一度やってみたかった
副題「やってはいけない事ほどやりたくなる」
「今日泊まりに来ないか?」
新作ゲームの発売日に、亮太がそう言った。
ちょうど次の日は土曜で学校は休み。
その誘いに乗らないわけが無かった。
「母さん、それじゃあ俺行ってくるから」
「行ってらっしゃい、迷惑かけないようにね」
「大丈夫だって。どうせ亮太しかいないだろうし。いってきます」
亮太の両親は揃って海外にいる。
年に数えるほどしか帰ってこないので、家の事はハウスキーパー任せ。
でもその人たちも夕方になれば帰ってしまう。
結局、あの広い家には亮太一人しかいないも同然だった。
「彰、早かったな」
呼び鈴を押すと、少しの間を置いてインターホンに亮太が出てきた。
すぐにカチ、と音がしてロックが外される。
俺は勝手知ったる何とやらで遠慮なく上がらせてもらった。
顔見知りなので誰にも呼び止められる事なく俺は亮太の部屋に着く。
「よっ」
「いらっしゃ~い」
亮太は既に準備をしていてくれたらしい。
ソファとテレビの間にゲーム機が置かれ、側にあるテーブルにはお菓子とジュースが乗っている。
「じゃあ早速やるか」
そう言ってソファに腰を降ろすと、俺たち二人は時間も忘れてゲームに耽った。
「うわ、もうこんな時間か」
「え? あ、本当だ」
時計を見ると十時だった。
四時位に亮太の家に来たから、六時間ぶっ通しでやってた事になる。
道理で目の調子がおかしいと思った。
「流石にそろそろ止めるか」
「そうしよっか。ご飯どうする?」
「あ~、食う。腹減った」
お菓子をつまみながらとは言え、とても足りるような量じゃない。
夜中に空腹で目が覚めるなんて真っ平御免だ。
「んじゃ、下行くか」
「ああ」
作り置きされてた食事を二人で食べて、お風呂も入った。
それでもまだ十二時だったが、散々ゲームをしたせいかやけに眠い。
「もう寝る?」
あくびを噛み殺していると、亮太がそう聞いてきた。
どうでも良い事だが、着ているパジャマには可愛らしい動物がプリントしてある。
一七歳にもなってそれはどうかと思うが、今更の事なので何も言わない。
ちなみに俺が着ているのはバスローブだ。
この家にはまともなパジャマが無いし、バスローブなんて他に着る機会も無いから借りてる。
どうもかなり上質な物らしく、肌触りが恐ろしく良いが値段も恐ろしい。
そんなのを俺が着ても大丈夫なのかと最初は戸惑ったが、その考えは甘かった。
亮太の着ているパジャマは更に値の張るもので、お陰で俺も吹っ切れた。
「そうする。お前は?」
「先寝といて。俺もすぐ寝るから」
「わかった」
のろのろと天蓋着きのベッドに潜り込む。
これは亮太のベッドで、本当は俺には専用の客室が一つ割り当てられている。
だが最初ここに泊まった時、あまりの広さに落ち着くことが出来ず、結局亮太と一緒のベッドで眠った。
以来、亮太のベッドを使うのが習慣になっている。
そうでないと寝れないのだから仕方ない。
大人三人でも楽に寝転がれそうなベッドには柔らかい布団が敷かれていて、その心地良さに俺はあっという間に眠りに落ちた。
「彰。あ~き~ら~」
亮太に揺さぶられて目が覚める。
でももう少し寝ていたくて、寝返りを打とうとした所で違和感に気付いた。
「あ~? 何、これ」
寝起きの頭はボケていて、視界に入ってるそれが何なのか判断するのに時間が掛った。
「紐? 何で紐が俺の手に……はあ!? 紐!?」
「彰は相変わらず寝起き駄目だな~」
混乱する俺をよそに、のほほんと亮太が隣りで笑っている。
「ほっとけ! ってうわっ、足も? 何だよこれ。しかも俺バスローブ着てないし」
手足の紐はベッドの四隅にしっかり縛り付けてあって、俺は全く身動きが取れない。
空調が効いているから暑くも寒くも無いのが不幸中の幸いか、とまだ正常に働かない頭で考えた。
「バスローブ脱がすのはちょっと大変だったけど、彰全然目ぇ覚まさないから安心したよ。やっぱり薬が効いたのかな」
「……は?」
今、何か聞き捨てならないことを言われたような。
「ほら、風呂上りにお茶飲んだだろ? あれに睡眠薬入れといたんだ。あ、でも彰って一度寝たら中々起きないから別にいらなかったかも」
全く悪びれない亮太のお喋りを聞きながら、ようやく正常な思考が戻ってくる。
そうだ、考えるまでもなくこんな事出来るのはこいつしかいないんだった。
と言うより、こんな事しそうなのもこいつしかいないんだよ。
「……で、今回は何のためにこんな事を?」
あんまり、いや寧ろ全然聞きたくないけど、一応尋ねてみる。
しかし聞かれた方は実に嬉しそうに答えてくれた。
「彰って擽られるのに弱かっただろ? だから一度やってみたかったんだ」
語尾に音符かハートマークが付きそうな口調だったがこっちはそれどころじゃない。
「ちょ、待てよ! 何でそんな事したいんだよ!?」
亮太がにじり寄ってくるのに本気で泣きたい気分になった。
擽られるのはどうしても駄目なのだ。
逃げることも抵抗することも出来ない今の常態でやられたら、絶対に耐えられない。
そんなこちらの心境などお構い無しに、亮太はなんとも良い笑顔で絶望的な答えを返してくれた。
「擽りに弱い人を思う存分擽ってみたいから」
ああ、今ほどこいつの変人っぷりを思い知らされたことがあっただろうか。
今までも変人なのは解ってたけど、そんなの比じゃない。
しかし、今更そんな事を再認識した所で当然ながら意味は無かった。
「や、やめっ――――――ッ! ひぁっあはっあははははははははっ!やっやめっやめ、ろっ! あははははっ!」
一度笑ってしまったらもう止められない。
いつの間にか取り出された二本の羽根で擽られて、逃げることの出来ない体が引き攣った。
首筋、脇、二の腕、胸から脇腹にかけて、内股、足の裏、反応を返すところは全部擽られて、気が狂いそうになる。
「いぁぁっ、ひぁっああぁぁっや、あ、あああっ」
触れるか触れないかのぎりぎりの距離を羽先が掠める度に体が跳ねた。
最初のような大声はもう出なくて、そもそも自分が何を言ってるかが解らない。
体力的にも精神的にも限界がきた頃、ようやく亮太の手が止まった。
荒い息を繰り返して、亮太が紐を解ききった頃にやっと呼吸が落ち着き始める。
「大丈夫か? 彰」
「だい、じょうぶな……わけ、あるか……」
本当なら一二発は殴ってやりたいところだが、その気力も残っていないので諦めた。
うつ伏せになってぐったりとしていると、亮太が水の入ったグラスを持って来る。
「飲む?」
「……いい、自分で取ってくる」
「何も入ってないって」
「いらん」
しつこく大丈夫だと繰り返す亮太を無視して、冷蔵庫に入ってるミネラルウォーターを開けた。
「信用無いなぁ」
拗ねた口調の亮太に、自業自得だと返して再びベッドに沈む。
今度から、良太の用意した飲み物には手を付けないでおこう。
そう心に誓うと、俺はふて寝を決め込んだ。