家族になる日
呼び方
お父さん=実父/お母様の夫/お姉様の父
お母さん=実母/お父さんの愛人/故人
お母様=養母/お父さんの妻/お姉様の母
お父様=継父/お母様の後夫/離婚歴あり
女の敵が女なら、女の味方も女だ。
共通の敵がいて対処を間違えなければ、間違いなく固い結束を築くことが出来る。
「おとうさん、最低」
わけもわからず連れてこられた家。そこに居たのは綺麗な女の人と私より少し年上の綺麗な女の子。
「ごめんなさい。わたし、知らなかったです。わたしは、えっと平民なので、ここからでていきます。ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げ、手に持っていた鞄をぎゅっと抱きしめると大きな玄関から出ていこうと振り返ろうとして。
「お待ちなさい。あなたは何と言われてここに来たのですか?」
「えっと、お母さんが死んでひとりじゃ生きて行けない。だからお父さんの家で暮らそうって。お父さんが貴族だなんて知らなかったです」
綺麗な女の人に聞かれたので答える。九歳の私でも分かることがある。
お父さんは他に奥さんがいるのに、私のお母さんと恋人だったんだって。それを浮気だって教えてくれたのは少し離れた所に住んでいたおばちゃん達だった。
私が暮らしていたのは平民街の端の方で、ちょっと綺麗な家だった。
お母さんは働いてないのに生活が出来ていたのは、お父さんが時々家に来ていたから。通いの家政婦がご飯を作ってくれたり掃除をしてくれていたし、私はそれが当たり前だと思っていた。
思えばあの辺りはお母さんと同じような人達が暮らしていたのだと思う。
お母さんはよく遊びに行っていて、私は一人ぼっちだった。寂しくてつまらなくて、家から抜け出して人の多い場所に遊びに行っていた。
そこで知り合ったおばちゃんたちに混ざって、芋の皮をむくお手伝いをしながら色々と知識を貰った。
でもその時はお母さんが愛人だなんて思ってもなかった。
「わたし、孤児院に行きます」
親がいなくなったら孤児院に行く。それが街の子達も知ってること。
お母さんが死んだなら私は孤児院にいかなきゃいけなかった。
「……はぁ。ヨーテリー、この子を浴室へ。服はレティのサイズが合うものを。レティ、いいわね?」
「お母様のおっしゃる通りに」
「ローデリック様。分かっていますわね?」
私はわけがわからないまま、ヨーテリーというお母さんよりも年上の女の人に連れられて浴室という場所に行き、人生で初めてじゃぶじゃぶと芋を水洗いした時のように洗われた。
まあ、とか、いろいろ言われたけど分からない。
いっぱいいっぱいお湯をかけられて、よく分からないまま体を擦られて、終わった時の私はぐったりしてた。
その後、とても綺麗な服を着せられて私は泣きそうになった。こんな綺麗な服、怖い。
お母さんは綺麗な服を着ていたけど、私はそうじゃなかった。
お母さんは私のことはどうでもよかったから。
私がお母さんの服に触って、何度も蹴られたことがあるから綺麗な服は怖い。
「それは古着よ。私には小さいからもう着ないものよ」
「えっと、レティ様のお洋服ですか?」
いつの間にか来ていた綺麗な女の子が私を見ながらそう言ったけど、それでもとても綺麗な服。平民はあまり服を持てない。高いから。お母さんは沢山持っていた。宝石も。あれはどうなったんだろう。
「お姉様と呼んで。半分だけどお父様が同じだから」
「お姉様……あの、お母さんがごめんなさい。私が生まれてごめんなさい」
「なんてことを言うの! 生まれただけのあなたに何の罪があるというの!」
お姉様と呼んでと言った綺麗な女の子は、私が謝るととても驚き大きな声を出した。お姫様のような綺麗な子から聞こえた大声に驚いていると、お姉様は顔を赤くして、こほん、と咳払いをした。
「ねえ、お名前を教えて?」
「あ、えっと、シャロンです」
「シャロンね。私はレティーシャよ。だからお母様からはレティと呼ばれているの。シャロン。あなたは生まれてよかったのよ。今日からシャロンは私の妹としてここで暮らすの」
「あの……でも」
「私のお母様が良いと言ったからいいのよ」
私が体を洗っている間に何があったのか。
お姉様は「ね?」と念押しするように笑顔で言ってきたので、私は頷くしか出来なかった。
これが私がヴァルシア王国にある、デルロッサ侯爵家の王都屋敷に来た最初の日の出来事だった。
なお、デルロッサ侯爵家はレティーシャお姉様のお母様のお家で、お父さんはお婿さんでしかないのに私のお母さんと浮気をした最低な人だ。
その時の侯爵様はお姉様のお母様――長いからミルレシア様と呼ぼう――ミルレシア様のお父様だから、お父さんに何の権限もなかった。
お姉様が生まれている以上、お父さんはもういらない、と離婚されたけど、何故か私はミルレシア様の養女になっていた。
「弁えた子だったからよ。己が平民であることを理解していたし、自ら孤児院に行くとも言っていたでしょう? 愚かではないと思ったから、育てたらどうなるのか見てみたくなったのよ。何よりもあの男を『最低』と虫けらを見る目で見たのが良かったのよね」
ほほほ、と優雅に笑うミルレシア様は裏切りの証の私の前でそれはもう楽しそうにしていた。
後から思ったのは、気にいられてよかった、ってこと。
私からすれば両親は最低だーってなってたし、ミルレシア様からしてもお父さんは裏切り者で、その瞬間、共通の敵になったのだ。
今生きていられるのはミルレシア様の目に適ったからで、九歳の無知な私、偉かったよ。
▽
「シャロン、シャロン、どこ?」
「はぁい。お姉様、どうされました?」
裏庭に作ってもらった私専用の薬草園で生育状態を確認していると、屋敷から出てきたお姉様の声が聞こえて振り返った。
「もう、シャロンったら。また夢中になっていたのね? ドレスが汚れているわよ」
「これは汚れても大丈夫な生地です! じゃぶじゃぶ水洗いしても問題のない安価な素材なんですよ」
「仕方の無い子ね。それよりシャロン、お母様がお呼びよ」
「えっ。お姉様、侍女に言えば良かったのに」
「散歩がしたかったから構わないわ。さあ、行きましょう?」
「はい」
薬草に問題は無かったし、一通り確認は出来たから大丈夫。
お姉様のドレスにあたって汚さないようにしながら二人で会話をしつつ屋敷の中に戻ると、私はまず浴室に放り込まれた。手足の汚れを落とすためだから下着はそのまま。
浴室から出たところでお姉様が吟味したドレスに着替える。
私がこの屋敷に来た日から、私はお姉様の着せ替え人形になっている。
最初の頃は洋服を仕立ててもすぐにある訳では無いから、お姉様がかつて着ていたお洋服の中から組み合わせたりしてたけど、それでもかなりのパターンが組めるほどだった。
新しい服を仕立てる時なんか、お姉様とお母様――ミルレシア様からお母様と呼ぶように、と言われている――のお二人がそれはもうデザイナーと一緒にとんでもないデザイン画を生み出してきた。
お母様とお姉様はそれはもう女神とも思えるほどの美しい方達だ。真っ直ぐな銀髪と神秘的な紫の目はうっとりするほどに綺麗。
十八歳になったお姉様はお母様とそっくりで、元お父さんの要素がなくてよかったね、と思う。
私は、ふわふわとした淡い金髪に青い目をしていて、系統でいえば可愛いなんだよね。ちゃんと食べてお肉がついてから分かったけど、私ってお母さんそっくり。
私がこの家に来た後に、お母様が調べたところによると、お母さんは元は貴族の生まれだった。違う国の生まれで、そこでたくさんの男の人を誑かしてその国では生きていけないとなってこの国に逃げてきた。
お父さんと出会ったのはこちらに来てすぐで、可愛い見た目を利用して愛人に収まったみたい。
私が出来たのは想定外で、私を育てるつもりはなかったけど、家政婦のおかげで生き延びていたみたい。
それに家から抜け出して向かったおばちゃん達も何かしら食べるものをくれてたし。
それもあって、お父さんはお母様から「こんなガリガリな子供を見て何とも思わないの!?」と怒られたらしい。
お父さんはお母さんは病死だと言ったけど、お母さんが死んだのは病気ではない。私は知ってる。
お母さんはお父さん以外にも男の人がいた。
私はお母さんの機嫌が悪いと叩かれるから家の中で隠れてた。
お母さんが死んだ日、知らない女の人が家に来て、お母さんが使う物とか飲む物に何かを塗ったり混ぜたりしていた。
とても怖い顔をしながら「悪いのはお前だ」「お前が私の夫を」とか言っていた。
お母さんは男の人と出かけていたから居なくて、家政婦もいなくて、私だけが隠れてみていた。
女の人は私に気付かないまま出ていった。
その夜、お母さんは苦しみながら死んだ。
九歳の私が殺したなんて誰も思うわけなくて、何か見なかったか聞かれたけど、私は知らないと答えた。だってあの女の人が誰か分からないし、お母さんが死んでも悲しくなかったから。
お母さんはお母さんだけど、愛されたことはなかった。そんな人だった。
そんな人に私はよく似ている。
お母様とお姉様は私を人形のように可愛いという。
お母さんに似ているのは嫌だけど、でも可愛がってくれるならそれが嬉しいから私はお姉様の着せ替え人形になることが嫌ではない。
「今日はこれにしましょう」
「はぁい」
侍女が私に服を着せている間、お姉様は小物とかを用意する。頭につけるヘッドドレスを吟味していた。外に出るわけではないけれど、お母様に呼ばれているからという理由があれば良いのだと思う。
急いでいかなくていいのかなぁ、と思うけど、本当に急ぎならお姉様だって遊ばないから問題ないのかな。
綺麗なワインのような深みのある赤の布で作った薔薇が可愛いヘッドドレスは、今着せられている洋服と合わせたのだろう。
フリルたっぷりでシャツの襟や袖は華やか。スカートは中にパニエを履いているからふんわりと広がっている。このスカートが深みのある赤色をしていた。
お姉様のこだわりは凄くて、私のお洋服は全部覚えてるから、組み合わせで雰囲気を変えることも出来る。この服は最新の物だけど、これからどうなるのやら。
十五歳になった私は身長の伸びも止まったし、太りにくいのか体型もあまり変わらないから昔のもまだ着ることが出来る。
貴族と言えどお茶会や舞踏会に出る時ならいざ知らさず、屋敷の中で着る分なら着回しだって当たり前。私のお母さんみたいに一度でも着れば二度目はないような方がおかしかったのだ。
お母さんは男爵家の生まれで、顔だけで多くの男の人を誑かして貢がせ、贅沢三昧の日々を過ごしていた。
貴族としての常識を教えて貰っている私は、お母さんが駄目なことしかしてないのが分かる。そりゃあ殺されても仕方ないと思うなぁ。
着替えも終わって私はお姉様と一緒にお母様の元へ行く。
先代当主様は隠居され、王都にある別邸で暮らしている。やはり王都は便利だし、同じように隠居された方々と会われているそうだ。
お母様が当主を継承された後、皆で領地に向かった時に初めて会ったけれど、不義の子なのに優しく出迎えてくれた。
おかげで私は侯爵家の子として領主邸で暮らせている。
お母様は当主になる前に再婚された。
女王陛下の御代もある国なので女性が当主になるのは問題は無いけれど、伴侶がいた方が便利なのは確かだ。
例えば同日に大事なお呼ばれがあるとして、夫婦なら片方ずつに行けば良いけれど、一人だとどちらかを断念しないといけない。
そう言ったのもあるので、お母様は再婚された。子が出来ないと離縁された過去を持つ男性と。
デルロッサ侯爵家にはすでにお姉様がいるので後継者争いが起きかねないような男性は困るのだ。
お父様になられた方は私の存在に驚いていたけれど、血の繋がりがあるのはお母様とお姉様だけ。それでも私が大事にされているのを見て、お父様は安心したらしい。子が作れない出来損ないとして捨てられた過去のせいで、再婚相手に選ばれたけれど軽く扱われるのではないかと不安になっていたそうだ。
お母様は優しい方だ。お父さんみたいな馬鹿は捨てたけど、家の役に立つなら大事にしてくれる。
事実、お父様はとても優秀な方でお母様のお仕事の負担がかなり減ったそうで、それはもう大切にされている。
お姉様も私もお父様のことを尊敬している。外から見れば不思議な家だろうけれど、この家はそれで上手くいっていた。
「あら、レティ。あなたのセンスは相変わらず素敵ね。まるでバラの妖精みたいよ、シャロン」
「でしょう? お母様、今度は紫のバラをテーマに家族で揃いの服を作りましょう? お父様の上着の襟にバラの刺繍をして、クラバットを紫にするのよ」
「ほほ。それは素敵ね」
「夜会に行けばきっと目立つわ」
サロンでは既にお母様とお父様が座っていた。お父様は私よりも濃い金の髪の毛にアイスブルーの目をしていて、血の繋がりはないのに私とお父様が並ぶと親子に見えるみたい。
だからか、お母様の襲爵後のお披露目パーティで四人並んだ時、この家のことを知らない方は元より、知っている人達ですら私とお父様が赤の他人だと分からないほど馴染んでいたようだ。
お父様は私と似た、どちらかと言うと可愛い系だし。お母様はそれらも見越してお父様を選んだのかもしれない。
「あの、お話があるとか」
「ええ、そうだったわ。さあ、お座りなさい」
「はい」
お父様はお母様とお姉様の勢いに呑まれていたけれど、私は慣れてしまったので声を掛け、椅子に座った。お姉様は私の隣をキープしている。
「まずは、レティ、あなたの婚約者が決まりました」
「そうですか。どなたですか?」
「セブリア公爵家のリュミエス様よ」
「……ああ、四番目の方ですか」
「そうよ。話を聞いてもったいないと思ったから貰いに行ったわ」
「お母様、人間は物ではありませんよ」
「懐かしいね。ミルレシアは僕の時も乗り込んできて両親に宣言したよね」
「ええ。だって勿体なかったもの。この方はね、わたくしより少し下の世代では優秀さで知られていたのよ。あの女はマーデリックの才能を上手く引き出せなかったどころか、病になった時に直ぐに医師を呼べば良かったのに放置をして……子が出来ない体にしたのはあの女なのに、さもマーデリックが悪いように広めたのよ」
「けれど、おかげで離縁して君に拾われたからね。僕は幸せだよ」
美男美女は見ていて目が潤う。お父様は心からお母様を愛しているように見えるし、お母様も満更では無さそう。見つめ合うふたりは二人だけの世界に入っているから、私は隣に座るお姉様に声をかけた。
「お姉様、私たちはお二人の惚気を見せつけられる為に呼ばれたのですか?」
「私の婚約者の話だったはずよ」
「ですよね?」
「お母様、仲良しはお部屋でなさって。それで、リュミエス様はどのような方ですの? 幻の四番目という話しか知りませんのよ」
「幻の四番目……?」
お姉様の口から出た言葉に私は首を傾げる。
私はまだデビュタントをしていないから社交には詳しくない。外にも出たくない。人前にも出たくない。多くの男の人を弄んだお母さんと似た顔だから。
お茶会はお姉様が参加するものについて行くか、我が家が開くものに出るだけで、あまり他家のことには詳しくない。
私はデルロッサ侯爵家の血を引いていないから、使用人の妻になってお姉様の侍女になりたいなぁと思っているのだけど。
一度それを言ったら笑顔で黙殺されたので二度目はなかった。
「セブリア公爵家には四人の子供がいて、令息三人、令嬢一人なのだけど、すえっこのリュミエス様は私の一つ上の方だけど一度も社交の場に出られたことがないのよ」
「えっ。公爵家の方がですか?」
「そうよ。噂は沢山あっても真実は不明なのよ」
「ほほほ。安心なさい。本人に会ってきましたけれど、レティ。あなた好みの方よ」
お姉様の好みはかなり限定されている。
王子様系統はダメだ。お父さんがそうだったから。お父さんは顔が良かった。物語に出てくる王子様みたいな見た目の愚か者だった。
ヘラヘラ笑って女性にだらしなさそうな方も駄目。
そして意外にも乙女な考えをお持ちなので、簡単に横抱きが出来る腕力のある方が良いのだ。
「社交の場に出ないのは親戚である辺境伯家で名を隠して騎士をしていたかららしいのよ」
「まぁ、まぁ!騎士をされていたの!?」
あ、お姉様の目が輝いてる。
そこから詳しい話を聞くと、黒髪黒目で背は高く、体格も良く、女性に慣れていないそうだ。端正な顔立ちではあるけれど、王都貴族の好みである洗練された美形というわけではない。無骨に見えるそうだ。
「浮気はしなさそうですね」
「ええ。あなたの肖像画を渡したけれど顔を真っ赤にしていたわ」
「嫌だわ、お母様! 何時の肖像画を渡したのよ」
「最近のよ。青いドレスの」
「……あれなら大丈夫ね。そう」
にこりと微笑んだお姉様の目は爛々と輝いている。私を可愛がるのとは違う熱に気付いたのは私だけだった。
お母様もお姉様も、狩人すぎませんか?
血の繋がりはないのに雰囲気が似ていると言われる私とお父様は顔を見合わせるとお互いに困ったように笑いあった。
ちなみに、私への用事はデビュタントに向けてのドレス作成。エスコートはお父様がしてくれるのでお父様の衣装も仕立てるとのこと。
その後は少しだけ会話をして解散。お母様とお父様は夕食まで仕事をするし、お姉様はリュミエス様にお手紙を書くそうなので、私は部屋で本を読むことにした。
薬草を育てているのは趣味の一環だったけど、最近は結構夢中になっている。珍しい種類の種を手に入れたのがきっかけだったけど、それがかなり使えるものだったから、私は役に立てるのではと自信が持てたのだ。
薬師に嫁ぐのもありよね。
▽
私には妹がいる。
半分血が繋がっているのだけど、それは入婿の父の方で、侯爵家の血を持つお母様の方ではない。
初めて屋敷に来た時、シャロンはガリガリに痩せていて、父の浮気とかどうでも良いくらいに驚いた。
それなのにシャロンは状況を理解するや否や、父を軽蔑の目で見ながら最低と言い、孤児院に行くからと少しだけ綺麗な鞄を抱きしめながら出ていこうとした。
父よりもよほどまともそうな妹が出て行くのを私が止めることは出来ない。どうしよう、と思っているとお母様が引き止めて浴室に連れていくように命じた。
その後のことは大人に任せるとして、お母様からあの子は今日からこの家で暮らす、と言われたのでもう着ない小さくなった服を持って浴室に向かった。
あんなに小さな子だとどの大きさが良いのか分からないけれど、それでも着ていた服よりは絶対に良かった。
シャロンはとても可愛い顔をしていた。
ご飯をまともに食べてないから痩せていただけで、きちんと食べて身なりを整えたら本来の顔の良さが出てきた。
父はお母様に離縁されていなくなり、王都の屋敷にはお母様と私とシャロンだけになったけど、お父様がいた時よりかなり楽しくなった。
お母様はシャロンに「お母様」と呼ぶように言っていた。初めの頃は困っていたシャロンも慣れた頃にはつっかえることなく言えるようになっていた。
私とは違ってシャロンは物語のお姫様のような女の子で、私が似合わないピンクのフリフリのドレスが似合っていた。
それがたまらなく可愛くて、私が沢山シャロンに着せ替えをしていたらいつの間にかお母様も同じようにシャロンを着せ替えするようになっていた。
シャロンは多分頭がいい。勉強が出来るという意味ではなく、生きて行く上での頭が良い。
お母様と私がシャロンを邪魔だと思わないのがその証拠。普通なら嫌なはずだけど、シャロンは我儘を言わないし、無茶もしない。
どちらかと言うとあまりにも控えめすぎて、何かを無意識に恐れていた。
お母様がシャロンのことを調べると、どうも彼女はシャロンの母親が亡くなった時を見ていたようなのだ。ただ、毒殺であることからシャロンには到底無理だと警邏も判断したようだ。今も犯人は見つかっていない。
訳ありなので父がその事件を握り潰し、公には病死となっている。シャロンにもそう言い含めたみたいだけど、九歳の子供は無知ではない。きっと分かっているはず。
シャロンの母親は一つ国を挟んだ向こうの国から逃げてきた元貴族だった。男を手玉に取り、貢がせ、幾つもの婚約を潰し、王妃を狙った女。当然だけれど貴族社会は甘くはなく、その母親は命を狙われて逃げてこの国までやってきて父を捕まえた。
シャロンとよく似た顔だったらしい。
シャロンは滅多に外に出ない。人前にも出たがらない。
彼女は母親と似た顔だから、同じように男の人を惑わせるかもしれないと一度だけぽつりと呟いたことがある。
シャロンはとても可愛い。本気で男性を虜にしようと振る舞えば、彼女の前に長い列が出来るのが分かるくらいに可愛い。
お母様の襲爵を祝うパーティーは避けられないからと参加したけれど、あの時に招いていた同じ年頃の男の子だけでなく、大人だってシャロンの愛らしさに目を奪われていた。
お母様が再婚してできたお父様が私とシャロンのそばに居た上、騎士達が近付けないようにしていたから声は掛けられなかったけれど、声も出していないのにはにかむように笑っただけで視線を集めた以上、シャロンの懸念は尤もだった。
シャロンが養子であることは隠していないけれど、彼女の母親のことだけは出来る限り隠している。既に死んでいるとは言え、他国で騒動を起こして命を狙われたような女だ。母親がいなければシャロンを代わりに痛めつけようなんて考える誰かがいないとも限らない。
たまたま似ているだけ。それだけの赤の他人にした方が早い。
お母様と再婚したお父様はとても良い人だ。
彼もまた離婚歴があるけれど、それに至るまでが酷かった。
整った顔立ちと優秀さから評判の彼は引く手数多だったのに、元妻が大金で買い上げたのだ。それなのに、元妻は不倫をしていた。
お父様が病気になった時に医師を呼ばなかった所為で子を作ることが出来なくなったのに、全部をお父様のせいにして捨てた。そして直ぐに再婚して子供を産んで、自分は悪くないと主張したのだ。
シャロンはそれを聞いて怒りに震えていた。
お母様は人を見る目がある。
父が結婚相手だったのはおじい様が選んだからで、お母様の意見は何も反映されなかった。
シャロンとお父様はお母様が選んだ。結果として、シャロンはとても良い子に育ったし、最近では薬草にのめり込んでいる。我が家の主治医と話し込み、難病の特効薬になるかもしれない薬草を育てることにも成功した。
お父様は有能と言うのが真実だと証明するように、お母様の補佐として事務仕事を一手に引き受けてお母様の負担を軽くしている。
お母様とは時間をかけて愛し合ったみたいで、二人が一緒にいるとお母様はとても優しく微笑むようになった。お父様はお母様に惚れ込んでいるのは見ていてわかる。
仕事中は割り切ってるのに、それ以外だと何時でも手を繋いだりしてるのだもの。羨ましい。
そんな私にも婚約者が出来た。
セブリア公爵家の幻の四番目であるリュミエス様。社交の場に出ない、どんなお顔かも分からない方として有名だった。
その方をお母様が選んだ時点で有能であることは分かるけれど、彼自身がどんな人か分からない。お母様が微笑みながら彼について教えてくれた瞬間、私は何が何でも結婚まで突き進むことを決意した。
私は騎士に憧れがあった。
物語に出てくる、髪の毛をさらさら靡かせる方ではなく、その相棒とも言える無骨なタイプの騎士が好きだ。
重たいドレスを着ていても、軽くひょいっと横抱きにしてくれるような逞しい方が好みだ。
お母様はご自分の目で見て確かめたと仰った。ならば間違いなく私好みなのだろう。
そして実際の顔合わせの日。
私はお母様の見る目は確かだと再確認すると共に恋に落ちた。
女性慣れをしていないリュミエス様は私を見ると顔を真っ赤にしていた。
逞しい腕。高い背。体は厚みがあり、ヘラヘラ笑わないところもいい。
「お姉様、お口の端から出てはいけないものが出そうですよ」
「あら」
こっそりシャロンが耳打ちしてくれたおかげではしたない姿を見せなくて済んだ。
ちなみに、リュミエス様はシャロンは可愛いけれど小さすぎて蹴り飛ばしそうで怖いと言い、魅了された感じではなかったのが良かった。シャロンもだらしない顔を向けなかったリュミエス様に安堵していたけれど、近付くこともしなかった。
最近のシャロンは読書の時間に流行の本を読んだらしい。
異母妹が異母姉の婚約者に近付いて奪う、みたいなものを。
確かに私とシャロンは異母姉妹だけど、シャロンはそんなことはしないと分かっている。そんなことをしても面倒だし、愛想笑いをするのも面倒だと思う子だもの。
奪ったところで家督を継げる訳でもなく、私から奪う意味もないことを分かっているから無駄なことをするわけがない。
シャロンは厄介なことと面倒なことは嫌うことを私は知っていた。
▽
デビュタントの日は凄かった。
私はお父様にエスコートされて入場したのだけど、デルロッサ侯爵家の養女がどんな顔かを見てやろう、という下世話な人々の視線が煩わしかった。
ダンスはお父様とした後、慣例として王族とする事になったのだけど、私は王太子殿下と踊ることになった。
王太子殿下は御年三十歳。五年前に立太子され、妃殿下との間に三人のお子様がいる。国王陛下はどれだけ長くとも六十歳で退位される国なので、王太子殿下は少しずつ国王陛下から政務の引き継ぎをされている、とか。
これはお母様から聞いた事なので間違いはないはず。
大変そうだなぁ、と思いながら同じようなデビュタントに混ざって踊っていたのだけど、王太子殿下は困ったように苦笑した。
「そなたはこれから苦労するだろうな」
「え……? あの、それは……」
「私は妃を愛しているので問題ないが、そなたは男を惑わす顔立ちをしている。早めに婚約者を定めた方が良い。この国に波乱は不要だ」
「はぁ……」
お母様とお姉様の間くらいの年齢の王太子殿下の言葉に対し曖昧に頷く私は、何とも言えない気持ちで踊り終わるとお父様の元へ向かった。
お父様のリードでステップを踏みながら、王太子殿下に言われたことを告げると、苦笑いをされてしまう。
「殿下の仰ることは分かるよ。今もシャロンをダンスに誘いたくて見ている視線は多いからね」
「えぇ……」
「ミルレシアもシャロンの婚約に関しては早めに、と思っているけれど、中々良い相手が見つからないんだよ」
「私の生まれが生まれだからですか?」
「それは関係ないかな。君を守り切れるだけの力があるかどうかだよ。下位貴族に嫁ぐとしても、権力で横槍を入れられるかもしれないだろう?」
「あー……あ、それならいっそ修道院に行くとか。修道女になれば婚姻しようとも出来ませんよ」
「それをミルレシアとレティーシャが許すと思う?」
「思わないです……」
むぅ、と悩む私を上手くリードするお父様のおかげで不慣れなダンスもそれなりに見えるくらいにはなっている。
とは言え、お父様が一番お上手なのはお母様と踊っている時だ。
私とお姉様のダンスレッスンの時に一緒に踊っていた二人は絵画にして残すべきほどに美しい。
今日がデビュタントの為の夜会でなければお二人のダンスを舐めまわすように見ていただろうに。
曲を終えてお母様達が待つ場所に着いた時のことだった。
「あら、マーデリック様じゃない。ふふ、侯爵様の再婚相手になったと言うのは本当でしたのね?」
「……」
お父様の表情が固まる。
ケバケバしいドレスを着た女性が、隣にいる男性にベッタリとくっつきながら近寄ってきた。
お母様はそちらに視線を向けるけれど、すっと逸らしてお父様に手を差し伸べると、お父様はホッとしたようにその手を取った。
お姉様は不愉快そうに眉間に皺を寄せ、そんなお姉様の肩を引き寄せたリュミエス様も気分が良くなさそうだ。
デルロッサ侯爵家が集まる場所へ無遠慮にやってきた女性は、酔っているのだろうか。ワインが注がれたグラスを揺らしながらニヤニヤと笑っている。
「まあまあ、侯爵様はお優しいのね? 子を作れない男を再婚相手として拾い上げるなんて。男として終わっているのに、ねぇ?」
ああ、この女がお父様の前妻か。
大声でそんなことを言うせいで周りから変な注目が集まる。
男性が原因で子が出来ないと言うのは基本的にはとことん隠される。女が原因だと思われる方が多いのは男性優位の社会だからだ。
そもそもこのような場でさらけ出すこと自体、信じ難いほどの暴言なのだが、その女性の口は酒のせいで軽くなっている。隣にいる男は止めない。ニヤニヤ笑いながら私を見ているのが気持ち悪い。
「血の繋がった子供が出来ないなんて可哀想。家族がいないってことよねぇ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中の何かが弾け飛んだ。
お母様とお姉様が黙っていたのは理由があったのかもしれない。けれど、私はどうしても我慢出来なかったのだ。
「ああ! あなたがお父様の前の奥様なのですね! お金でお父様を買ったくせに浮気三昧で、挙句に不倫相手から病気を移されて、家に持ち帰ってお父様に移し、医者にも診せなかった方! そのせいでお父様の病が重篤化して子が出来なくなったらあっさりと捨てたお方! その時の不倫相手と直ぐに再婚してお子様が出来たとか。いやだわ、怖いわ。気に入らなくて始末しようとして病気になっても医者に診せなかった方だもの。お隣の旦那様は大丈夫かしら? 気に食わなかったら病気を移されて始末されてしまいそう……」
「な、なんですって!」
「それと、血の繋がりがないから家族になれない? そんなことございませんよ。だって、夫婦は血の繋がりがなくても家族になっているではありませんか! あら、もしかしてあなたは血の繋がりが無い方と子が作れない方……ああ、だから今の旦那様は従兄なのですね! お父様が用無しだと捨てられたのも無理はないわ。だって血族では無いものね。そう言えば、あなたは確か、お兄様の事が大好きな方でしたかしら? お父様から伺いましたわ。何時でもお兄様と比較されていた、と。嫡男でありながら他家に望まれて婿に行かれたお兄様の代わりに当主になられたあなたを支える為の結婚だったのに、ずっとお兄様と比べられていたとか。本当はお兄様と結婚されたかったの? 色が似ているお父様で妥協したけれど血が繋がっていないから、代わりに従兄と不倫されたの? まあ、でも、それはあなたの価値観ですものね。血の繋がりがないと嫌なのですよね? 私は血の繋がりがなくても家族になれることを知っています。お母様と私の間に血は繋がってなくても家族ですもの。僭越ながら、あまり愚かなことは仰らない方がよろしいですわよ? 夫婦は基本的に血の繋がりがありませんもの……ね?」
私の口からはとめどなく言葉が溢れた。
お父様から過去を聞いた時、私はずっとずっと不愉快だった。全部お父様が悪いようにして捨てた前妻が目の前に現れたら言葉で殴り倒してやりたいくらいに嫌悪していた。
お父様は素晴らしい方なのに自信を喪失していた。
その原因がこの女で、それが目の前に現れたのだ。
溜め込んでいた怒りが怒涛の勢いで溢れ出したのは仕方の無いことだと思う。
家族という集団があったとして、夫婦は基本的に血の繋がりはない。政略結婚の家だと血の繋がりがある方が少ない。そこから家族になっていくのだ。子供が実子でなく養子でも上手くいっている家はある。逆に血の繋がりがあっても家族になれない親子だっている。
私を産んだお母さんと私がそうであったように。
私の声はどうやらよく通るようで、少し離れた場所にいた婦人が扇子を広げて目を細めながらこちらを見ている。
潜めた声が私たちを囲う人々の間で広がる中、真っ先にこの状況が不味いと気付いたのは女の隣にいた男だった。
「おい、行くぞ!」
「あなた! 今わたしはこの娘に侮辱されたのよ!」
「馬鹿! 周りを見ろ!」
「え……あ……」
名乗りもあげず、挨拶もせずに無遠慮に話しかけてきたのはその女。お母様とお姉様は無視をしていたが、それでも構わずに侮辱したのはあちら。
今のお父様は侯爵の夫だ。
それに対して女は伯爵夫人。どうやら再婚した相手に爵位と当主の座を渡したらしい。
私は今日デビュタントを迎えたばかりで、成人とみなされるのだけど、今日の出来事は基本的に何があっても不問とされる。と言うのも、社交デビュー当日に失敗をするのは良くあることで、デビュタントに限り見て見ぬ振りをするのが慣例となっていたのだ。
私が感情的に言い返したことはギリギリ見逃されるかどうかと言ったところだ。
そもそもが、伯爵夫人が侯爵の夫を侮辱したのが始まりだ。
父親思いの娘が代わりに怒るのは当然のことだろう。
対して女の方はどうだ。酒に酔っていたのかもしれないが、今日この日という大切な日に格上に対して侮辱したのだ。
さらに私が暴露したことは間違いなく多くの人の耳に届いた。
金で買った夫。従兄と不倫。病気を持ち帰って移したのに医者に見せずに重篤化させた。さらに種無しにまでした。実兄に恋慕。近親しか愛せない。
貴族は噂が大好きだ。
お父様は侯爵のお母様が守り抜くだろう。
さて、前妻は誰が守る?
そもそも、血の繋がりがなければ家族がいないと言ったのはこの女だ。
最も血の繋がりのない夫婦を否定したも同じ。
お父様を傷つけ、不名誉を全て被せて捨てたその報いを受ければいいのよ。
女の味方は女だけど、女の敵は女よ。
お父様を貶めたかったのだろうけれど、私の敵だとみなした女に手心を加えるつもりはない。
「娘が失礼したわ……挨拶もなければ名乗りもないから誰か分からないけれど、わたくしの夫への侮辱は許すつもりはなくてよ?」
お母様がとどめを刺す。
公爵家や侯爵家は数が少ないのでどの家の当主や次期当主とも顔を合わせるものだ。知らないなんてことはない。つまり、格下からの侮辱を受けたのだとお母様は周りに知らせたのだ。
銀の髪の毛に紫の目を持つお母様は四十に近い歳でも若く見える。そして威厳がある。
生まれながらに当主となるべくして育てられてきたお母様を前に、彼らが太刀打ち出来るはずも無い。
みっともなく逃げ去ったその後ろ姿を見ていると、お母様から声を掛けられた。
「シャロン。もう少し淑女らしくなさい」
「あ、ごめんなさい。つい……」
「言い返したことは咎めません。我が侯爵家を侮辱した者をそのままにすることは許されないことです。それはそれとして、もう少し綺麗な言葉を使いなさい。直接的過ぎですよ」
「申し訳ありません……」
言い返したことよりも、言葉の言い回しが良くなかったのか。
貴族のもったいぶった言い回しが苦手な私は、そのあたりの勉強時間が増えることを予感してぺしょりと情けない顔になった。
なお、私をダンスに誘おうとした男性達は、私が見た目とは異なり強気で怒涛の勢いのまま言葉をぶつけた姿に恐れをなしたのか、すっといなくなった。
その代わりに、養子を持つ家の方々がそっと近寄り感謝を伝えてきた。
実の子を持てなかった夫妻が養子となった子をいくら可愛がっても、周りは血の繋がりのなさを指摘するのだと言う。
私の血の繋がりはなくても家族になれるという言葉に救われたとお礼を言われた。
だって私が誰よりもそれをわかっているもの。
家族とはお互いに思い合えばなれるのよ。
▽
私の婚約者は割とあっさりと決まった。
国王陛下の弟、大公閣下の一人息子であるロディウス様だ。
大公家は基本的に一代限りで、その子供は王家が王子や王女以外に婚姻外交に使える方々なのだけど、ロディウス様は趣味が高じて薬草学者をしており、私も同じように薬学にのめり込んでいること、そして王家から見て私はやや問題児であると見なされ、ロディウス様を宛てがうことで周りを牽制することにしたらしい。
デルロッサ侯爵家が持つ従属位の一つである伯爵位を領地無しの爵位のみロディウス様に譲り、私がその夫人になることがお母様と大公閣下、そして王家との間で取り決められた。
私が厄災でロディウス様がそれを封じ込めるみたいな扱いに思うところがないとは言わない。
領地にある領主邸の敷地はとても広い。
そもそもデルロッサ侯爵領は国の僻地にあり、土地はとても広大なのだ。王都のような密集したような場所ではなく、領内の村も一つ一つが割と広い。
領主邸の敷地内には使用人用の居住棟はあるし、畑や果樹園もある。
その中に私とロディウス様が暮らす屋敷を建てたり、薬草園を新たに作ることになったのだ。
敷地内でも馬車移動が必要な広さと言えば、どれだけ広大なのか分かるだろう。
ロディウス様は私の七歳年上でお姉様よりも年上。リュミエス様と同じ歳である。一番子供な私の婚約者に選ばれて申し訳ないなぁ、と思っていたけれどロディウス様は年齢については全く気にされることはなかった。
「俺は研究が出来ればそれで良かったからなぁ」
ロディウス様はお父様ともリュミエス様とも違う雰囲気の方だ。
お父様はどちらかと言うと可愛らしい系。リュミエス様は無骨な男前の方。
ちなみに、もはや記憶に遠いお父さんは物語の王子様系のキンキラ系だった。
ロディウス様は、垂れ目でどことなく退廃的というのか。変な色気がある方だった。しかし、それは見た目だけで中身は研究者気質の研究馬鹿。
この婚約は解消されることは認められないって事もあり、薬草園を作るのもあって早々に領地までやって来た彼は、ついでと言わんばかりに研究材料も大量に持ち込んできた。
更に私財を投じて温室まで作ろうとしたので、お母様が止めた上で侯爵家として全てを手配した。
彼は実験機材を作れる職人達も屋敷の近くに住まわせたいと願った。
諸々のことから、それならば職人達の住む村を作ってしまった方が早いと考えたお母様は、領主邸の近くに本当に村を作らせ始めた。
領主邸敷地内よりは村の方が平民達は楽だろう、と。
気持ちは分かる。私だって初めて侯爵家に来た時は無理だと思ったもの。
薬草園を自らの手で作りたいと願ったロディウス様はそのまま住み着くことになった。結婚は私が十八歳になったらするのであと三年あるのだけど、その婚約期間丸々デルロッサ家で暮らすらしい。
自由過ぎる。
私が手掛けていた屋敷裏手の薬草園を見たロディウス様は、珍しい薬草の育成に成功しているのを見て興奮し、私を沢山褒めてくれた。
それがとても嬉しくて、この人とはやっていけそうだとそのとき思えた。
「俺はねぇ、こんな性格だから父上からかなり口うるさく言われたんだよねぇ。しっかりしろ、とかさぁ。でも、貴族らしく生きるのってどうも無理で」
「分かります。貴族らしく生きるのって大変ですよね」
私の薬草園は土から調整しているので、今新たに作っている薬草園に移動するかどうかはまだ決めていない。
小さな温室の中にある薬草は新たな温室に移動するのは決まっているけれど。
その温室で私とロディウス様はお話をしていた。
ロディウス様の緩やかな話し方は貴族としてはおそらく許されない。威厳もなければマナーとして宜しくない。けれど、私は肩の力を抜くことが出来ている。私も頑張ってはいるけれど、やはり貴族に馴染みきれていない。
「君との婚約は俺にとっては最上なんだよねぇ。名ばかりだから領地経営しなくて良くてぇ、研究続けて良いわけでしょ? しかも、とっても可愛いお嫁さんだもんねぇ」
「えっ」
「ん~? どうしたの?」
「いえ、何でもないです」
唐突に可愛いと言わないでもらいたい。
赤くなりそうな顔を押さえながら、ちらりとロディウス様を見る。
かっちりした服は好きではないと言っている彼は、少しサイズの大きなシャツとゆったりとしたトラウザーズを履いている。だらしないと言えばそうなのだけど、雰囲気にはあっている。
私の髪の毛のようにふわふわとした茶色の髪の毛は伸ばしていて項のところで一つにしているのだけど、その髪の長さも変な色気を加速させている。
顔立ちは整っていると思う。今までに見たことがない系統だから断言はしにくいけれど。
「シャロンは俺になにかして欲しいこととかないのぉ?」
「何か、ですか?」
「うん。父上に命じられてぇ、何度かお見合いしたことはあるんだよ? その度に相手はあれが欲しいとかこれをしてくれ、とか遠回しにねだってきたんだよねぇ。でもシャロンはそんな事言わないじゃない? おねだりとかないの?」
「うーん……特には? ドレスはお姉様がデザインから何から何までデザイナーと話し合って決めてくださいますし、宝石も欲しいとは思いません。敢えて言うなら、薬草の話をして下さること、ですかね」
私は今で十分足りる生活をしている。
血の繋がりはなくても家族がいて、食事はいつでも出来るし、贅沢に甘いお菓子だって作ってもらえる。
人前に出たいと思わないから装飾品は今ので十分足りる。
欲しいものはお母様に相談して有用だと思えば揃えてくれるし。
ううん。私が一番欲しかったのは私を愛してくれる家族で、それは既にあるから他に欲しいと思うものがないのだ。
「無欲だね?」
「そうですか? 私が何時でも一番求めているのは家族だから。そういう意味で、ロディウス様に望むのは私と家族になってください、ですかね」
「……俺さ、シャロンのデビュタントにいたんだよねぇ」
「えぇ……もしかして、見ました?」
「啖呵切ってるとこ見てたよぉ。血の繋がりのない夫婦が家族になる、だっけ? すごいこと言うなぁと思ってたけど、ここに来てわかったんだよねぇ。シャロンは本気で言ってたんだね」
「そうですよ。嘘なんて言いませんよ」
お母様とお姉様以外は血の繋がりがないものが集まって家族になっているのがデルロッサ家だ。リュミエス様が婿入りしたら血の繋がりのない人が一人増え、ロディウス様と私が結婚してもそうなる。
だけど、お互いに思い合っていれば自然と家族になるのだ。
私が受け入れて貰えたように。
「俺のところはさぁ、政略結婚した両親と、俺の三人でさ。愛がなかったとは言わないけど、ここみたいなあったかい空気はなかったんだよねぇ」
「そうなのですか?」
「うん。父上と母上は義務的な関係って感じだし、俺は乳母に育てられたわけだし。だからさ、結婚ってそういうもんだと思ってたけど。シャロンは家族になってくれるのぉ?」
「はい」
私が頷くと、ロディウス様はぐっと息を詰めた後、ふにゃりと笑った。
大人の男性に言ったら失礼かもしれないけれど、とてもあどけなく、可愛いらしく、そして切なくなるほど泣きそうな顔をしていた。
「俺も、シャロンと家族になりたいなぁ」
「なりますよ。今でも、ロディウス様が望めば私達の家族になれますよ」
その日を境に、朝食と夕食に参加するようになったロディウス様は、研究の合間に本邸に来たり、私達と一緒になにかすることがあれば参加するようになった。
お姉様とリュミエス様が結婚し、リュミエス様が一緒に暮らすようになると、男性三人でお酒を飲んだりする夜を過ごすことも増えた。
私はゆっくりとロディウス様の事を男性として好きになり、ロディウス様も同じようにゆっくりとその気持ちに応えてくれるようになった。
血の繋がりはなくても家族になれる。
お父様は正真正銘、この家族の誰とも血の繋がりはないし、自分の血を持つ子はいない。でも、血の繋がらない娘二人に愛情を注いでくれているし婿たちにだって同じ。
この光景を見て家族だと誰もが思うはずだ。
私たちの結婚式を迎えた日。
お姉様の腕の中には赤ちゃんがいた。八か月前に生まれた男の子はお姉様とリュミエス様の子供。
ぷくぷくむちむちとした手足がとても可愛い。
「シャロン、おめでとう」
「ありがとう、お姉様」
「同じ敷地内でこれからも暮らすから寂しいとは思わないのだけど、あんなに小さな子がこんなにも立派になったと思うと……感動してしまうわ」
「痩せてガリガリでしたものね。私、この家に引き取られて本当に良かったです」
「ふふ。お母様の目は確かなのよ?」
「分かってます。さすがお母様だわ」
私達の結婚式は領地内の教会で行う。その為、遠方から遥々ロディウス様のご両親である大公夫妻もお越し下さった。
婚約してから会ったのは最初数回程度で、ロディウス様が義務的だと思うのも無理はないと感じるほどお二人の間に優しい愛は見えなかった。
彼らを変えようなんて思うことはない。
ただ、私は私なりにロディウス様と愛を育み家族になろうと決意した。
「シャロン。私の可愛い妹。あなたはこれからも私にとって大事な家族よ」
「はい。私にとってもお姉様はこれからも大切な家族です」
控え室でお姉様と二人で笑いあっていると、お母様とお父様、お義兄様もやって来て賑やかになる。
ロディウス様は準備出来ただろうか。寂しくしていないだろうか。
今日、この結婚式が終われば彼は私と正式な家族になる。寂しい思いはさせない。彼が領地に来て三年、たっぷりと我が家の輪の中に入れたけれど、どこか遠慮があった。
それももうお終い。
私たちは今日、誰もが認める家族になる。
「嫁は他人だから」という姑の話を見るにつけて思うのです。
その姑とて他人だろうに……。
少なくとも夫と妻は血の繋がりが無い他人なわけで、そこから家族になると思ってます。
動画を見ていたら、養子なのにそれをすっかり忘れていて、みたいな話を見ると、家族は血の繋がりが全てでは無いな、と感じます。
そもそも、血の繋がりがあっても希薄な家もありますし。
「家族になる日」
これは、シャロンがデルロッサ侯爵家に引き取られた日。
お母様がお父様と再婚した日。
お姉様がリュミエスと結婚した日。
シャロンがロディウスと結婚した日。
そんな節目節目で周りから文句の言われない家族になる日を含めています。
ざまぁらしいざまぁの結末は書いていません。
シャロンの母は異世界恋愛モノのヒドインの末路と思ってください。
お父さんは実家に帰ったかどこかでヒモしてるか、知らない。
お父様の前妻は近親相姦希望かつ元夫を殺そうとした極悪非道として避けられ、やがて没落します。まあ間違えではないです。(実兄に恋してたタイプ。その実兄は他国に婿入りしていて、かなり後に話を聞いてドン引きしてます)。




