第17話 もしそうなら……勿体ない
「やぁ、バトムス。随分と散歩を楽しんでたんだね」
「いやぁ~~~、色々と興味深いものがあったんで」
声を掛けられた庭師に苦笑いを浮かべながら適当に答えるバトムス。
庭師の言う通り、普段のバトムスであればもう少し早く帰ってきている。
とはいえ、バトムスの両親が決めた外出時間前までには戻ってきている。
(本当に、懐中時計様々だな)
この世界には、まだ携帯できる時計が多くない。
主に使われている携帯時計は懐中時計。
当然ながら、中古の品であっても非常に良い値段がする。
バトムスの様な子供に買える値段ではないのだが、前世の知識で儲けた金はまだまだ継続して懐に入っている。
(しっかし、アルの奴の実家は、どれぐらい大きいんだろうな)
護衛であろう初老男性と、女性の騎士は……アブルシオ辺境伯家に仕える騎士たちの実力を知っているバトムスから見ても、なんら遜色はなく……初老男性ほどの強さを持つ者は殆どいない。
(同じ辺境伯か、それとも侯爵か…………更に上の公爵って可能性もありそうだな)
そんな家の子供と、ため口で話してしまった。
普通に考えればバトムスの立場的にアウトではあるが、貴族の令息であろうアルフォンス自身が許可し、護衛の二人もその件に関して何も言わなかった。
(…………まっ、両親が貴族の屋敷に仕えてるとはいえ、俺は不良執事見習い。一期一会ってやつだろうな)
おそらく、この先会うことはない。
それでも……バトムスの記憶には珍しく、驚きがありつつも……楽しかった記憶として残り続ける。
「ふわぁ~~~~~……」
翌日、バトムスはもう少し寝ていたいと思いつつも、なんとかベッドから降りた。
「……なんか、慌ただしいな」
「おはよう、バトムス。もしかして、今日が何の日か覚えてないのかい?」
「おはよう、ハバト兄さん。今日…………何か良い日だっけ?」
廊下に出ると、執事やメイドたちが慌ただしく汚れはないか、ほんの少しの埃もないかくまなくチェックしていた。
「良い日、か。私たちにとってはそこまで関係無いが、アブルシオ辺境伯家にとっては、この上なく良い日……になるかは、これから次第といったところだろうね」
「? もしかして、誰かが来訪する感じ???」
「そうだよ。最上級のおもてなしをしなきゃならないんだ」
「へぇ~~~~…………それじゃあ、もしかしなくても朝食は自分で作るか、街で買った方が良いかな」
先日、夕食後には訓練を行っており、日頃から動いているバトムスは、同世代の子供よりも食事の量が多い。
当然ながら、来訪客の為に従者たちだけではなく、料理人達も厨房で慌ただしくしていた。
「ハバト兄さん、ハバト兄さんも一緒に行かない?」
「えっ?」
「まだ見習いなんだしさ。それにほら、俺たちは下手に頑張ろうとして、花瓶とか割っちゃったら、シャレにならないじゃん」
「…………………………それもそうだね」
バトムスと違い、ハバトは執事になるために日々精進している。
お前とは違う……そう言いかけたところで、ハバトは冷静にバトムスの言葉を脳内で反芻した。
結果、確かに今日……わざわざ張り切って頑張ろうとすれば、そのプレッシャーで大きなミスをしてしまうかもしれない思い、弟の提案に乗った。
両親であるノルドとサリアナはハバトというお目付け役が同行するならと、二人の外出を許可した。
「つかさ、あんだけ先輩たちが慌ただしくしてたってことは、当主様より爵位が上の人が来るの?」
「そう聞いてるね」
「ほ~~~ん……もしかして…………もしかしなくても、あいつか?」
「? どうしたんだい、バトムス」
「いや、昨日街に散歩に行った時……なんか、それっぽい人を見たんだよ」
見た……そう、敢えて見たとバトムスは口にした。
「俺とかとは纏う雰囲気? が違って、左右には初老の男の人と、二十代前半? ぐらいの女の人がいたんだ。組み合わせとしては変でしょ」
「そうだね……その組み合わせは普通じゃないね。それで、その初老の男性と二十代前半の女性は強かったのかい?」
「やっぱりハバト兄さんは鋭いね。女の人は勿論、初老の男性に関しては、アブルシオ辺境伯家に仕えてる騎士たちの中でも、勝てる人は殆どいないんじゃないかな」
「……それは、相当だね」
(アルが今日来てるってことは、もしかして……えっ、そういう親睦を深める感じの用事で来たってこと?)
アルフォンスはバトムスと同じ歳。
つまり……アルフォンスはルチアと同じ歳ということになる。
(マ~~~~ジ~~~~~~~????? 貴族の世界なんて詳しく知らないけど、お嬢がアルの婚約者候補ってことなのか??? …………いやいやいや、そりゃ勿体ねぇって話だ)
貴族の令息や令嬢は、幼い頃に婚約が決定することが珍しくない。
そのため、七歳という若さで婚約者ができることはバトムスの感覚では理解出来ないが、貴族の世界ではそれが普通だった。
「あの人がお嬢の候補、か…………外面は良いってことかね」
「バトムス。屋敷の外だからこそ、あまりストレートに言っちゃダメだよ」
「は~~~い」
結局二人は食材を購入するのではなく、露店でつまみ食いを繰り返しながら腹を満たすのだった。




