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虚ろ舟  作者: tesseract
4/4

虚ろ舟

 第二期『キリアクス・ミトス』は、迷いなく成功した。

 初期の熱狂が一過性ではなかったことを、数字が証明していた。配信ランキングは安定し、海外展開も本格化する。考察は宗教史や哲学にまで広がり、「現代の神話」と呼ばれるようになった。


 制作現場に人は増えなかった。

 増えたのはGPUと契約書だけだ。


 ヘリオス・アニメーションは、この成功を「再現可能なもの」だと判断した。

 より高額な生成AIを導入し、生成だけでなく、企画の選定すらAIに委ねた。人間の目利きは、ノイズだと結論づけられた。


 次回作のタイトルは、『聖杯の王国』。

 若き日のクローヴィス一世――愛称クロが主人公だ。彼は実はキリストの血を引く存在で、ロンギヌスの子孫、ギョーム・ド・ロンジンと聖杯を巡って決闘する。


 火と氷の代わりに、奇跡と血統。

 歴史と神話、陰謀論を混ぜ合わせた構成は、『キリアクス・ミトス』の成功方程式をなぞっていた。


 だが、放送が始まると、空気はすぐに変わった。


 視聴者は離れた。

 理由は単純だった。

 説明が多すぎた。実在の人物と史実に寄りかかりすぎて、物語の歪みが消えていた。考察する余白も、誤読の自由もない。


 「分かるけど、つまらない」

 そんな感想が並んだ。


 大々的な広告とゴールデンタイムの放送は、逆効果だった。

 赤字は隠せない規模に膨らみ、株主総会で責任が問われた。


 経営陣は、AIを信じた。

 だが株主は、結果を出さない経営陣にシビアだった。


 結果は明確だった。

 役員は解任され、プロジェクトは凍結される。


 成功は神話になり、失敗は記録にも残らない。


 その頃、亜耶伽は退職届を提出していた。

 誰も驚かなかった。引き止める理由もなかった。


 会社を出る最後の日、彼女は空になったフロアを振り返った。

 ここでは、当たりと外れが生まれ、消費される。

 そこに、作り手の居場所はなかった。


 それでも、『キリアクス・ミトス』は続いていく。

 人の手を離れたまま。


 退職後、亜耶伽は大学で、AI生成アニメの研究室に招かれる。

 研究棟は静かだった。

 白い壁と、音を吸い込む床。モニターの並ぶ部屋で、無数の物語が生成され続けている。


 彼女は、その一角に座っていた。


 大学の研究機関が彼女に声をかけた理由は単純だった。

 『キリアクス・ミトス』に、制作側の人間として関わった、ほぼ唯一の存在だったからだ。


 「あなたは、何を作ったと思いますか?」


 研究者は、穏やかな声でそう尋ねた。

 亜耶伽はすぐには答えられなかった。


 作った覚えはない。

 描いてもいないし、物語を考えたわけでもない。彼女がしたのは、ほんのわずかな修正だけだ。


 「……私は、通しただけです」


 研究者は頷いた。

 「それで十分なんです。虚ろ舟にも目撃者は必要です。」


 モニターには、新しいアニメの試作が流れている。

 意味不明で、支離滅裂で、誰にも届かないであろう作品群。その中に、いつかまた、当たりが混じる。


 狙わず、選ばず、ただ生成される神話。


 Randomness over Creativity。

 創造性は、意図を超えた場所で発生する。


 亜耶伽は、かつての職場を思い出した。

 空になった机、消えた同僚、残った数字。

 人間のアニメーターは減り続け、「作る」という言葉は、次第に意味を失っていった。


 それでも、物語は終わらない。

 誰が作ったのか分からないまま、消費され、解釈され、神話になる。


 虚ろ舟は、空っぽのまま漂い続ける。

 中身がないからこそ、どんな意味でも載せられる。


 亜耶伽は、その後、山梨の実家のブドウ農家の手伝いをする傍ら、自作のイラストを投稿する。


――今の方が、働いていた時よりよほど創作らしいことをしている

――生成され続ける物語を、見送るだけの人生はもう要らない

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