宝物
好きなものと宝物の区別もできなかった小さい頃、ビー玉やどんぐり、果ては変哲のない石ころまでもがコレクションの対象となり、部屋の片隅にはいつもゴミと見分けのつかないガラクタが鎮座していた。
しかし、二種類のコレクションが同時に鎮座することはなかった。
今思えば、興味の移ろいやすい子どもの隙をつき、母親がうまく片付けていたのだろう。
そんなある日、母親が言った。
「お父さんがお仕事する場所が変わったの。小学校に上がったら引っ越すわよ」
幼い僕にも、引っ越せば今までの友達とは一緒に遊べないという程度の理解はできた。
真っ先に頭に浮かんだのはミホちゃんの顔だった。
思いついたらすぐに実行に移せる行動力こそが幼児たる所以だ。
早速ミホちゃんに会いに行った。
「ミホちゃん、これ、あげる」
そう言って僕は、ミホちゃんにひとつのビー玉を手渡した。
どんなにコレクションが変わろうと、これだけは常に手の届く場所に置いておくほどのお気に入りだった。
――引っ越して、もう会えなくなるから……
という説明が、うまくできない。
「えっいいの? こないだちょうだいっていったときはダメだっていってたのに」
ミホちゃんはとまどいつつ、ためらいがちに受け取った。
「うれしいけど、おかえしにあげられるもの、いまはなにもないの。ごめんね」
同じ年齢なら女の子の方がずっと大人だ。小学校入学前にこんな受け答えのできる男の子なんて、まずいない。
もっとも今思い返してみれば、なかなかちゃっかりしていると言えなくもないが。
彼女とはその後、高校で再会した。
彼女の家も引っ越し、同じ高校に通うことになったのだ。
しかし高校に通うあいだ、彼女とはつきあうどころかろくに話もしないまま卒業してしまった。
幼い頃は知っていても、小学・中学のことはお互いに知らない。照れがあったのだろう。
今なぜこんなことを思い出しているかと言うと、社会人になってからの同窓会の真っ最中で、ほぼ正面に彼女が座っているのだ。
高校を出て、割とすぐに結婚した彼女は、成人式のころには母親になっていたという。
お子さんは家に預けてきたそうだ。
「理解のある旦那さんなんだね」
僕も、そのくらいのことは言える年齢になったということか。
「旦那の親と同居なのよ。理解があるのは義父母のほうね」
やや旦那をけなしているように聞こえなくもなかったが、幸せそうなその表情は、もう僕の知っているミホちゃんではなかった。
「あ、そうそう。これ――」
そういって彼女は、カバンの中からビー玉をとりだした。
「あのときの……!」
驚いた。僕があげたビー玉。まだ……。
「ずっと宝物だったのよ。まだ持ってていい?」
そう言い終えたとき、ほんの一瞬だけミホちゃんの表情に戻っていた。
「もちろんだよ――」
語尾を飲み込むかどうか迷い、結局言葉に出していた。
「――ミホちゃん♪」
軽くつねられた。
僕は、いつ結婚できるだろうか。
その時が来るまでは、彼女のこの笑顔を宝物として胸にしまっておこう。