表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生港区おぢ ── 金なし、地位なし、戦闘力ゼロ。武器は口だけ。──  作者: 八乙女モモ
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/37

第1話 まず飯を食え、話はそれからだ

 城壁の街は「レンドール」という名前だった。


 石畳の大通り。木造の建物が並び、人々が行き交う。獣の耳を持つ者、青い肌の者、背中に小さな羽がある者——種族の多様性は港区のインターナショナルパーティーの比ではない。


 隆之介はキョロキョロしながら歩いた。異世界の景色に感動している——わけではない。


 【鑑定眼かんていがん】が止まらないのだ。


 道沿いの露店に並ぶ商品を見るたびに、数字が浮かぶ。



 『鉄の剣:市場価値 12,000G この店の販売価格 20,000G 利幅率りはばりつ 67%』


 『回復ポーション(低級):市場価値 1,500G 販売価格 4,000G 利幅率 167%』


 『干し肉(標準品):市場価値 200G 販売価格 500G 利幅率 150%』



「ぼったくりじゃん。全部」


 思わず声に出た。


 港区の飲食店だって原価率げんかりつ三十パーセントが相場だ。つまり利幅率は二百三十パーセント程度。それでも高いと言われる。

 だがこの街の商売は、それ以上にデタラメだった。同じ商品でも店によって値段が倍違う。価格競争という概念が存在しないらしい。


「てことは——相場を知ってるだけで勝てるってこと?」


 ビジネスマンの脳が回転し始める。


 だが、その前に解決すべき問題があった。


 腹が減っている。死ぬほど腹が減っている。そして所持金はゼロ。


 隆之介は干し肉の露店の前で足を止めた。武骨ぶこつな男が一人で店番をしている。客はいない。


「おっちゃん、暇そうだね」


「……暇じゃねえ。客が来ねえだけだ」


「それを暇って言うんだけど。——なあ、ちょっと聞いていい? その干し肉、一日何個売れる?」


 店主は怪訝けげんな顔をしたが、答えた。


「五個くらいだな。良い日で」


 隆之介は【鑑定眼】で干し肉を見た。



 『干し肉(標準品):市場価値 200G 原材料コスト 120G 1個あたり粗利あらり 380G(販売価格500G時) 1日粗利合計 1,900G』


 一日1,900G。日本円で言えば1,900円。六本木のランチ一回分にもならない。話にならない。


 だが、隆之介は干し肉そのものではなく、別のことに気づいていた。


 この干し肉——塩で固めただけ。味付けという概念がない。保存食としてしか認識されていない。

 しかし肉の質は良い。歯ごたえはしっかりしていて、脂のバランスも悪くない。


「おっちゃん、この肉、火であぶったことある?」


「……なんで干し肉を炙るんだ?」


「いいからいいから。あと、そこの露店で売ってるハーブみたいな草あるでしょ。あれ一束もらえない?」


「お前、金は持ってんのか?」


「ない」


「じゃあさっさと帰れ」


「まあ待って。提案がある」


 隆之介は笑った。港区で何百回と繰り返してきた、あの笑顔だ。相手の警戒を解き、「こいつの話、もう少し聞いてみるか」と思わせる笑顔。


「俺がおっちゃんの干し肉の売上を三倍にする方法を知ってる。その代わり、今日の飯を一食おごってくれ。どう?」


 店主は隆之介を上から下まで見た。

 まともな装備もない。剣も持っていない。魔力の気配もゼロ。どこからどう見ても、ただの怪しい男だ。


 だが、こいつの目だけは——妙に自信に満ちている。


「……三倍は無理だろ」


「無理だったら何もいらない。タダ働きでいいよ。でも三倍いったら、明日からの取り分も話させて」


 店主は五秒ほど考えて、干し肉を一切れ投げてよこした。


「食え。話はそれからだ」



  ◇ ◇ ◇



 隆之介がやったことは、シンプルだった。


 まず、干し肉を薄くスライスした。次に、隣の露店から交渉で手に入れた香草(こうそう)を細かく刻んで肉にまぶした。そして火で軽く炙った。

 それだけ。


 だが、この世界の食文化は「素材をそのまま食う」が基本だった。調理に手間をかけるのは高級料理店だけの発想。屋台レベルで「ひと手間加える」という概念は存在しない。


 炙った干し肉から、香草の混ざったこうばしい匂いが立ちのぼった。


 通行人の足が止まる。


「——なにこの匂い」


「干し肉? 嘘でしょ、干し肉からこんな匂いする?」


 隆之介は人が集まり始めたのを見て、次のカードを切った。


「はいはい、いらっしゃいませ! 本日限定、『炙り香草ステーキあぶりこうそうステーキ』!

お一つ500G!」


 店主が慌てた。


「おい、名前勝手に変えるな——」


「おっちゃん、いい? これは干し肉じゃない。『炙り香草ステーキ』なの。同じモノでも名前と見せ方を変えれば価値が変わる。港区の……いや、俺の故郷の商売の基本」


 一人目の客がおそる恐る買った。

 一口食べて、目が丸くなった。


「——うま。なにこれ、うまいぞ!」


 その声を聞いて、二人目が買った。三人目が買った。


 昼過ぎには行列ができていた。



 『炙り香草ステーキ(元・干し肉):販売価格 500G 原材料コスト 150G(香草代含む) 本日販売数 43個 本日粗利 15,050G』



 四十三個。普段の一日の約九倍。粗利は15,000G超え。


 店主は目を丸くして売上を数えていた。


「……本当に三倍どころじゃねえ」


「でしょ?」


 隆之介は満足げに腕を組んだ。この感覚だ。ゼロから何かを生み出す感覚。ビジネスがみ合う瞬間の快感。港区でも、ここでも、これだけは変わらない。


「——すみません」


 声がした。

 振り向くと、赤い髪の若い女が立っていた。革の胸当てに短剣を帯びた、冒険者風の格好。

 ただし、表情は険しい。


「この屋台、営業許可は取ってますか?」


「え?」


「レンドールの屋台営業規則第十二条。新規の食品販売は、商業ギルドへの届出と衛生検査えいせいけんさの通過が必要です。届出なしの営業は違反行為。——罰金50,000G」


 隆之介は固まった。


「ちょっと待って。おっちゃんの屋台を手伝っただけだよ?」


「既存の届出は『干し肉の販売』です。加工品は別カテゴリです。『炙り香草ステーキ』は新規の加工食品に該当します」


 赤い髪の女は淡々《たんたん》と台帳を確認している。


 店主が青ざめた。


「に、兄ちゃん……」


「いやいやいや。ちょっと待って。罰金50,000G? 今日の売上全部吹っ飛ぶんだけど——」


「規則ですから」


 隆之介は天をあおいだ。太陽が二つ、相変わらず呑気のんきに光っている。


 ——法規制。許認可きょにんか。届出。


 地球でも異世界でも、ビジネスの前に立ちはだかるのはいつもこれだ。


「……あのさ」


 隆之介は深呼吸して、女に向き直った。


「君、名前は?」


「リーナ。レンドール商業ギルドの臨時取締官りんじとりしまりかん


「リーナちゃんね。聞きたいんだけど——」


「『ちゃん』はやめてください」


「——リーナさん。商業ギルドへの届出って、今から出したら間に合う?」


「審査に三日かかります」


「三日……。じゃあその間、この屋台は?」


「営業停止です」


 店主がうなだれた。

 隆之介は考えた。港区の脳みそがフル回転する。


「……リーナさん、もう一個聞いていい?」


「なんですか」


「臨時取締官って、正規の職員じゃないよね。臨時ってことは——契約社員みたいなもの?」


 リーナの目が一瞬だけ揺れた。


「……それが何か」


「報酬、安いでしょ。見たところ装備もだいぶ使い込んでるし。冒険者やってた頃の借金とか、残ってない?」


 リーナの表情が凍った。図星ずぼしだ。


 隆之介はたたみかけなかった。ここで押すのは悪手だと、港区での経験が教えている。追い詰めると人は壁を作る。選択肢を与えろ。


「提案がある。俺、この街でまともに商売がしたい。でも法律も規則もわからない。ガイドが必要なんだ。——商業ギルドの規則に詳しくて、腕も立つ人がいたら、ビジネスパートナーとして組みたいと思ってる」


「……何が言いたいんですか」


「今日の罰金は払う。売上から出す。——でもその代わり、明日から俺のビジネスのアドバイザーになってくれない? 報酬は売上の二割」


 リーナは無言で隆之介を見つめた。


 胡散臭うさんくさい。明らかに胡散臭い。装備もない、魔力もない、どこの誰かもわからない男が「ビジネスパートナー」と言い出している。


 だが——


 この男は、たった半日で屋台の売上を九倍にした。それは事実だ。


「……罰金は必ず払うんですね」


「払う払う。約束する」


「三日後までに届出が通らなければ、即座に営業停止」


「もちろん」


「あと、『ちゃん』呼びは二度としないでください」


善処ぜんしょする」


「善処じゃなくて確約かくやくしてください」


「……確約します」


 リーナはため息をついた。自分でも信じられないが——こんな怪しい男の提案を、なぜか断る気になれなかった。


「——わかりました。ただし試用期間です。三日間だけ。結果が出なければ終わりです」


 隆之介は拳を握った。


 金なし。地位なし。戦闘力ゼロ。


 だが今、この異世界で初めての仲間ができた。

 そして今日の売上から罰金を引いた残金は——。


 ゼロ。


 完全にゼロ。


 しかし隆之介は笑っていた。


「よし。明日から本番だ」


「……これで本番前なんですか」


「当然でしょ。今日はただのテストマーケティングだよ」


 リーナは今日だけで三回目のため息をついた。



  ◇ ◇ ◇



「——で、あんた。名前は? 結局聞いてなかったんですけど」


金城隆之介かねしろりゅうのすけ。長いからリュウでいいよ」


「リュウ……。ここに来る前は何をしてた人なんですか」


 隆之介は一瞬だけ、東京の夜景を思い出した。六本木の灯り。シャンパンの泡。インスタライブの視聴者数。

 全部、もうない。


「——ただの商人だよ。ちょっとだけ調子に乗りすぎた、ただの商人」


 それは嘘ではなかった。


 異世界の夕陽ゆうひが、二つの太陽を同時に沈めていく。


 金城隆之介の新しい商売が、明日から始まる。

お読みいただきありがとうございます!


感想・ブックマーク・評価をいただけると、

作者が港区おぢ並みに調子に乗って更新速度が上がります。


誤字報告も大歓迎です。

隆之介の所持金と同じくらい、作者の注意力はゼロなので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ