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キ■ガ■に関する社説

作者: 佐和ネクロ

『キ■ガ■、再び発見される』

 今朝の地方紙の社会面の見出しは、あまりにも奇妙であった。


『キ■ガ■、再び発見される』


 記事によれば、市内の廃校となった中学校の運動場で、『ヒト型の何か』が目撃されたという。

 夜半、それは燐光めいたものを放ちながら動いていたという証言もあれば、逆に光を吸い込む闇だったという者も居た。どちらが真実なのか、記者は最後まで掴む事はできなかったらしい。


 ひときわ問題視されたのは、その『何か』を、地元の年配者たちが口を揃えて「キ■ガ■」と呼んだ事だった。

 この語がおそらく最初に記録に現れるのは、戦前の郷土史である『■■■■ムラ風土記』の中の記述であり、そこではこう書かれている。


「ムラに人の形に似て非なるもの徘徊す。狂人か怪人か、その区別つかず。村人これをキ■ガ■と呼ぶ」


 奇妙なのは、この記述には特に何の説明もなく終わっている事だ。

 まるで『キ■ガ■』という存在が、すでに村人全員の共通認識であったかのようにさらっと流されている。

 取材した記者は言った。


「誰もそれの正体を問うてはいないんですね」


 精神医学者の柾哲平氏は、次のように述べている。


「そもそもの『キ■ガ■』という言葉が意味するものは、社会が自己防衛のために作り出した概念です。理解できない人間や、異なる価値観を持つ人間を怪人化する事で、安心して生きようという低いレイヤーでの知恵です。ですが、その線引きの基準はどこにあるのかを、誰も知らない」


 氏の論文には、奇妙な注釈も付け足されていた。


「怪人とは、或いは過度に正常を信じ込んでしまった者の別名でもある」


 ──ここは市内の図書館。

 私は、古い新聞の縮刷版をめくった。

 1952年、1984年、そして2001年、次々と、どの年代にも同じような小見出しを発見した。


『キ■ガ■、山中に現る』『キ■ガ■、旧市街で目撃』『キ■ガ■、地下道にて笑う』


 ──しかし。

 その後の続報は一切、無かった。まるで記事自体が黙殺されているかのように途絶えていた。


 ある編集部員がこう語ってくれた。


「キ■ガ■に関する原稿ね、あれを扱うとよく印刷データが破損するんです。バックアップも消えてる。何回もそんな事が起こると少し気味が悪いですよね」


 インターネットのローカル掲示板では、面白半分に一部のユーザーが『キ■ガ■』の話題をトピック化し、やがて『共同幻想実験』というネットミームに発展させていた。

 やがて「お前キ■ガ■だろ」という煽り書き込みが定番化するに至って、もう一部ローカル掲示板に留まらず他所のSNSや動画サイトにもその言葉は飛び火しつつあった。


 ある投稿者はこう書き込んでいた。


「キ■ガ■って感染すると思うんだけど最初に感染したのは誰だったんだ」


 やがて、そのスレッドは丸ごと削除され、書き込んでいたユーザーたちはどこかへと消えた。スレッドが削除された理由は不明である。


 社説として、最後にこう記しておく。


 我々は、いつの間にか『正常』という監獄の中でお互いを品定めし、測り合うことに慣れすぎた。

 そこからこぼれ落ちた者たちを我々は怪人化していた。しかし、その視点で他者を評した瞬間に自身の中に正常の基準ができてしまう。

 それは裂け目である。

 その裂け目の向こう側から彼らはいつだってこちらを見ている。

『キ■ガ■』は簡単に形を持てる。そのチャンスを虎視眈々と窺っている。


 ──翌朝。


 印刷所に送ったはずのこの原稿は、新聞紙上には載らなかった。

 編集長は沈黙していた。そして誰も理由を教えてくれない。

 少し語気を荒くして問い詰めると、「──もう何回も取り扱ったネタだから」と編集長は弱々しく言った。

 そして、私の机の上に、バックナンバーが一部、置かれていた。見出しが目を引いた。


 『キ■ガ■、新聞社に侵入』


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― 新着の感想 ―
なんか、ずっと「キケロガ」って読んでしまってた おもろかった
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