虚ろ舟
第二期『キリアクス・ミトス』は、迷いなく成功した。
初期の熱狂が一過性ではなかったことを、数字が証明していた。配信ランキングは安定し、海外展開も本格化する。考察は宗教史や哲学にまで広がり、「現代の神話」と呼ばれるようになった。
制作現場に人は増えなかった。
増えたのはGPUと契約書だけだ。
ヘリオス・アニメーションは、この成功を「再現可能なもの」だと判断した。
より高額な生成AIを導入し、生成だけでなく、企画の選定すらAIに委ねた。人間の目利きは、ノイズだと結論づけられた。
次回作のタイトルは、『聖杯の王国』。
若き日のクローヴィス一世――愛称クロが主人公だ。彼は実はキリストの血を引く存在で、ロンギヌスの子孫、ギョーム・ド・ロンジンと聖杯を巡って決闘する。
火と氷の代わりに、奇跡と血統。
歴史と神話、陰謀論を混ぜ合わせた構成は、『キリアクス・ミトス』の成功方程式をなぞっていた。
だが、放送が始まると、空気はすぐに変わった。
視聴者は離れた。
理由は単純だった。
説明が多すぎた。実在の人物と史実に寄りかかりすぎて、物語の歪みが消えていた。考察する余白も、誤読の自由もない。
「分かるけど、つまらない」
そんな感想が並んだ。
大々的な広告とゴールデンタイムの放送は、逆効果だった。
赤字は隠せない規模に膨らみ、株主総会で責任が問われた。
経営陣は、AIを信じた。
だが株主は、結果を出さない経営陣にシビアだった。
結果は明確だった。
役員は解任され、プロジェクトは凍結される。
成功は神話になり、失敗は記録にも残らない。
その頃、亜耶伽は退職届を提出していた。
誰も驚かなかった。引き止める理由もなかった。
会社を出る最後の日、彼女は空になったフロアを振り返った。
ここでは、当たりと外れが生まれ、消費される。
そこに、作り手の居場所はなかった。
それでも、『キリアクス・ミトス』は続いていく。
人の手を離れたまま。
退職後、亜耶伽は大学で、AI生成アニメの研究室に招かれる。
研究棟は静かだった。
白い壁と、音を吸い込む床。モニターの並ぶ部屋で、無数の物語が生成され続けている。
彼女は、その一角に座っていた。
大学の研究機関が彼女に声をかけた理由は単純だった。
『キリアクス・ミトス』に、制作側の人間として関わった、ほぼ唯一の存在だったからだ。
「あなたは、何を作ったと思いますか?」
研究者は、穏やかな声でそう尋ねた。
亜耶伽はすぐには答えられなかった。
作った覚えはない。
描いてもいないし、物語を考えたわけでもない。彼女がしたのは、ほんのわずかな修正だけだ。
「……私は、通しただけです」
研究者は頷いた。
「それで十分なんです。虚ろ舟にも目撃者は必要です。」
モニターには、新しいアニメの試作が流れている。
意味不明で、支離滅裂で、誰にも届かないであろう作品群。その中に、いつかまた、当たりが混じる。
狙わず、選ばず、ただ生成される神話。
Randomness over Creativity。
創造性は、意図を超えた場所で発生する。
亜耶伽は、かつての職場を思い出した。
空になった机、消えた同僚、残った数字。
人間のアニメーターは減り続け、「作る」という言葉は、次第に意味を失っていった。
それでも、物語は終わらない。
誰が作ったのか分からないまま、消費され、解釈され、神話になる。
虚ろ舟は、空っぽのまま漂い続ける。
中身がないからこそ、どんな意味でも載せられる。
亜耶伽は、その後、山梨の実家のブドウ農家の手伝いをする傍ら、自作のイラストを投稿する。
――今の方が、働いていた時よりよほど創作らしいことをしている
――生成され続ける物語を、見送るだけの人生はもう要らない




