馬鹿なあいつと馬鹿な俺
副題「バナナの皮で滑って転べ」
俺の友人は、友人やってる俺がこう言うのも何だが結構おかしい。
と、突然言っても意味が解らないだろうが、しかし、今の俺の状況に立たされれば誰だってそう思うはずだ。
「なぁ、あれは何だ?」
俺は盛大に呆れつつ、隣りに突っ立っている亮太に聞いてみた。
「バナナの皮」
即答の返事に、「あぁそうだろうとも」と思いながら溜息を吐く。
約十m前方に見える黄色い物体は、やはり俺の見間違いでも何でもなくバナナの皮らしい。
「で、俺にそのバナナの皮をどうしろって?」
「だから、あれ踏んで滑って転んできてくれって言っただろ」
あぁ聞いたさ。
空耳とか聞き違いであって欲しいと思ったけどな。
「何でそんな事しなきゃならないんだよ」
「どんな感じか知りたいから」
さも当然のように言ってくれる亮太の頭を、思いきり叩きたい衝動に駆られたが自制する。
こいつと一緒にいたお陰で、忍耐力だけは無駄に鍛えられたと思う。
代わりに運とか気力とかを根こそぎ取られたような気もするが。
「……あのさ、自分でやったほうがよく解ると思うんだが」
「あ、そっか。そうだよな。彰って頭良いな~」
いや、確かに頭は良い方に入るけど、それとこれとは関係ないだろ。
心の中で呟いているうちに、亮太はバナナの皮に向かって歩き出していた。
「ほんと、何考えて生きてんだろうな」
小さく呟く俺の目の前であいつはバナナの皮を踏み、そして望み通り滑って転んだ。
それはもう見事な滑りっぷりで、アニメや漫画の世界でしか見た事の無いそれを目の当たりにした俺は遠慮なく笑ってやった。
狙ってやってもあそこまで上手くこけるのは普通無理だろ。
「亮太、大丈夫かよ?」
「いってー! 頭打ったー!」
後頭部を押さえている亮太に近付き、立ち上がるのを手伝ってやる。
「ったく、本当に器用だな。頭の上、バナナの皮載ってるぞ」
「え?あっほんとだ! 写真、写真撮ってくれ!」
「はいはい。じっとしてろよ」
へらへらと、締まりのない顔で嬉しそうに笑う亮太を携帯で写してやる。
「メールメール」
「わかってるって」
撮ったばかりの画像を添付して送ってやると、亮太が自分の携帯を熱心に見つめていた。
その顔を見ているうちに、どうして俺が馬鹿だの何だの言いつつ亮太に付き合っているのか思い出す。
とどのつまり、俺はこいつが嫌いじゃない。
もっと正確に言えば、亮太のこの馬鹿さ加減が好きだ。
俺では考え付きもしない様な事を次々とやらかしてくれる。
「俺も大概おかしいよな」
心の中でだけのつもりが口に出ていたらしく、亮太がこちらを向く。
「何か言った?」
「いや、何でもない」
「でも何か聞こえたと……」
「気のせいだろ。ほら、帰るぞ」
不思議がる亮太の背中を押しながら、俺はこっそり笑っていた。
「何でいつも学校に来ないの?」
「つまらないから」
「ふ~ん。じゃあ何が面白いの?」
「……TVゲーム」
「ほんとっ? 俺ゲーム一杯持ってるんだ! 一緒にやろ!」
「えっ?」
「二人じゃないと対戦ゲームって楽しくないからさ、相手してよ」
「だからって何で俺が」
「いいじゃん、暇なんだろ?」
「……しょうがないな」
差し出された手を掴んだのが全ての始まり。
後悔なんてしていない。
あんなにもつまらなかった世界が、今はこんなにも楽しいと感じられるから。