第54話 どんな人たちが
「それで、その推薦はどうするんだい」
「……………………断っても大丈夫、か?」
何故、この手紙をわざわざアルフォンスを通して渡してきたのか、おおよその予想は付いているバトムス。
そのため、自分が断ればアルフォンスの迷惑を掛けるかもしれないという思いが浮かんだ……が、だとしてもバトムスは断りたい。
あの社交界にルチアの執事候補として参加したのは、ギデオンから事前に報酬を約束されていため。
仮にギデオンが次もその過ぎも……またその次もと頼めば、さすがにバトムスのアイデアのお陰で懐が潤っているとはいえ、かなりの痛手になってしまう。
「ふふ、大丈夫だよ。驚かれるとは思うけどね」
「……そこを承知で送ってきたわけじゃないんだな」
自分とルチアの関係性を考えれば、それが当たり前だと思っている。
しかし、バトムスは重要な事を忘れていた。
「この方は、バトムスが執事の道に全く興味が無い、寧ろ絶対にその道には進みたくないという思いは知らないからね」
「あっ…………それもそうか」
バトムスが本当は執事、従者などには絶対になりたくない……あの社交界で執事候補として参加したのはギデオンに報酬を用意されていたから、といった情報はまだ世に広まっていない。
寧ろ、そういった情報がないからこそ、あの場で取ったバトムスの行動は、まさに執事として主人を最高の方法で救ったと評価されていた。
「ただ……うん……本当に、色んな人がバトムスに興味を持ったかな」
「ぃ、色んな人って……どんな人たちだ?」
尋ねられたからこそ、アルフォンスは自分が知る限りの人物たちの名前を伝えた。
「……………………」
名前とその人物の詳細を聞いたバトムスは、再び意識が飛びそうになった。
まず、伯爵や辺境伯家、侯爵家や公爵家の令息や令嬢たちが興味を持った。
聡い子であれば、アルフォンスと同じくバトムスが本当の意味普通の従者候補ではないという事に気付く。
そして……そういった者たちの半分ぐらいは、自分の傍に置けないかと考える。
加えてバトムスに興味を持ったのは子供たちだけではない。
まず、ルチアが時折同世代の令嬢たちに愚痴っている内容から、バトムスがルチアたち同世代の中でも頭一つか二つ抜けた実力を有しているという認識は広まっていた。
そして、あの社交界に参加していた子供たちの中には、既に視る眼は養われている者もおり……上手く言葉に出来ずとも、強さという点に関してもバトムスが普通ではないとことを感じ取っていた。
そのため、子供たちのそういった眼を信じている親たちも本当にバトムスという少年は普通ではないと認識。
その結果、騎士団の関係者たちにも興味を持たれてしまった。
「バトムス、大丈夫かい?」
「うん…………大丈夫…………だと思う、よ」
全てあの行動が引き金となってしまった。
そう思ってしまうのも、致し方ない。
あそこで何もしていなければ、まだただの噂程度で済んでいた。
では、あそこで何もしなければ良かったのか?
(…………それは、なんか……違ぇよな)
バトムスは、ルチアのことが気に入らない。
今後とも仲良く出来る気はしない。
それでも、彼女が日々強くなる為に努力を積んでいる姿を、それがどれほど難しいことなのか、凄い事なのかを知っているからこそ……あの日、ルチアを小バカにするバカガキ三人に恥をかかせた。
結果、自分が多くの人間に興味を持たれてしまうことになったが……それでも、後悔するのは違う。
「とはいえ、そこら辺はなるべく僕がなんとかしておくよ」
「……悪いな。結局迷惑をかけて」
「そんなことないよ。あそこで、あの行動を取ったバトムスの判断は正しいと僕は思う。そして、僕はこれからもこうして気楽に友人と会いたいから、そうなるように色々とするだけだよ」
「そっか……ありがとな」
「ふふ、どういたしまして」
ごめんではなく、ありがとう。
友人として、アルフォンスが嬉しいのは後者の言葉だった。
「それじゃあ、やるか」
「うん」
場所は変わり、騎士たちが鍛錬を行う訓練場。
ルチアはまだ勉強の方が終わっていないため、現在訓練場にいる子供はバトムスとアルフォンスのみ。
そして準備運動を終えた二人は木製の細剣とロングソードを構え、対峙していた。
(……お嬢と向かい合ってる時より、隙が無いって感じるな)
扱う武器の差によるところもあるが、バトムスの感想は正しかった。
では、このまま動かず、アルフォンスから動くのを待つのか?
「っし!!」
「っ!!!」
せっかくの訓練、模擬戦だからこそ下手な探り合いはせず、自ら攻勢に出るバトムス。
初撃を躱されて手痛いカウンターを貰う……ということはなく、暫くの間振るって躱して突いて避けてと、激しい攻防が繰り返され続けた。
だが、それが一分も経過したころ、細剣が伸びきった瞬間に下へ叩かれ、バトムスの左手がアルフォンスの首元に添えられた。
「っ……ふふ、参ったよ」
小さく笑みを浮かべながら、アルフォンスは目の前で起こった事実を冷静に受け止め、自身の負けを認めた。




