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異世界転生港区おぢ ── 金なし、地位なし、戦闘力ゼロ。武器は口だけ。──  作者: 八乙女モモ
第1章

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第4話 冒険者ギルドの掲示板がクソすぎる

「バルドの炙り亭」は、隆之介りゅうのすけの手を離れてもちゃんと繁盛していた。


 大通りを歩くと、バルドの屋台の前に五人ほどの行列ができているのが見える。看板には「本日のおすすめ:ピリ辛炙りステーキ」の文字。バルド自身が考えた新メニューだ。


「……ちゃんとやってるじゃん、おっちゃん」


 隆之介は少しだけ誇らしげに笑って、そのまま通り過ぎた。


 炙り亭の売上二割が自分の取り分だった。だが、三話ぶんの罰金やらリーナへの借金やら宿代やらを清算したら、手元に残ったのは——12,000G。


 港区時代の感覚で言えば、一万二千円。財布に入れるのも恥ずかしい金額だ。


「で、次は何を企んでるんですか」


 隣を歩くリーナが、もはやデフォルトになりつつあるため息混じりに聞いた。


「企んでないよ。情報収集。この街で一番人が集まる場所を見ておきたい」


「それなら冒険者ギルドですね。レンドールの人口の三分の一は冒険者か、冒険者相手の商売をしてる人ですから」


「冒険者ギルド……。あー、ハローワークみたいなとこね」


「なんですかそれ」


「いいから行こう」



◇ ◇ ◇



 冒険者ギルドは、レンドールの中心部にある石造りの大きな建物だった。


 重い扉を開けた瞬間、喧噪けんそうが押し寄せてくる。酒場を兼ねたロビーに、百人近い冒険者がひしめき合っている。獣耳の戦士、ローブの魔法使い、小柄な盗賊風の男。みんな武器を持ち、みんな声がデカい。


 隆之介が最初に目をつけたのは、ロビーの正面にある巨大な木の掲示板だった。


 二メートル四方の板に、羊皮紙の依頼書がびっしりと貼り付けられている。数にして二百枚以上。しかも——


「…………は?」


 隆之介は絶句した。


 依頼書の配置に法則が一切ない。


 「ゴブリン討伐(推奨ランクD)」の隣に「古代遺跡の呪い解除(推奨ランクS)」が貼ってある。報酬2,000Gの薬草採取と報酬500,000Gの竜退治が並んでいる。期限切れの依頼がそのまま残っている。一枚の依頼書に別の依頼書が重なって、下の文字が読めない。


 隆之介の中で、IT企業の社長だった過去の血が沸騰した。


「これ——UI最悪じゃん」


「ゆーあい?」


「ユーザーインターフェースだよ。使う人にとっての見た目と使い勝手。この掲示板、情報がぐちゃぐちゃで何がどこにあるかわからない。コレ見て自分に合った依頼を探せって? 無理でしょ」


 リーナは首を傾げた。


「でも、ずっとこれでやってきてますよ。みんな慣れてます」


「慣れと効率は別だよ。——ちょっと見てて」


 隆之介は掲示板の前にいる冒険者たちを観察し始めた。


 一人の若い剣士が掲示板を端から端まで眺めて、十分ほどうろうろした挙句あげく、何も取らずに酒場のカウンターに戻った。別のパーティーは三人で依頼書を一枚ずつ読み上げて、三十分かけてようやく一件を選んだ。


 隆之介は【鑑定眼かんていがん(市場価値特化)】を掲示板全体に向けた。


 ぼんやりと数値が浮かぶ——が、今回はモノの市場価値ではない。【鑑定眼】が弾き出したのは、掲示板そのものの「サービス価値」だった。


 ——鑑定結果——

 冒険者ギルド掲示板(レンドール支部)

 依頼掲載数:214件

 本日の依頼成約数:31件

 成約率:14.5%

 推定機会損失:1日あたり約120,000G

 備考:情報設計が著しく非効率


「成約率14パーセント……。二百件以上の仕事があるのに、一日に三十件しかマッチングしてない。八割以上の依頼が掲示板に貼られたまま腐ってるってこと」


 リーナの目が少しだけ見開かれた。


「……そんなに低いんですか」


「低いなんてもんじゃない。しかも見て。あの剣士、さっき何も選ばずに帰ったでしょ。きっと自分のランクに合った依頼を探し切れなかっただけ。仕事はあるのに仕事が見つからない。依頼者も困る、冒険者も困る。全員が損してる」


 隆之介はニヤリと笑った。あの笑顔だ。


「リーナさん、この掲示板を俺にリデザインさせてくれたら、成約率を三倍にできる」


「……また三倍ですか」


「炙り亭では九倍だったんだから控えめでしょ」



◇ ◇ ◇



 冒険者ギルドのレンドール支部長は、ドルフという名の巨漢だった。元A級冒険者。引退後にギルドの運営を任されているが、本人は事務仕事が死ぬほど嫌いらしい。


 隆之介はリーナの紹介で面会を取り付け、支部長室に通された。


「で? 商人が冒険者ギルドに何の用だ」


「あの掲示板の話をさせてください」


「掲示板?」


「あれ、ぶっちゃけ、クソじゃないですか?」


 リーナが横で「言い方」と小声でツッコんだが、ドルフは腕を組んだまま特に怒る様子もなかった。


「……まあ、使いにくいって声はある。だが、五十年このやり方でやってきた」


「五十年変えてないからクソなんですよ。——失礼、非効率なんです。今日の成約率、ご存知ですか?」


「知らん。そんな数字、誰も数えたことがない」


「14.5パーセントです。二百件の依頼に対して、マッチングが成立したのは三十一件。残りの百八十三件は、掲示板に貼り付いたまま。依頼者は待ちぼうけ、冒険者は仕事を見つけられない。推定で一日120,000Gぶんの仕事が宙に浮いてます」


 ドルフの目が動いた。120,000Gという具体的な数字が刺さったらしい。


「……その数字は確かなのか」


「俺のスキルで計測しました。で、提案があります」


 隆之介は懐から木片メモを取り出した。


「掲示板を四つのエリアに分ける。『戦闘系』『採取系』『護衛・運搬系』『その他』。各エリアの中で、推奨ランク順に上からS、A、B、C、Dと並べる。依頼書のフチを色で塗り分ける——赤は戦闘、緑は採取、青は護衛、白はその他。期限切れの依頼は毎朝撤去する。これだけ」


「……それだけで変わるのか?」


「変わります。理由は単純で、今の問題は『情報がありすぎて探せない』こと。人間の目は、整理されてない情報を二十個以上見せられると処理を諦める。でも四つに分類して色をつけるだけで、『自分に関係ある情報』が一秒で見つかるようになる」


 隆之介は指を立てた。


「俺の故郷では『UXデザイン』って言いますけど、要は——使う人が迷わない設計にするだけです。情報の中身は変えない。並べ方を変えるだけ。でもそれだけで、結果が劇的に変わる」


 ドルフは一分ほど黙って考えていた。


「——で、お前の取り分は?」


「成約率が三倍を超えたら、増加ぶんの成約手数料の一割をいただきたい。超えなかったら、タダ働きです」


「またその手口ですか」リーナが横で呆れている。「炙り亭のときと同じパターンですよね」


「勝てる勝負にしかこのカードは切らないよ」


 ドルフは、にやりと笑った。


「面白い。やってみろ。——ただし、期限は三日だ。三日で結果が出なければ元に戻す」


「十分です」



◇ ◇ ◇



 翌朝。隆之介はリーナを手伝いに、冒険者ギルドの開場前に掲示板の前に立った。


 まず、全二百十四枚の依頼書をすべて剥がした。


 次に、木炭で掲示板を四分割する線を引き、各エリアの上部に大きく「戦闘」「採取」「護衛・運搬」「その他」と書いた。


 さらに、リーナに頼んで商業ギルドの備品倉庫から赤・緑・青・白の染料を借り、依頼書のフチに色を塗っていった。


「うわ、二百枚全部に色を塗るんですか……」


「大事なのは初日のインパクトだよ。ここで手を抜くと『なんか変わったけど前と同じじゃん』って思われて終わり」


 三時間かかった。


 開場時刻になると、冒険者たちがぞろぞろと入ってきた。


 そして——全員が掲示板の前で足を止めた。


「……なんだこれ」


「色がついてる。見やすくなってねえか?」


「あ、採取系ここか。俺D級だから……ここだ。『薬草三十束の採取、報酬5,000G』——お、ちょうどいいじゃん」


 さっきまで十分かけて探していた冒険者が、三十秒で依頼書を手に取った。


 隆之介は離れた場所からそれを見て、小さくガッツポーズをした。


「——ほら。並べ方を変えただけだよ。情報は同じ」


 午前中だけで、成約数は四十七件。前日の一日ぶんの数字を半日で超えた。


 午後にはさらに加速した。色分けに慣れた冒険者たちが「あの緑のエリアに良い採取依頼あったぞ」と仲間に教え始める。口コミだ。掲示板の前で右往左往する時間が減ったぶん、冒険者は早く出発できる。依頼者への応答も速くなる。


 初日の成約数——九十二件。成約率43パーセント。前日の約三倍。


「……本当に三倍いった」


 ドルフが支部長室で報告書を見て唸った。


「ですから言ったでしょう」


「だが、これは初日のご祝儀相場かもしれん」


「そう思うでしょ。だから明日、もう一手打ちます」



◇ ◇ ◇



 二日目。隆之介は掲示板の横に、もう一枚の小さなボードを設置した。


 題名は「本日のおすすめ依頼」。


 報酬効率の良い依頼を五件だけピックアップして、目立つ場所に貼り直したものだ。


「選択肢が多すぎると人は選べなくなる。だから厳選して提示する。俺の故郷では『キュレーション』って言うんだけど——」


「また故郷の話ですか」


「まあ聞いて。ポイントは、これが冒険者だけじゃなくて依頼者側の問題も解決するってこと。今まで『誰にも受けてもらえない依頼』が埋もれてたわけ。それを目立つ場所に出すだけで、マッチングが起きる。両方が得する」


 リーナは相変わらず表情を変えなかったが、メモを取っていた。最近、彼女は隆之介の話をメモするようになっている。


 二日目の成約数——百十一件。成約率52パーセント。


 三日目——百二十三件。成約率57パーセント。


 最終日、ドルフは隆之介を支部長室に呼んだ。


「……お前、何者だ」


「ただの商人ですよ」


「ただの商人がUI——なんだったか」


「UXデザインです」


「それを知ってるわけがないだろう。まあいい。——約束通り、増加ぶんの成約手数料の一割を払う」


 ドルフが差し出した金額は、三日間の合計で——8,600G。


 悪くない。悪くないが、隆之介は別のことを考えていた。


「ドルフさん。一つ追加の提案がある」


「まだあるのか」


「この仕組み、レンドールだけじゃなくて他の街の冒険者ギルドにも導入できるでしょ。もし俺がマニュアルを作って、他の支部に売り込んだら——」


「無理だ」


 ドルフが即答した。


「冒険者ギルドの運営方針は本部が決める。支部長の裁量で変えられるのは、ここの掲示板のレイアウトくらいだ。他の支部に口出しする権限は俺にはない。本部に提案するなら、本部のギルドマスターに話を通す必要がある」


「ギルドマスターって、どこにいるんですか」


「王都だ。ここから馬車で十日。しかもギルドマスターのフェルドグラン殿は、民間の商人の提案なんぞ門前払いだろうな」


 隆之介は天井を見上げた。


 スケール展開、不可。ライセンス収入、不可。単発の仕事で終了。


 港区時代なら「フランチャイズにしよう」の一言で済んだ話だ。だがこの世界には、組織の壁がある。既得権益がある。五十年間変わらなかったシステムを変えるには、現場の改善だけでは足りない。トップの意思決定が必要で、トップには届かない。


「……まあ、いいか。8,600Gは8,600Gだ」


「意外と素直に引き下がりますね」リーナが少し驚いた顔をした。


「引き下がるんじゃなくて、今は登る階段がないだけ。階段ができたら登るよ」


 隆之介は8,600Gを受け取り、ギルドを出た。


 その背中を、ドルフが窓から見ていた。


「——面白い男だ」


 支部長の机の上には、色分けされた新しい掲示板のレイアウト図が広げられたままだった。ドルフはそれを丁寧に畳んで、引き出しにしまった。


 いつか本部に提案する日のために。



◇ ◇ ◇



 帰り道。隆之介は8,600Gをリーナの取り分と自分の取り分に分けた。


 リーナに二割の1,720G。自分の手元に6,880G。宿代やら雑費やらを引くと、実質の利益は——


「……5,000Gくらいか。日当にしたら1,700G弱。港区時代の時給より安いわ」


「港区と比べるのやめたらどうですか」


「やめない。あれが俺のベンチマークだから」


 リーナはもう何度目かもわからないため息をついた。


「でも、成約率は四倍近くまで上がりましたよね。あんたの取り分が少ないだけで、ギルド全体では相当な価値があったはずです」


「そう。それが問題なんだよ」


 隆之介は歩きながら空を見上げた。二つの太陽が、西に傾き始めている。


「俺がやったことは確かに価値があった。でも、仕組みを作った人間じゃなくて、仕組みを持ってる組織が儲かる構造になってる。これ、俺の故郷でもよくある話でさ。——コンサルって知ってる?」


「知りません」


「他人の商売を良くしてあげる仕事。問題は、良くしてあげた結果が全部相手のものになること。自分の手元には何も残らない。だから次のステップは——」


 隆之介はニヤリと笑った。


「自分の『箱』を持つことだ」


「箱?」


「自分のビジネス。自分の店。自分の仕組み。他人の掲示板を直すんじゃなくて、自分の掲示板を作る。そうすれば、仕組みが生む利益は全部自分のものになる」


 リーナは黙って歩いた。少し考えて、言った。


「……あんた。今回は珍しく冷静に終わりましたね。調子に乗らなかった」


「俺だって学習するよ」


「本当ですか?」


「たぶん」


「不安しかないです」


 二人は夕暮れの大通りを歩いていく。


 手元に残った金は微々たるもの。だが、冒険者ギルドの支部長に顔が利くようになった。それと、「あの掲示板を直した男」という評判が少しだけ街に広がり始めている。


 金より先に、信用が積み上がっていく。本人はまだそのことに気づいていない。


「あ、そうだ。リーナさん」


「なんですか」


「さっき冒険者ギルドの酒場で見たんだけど、あそこの接待サービス、最悪じゃなかった? 酒は出てくるの遅いし、料理は冷めてるし。あれ、もしちゃんとした『おもてなし』の空間を作ったら——」


 リーナの目が警戒色に変わった。


「……何を考えてるんですか」


「この街に、大人のための高級社交場を作る。港区で言うところの——」


「やめてください。嫌な予感しかしません」


「いやいやいや、聞いて。これは絶対にいける。名前はもう決まってる」


 隆之介の目が、危険な光を帯びた。


「——『竜宮城りゅうぐうじょう』」


 リーナは本日七回目のため息をついた。


 嫌な予感は、大体当たる。

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