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第二章:怠惰の甘みと回るコンパス②

 朝早くからウキウキで実家に帰って行った城戸を見送りながら玄関先でため息を吐く。


 荷物を取りに行ったあと、部屋割りやら家事の分担やらを決めるとかで時間がかかるにせよ……。

 朝早すぎる。まだ6時前だぞ。……遠足前の子供かよ。


 ……部屋はどうしたものか。生前母の使っていた部屋がいいか、クローゼットとかもあるしな。


 そう思って掃除機を持って階段を登り、久しく……二年ほど開けていなかった扉を開ける。


「……日当たりいいな、この部屋」


 カーテンから漏れ出る光を見ながら、パチリと灯りをつける。……親父が母親のものを全て処分したので家具らしき家具も残っておらず、布類がないから埃とかもほとんどないが、一応窓を開けて掃除機をかける。


 ベッドは俺の部屋から運ぶか。

 ひとりで運ぶのは大変そうだが、城戸は力が足りないだろうし……田村辺りに頼むか。


 それとも……高校卒業してからも城戸がここに住むつもりなら、親に秘密でベッドを買うのもありだな。


 ……今日相談して、買いに行くか決めるか。

 軽く掃除機をかけ終え、眠気が襲ってきたので二度寝するかと考えていると、ピンポンと呼び鈴が鳴る。


 誰だよ……こんな朝早くから……まだ6時だぞ? と思いながら玄関を開けると背が低い少女が肌寒そうな様子で背を屈めて立っていた。


「……九重か。……随分と早いな」


 あまりに眠いので一回家に帰ってもらおうかな……近いし、などと考えながら九重の方を見ると、ぴらぴらとした短いスカートと白いふとももが目に入る。


 校則通りに着崩したりスカートを短くせずに着ている制服では見えなかったふとももだが……思ったより、なんというか……美少女のふとももは良いものだ。


「あ、すみません。おやすみでしたか?」

「いや、ふとも……九重。いつでも来ていいって言ったのは俺だからな。ほら、上がっていけよ、ふとも……九重」

「……? あ、おじゃまします」


 それにしても少し意外に、オシャレな若者っぽい格好だ。

 似合っていて可愛らしいし、ふとももがとても良いが……あまり九重のイメージとは違う。


 俺がジロジロと見ていたからか、九重は不思議そうに小首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「いや……服がオシャレだと思ってな」

「んぅ? あ、おかあさんが買ってくれるのを着てるだけですよ」


 ああ……なるほど。そこはなんかイメージ通りだな。

 九重の母に感謝しながらも九重を家に上げて、キョロキョロとしている九重にリビングに入ってもらう。


「ああ……朝早いし、肌寒いか。ちょっと座って待っててくれ」


 エアコンの暖房を入れて、ポットからお湯を出してお茶を淹れる。


「あ、白湯でいいです。味、分かんないですから」

「匂いは分かるだろ」


 どこか申し訳なさそうにしている九重の前にトスンとお茶を置き、あくびを噛み殺しながら九重に言う。


「着替えてくるからちょっと待っててくれれ」

「あ……もしかして、朝早くはご迷惑でしたか?」

「そりゃそうだろ……。ああ、朝飯なんか食ってきたか?」


 九重が首を横に振ったのを見て、戸棚から惣菜パンを取り出して九重の前に置く。


「あ、あの」

「こんなんしかなくて悪いけど。城戸がいたら作ってくれたかもしれないけど」

「す、すみません。いないときを見計らってきたばっかりに……」

「いやいいよ。……ん? 今なんか気弱そうな空気感の中ストーカーみたいな発言しなかった?」


 城戸が朝早くに出ていったのは完全に城戸のその日の気分なんだが……もしかして家の前で張って……いや、まぁたまたま通りかかっただけかも……。


「やっ、やっぱり、ご迷惑でしたら……」

「いや、いいって。九重なら別に迷惑をかけてもいいから、普通にここにいろよ」


 九重が困惑したような表情を浮かべて、それからゆっくりと口を開ける。


「……先輩は……もしかして」


 神妙な表情に釣られて見つめると、期待したような目を向けられる。


「オタクに優しいギャル……なんですか?」

「違うが……?」

「でも、オタクである私に優しいですし……」

「いや、九重はなんかオタクとは別の種族の生き物だろ……。あと、俺はギャルじゃない」

「先輩はギャルですよね?」


 俺はギャルだった……?

 いや……なんか言葉を間違えて覚えたのだろう。いや、そんなことあるか?


「……まぁ、それより。今日は何の用できたんだ? 部室の件か?」

「あ、いえ。朝に目を覚ましたら、三船先輩の顔を見たくなったんです」


 照れのひとつもない言葉。

 俺は思わず目を背けて、照れを隠すために息を吐く。


「……あー、おう。まぁ、そういうことなら……仕方ないか」


 適当に口を開いたせいで変なことを言ってしまった気がする。ガリガリと頭を掻くと、九重は不思議そうにきょとんとした表情を浮かべる。


「いいんですか?」

「えっ、あ、あー、まぁ、ダメとは言わないよ。つっても、大したもてなしも出来ないけどな」

「いいですいいです。絵を描かせてもらえたら……」

「また絵か」

「ダメでした?」

「……いや、楽しそうだから見てて楽しいところもある。……けど、眠いんだよな」

「寝ててもいいですよ?」

「いや、凝視されながら寝るのはキツイ……。まぁ、目ぐらい閉じとくか」


 ソファの隣に座ると九重は少し照れ臭そうに俺の方を見る。

 ああいうことは平気そうに言うのに……近くに寄るのは恥ずかしいのか。


 ソファによりかかって目を閉じると、九重は「あっ」と声を上げる。


「ちょっとはだけてもらっていいですか?」

「いやだが」

「ええっ!?」

「ええっ、じゃない。どうせ青いエイリアンみたいなの描くんだから一緒だろ……」

「なら写実的に描きますから!」


 そういう問題ではない。というか、九重が手に持っているのはクレヨンで、写実的に描く気が全く見られない画材である。


「いや、はだけたところを写実的に描かれるのはいやなんだけど……。というか、いつ城戸が帰ってくるかも分からないのに、変なことは出来ないだろ」

「変なこと?」

「部屋の中で服をはだけるのは変だろ……」


 九重は「むぅ」と考える仕草を見せたあと、パッと顔をあげる。


「あ、じゃあ、お風呂入りますか? お風呂なら自然です」


 いや……高校生の男女が風呂を一緒するのは自然じゃないだろ。というか、九重は恥ずかしくないのだろうか。


 ……いっそ「じゃあそうしよう」とでも言ってしまおうか。

 女子と付き合いたいとは思ってるわけだし、九重のことは嫌いじゃない。


 パチパチと丸い瞳をまばたきさせた九重は、少しして顔を俯かせる。


「……どうかしたか?」


 雑に断りすぎただろうかと心配して顔を覗き込むと、しんどそうに目を閉じていた。


「……眠くなってきました」

「…………朝早くからくるからだろ。あー、ベッド使うか?」

「そういうわけには……」

「急に謎の遠慮……。なら、ソファで寝ていていいから」

「ん、んぅ……」


 と声を漏らしながら九重はソファに横になる。

 ミニスカートがソファの上で脚が折り曲げられたことで少しめくれて、目に毒と思えるほど綺麗なふとももが覗く。


 俺の部屋から毛布でも持ってくるかと立ち上がろうとすると、九重の手が俺の手をきゅっと握る。


「あ、すみません。その……寂しくて」

「毛布を取ってこようとしただけだ。……まぁ、じゃあもう少し後にするよ」


 ……知り合って数日、距離感が近いのは俺のせいなのか、それとも九重のせいなのか。

 どうにも変人だけど毒気のない九重のことは嫌いになれず……情が湧いてしまう。


 城戸との関係を親に疑われないように彼女が欲しい。

 ……けれど、そんな身勝手な都合に付き合わせたくないと思う程度に九重のことが気に入ってしまっていた。


 ひとこと「付き合うか」と言えばいいだけで、フラれても言いふらされたりはしないだろうと分かっている。


 ローリスクハイリターンという理想的な状況なのに、リスクとかリターンとかを九重で考えることが嫌で言い出せない。


 俺の手を握る小さな手を握り返して、細い指先を軽くいじる。

 こそばゆそうな九重は細い指を小さく動かして俺の指に絡める。


「えへへ」


 という笑い声がかわいらしく……付き合ってほしいという告白は出来そうになかった。

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