信じた俺が馬鹿だった
副題「忘れた頃にやってくるもの」
「豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえって言うけどさ、絶対無理だよね」
この一言を聞いた時、既に嫌な予感はしてたんだ。
「あのさ、何で俺なんだよ」
「だって俺痛いの嫌だし」
「俺だって痛いのは御免だ!」
「え? そうなのか?」
「当たり前だろ!」
右手に凍った豆腐を持ったまま、亮太が首を傾げる。
だがそこは不思議がる所じゃないし、寧ろお前の言動の方がよっぽど不思議だ。
今に始まった事でもないから既に諦めてるが。
「じゃあどうすんの?」
「どうするもこうするも無いだろ。さっさとこれ解けよ」
言い忘れていたが、俺は今部屋の柱に縛り付けられてる。
飲み物に一服盛られて、目が覚めたらこの有様だった。
しかもビニールテープだから暴れるとどんどん食い込んできて結構痛い。
「……解いても殴らない?」
「殴らない。殴らないからさっさと解け」
俺の機嫌が恐ろしく悪いのを察したのか、亮太は一瞬悩んでからテープを解いた。
でも俺の機嫌が悪いのは別に縛られたからではなく、まんまと同じ手に引っ掛かってしまったからだ。
確かに縛られた挙句、豆腐投げられそうになったのもむかつくけどな。
でも亮太の奇行は今更だから大して気にならない。
そんな事よりも、同じ手を喰らったのが最っ高に腹が立つ。
まだ一ヶ月程度しか経っていないのに、つい警戒心を緩めてしまった俺は何て馬鹿なんだ。
前擽られまくって地獄を見た時に、絶対こいつからの飲食物は受け取らないって誓った筈なのに。
最近大人しかったからって「何も入ってない」なんて言うこいつの言葉を信じた俺が間違ってた。
あんまり腹が立った俺は、テーブルに置かれた豆腐を鷲掴みにする。
「避けるなよ」
ボソッと呟いて、左足を少し後ろに引く。
「は?」
そして俺は振り向きざま、間抜け面を晒す亮太に向けて、思いきり豆腐を投げつけた。
「こんの大ボケ――――ッ!」
「いったぁ――――っ!?」
見事に頭に当たった豆腐は砕け、よっぽど硬かったらしく亮太は叫び声を上げた。
「ひでえ! 殴らないって言ったのに!」
「殴ってはないだろ。豆腐を投げただけだ」
「ううぅぅぅ……」
ちょっと反則な気もするが、事実なので亮太は反論もせずに唸っていた。
「なぁ」
暫くして、復活したらしい亮太がTVを見ていた俺の隣りに座った。
「何だ?」
「……やっぱりさ、幾ら凍らせてあっても豆腐の角に頭ぶつけても死なないよな」
「…………そうだな」
言いたい事はそれだけか。
とりあえず、肘鉄を鳩尾に喰らわせておいた。