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眠り男の夢、夢魔たちの現(うつつ)

作者: qmmkruz
掲載日:2026/04/24

短編です。お気軽に。

◆1.株式会社キュバス(プラス) 14:30

佐久間さくまさん、今日ヒマ?」


通りがかりの女性に声をかける。お天気のハナシをする様に。

短めの茶髪、ジャケット、ポロシャツ、チノパンのいわゆるカジュアルフライデーな装い。年齢は30代前半くらいだろうか。

タレ目のちょっとだらしなイイ男。


佐久間は男の前を通り過ぎ、止まる。独り言の様な低い声で、


「…言い方。ヒマなわけねーだろ。誰のせいだよ。新手のハラスメントか?」


黒のひっつめ髪、意識して体の線を出さない紺のパンツスーツ。

左手には開いたノートPC。左に偏向したギザ線が、全画面表示された工程表の危険度を示している。

前髪がやや掛かり気味な黒ぶち眼鏡、その下の眼光が鋭い。現在の視線硬度は玉鋼たまはがね


年齢を、彼は訊けたことが無い。


「あれ、心の声が駄々洩れだよ?」


「はい、いいえCEO、それはたぶん空耳です。

 斉藤〇貴さんも歌っていますアレはいいうたキケヨカス…。

 本日はどうしても外せない予定が。申し訳ありません」


と、男に向き直ってにっこり。目以外は。


ええっ、と彼は周囲を見回す。

開発フロア、50人程のスペシャリスト達が絶賛作業中。自分に同情的で同調的な視線を探す。

無し。無反応。彼に向けられるいくつかの殺気を除いては。


ようやく彼は気付く。あの工程表は、先日彼が無理矢理に押し込んだジョブのものであると。そして引かれたギザ線はフル回転で作業中の彼らの状況(苦難)であると。


「スポンサー様へお参りに、ね、一緒に行……うん、ボクだけで行ってくるよ」


硬度がタングステンカーバイトへ急上昇していく彼女の視線を、引き攣り気味の笑顔の盾で躱しながら、CEO磨桜木(まおうぎ)は背中を向けた。

いやはや、高周波振動化や単分子化でもされたらたまらん、と。


「中期計画と今後のリリース予定について、最新版をいつものところに入れてありますから」


ふふっ、何のかんの言われてもCEO、社員には愛されているんじゃね、と彼の脳裡に一瞬の楽観が浮かぶ。懲りないのは彼の取り柄だ、時と場合は別として。そんな考えが見え見えの笑みを浮かべ、佐久間をちら見する。


「……」


イラっと感を満載した視線を外し、踵を返す佐久間。


それを見送る彼の表情は予想外に穏やかだ。

何故ならいつか訪れると信じているから。このツンの()てに約束されたはずのデレの日を。だがそれは今日じゃない。ただそれだけのことだったのだ、と。


まぁ懲りないのが彼の取り柄なのだ。


ここは『株式会社キュバス(プラス)』。日本最大のオンラインVRゲーム『スエノ・チェザーレ(sueno Cesar)』、その開発と運営を担っている。



◆2.夢魔たちの(うつつ)

アダルト系の魔物その代表格、サキュバスとインキュバス。


サキュバスは女性体、インキュバスは男性体と言われ、古よりヒトの精力や淫心を糧にしている、ロマンあふれる存在である。

以後、両者をまとめて夢魔と呼ぼう。


しかし世に伝わる伝承とは裏腹に、彼らが糧食とするのは精力や淫心などではない。淫魔などとも呼ばれてきた彼らの糧食、それは夢である。


夢はレム睡眠中に見られ、その実時間は5~10分間程度であることは、よく知られている。

 夢魔たちは、夢の実時間と、夢で見た物語の主観的な体感時間の差、いわば『夢見時間(ゆめみじかん)』を糧食としていた。例えば、「魔王を倒す10年間の旅」を夢に見たとする。その場合、体感時間の10年間と実時間10分間との差――ほぼ10年分――が夢見時間、つまり夢魔の糧となる。


そんな彼らが何故、古より美貌や煽情的な容姿などで伝えられているのか。それは、


1)夢は本能直結になりやすい

 睡眠以外の2大欲求、また恐怖などによる自己保存欲求など、

 強烈な欲求に繋げるための導入として、煽情は都合がよかった。


2)夢と現実を混同してしまう

 人は見たいものを見る。

 現実と夢の境界が曖昧となったり、他者へ大げさに話したりと、

 針小棒大に作用していく。


といった人間側の、妄想や暴走によるものだったと考えられている。

言うなれば彼らは、


 ・情動的な暗示にかける技


 ・レム睡眠に陥らせる技


 ・夢からエネルギーを得る技


を持つモノたちであるといえる。


そして、ターゲットを安全かつ安定的に確保するには、一定以上のいわゆる上流社会にも顔をつないでおく必要があった。

そこで、夢のもう一面である「記憶の整理」にスポットが当たる。

そう、彼らは夢を通して記憶へのアタッチ、時には危険を招きそうな記憶を盗み人脈を築き資金を得ていたのだった。


かつては男女を問わず、自ら望んで夢魔らとの接触を試みる者達もいた。

しかし時代の変遷、特にネットの普及をはじめとした数々の恩恵、


 ・嗜好の多様化


 ・情報速度の高速化


 ・情報量の増大


 ・ハラスメント問題の可視化


 ・睡眠の質改善の流行


 ・ググレカス


によって、夢魔たちはもはや絶滅危惧種、レッドデータブックにその名を刻んだ。

時は流れ203X年の『医療従事者のための同人即売会』、観測史上最高の夏日を記録したその日、彼らはあるゲーム同人と運命的な邂逅をする。

そのゲーム同人には医療従事者が多く所属、同人ではあるものの、レム睡眠行動障害への対応を模索、VRゲームに活路を見出せないかを検討していた。

夢魔たちの持つ技術(テクニック)と、同人の持つ技術(テクノロジー)を統合、ついにはレム睡眠誘導型VRゲームを開発する。


件のゲームに込めた、


 ・レム睡眠行動障害へのケーススタディ機会を得たい


 ・ゲーム内時間を実時間の5倍で経過させ、糧食である夢見時間を得たい


 ・ヤバイ記憶情報にはもう触れたくない


という思惑と、彼らの周囲を取り巻く環境とが化学反応を起こし、日本最大のオンラインVRゲーム「スエノ・チェザーレ」とその開発兼運営会社キュバス+を誕生させた。


彼らは――夢魔たちは間に合ったのだ。



◆3.おっさんの日常と人気ゲーム

私の名は品場(しなば)、当たり障り無い様、30代で独身ということにしておく。


「株式会社もろともシステム開発」という会社に務める、キャリアからはベテランと言っていいだろうSEだ。うちの会社では主にお役所システムの開発やメンテ等の案件を手掛け……まあそれはいい。


今今の問題は、冒険者ギルド受付担当のNPC、その会話のバックグラウンドに救急車のサイレン音が聞こえる、ということだ。

VRゲームの共通仕様としては、緊急車両のサイレン音はノイズキャンセルしてはならない、それは理解できる、大事な仕様だ。

問題の核心はそこではなく、NPCからの会話のバックグラウンドのサイレン音と、自身の耳に聞こえるサイレン音が一致している--ドップラー効果も含め--ことである。


現象に対する仮説として、


 1)NPCには中のヒトがいる

  緊急車両のサイレン音などは通常、録り直しの対象だからナマ音。


 2)中のヒトはこの近所に住んでいる

  音の一致具合から察すると、本当にご近所ではないか。


 3)攻略サイトに「NPCには中のヒトがいるんじゃないか」と書いてあったり

  セリフや対応が時々「揺らぐ」とのこと。


が成り立つ。中のヒトの人件費等のコストを考慮の外にすれば、だ。


不具合の解析にはまず、論理的な想像力と想像的な論理力だ。

でも、昨今のAIは優秀だし、ゲーム開発に関してはシロートだし、サイレンも偶然ってことも無い訳では無いって、二重否定は不具合を呼ぶ呪文禁止だ禁止禁…。


とりあえず会話の継続を試みる。


「えと、ヘレンさん?」


冒険者ギルド受付担当のNPC、名前は”ヘレン”である。やや内側にカールした肩までの金髪、緑瞳の美人さん、制服。

受付さんというのはゲームの中でも優しいね。


「今、そちらからサイレンの音が聞こえ…」


絶対に聴き間違いでは無い自信がある。耳コピ脳内再生には自信がある。他人に証明できないのが難だが。


「本日ゴ紹介デキルオ仕事ハアリマセン。マタノゴ訪問ヲオ待チシテオリマス」


被せてきたっ。しかも打って変わってカタコトに。


「あの…」


「マタノゴ訪問ヲオ待チシテオリマス」


「あ…」


「マタノゴ訪問ヲオ待チシテオリマス」


今日のヘレンさんはどうやら終了らしい。嫌われたのではないと思いたい。


後日、再現したときのためにメモに残しておく。不具合ってヤツは、条件さえ揃えば発生するからな、必ず。あの国民的怨み漫画風に言うなら「この現象、晴らさでおくべきか」というところか。いや、ウチのシステムじゃないしと、職業的偏執症を諫める心の声も確かに。


この商売、ヤバイもうダメってくらいに忙殺されるのが茶飯事であるが、無風状態の空白がポッカリと生じるのも、稀によくある。現に今がそのとき。

お役所システムのお守りを何とか一段落させた後の空白。「この時間外時間だと労基法が…」って総務さん、帰れるもんなら帰ってるのよ。

お役所(お客様)側も懲りたらしく、定年した旧担当者のシルバー雇用を検討してくれるとかなんとか。


後進もまあまあ育ってきて、まかせられるコトも増えた。

こんな時こそ全くの異業種製品を知って、自身の引き出しを増やすことができれば御の字。目指すは定年後雇用延長をも満了クリアした、安息と安寧の日々。


で、始めたこのゲーム。


様々な業種、多くの会社が次々とスポンサーに名乗りを上げ、メディアへの露出機会も多いオンラインVRゲーム「スエノ・チェザーレ(sueno Cesar)」。

スペイン語とイタリア語の組み合わせ、意味は「眠り男の夢」らしい。


「見せてもらおうか、話題のオンラインVRゲームとやらを」


彼の人(かのひと)を真似て言ってみた。そんな軽い気持ちでいた。



◆4.スエノ・チェザーレ 日常パート

日本最大のオンラインVRゲーム「スエノ・チェザーレ」。株式会社キュバス+が自社で開発、運営している。


キャッチコピーは『うつつは夢、夢こそはうつつなれ』。

ちなみにテーマは『今よりもちょっとだけ未来、今よりもちょっとだけ便利』とフレンドリーな感じ。


ゲームにログインすると日常をベースとした、自由度の高いゲーム世界に誘導される。

ユーザはまず『まち』に住む。規模は大都市から山里まで、邑同士の間はポータル移動で所要時間はほぼ0。


邑へ移住登録すれば家も持てる。……現実よりよっぽど簡単だ。バーチャル故に同一座標上に複数ユーザが別個の家を建てることも可能(アクセスできるのは自分の家だけなのだが)。


そして邑を支える2本の柱が、NPCとスポンサー企業である。


多くのNPCが――既存のVRゲームを凌駕する数の――邑の維持に努めている。ガイドやヘルプを始め、イベントのアナウンス、ゲーム内放送のアイドル役までカバーするNPCは、初心者以外にも好評を博している。ネットでは新しい行政形態の実験場ではないか、などとも囁かれているが、所詮はネットの噂。


スポンサー企業は邑に出店し、リアルマネーでの買物も可能である。

売買する商品は、実際にはデジタルデータでしかないのでリアルよりも安価な価格設定での提供となるが、商品化前の市場試験なども手軽に行えるため、無料テスターの公募なんかもしばしば行われている。


NPCとスポンサー企業、そしてユーザが参加することにより、テーマである「今よりもちょっとだけ未来」が成立している。


そして、スエノ・チェザーレには、基本無料の『ジュブナイルエリア』と、有料の『アダルトエリア』が存在する。


ジュブナイルエリアは、未来の日常を楽しむ明るい街である。

例えば、露出度の高い衣装は自動的に肌色タイツへ変換される等、全年齢向けの安全性が保たれる。ジュブナイルエリアにはアダルトユーザも入室できるが、表現はジュブナイル仕様に統一制限される。


一方、アダルトエリアは心理的テーマが深く、NPCの反応もより複雑だ。ユーザの感情に強く反応するため、夢のような没入感が得られる。このエリアは月額課金制で、成熟したユーザ向けの“深層夢”体験が提供される。

まあ、言葉を尽くさずに言ってしまえば、えちぃ有料エリアってことだ。


各エリアへの入室可否の区分は、ヘッドセットが読み取る脳波パターン――通称『脳波紋』――によって自動判定される。


脳波紋から体年齢と精神年齢とを読み取り、いずれかで未成年と判断した場合は、アダルトエリアへの入室をさせない。つまり、体年齢が成人だったとしても、精神的に一定以上の成熟が見られないユーザは、アダルトエリアへの入室を禁止する。

これはユーザ登録の際の利用規約として、必ずユーザに認めさせる項目としている。

スエノ・チェザーレの利用規約では基本的に、


 ・普通のヒトが普通に使うのは大歓迎


 ・文句があるなら使うな


 ・問題を起こしたなら出ていけ


のスタンスを取っている。地力ある者の徹底的で毅然とした強気、そこに痺れる憧れるぅ。


実際に素行不良ユーザがBANされたこともある。

件のBANユーザ、腹いせにネットで騒いだ様だが、批判非難の声よりも賛成称賛の声が圧倒的で、炎上する間もなく速攻鎮静化したらしい。

BANされても再度のユーザ登録はできるらしいが、利用できる機能には大きな制限がかかり、いわゆる『前科者アイコン』表示者となる徹底排除仕様。


脳波紋は個々人の識別もできるってことだね、きっと。


故に参画を希望するスポンサーへの評価にも厳しい目を向けるが、逆に運営サイドからスポンサーへ参画の依頼をする場合もある。


なお脳波紋に関する技術はキュバス+が確立し、一切公開をしていない。

うんこれ、一生安泰のコア技術。どーゆー仕組みなんかね。


ここまでが『日常パート』である。そしてスエノ・チェザーレにはもう一つ、『ゲームパート』が存在する。



◆5.スエノ・チェザーレ ゲームパート

それは、古典的な剣と魔法の世界だ。


日常パートをかつてのローマ帝国における「パン」にあてはめたなら、「サーカス」にあたるのはこの『ゲームパート』なのかもしれない。


そして、この「サーカス」こそが夢魔たちの最大の糧場でもある。


メインストーリーはきちんと存在する。旅をしてラスボスを倒す、よくあるアレだ。オープンフィールドでは、依頼されたクエストをこなしたり、敵を倒せば装備品ときどきレアとゲームパート内だけで有効なゲームマネー『スエン』がもらえる。


余談ではあるがオープンフィールドでは稀に、ヤバイ奴にエンカウントしてリスポーン、なんてこともある。このヤバイ奴、エネミーであるのは確実だが、こちらが速攻でヤられてしまうため、姿が映っている動画がどこのサイトにも無い。


運営もこれ幸いと、


「フレンドリーファイアなのでは?」


などと供述しており、動かぬ証拠を突きつけない限りは空っとぼける気満々。

有志による討伐隊が組まれているらしいが、エンカウント率の低さと相変わらず速攻でヤられてしまうために、進展は全く無い。


もしかしたら我々は、未だメインストーリーを終えていないのかもしれない。


それはともかく、このゲームパートで特筆すべきは、レベル上げゲーでは決してないことだ。

キャラクターにはレベルも、いわゆる「職」も無く、速度や耐久などのパラメータに対し、全ユーザで平等の手持ちポイントを割り振っていく。自分のプレイスタイルに合わせて。

例えば「騎士」や「魔法使い」をイメージしたパラメータ値の見本は提示されているが、それは単なる参考値以外の何物でもない。


武器、防具等の装備品に関してもキャラクターと同様にレベルは無い。重量、威力、防御等、実際に扱った場合の利点・欠点となるパラメータ値があらかじめ設定されているのみである。

また「装備適性職」もないので、プレイヤーはすべての武器、防具を装備して使うことができる。「レアだから強い」ということもなく、強化は一切できない。


ただし、武器については、その武器種共通のスキルと、その武器固有のスキルを持たせている。例えば、剣槍系共通の「パリィ」や杖系共通の「魔力弾」が前者、ツヴァイヘンダーの「両斬波」等が後者にあたる。


武器と防具に関しては『(こしらえ)』を施すことによって火や光等の属性の付与を可能としている。属性は、ゲームでよく見られる”じゃんけん的”な強弱相性関係を発揮する。

また、装備品には『耐久値』を持たせている。攻撃と防御いずれの操作でも耐久値は減少していき、値が0となった時点で壊れ、使用不能となる。使用不能の状態は、戦闘の終了まで継続する。そのため装備品全体で最大30個までの装備を可能としている。矢や手裏剣等の消えモノの場合は、複数個で装備1個分を占める。


キャラクタービルドにおいて注意する点は、プレイスタイルと装備の両方を考慮してパラメータを構成することに尽きる。例えば、大剣を10本装備したい場合には、キャラクターのパラメータ「力」に対し、大剣10本分の装備に見合ったポイントを振らなければ、動くことすらままならなくなる、ということである。

だからといって、力に多くのポイントを振ってしまえば、他のパラメータへの対応は当然薄くなってしまう。

つまり、平等に与えられた条件の元、己のプレイスタイルやプレイスキルに合わせて、キャラクタービルドを行う、ということである。


キャラクタービルドは最大30個まで保存でき、戦闘中に1回だけ現在と異なるビルドへの変更ができる。ただし、ビルドチェンジ中はチェンジ前の状態でスタンし、攻撃も当たる仕様となっている。変身中に攻撃を受けないのは、特撮かアニメの世界だけなのだ。


このゲームは結局、授けられるものは平等()のみ、与えられるのは公平(機会)のみ。つまり、強いのはキャラではなくプレイヤーだ。


PVPは自らが踊る「サーカス」。

そこは「百戦(あやう)からず」とする要素を排した、「戦う毎に必ず(あや)うし」を善しとする世界。


さあ、一番強いヤツを決めようじゃないか



◆6.はじめてのPVP

攻略サイトにはこうあった。

PVPこそがメイン、メインストーリーはチュートリアルだ、と。そして、メインストーリーにはPVPに必要なすべてが詰まっている、とも。


「メインストーリーを軽んじることなかれ」


仕事の傍ら、3か月弱ほどをかけてメインストーリーを終えた。

こういった勇者クエスト物はFF6以来で、時代の移り変わりをまざまざと見せつけられた。まあ、GTはやっていたんだけどね。PS3だけどね。

だからパラメータ調整とランを繰り返し詰めていくのには慣れている。


そして今現在、なんとなく「はじまりの邑」にいる。「いざ、生涯初めてのPVPを」という気概がそうさせているのかも知れにゃい、…噛んだ。


さて見渡せば、ポーションを掲げている者達の何と多いことか。


PVPは本人の意思で募集する。勝負に賭けるアイテムをキャラクタの頭上に掲げることで、PVPの相手を募集する。募集者とのPVPを希望する者は募集者にアクセスし、募集者の同意了承を以てPVPの成立となる。

元々は「欲しければ奪う」的な動機でのPVPを期待していたのだが、今今は皆、PVP自体を目的としている。


「やらないか」


ポーションを掲げているのはそういうコトだ。


動かずに留まっているキャラ、踊り続けているキャラは中のヒトが寝てるのかもしれないから避ける。動いてるキャラを…、お、あの歩いてるヒトとか優しくしてくれそうな予感が…。


キャラ名は”キリン”、男性キャラだ。

私の様な米の国県の出身者には、首の長いアレよりも地酒の名前の方を連想させる。子供の頃に見たCMの影響は、皆が想像するよりもデカい。


緊張、手汗、話しかける。


「ぁはじめまして。ワタクシ、”シンバ”と申します。

 メインストーリーも終えて、本日が生涯初のPVPとなります。

 誠に申し訳ありません。

 お時間がよろしければ、ご指導ご鞭たちゅを賜りたく……」


一息にまくしたてる。名刺を取り出すまでが社会人に染み付いた戦技(アーツ)。当然、名刺など持っているはずもなく、動揺のムーブで戦技終了、そして挙動不審のスタン。


一瞬、怪訝な表情をするキリンさん。

当然だ、見も知らぬおっさんから至近でアヤシイムーブをかまされたんじゃ、通報モノ…。


「丁寧なご挨拶をありがとうございます。

 キリンと申します。

 ご所望いただきましたPVP、承りました」


破顔一笑。


そういや自分のキャラデザはおっさんじゃない。おねえさんにしてたっけ。にしてもこのゲーム、キャラデザが超美麗。

ふと気付く。VRゲームは自身を見る機会はほぼ無いんだから、男性キャラでよかったのでは…。

PVP以外にも沼はある。その存在を知るには当時の私は初心者すぎた。


続けて、


「敬語無し、タイマン、ビルチェン無し、イッパツ、2先でどう?」


”敬語無し”まで理解した。


「お互い敬語無しでいこう。

 さっきのはPVPの条件、というかルールの擦り合わせね。

 ”タイマン”は1対1。

 ”ビルチェン無し”は戦闘中のビルドチェンジはダメ。

 ”イッパツ”は1度の有効打で勝負アリ。

 ”2先”は先に2勝した方が勝ち。

 ってこと」


説明が優しい。自分の選んだヒトに間違いはなかったよ、と感無量。


PVPは個人戦から3人パーティ同士戦まで、対戦人数は同数でなくても構わない。1対2でも2対3でも、当人達が同意了承すればよい。


戦闘中のビルドチェンジは抑制できないので、これは口約束。


実際のPVPにおける勝敗は、


 1)対戦相手全員のHPを0にする


 2)対戦相手の誰かがギブアップする


のいずれかで決する。イッパツなどはこの勝敗条件には嵌まらないので、互いに有効打を認めてから、両者で戦闘中断終了操作を行う。だから戦歴は残らない。


公式トーナメントではランキングに関わるため、おおむねフルスペックルールでの開催となるが、ギルド主催などの準公式トーナメントでは、略式ルールでの開催はよくある。

辻PVPともなれば、超略式ローカルルールを口約束で行うのが一般的である。


ちなみに公式トーナメントは完全にオープンで、日常パートからでも観覧できる。辻PVPも観覧は可能だが、対戦者によりクローズとされることが多い。

なお、公式トーナメント限定ではあるが、少額の掛札が用意されていて、勝ち札を使ってスポンサー提供商品のゲットもできる。


「ソレデオネガイシマス」


「初めてだったら『場』は『白洲(しらす)』にしておこーか。

 プレーンな平地」


「ソレデオネガイシマス」


「じゃ同意了承っと。さあ場に飛ぶよ」


広い空間、白い床に立った。対戦フィールド、タイプは白洲。


対戦フィールドは例えば、嵐だったり闇だったり、足元は雪だったり、多様な天候や状況から選べる。

特定条件の対戦フィールドに特化したビルドで、殺戮者の名を(ほしいまま)にするプレイヤーも存在する。二つ名持ちとか、中二感満載に震える。


「んじゃ、ビルドを選んでスタートね」


こちらのビルドは慣れた大剣とプレートアーマー。メインストーリーのラスボス戦仕様。大剣はロマンだ。


スタート。


あちらは細身の片手剣と盾、そして皮鎧。速い。


「にゃろ!」


大剣は横に振るのが基本だ。縦に振りたい気持ちはわかる、しかし、当てなければどうということもないのだ。


振った大剣が相手の構えた盾に当たる。いなされてバランスを崩す。脇の下、鎧の隙間を狙った片手剣の突き、蛇の速度。大剣に当てた盾の勢いも剣先の速度に乗せてきている。有効打のヒットにHPが削れる。


「一本、でいいかい?」


2本目はビルドを変える。弓でいく。遠距離でいく。


向こうはビルドを変えない。


スタート。


矢を番え弓を引く。よく狙いながら心の中で叫ぶ。


(……ゴーガンっ)


(ンっ)のタイミングで放った。

盾であっさり弾かれてしまう。大剣の時と同じく、受けられるのではなくいなされてる。盾の耐久も落ちてないな、ありゃ。


次の矢を番えようと矢筒に手を回す。弓を向けた時にはもう、首筋に片手剣の刃が。斬られてはいない。”くっ殺”状態ってヤツだ。


「負けました。ありがとうございました」


2先を取られて終了。立ち食いスタンドの山菜そば並みにあっさりした負けにショック。


「対ありでした。感想戦する?」


ありがたい。


「是非に」


PVPには勝負後に感想戦をする機能つまり、AIによる第三者視点からの録画再生機能がある。ギリギリの競り合いでの勝敗判定に用いる以外に、ビルドを詰めていく材料にもする。

まあ、勝った方が煽りまくったり、負けた方が逃走したりといったケースもままあって、活用されないこともしばしばではあるが。


曰く、


「この大剣は、他の大剣よりも重心が先端寄りになってる。

 だから他と同じ様に振ったら、体がちょっと泳いじゃうんだよね。

 こちらは速度重視のビルドだから、その隙を突ける」


曰く、


「弓は引いたら即放つのが基本かな。

 この距離でも引いたままでいると、矢の軌道どころか戦術までも読まれちゃう。

 で、遠距離といえど手数は大事。相手の間合いの外にいるうちに攻めないとね」


この視点と洞察、そして説得力。何となくおっさんである確率が高い気がする。

曰く、


「『型』をいくつか用意していた方が次の動作に繋げやすいよ。

 出だしと終わりの状態があらかじめわかってもいるし」


型というのは、スキルや動作、その実行順をあらかじめ決めておき、名前付け登録しておく。呼び出すと型に登録していた一連の動作を再生する。

ハメ殺しに使われてしまうのを防ぐため、次の型を呼び出せるのは、前の型が終わった1.5秒後である。


「型は使うだけだと隙もできちゃうからね。

 だから内容と、使いどころが肝心」


そうなのだ。だからチュートリアル…もとい、メインストーリーでは使わなかったのだよ、明智君。型が無くてもラスボス倒せちゃったし。だけどPVPでは正に「カタナシ」。


「最後に”イッパツ”用のビルドを用意。そんなところかな」


新入社員だった頃、こうだった。でも新入社員だからこそ、許されることでもある。


「楽しかった。負けに不思議の負け無し。

 とてもタメになったよ。ありがとう。

 煽るヒトも多いと聴いてたから、ちょい心配だった。

 PVPの半分は優しさでできてるって、ホントなんだね」


「初心者の入ってこないゲームに未来(さき)は無いからね。

 それに、好き好んでやってるし。

 情けはヒトのためならず…ってね。

 シンバさんの調整(お楽しみ)マダマダ(コレカラ)だね」


用法用量を誤らない適切な慣用句の使い方、やはりおっさんに違いない。

あと、最後の1行はルビと本文が合ってないよね?


「ヨカッタラふれんど登録ヲオネガイシマス」


フレンド申請、これも慣れないんだよね。断られたらショックだし。まあ、無事に登録いただけましたが。


「それじゃあ、明日は早いんでそろそろ。お休み。」


「キリンさん、おやすも。またヤってくれるかなっっ」


「いいとも」の声は無かった。おっさんだから確実に言ってるはずなのだが、ログアウトのタイミングにカブったね、きっと。

まあ、私だったら絶対に言わないけどね。恥ずかしいからね今時。



◆7.ブラック…?

金曜日、22時。キュバス+本社ビル5Fフロア。

明かりの灯る一角にひとり、雛段の席に佐久間がいた。


黒のひっつめ髪、意識して体の線を出さない紺のパンツスーツ。黒ぶち眼鏡にかかり気味だった前髪は目を覆い隠すほどに伸びている。


机上に開いたノートPCには全画面表示された工程表、サブモニタにはメーラやブラウザのウィンドウ。かつて大きく左に偏向していた工程表のギザ線は、今は中央寄り――即ちオンスケを示している。


夢魔たちの持つ能力と技術のシステム化、デバイス化はおおむね目途が立ち、遅れ気味だった工程もオンスケに復帰した。オンラインVRゲーム「スエノ・チェザーレ」も軌道に乗りつつある。

運営面においても、問題行動のあったユーザ等への徹底的な強気が功を奏し、また公正な情報公開により世論を味方に付けている。

世間から見れば、不心得者など少数派ということだ。


現在、佐久間が最も問題視しているのは、夢魔の糧食である夢見時間の保存がまだ、実現できていないことだ。


夢魔たちは、夢の実時間と、夢で見た物語の主観的な体感時間の差、夢見時間を糧食としていた。

「スエノ・チェザーレ」では、ゲーム開始時にレム睡眠へ誘導、ゲーム内時間を実時間の5倍で経過させ、夢見時間を得ている。しかし夢見時間は概念としての「鮮度」を徐々に失っていく。リアルタイムで摂食する分には問題が無いのだが、鮮度を保った状態で保存することができていない。

一般に、備えとしての糧食の保存は喫緊の課題となるが、夢魔の糧食についてもその例外ではない。


現状、ひとまずの解決策として、VRヘッドセットに夢見時間を生成し摂取するためのデバイスを接続、ゲームにログインし、周囲のユーザやプレイヤーからナマの夢見時間を摂食している。


その臨時の摂食スタイル――夢魔たちは親しみを込めて『とりあえずナマ』と呼んでいる――は大きく三つ。


 A)NPCの中のヒトになり、AI制御のNPCをアバターとして摂食


 B)ユーザやプレイヤーに紛れて通常プレイしながら摂食


 C)人型ではなく部屋やエリアそのもの――環境となって摂食


しかしながらこの摂食スタイル、悪いコトばかりではない。ゲームという環境でのみ副産物的に生じるメリットがある。「目」が増える、すなわち、


 ・NPCの応答にAI制御との違いが生まれ、その揺らぎが話題となる


 ・初心者や子供、老人へのガイド役になる。


 ・ユーザの問題行動や犯罪の監視・抑止・記録の機会になる。


そしてそれらを労働と位置づけ雇用すると、会社としてできることも増える。収入、教育、福利厚生、社会進出への機会提供等だ。

そして自らの特性を生かせることは、夢魔たちの意識と意欲を高いものとしている。夢の保存の実現可否に関わらず、この摂食スタイル「とりあえずナマ」の継続は、決定事項となっている。


件の保存手段だが、実は見込みが全く無いわけではない。

今朝の会議では有効と思われる何種かの溶媒が見つかり試験中、という報告があった。

確か『ダキマなんとか』と言っていたが、聞き取れなかった。おそらく超専門用語なのだろう。


冷めたコーヒーを一息に飲む。いつもの切り替えの儀式。すっかり弱々しくなってしまった香りもいつも通りだ。


「ああ、そういえば…」


CEO磨桜木(まおうぎ)が、行政との「連携検討についての内諾」を受けたらしい。向こうの目当ては脳波紋である。脳波の“癖”を個人識別に使う技術。それを行政の持つ「マイナちゃんシステム」に取り込みたいとか。


「まあ、欲しがるよね。だけど……」


大事な虎の子ちゃんを、行政といえどそう簡単に見せるつもりはない。それにしても、”連携”の”検討”の”内諾”とは何ぞや?

ボンヤリしすぎて意味わからん。


行政内に特殊なシステムを抱えている部門があって、まずはそこと連携を図り、そのあと全体に展開していくという大きな方針は決まっている。逆に言えば、それしか決まっていない。誰が何を何時迄に、成果物は、クリティカルパスは、ボトルネックは……。


「アカルイ・ミライ・ガ・ミエナイ」


行政側の部門は確か……「走馬灯なんとか」とか。何で走馬灯?


「ふう……」


まわりには誰も居ないから溜息を、ひとつだけ吐く。思考の停止、いや空転を自覚する。


帰ろう。


未来が見えないのはきっと、伸びすぎた前髪のせい。

明るい日と書いて明日。

明日こそは美容院へ行こう。



◆終章.(ヴァーミリオン)の夢は

インターフォンを鳴らす。


「ただいま」


帰宅を告げる。


「おかえりなさい、どうぞ」


インターフォンから妻の声が流れる。

招かれないと入れない、そんな美学めいた古いしきたりなど、馬鹿正直に守っていたら会社員など5分とやっていられない。それに、ただいま/おかえりは当たり前の習慣だ。


着替える。従僕など居ない。これも当たり前。

脱いだ紺のスーツをハンガーに掛けておく。明日、妻が手入れして仕舞ってくれるだろう。ありがとう、感謝しかない。

腰のゴムが少し緩くなったジャージに着替え、リビングへ向かう。


テーブルには汗をかいたグラスとナッツの小皿、ピスタチオ。妻の用意だ。

いただきます、まずは一口。


 「ゴキュッ」


この喉の鳴り、今日のはビールだ。発泡酒とは違うのだよ、発泡酒とは。(意訳:発泡酒はビールの代替品ではない。発泡酒の味わいを愉しみましょう)


ともあれ、金曜日の終わりを実感する。

潜水艦では曜日感覚を失いやすいため、金曜カレーというルールがあるらしい、などと妻に蘊蓄(うんちく)を披露。あれ、コレ前にも言った?


「そういえば」


と、妻の声。


「お向かいの佐々さんちの成ちゃん、就職したそうよ」


「へえ、どこどこ?」


「ええと、サッキュ+って言ってたかしら。

 リモートワーク? おうちでも仕事をできるそう。

 うん、気持ちも明るくなって外出もする様になったって、言ってた」


『ドンッ』


リビングの天井が鳴る。おなじみの踵で床を叩く音。

妻がキッチンの冷蔵庫へ向かう。


「今度、佐々さんちにハナシを聴きに行こうか」


『ドンッ』


視線だけをこちらに向けて妻が頷く(なるべく早くね)。


「はいはいー、今持ってくから」


冷蔵庫から取り出した赤色のビニールパックを手に階段を上っていく。


息を少しだけ静かに吐く、溜息に、ならない様に。


この『ドンッ』が、後の生体義肢の開発と普及への嚆矢(こうし)になると、世界はまだ気付いていない。



--第2巻に続く。

読んでくださってありがとうございました。

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