第39話 善人の心
(いやいや、理不尽過ぎないか?)
シャルトから注意を受けた内容を再度反復し……それはあまりにも理不尽ではないかと思ってしまうバトムス。
「それは……もうなんか、俺の失態ではないと思うんですけど」
「そうですね。バトムス君の失態ではありません。とはいえ、それでも君から零れてる自信は……彼等にとって、毒となる可能性が十分にあります」
(ど、毒…………え、俺の体から、そんなに生意気オーラが零れてるの?)
さすがのバトムスも、無意識に体から零れているらしい自信が、他者にとって毒と言われると……へこんでしまう。
「納得がいかない顔をしてますね」
「そりゃ納得いかないですよ~~」
「そうですね……こればかりは、子供だけではなく大人も理不尽に感じるでしょう。ですが、私が今回この様なことを注意するのには、他にも理由があります」
(他にもって、はぁ~~~~~~。一回だけだからなんとか我慢出来るって思ってたけど、割と無理っぽいな~~)
もうシャルトからの注意は聞きたくないと思うも、そういう訳にはいかない。
「真っ直ぐ、正しく上を目指している方であれば、問題無いでしょう。しかし、私が長年執事を務めてきた中で……全員がそういった方ではないと、身に染みて体験してきました」
貴族批判とも取れる言葉。
直ぐ傍に貴族である主人がいるにもかかわらず、そんな事を言っても良いのかと、ツッコミたい気持ちが喉まで出かかっていた。
だが、チラッとアブルシオ辺境伯家の当主であるギデオンに視線を向けると、彼はうんうんと薄く笑みを浮かべながら頷いていた。
「バトムス君……君はそうではない方たちを、見下してしまうでしょう」
「え、えっと…………」
言葉に詰まるバトムス。
今のところ、バトムスはアブルシオ辺境伯家が治める土地にいる貴族意外と会ったことがない。
立場的には男爵ではあるが、アブルシオ辺境伯家に仕える騎士として活動している家もあるが、騎士の家系ということもあり、戦闘訓練に関しては本気で取り組んでいるバトムスに対して本気で「執事見習いにあるまじきクソ野郎だ」と思っている者はいなかった。
(あ、会ってみないと分からないと思うんだけど……思うんだけど…………)
まだ会ったことはないものの、バトムスはなんとなくシャルトが自分に伝えたい貴族令息像がイメージ出来た。
イメージした結果……間違いなく、見下してしまうと断言出来る。
「バトムス君、君の気持ちは間違ってはいません」
「あ、はい」
「普段からルチア様に対して失礼な態度を取ってはいますが、それでもあなたには良い意味で善人としての心を持っていると、私は解っています」
シャルトの言葉を耳にしたギデオンは、今度は明るい小さな笑みを浮かべ……ルチアは逆に「シャルト……あなた正気?」と言いたげな不満爆発顔を浮かべる。
メイドは……以前、自作のスイーツを作り、食べ終わったバトムスに恥も外聞もなく頭を下げて頼み、「はぁ~~、仕方ないっすね」と言われながら休憩中にスイーツを貰ったため、ルチアの様に不満げな顔を浮かべることはなく、表情を崩さなかった。
(そ、そんな風に、思われてたん、だ)
そして、「あなたには良い意味で善人としての心を持っていると、私は解っています」と言われた当の本人は、なんとも言えない表情になっており、バトムスは今自分がどんな顔をしてるのか解らなかった。
「故に、君がそう思ってしまうのも、致し方無い事ではあります。ですが……聡いバトムス君であれば、私が何を言いたいか解りますね」
「……その思いが顔に現れれば、それだけで彼らは自分が喧嘩を売られた……もしくは、文字通り見下されたと感じてしまうということですね」
「えぇ、その通りです」
バトムスからすれば、勘弁してほしい声を大にして叫びたい。
シャルトの言う通り、そういった間違った方向に進むであろう令息を見てしまえば、無意識に見下してしまい、その思いが顔に出てしまうかもしれない。
だが、バトムスからすれば、貴族なのだからそんな風になるなよと言いたい。
(貴い一族、血族なんだからそれぐらい求めても良いだろ……って思うんだけど、シャルトさんの話を聞く限り、悪い意味で捉えてる連中が少なからずいるんだろうな~~~)
バトムスの考えは、一見令息や令嬢に責任を強要するような内容だが、実際のところ……その考えは間違ってはいない。
間違ってはいないが、それでも世の中には理不尽が存在する。
(…………あんまニュースとか真面目に見てなかったけど、チラホラ……理不尽が原因で起きた事故とか事件とか、割と覚えてるもんだな)
この世界に転生して既に七年ほどが経過しているが、意外にもふとした切っ掛けで前世の記憶を鮮明に思い出す。
(……特に衣食住に困らなくて、頑張りたい事を頑張れる環境にあるんだし、ちょっとぐらいは嫌な事も頑張らないとあれか)
失礼だと解りつつも、バトムスは大きな大きな……特大な溜息を吐くも、シャルト
はそれを咎めることはなかった。




