AI生成アニメ「キリアクス・ミトス」
その企画が亜耶伽の端末に届いたのは、定期バッチの合間だった。
いつもと同じように、無数の試作タイトルが並ぶ一覧の中に、それはあった。
――《キリアクス・ミトス(日曜日の神話)》。
妙に整いすぎた仮題だった。
コードネームでも、マーケティング向けの仮称でもない。意味を持った言葉が、最初からそこに置かれている。
亜耶伽はその行をクリックした。
冒頭は、黄金色の都市。
高い城壁と丸屋根、海に面した港。説明文には「コンスタンティノープル」とある。時代考証モデルは、ビザンツ帝国最盛期を基準にしているらしい。
次のカットで、少年が現れる。
名はキリアクス。地下遺跡で偶然発見した「アーク」に触れ、炎を操る力を得たという設定だった。
炎は、現実の火とは少し違っていた。
燃えているのに煙がなく、物質を焼くというより、空間そのものを削り取っているように見える。化学兵器ではない。説明文には「火星起源のアークによる現象」とだけ書かれていた。
亜耶伽は、思わず再生を止めた。
隣に並ぶ他の企画も、歴史×神話×SFの要素を混ぜている。だがそれらは、要素の組み合わせが透けて見えた。
この作品だけは違った。
どこが、と聞かれると答えられない。ただ、説明可能な「狙い」が見えなかった。
物語は続く。
敵として現れるのは、ペルシャから来た少年ミトス。彼は氷のアークを持ち、キリアクスと対になる存在として描かれる。最初は敵同士だが、やがて共通の敵――大貴族ダレイオスに立ち向かう。
王道だ。
あまりにも王道で、むしろ古臭い。
それでも、亜耶伽は違和感を覚えなかった。
構図はどこか歪んでいる。感情の盛り上がり方も不均一だ。盛り上がるはずの場面が淡々と流れ、何気ない会話に妙な重みがある。
彼女は修正指示を探した。
だが、いつもなら気づくはずの「直すべき点」が、見つからない。
「……そのままで、いい」
自分でも驚くほど、小さな声でそう呟いていた。
結局、亜耶伽が入れた修正は、ごく軽微なものだけだった。
視線のズレを一箇所。
炎の揺らぎを、ほんのわずか調整しただけ。
それでも、送信ボタンを押す指が、少しだけ重かった。
この作品は、自分の手を離れていく。
修正者としてではなく、視聴者として見てみたい――そんな感情を抱いたのは、入社以来初めてだった。
数日後、社内共有チャンネルに短い通知が流れる。
《新規企画『キリアクス・ミトス』、放送枠確定》
亜耶伽は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
理由は分からない。
ただ、この企画が、これまでと同じ結果にはならない気がしていた。
初回放送は、深夜一時三十分だった。
ゴールデンでも特番でもない、いつもの「量産枠」。亜耶伽は自宅のワンルームで、テレビの前に座っていた。
放送前のCMは、別のAIアニメの宣伝だった。
似たような色彩、似たようなキャラクター。数秒見ただけで、内容が想像できてしまう。亜耶伽は音量を下げ、スマートフォンを伏せた。
やがて、静かな音楽とともにタイトルが映し出される。
――キリアクス・ミトス。
文字は簡素で、装飾も少ない。
それだけで、少しだけ空気が変わった。
最初のシーンは地下遺跡だった。
松明の光が壁画を照らし、古代語とも現代語ともつかない文字が浮かび上がる。説明はない。ナレーションもない。ただ、少年が息を潜めて進んでいく。
「こんな導入、わたし、通してたんだ……」
亜耶伽は無意識に呟いた。
視聴者に親切とは言えない。設定を畳みかけるでもなく、キャラクターの背景を語るでもない。ただ、沈黙と空間だけが流れていく。
やがて、少年の手が、奇妙な装置に触れる。
炎が生まれる。
それは派手な爆発ではなかった。
音もなく、光だけが広がり、触れた石が静かに崩れ落ちる。炎というより、現実が書き換えられているように見えた。
場面は戦場へ飛ぶ。
ビザンツ軍と、ペルシャ貴族ダレイオスの私兵。剣戟は控えめで、むしろ兵士たちの表情が長く映される。恐怖、混乱、そして理解できないものを見る目。
ミトスが登場するのは、中盤だった。
氷が広がるシーンも、演出は静かだ。凍りつく音はなく、世界が止まるだけ。二人の少年は言葉を交わさないまま、互いを見つめる。
エンディング。
何も解決しないまま、物語は途切れる。
次回予告もなかった。
数秒の沈黙のあと、画面は無機質な番組表に切り替わる。
亜耶伽は、しばらくリモコンに手を伸ばせずにいた。
スマートフォンが震える。
通知が一斉に流れ込んできた。
《今のアニメ、何?》
《意味わからないけど、目が離せなかった》
《説明ゼロなのに、なんか分かる》
評価は割れていた。
だが、誰も「いつものAIアニメ」とは言っていなかった。
亜耶伽は画面に映っていた炎を思い出す。
あれは、誰の意図でもなかった。狙って作られた演出ではない。
それでも、人の心に届いてしまった。
「……当たるかもしれない」
そう思った瞬間、胸の奥が、かすかに冷えた。




