秘技、ちゃぶ台返し
副題「ちゃぶ台返しをリアルでやると、色々大変な事になる」
見慣れた亮太の部屋にある見慣れない物体に、俺は首を傾げた。
「……ちゃぶ台?」
昨日まで存在しなかったソレは、洋風のこの部屋にはどう考えても似合わないと思うんだが、亮太は気にしていないらしい。
俺も別にインテリアがどうのこうの言う性質じゃないから、構わないけどな。
亮太と向かい合うように、じゅうたんの上に置かれたソレの前に座る。
今日亮太の家に来たのは遊ぶためじゃなくて、勉強を教えるためだ。
そのため教科書やら参考書やらを取り出していたが、ふと亮太が不満げな顔をしているのに気がついた。
唇を突き出して、いかにも拗ねてますって顔だ。
「彰のいじわる」
「は? 何がだよ?」
訳がわからん。
不条理な言いがかりに眉をひそめると、亮太が勢いよく指を突きつけてきた。
どうでもいいけど失礼だ。
「何でそっちに座るんだよ!? 俺たち恋人なんだぞ! 普通隣に座るだろ!」
別にそこまで力説しなくてもいいだろうに、亮太はバシバシと空いてる左手で床を叩いている。
それにため息を吐きつつも、亮太の望みどおり隣に座った。
まぁ、何だ……その……恋人、だからな。
ってああもうっ、俺は一体誰に言い訳してんだよ!?
「ほら、これでいいだろ。勉強始めるぞ」
「は~い」
大人しく問題集を取り出す亮太にもう一度、今度は心の中だけでため息を吐いた。
恋人になってからというもの、今まで以上に亮太の我侭が増えた気がする。
弁当は互いに食べ合せないと気が済まないし(その弁当は俺が作ってる)、二人きりの時は手を繋ぎたがるし、誰かが俺に話しかけると露骨に嫉妬してるし。
おかげさまで、俺と亮太が付き合ってるのは全校生徒の知るところになってしまった。
別にそれを嫌だとかは思わないけど、亮太の頭の中は未だに理解不能だ。
「で、どこが解らないんだ?」
「こことここと、こっから全部」
「……殆ど全部じゃないか」
満面の笑みで返ってきた答えに額を押さえる。
前途多難すぎるだろうこれは。
エスカレーター式学校のとんでもない落とし穴を改めて認識した。
「お前、昔は成績良かったのにな」
それが徐々に落ちていって、新学年でとうとう赤点を取った。
このままだと今度のクラス分け試験で確実に最下層組みだろう。
「まあ、天才児も二十歳越えたら凡人って言うし」
「元々お前は天才児ってわけじゃなかっただろ」
それにまだ二十歳でもない。
そう言いながら亮太を見ると能天気な声を上げて笑う。
「そうだな。天才児は彰だもんな。俺、頑張って彰が手ェ抜かなくてもいいような点取らないと」
当たり前のように言われた言葉に、心臓が止まるかと思った。
「なに、いって……」
「わからないわけないだろ。俺が成績落ちるのに合わせて成績落としてるし。いや~俺って愛されてるよね。そこまでしてでも一緒にいたいって思ってくれてるんだろ?」
「あ……ぅ……ぁ……」
何かを言おうとして、でも何も言葉が出てこなくて、ひたすら口を開閉することしかできない。
顔が赤くなってるのが自覚できるくらいに熱い。
不覚だ。
他の奴はともかく、まさか亮太が気付いていたなんて。
いや、でも案外変なところで鋭いからな。
「彰顔真っ赤で金魚みたいだ。かわい~な~」
遠慮なく抱きしめられて、なんだかもう居た堪れない思いでいっぱいだ。
「べ、勉強! 勉強するぞ!」
「え~もうちょっとくらいいだろ~」
しまりのない顔で笑う亮太を無理やり引っぺがす。
このままだとテンション上がった亮太に押し倒されかねない。
「あんましつこいと、クラス分け試験本気出すぞ」
諦め悪く抱きついてこようとする亮太に脅しをかける。
瞬間、亮太が顔を引き攣らせた。
「やる! やります勉強! 教えてください!」
俺の本気を感じ取って即座に態度を変えた亮太に、またため息が出た。
まるで野生動物並みの勘だ。
「とりあえず、最初からいくぞ」
「イエッサー!」
無意味に敬礼した亮太とともに、俺は問題集に向かった。
一時間後……。
「そこは違う! 何度言ったら解るんだ、そこにはこの式を代入するんだよ!」
「あ~……彰、そろそろ休憩しない?」
「何言ってんだ。まだ三分の一も終わってないだろ。最低でも半分終わらせてからだ」
あっさり切り捨てると、亮太が「あ~」だの「う~」だの呻きながらちゃぶ台に突っ伏した。
「おい、亮太。寝てないで、ッ……!?」
咎めようとした俺の言葉は、途中で打ち切られた。
何故なら、亮太が勢いよく跳ね起きたからだ。
そして亮太は両手をちゃぶ台にかけ、
「やってられっか――――――ッ!」
……思いっきり投げた。
唖然とする俺に、亮太が向き直る。
「彰!」
「ひっ?!」
ほとんど怒鳴るように名前を呼ばれて、反射的に肩を竦めた。
(殴られる!)
一瞬そんな思考が頭をよぎった。
亮太に手を上げられたことなど一度もないが、今の亮太ならあり得るかもしれない。
肩を鷲掴みにされて、ますます体が強張る。
「休憩、するよ」
ぐぃ、と顔を寄せた亮太が、そう言った。
内容自体は普通なのに、完全に据わった目と地を這うような声で恐怖しか感じない。
「あ、ああ……。そうだな……」
俺がどうにかそれだけ答えると、亮太はすっと立ち上がって部屋を出て行った。
多分お菓子や飲み物を取りに行ったんだろう。
完全に腰の抜けた俺は、お盆を持った亮太が帰ってきてちゃぶ台を元に戻すまで、動くことが出来なかった。
教訓:普段怒らない相手は、怒らせたら怖い