会う桐谷さんに目を向ける。
最後に会った時より、随分背が伸びているようだ。
亮太より少し背が高いくらいだったのに、今は頭一つ分違う。
「お客様、どうかなされましたか?」
俺の視線に気づいた桐谷さんは、戸惑ったようだ。
そこへすかさず飛んだ亮太の言葉に、警戒の色を浮かべる。
「桐谷、その子可愛いだろ?」
「え? ……ええ、そうですね」
ちらっと俺の顔を見て、しかし亮太の意図が掴めない桐谷さんは、肯定するしかない。
その様子を見た亮太は、本当に、心の底から嬉しそうに、種明かしをしてくれた。
「その子の名前な、鷹野彰って言うんだ」
満面の笑みを浮かべる亮太と対照的に、桐谷さんは油の切れたゼンマイのように此方を向く。
その顔は心なしか青ざめているようにも見える。
「たかの、あきら……って、まさか、アキラ、か?」
どうか違うと言ってくれ、と言外に言われた気もするが、事実なのだからどうしようもない。
「お久しぶりです、桐谷さん」
俺が答えの代りに挨拶をすると、桐谷さんは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「お前……化けすぎだ。どう見ても女にしか見えねえよ」
「……ええと、すみません」
何と言って良いか解らずに謝ると、ひらひらと手を振られた。
「いいよ。どうせ亮太に逆らえなかったんだろ? アキラは亮太に甘いからな」
一切否定のしようがなくて黙るしかない。
桐谷さんは立ち上がると、気を取り直すように首を振る。
「それじゃあ、一年ぶりに会う友人たちに誠心誠意、お仕えするとしますか」
友人と呼ばれたことをくすぐったく感じながら、俺と亮太は桐谷さんに笑顔でよろしく、と応えた。
俺たちの近況を話したり桐谷さんの近況を聴いたりして楽しく昼食を終える。
正直、まともに味わえるかと心配してたのだが、個室だったのと給仕が桐谷さんだったおかげで、テーブルマナーに気を取られずに済んだ。
少々ミスっても目を瞑ってもらえるからな。
知識があるのと、それを実際に動作に反映できるかはやはり別物だ。
ちなみに亮太は何だかんだでテーブルマナーは完璧だったりする。
ただし理由が『彰にかっこいいとこ見せたい』だから、なんだかなぁと言ったところ。
別に悪いとは言わないが、ちょっと、こう、言われる方としては恥ずかしいと言うかなんと言うか、反応に困る。
「桐谷さん、今日はありがとうございました。久しぶりに会えて嬉しかったです」
「楽しんでもらえたなら何よりだ。俺も、二人の顔見れて良かったよ。また今度暇が出来たら遊びに行くな」
「こっちもまた一緒に来るよ。じゃあな桐谷、仕事頑張れ~」
見送ってくれる桐谷さんに手を振って亮太が車に乗り込む。
俺も最後にお辞儀をして亮太の隣に座った。
桐谷さんは俺たちが車に乗り込んだのを見ると、綺麗に礼をして、最後に素の顔で笑って手を振ってくれた。
その姿が見えなくなるまで振り返って窓に引っ付いていたら、亮太に肩を突っ突かれる。
何事かと顔を向けると、亮太に膨れっ面で迎えられた。
「俺とのデート中なのに、他の男見るのってどうなの?」
「女ならいいのか?」
「そうじゃなくってっ」
「冗談だよ。なんだ、桐谷さんに嫉妬したのか?」
あの人は俺にとって兄みたいなもんだと、亮太だって解ってるだろうに。
「だって、彰が今日一番楽しそうな顔するから」
「一年ぶりに会えたんだから、そりゃ喜びもするさ。しかし亮太。お前、可愛いな」
「へっ!?」
俺が真顔で誉めたせいか、それとも「可愛い」が意外だったのか、素っ頓狂な声を上げる。
そんなに驚かなくてもいいだろうと思うのだが。
「いやいやいやっ、可愛いのは彰だろっ!?」
こんなに焦ってる亮太も珍しい。ますます可愛く見える。
「お前のそう言うとこ、好きだよ」
「彰っ……女装してんのにメッチャ格好良いとか、何なの。俺、お前のそう言うとこにホント憧れるわ」
そう言う亮太の顔は真っ赤だ。あ、手で隠された。
それにしても、今日はよくよく亮太の珍しい表情が見れる日だな。
こんなおまけが付いてくるなら、女装もデートも悪くない。
俺は上機嫌でシートに体を沈める。
この後、家に帰って散々着せ替え人形にさせられた事で、俺のそんな感想は見事に吹っ飛んだが。
END