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筆耕マギーは沼のなか  作者: コイシ直
第2章 筆耕官マギーの困惑

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(2−4)マギーと恋文ミーティング③

 そこから先は、あんがい普通の宴会になった。


 閣下は黙ったまま飲み食いしていても気にされない隠密行動の才能があるのか、それとも私の周りの人たちが図太いのか。その両方な気もするけれど、とにかくみんなで飲んで食べて、とりとめもなく話すのがこの上なく楽しい。


「コール、昼にパンケーキ6枚食べたのに、またパンケーキ食べるの?!」


「だってあれ、甘いやつだったし」


「クルミいっぱい入れて、塩味も効かせてたでしょ」


「ジャムを載せたらおやつだよ、おやつ!」


 言い放ちながら、コールはベーコンとポテトのパンケーキを5枚頼んでいる。黒胡椒の効いたそのパンケーキは確かにエールに合う味付けだけれど、それ1枚でもどっしりとボリュームのある食べ応えだ。人数分オーダーしたのか……。私は一口だけもらおうかな。


 左隣から気配を感じて、私は灰色のもじゃもじゃ頭を見上げる。閣下の顔がこっちを向いていて、ああ、と思い出した。


「閣下、じゃなくて、フィリアスさんからもらったクルミ、今朝パンケーキに入れてみたんです。すっごく美味しかったですよ、ありがとうございます」


 前髪の向こうから、強烈な圧を感じる。目が見えなくても視線って感じるんだね。「え、閣下のクルミだったの……てか何で?」とコールが焦りながらつぶやくのが聞こえた。


「もしかして、フィリアスさんも食べたかったですか?」


 はっきりうなずかれたので、「おっけぇ」と右手の親指を立てた。その瞬間、あ、私、酔ってるなと思ったけれど、まぁ気にしない気にしない。


「こんど焼きますねー、うちのお兄ちゃんが」


「俺も食いたい!」


「はいよ、ハリー先輩もどんとこーい!かんぱーい!」


 運ばれてきた追加のエールのジョッキをハリー先輩とガツーンと合わせて、ああ楽しい。


「うわさのマギーの兄ちゃんの飯、いちど食ってみたいんだよー。うまいんだろ?」


「うちのお兄ちゃんは天才シェフですよ〜。何せ料理人の息子ですもん!」


 聞いたハリー先輩が目を丸くした。そっか、先輩は知らなかったんだっけ。


「うちの古書店、王都が1店舗めで、2店舗めがアンブルストンにあって」


「保養地で有名なとこだな」


「そうそう、私たち兄妹、もともとアンブルストンの小さなビストロの子どもで。でも15年前の流行り風邪で両親が死んじゃって。お隣の古書店の旦那さんが引き取ってくれたんです。それが今のお父さん」


 ラッキーでした、と軽く笑う。「そうかぁ」とハリー先輩は言ってから、中腰で身を乗り出して、両手で私の頭をがしがしとかきまわし、「まぁ食え」と言って、私のお皿の上にあったピック付きのピクルスを、ひょいっとこちらの口の中に放り込んだ。


 笑いながらもぐもぐと噛み締める。酸味が効いていておいしい!


 私たち兄妹は、本当にラッキーだったのだ。あの流行り風邪では多くの人が亡くなったし、私の友人にも家族を失った人がたくさんいる。死に物狂いで奨学金をもらって、孤児の養護施設から学院に通っている子も何人もいた。


 それに正直なところ、私は物心ついた頃から、両親のビストロより隣の古書店にいるのが好きだったらしい。生まれてから最初の記憶は、古い本に囲まれて、今の父の膝に乗って、本を読み聞かせてもらっていたときの光景だ。まだ読めない文字を、夢中で指で追いかけていたのを覚えている。


 アンブルストンの店は、今でも父が切り盛りしていて、こっちの王都の店は、兄に任されている。大好きな私の家族たちだ。

 

 ふと兄の手料理の味が恋しくなった私は、気持ちを切り替えてトイレに行くことにした。「あ、私も行く」とシャーリーも立ち上がる。何事かコールとこそこそ耳打ちしあってから、シャーリーはこちらに「いこっか」と笑顔を向けた。

 

 用事を済ませて手を洗い、洗面台の一面鏡を見ながら髪のハネを気にしていると、同じく鏡を覗き込んでメイクをチェックしていたシャーリーが、さりげなく言った。


「ねぇ、マギー、なんか大変なことに巻き込まれてない?」


「へ?」


 思わず間抜けな声を出して、鏡の中のシャーリーと目を合わせる。


「なんのこと? あ、おとといからフィリアス閣下とよく会うんだけど、そのこと?」


 鏡の中のシャーリーは、眉を下げて、完全に私を案じる顔になっている。そのまま直接こちらをみた。


「あのね、マギーがこの店に来たとき、私、ぎゅっと抱きついたでしょ。そしたら、マギーの体の中から、うっすら追跡魔法の気配を感じたの」


「え、それって、閣下が私に魔法をかけて、あとを追ってきたってこと?」


「ううん、違うと思う。テナント閣下がやってきて、マギーの頭をぽんぽんって撫でたら、追跡魔法が消えて。それと同時に、マギーのまわりに守護と認識阻害の術をかけてた。しかもかなり強固なやつ」


「認識阻害」


 言われていることがピンと来なさすぎて、オウムのように言葉を返す。一方で、言いながら、冷たい鳥肌が背中の辺りから全身に広がっていくのを感じる。


「マギーの姿を、悪意を持っている人から隠すための術。かけられていると、追っ手から見つけられにくくなる」


「……へ?」


 寒気が全身に行き渡り、とうとうシャーリーの言っている内容を、完全に理解してしまった。軽く口を開けて絶句してしまう。私が狙われている?何の意味が? 酔いは一気に醒めていた。


「さっきコールに聞いたけど、今日の昼にマギーと会った時には、特におかしな痕跡は感じなかったみたい。だから、追跡の術をかけられたのだとしたら、昼休みより後、このお店に来るまでの間。何か変わったことはなかった?」


 ぎゅっと目を閉じて、今日の午後を回想してみる。3カ月近く先に、王宮では「大園遊会」という1年で一番大きな催しがある。今日はずっとその準備に明け暮れていた。


「ない、と思う……。書面を清書して、先輩とティーブレイクでお菓子食べて、また清書してた」


「お菓子はどこかで買ったやつ?」


「うちのお兄ちゃんが作ったチョコレート味のパウンドケーキ」


「え、それ、私も食べたいやつ! じゃあ、食べ物に術がかけられてた線はないのかな……。いちおう、知っている人が作ってくれたもの以外は、しばらく食べない方が良いかも」


「わかった、拾い食いとかしないし、お昼はお弁当生活にする。あとさ、もしかしてなんだけど。さっき、閣下、ラブレターの返事の便箋にも、何か魔法をかけてた?」


 先ほど、左隣の閣下から、異様な気配がしたことを思い出す。確かにコールとシャーリーはあの瞬間、何かを理解していたように見えた。


「うん、かけてた。強烈な追跡魔法」


「強烈な?」


「マギーにかけられてた魔法の比じゃなくすんごく濃いーの。手紙の持ち主が魔力を持っている人だったら、『絶対にお前逃がさん』って宣戦布告されているようにしか思えないやつ。もしくは『俺のマギーに追跡魔法なんかかけやがって絶対に許さん』って執念を感じるやつ?」


 そして、シャーリーは急におどけた表情を浮かべると、右手の親指と人差し指で拳銃の形を作って、見えない敵に「バンッ」と引き金を引く動作をしてみせた。


 そのまま、銃口に見立てて天井に跳ね上げた人差し指に、ふうっと息を吹きかける。ついでに、とびきりのウインクまでしてくれた。


 おかげで沈んだ気持ちがふわっと浮き上がる。あえて私もおどけた表情を作ると、シャーリーの腕のあたりをぺちんと叩く。


「シャーリーさん、脚色しすぎです。そして色っぽすぎやしませんか」


「やだ、()められちゃった」


 笑いながらシャーリーが手を下ろし、そして真面目な顔に戻る。


「たぶん閣下が何かに気づいて、先回りして守ってくれてる気がする。くれぐれも気をつけてね」


2話分、順次投稿しました。

(前話の投稿、予約失敗して焦りました!)

もう1話分、今日の21時ごろ投稿予定です。

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