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筆耕マギーは沼のなか  作者: コイシ直
第2章 筆耕官マギーの困惑
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(2−3)マギーと恋文ミーティング②

「わーーい!マギー! ひっさしぶりー」


 ひとりで林檎亭のテラス席に現れた私を見るなり、シャーリーは席から立ち上がってこちらに飛びついた。ぎゅうぅぅ、と力いっぱい抱きしめられる。


「会いたかったよー!マギー相変わらずかわいいよぉ。ああもう、うちで飼いたい」


 言いながら、ばっと身を離して、私の頭のてっぺんからつま先までしげしげと眺める。高身長ナイスバディのゴージャス美女シャーリーにまじまじ見つめられるなんて、


「やだー、照れるぅ。シャーリーになら飼われてもいいー」


 学生時代のノリで軽く返したけれど、気づくとシャーリーの眉根が少し寄っている。心配する時の顔だ。


「ねぇ、仕事か何かでトラブルあった? マギーいま、」


 ああうん、先月仕事忙しかったしちょっと()せたかも?と心の中で思ったけれど、返事をしている暇がなかった。


 ぽんぽん、と後ろから頭を叩かれたからだ。


 振り返ると閣下が立っていて、やはり気配を消して近づく天才としか思えない。今日はプライベートな場だからか、王宮魔術師の黒いローブは脱いでいて、白シャツにグレーのジャケットとベスト、黒いズボンという、いたってシンプルな装いだった。 


「閣下、だと目立つから、えーと、フィリアスさん?」


 なかばやけくそになって、図々しく名前を呼んでみる。閣下がうなずいたので、今日は名前呼びする覚悟を固める。


「こちら、私の親友のシャーリー・ミルズです。あっちに座ってるコール・デネリーの彼女です。で、シャーリー、こちらフィリアス・テナントさん。コールの上司さんで、今日は、えーと、時間があったし飲みにきた?みたいな感じ?」


 シャーリーが愕然(がくぜん)としている。魔術師だったら知らないものはいない特級魔術師の名前だもんね。しかも一緒に飲む理由が、正直私も分かっていない。


 同じ紹介を、すでに席に着いていたハリー先輩にも繰り返す。人数の多い飲み会が大好きな先輩は、満開の笑顔で「よろしく!」と閣下の右手を引ったくって勝手に握手をし、私たち3人をこっそりハラハラさせた。


 コールも腹を据えたらしく、閣下に「お疲れさまです」と普通にあいさつした後は、動揺の汗も見せずに涼しい顔をしている。シャーリーの手前、いいカッコしようとしてるんじゃないだろうか。


 約束どおり、コールはテラス席、長方形のテーブルを取ってくれていた。


 明るいランタンと虫除けのハーブの花が飾られたテーブルのそばには、石炭型のストーブと膝掛け毛布も置かれていて、日没で多少寒くなっても心地よく飲める。林檎亭はこういう気遣いが居心地が良くて、よく仲間たちと飲みにくるお店の一つだった。


 どっしりとした木のテーブルの向かい側にはハリー先輩とコール、こちら側には閣下、私、シャーリーが座る。


 たちまちエールが5人分運ばれてきて、ところ狭しと料理が並べられた。「かんぱーい!」と声を合わせる。意外なことに、閣下も無言ながらきちんとジョッキを乾杯の形に持ち上げていた。


「先輩、酔っちゃう前に、ラブレターのお返事の話しましょ」


 はい、とシンプルな白い封筒に入れた返事の便箋と、預かっていたラブレターを手渡す。目を通した先輩は、「おお!」と歓喜の雄叫びを上げた。


「ありがとな!なんか返事が来そうな気がする!明日の朝にさっそく送る!」


 どれどれ、とコールは先輩の手から手紙を取り上げて、書かれていた返事を読み上げた。


「ジャネット・マーティン様。お手紙をどうもありがとうございました。驚きましたが、うれしかったです。俺の仕事をそこまで一生懸命見てくれるなんて、なんてかわいらしい人なのだろうと感じました。これからお互いのことを知っていけたらいいですね。ちなみに俺の好物は、ステーキとゆで卵です。あなたの好きなものも、ぜひ教えてください。いつか一緒に食べにいけたらいいですね。感謝を込めて、ハリー・ベンズリーより」


 読み終えて、ふはっとコールが吹き出した。


「いいねこれ。字も下手でもなく上手くもないギリギリのラインをついてるし、内容シンプルだけどこれなら返事も書きやすそうだし。ちゃっかりデートに誘ってるし」


 うんうん、とハリー先輩がうれしそうにうなずいている。先輩が返事に入れたかった


・手紙ありがとう。うれしい。

・君に会ったことはない。でもきっとかわいい。

・付き合いたい。


 のすごい三段論法をやんわり入れ込むと、必然的にそんな感じの文面になったのだ。

 

 コールは、にやにやと、女の子からのラブレターの封筒も眺める。


「先輩、これ、衛兵隊の詰め所に郵便で届いたんですか? 彼女の住所は郵便局留めになってるけど、送ってくれた子に心当たりはあるの?」


「郵便受けに届いてた。名前に心当たりがないんだが、たぶん町ですれ違ったりしてるんだろうな」


「へぇぇ、じゃぁ、もし次の返事を直接持ってきてくれたら、会えちゃうかもしれないんだ」


「俺もそれをむちゃくちゃ期待している」


 私の左隣からグレイジャケットの腕がすっと伸びて、ラブレターの返事を、コールの手から取り上げた。


 静かに便箋に目を通している閣下から、不意にかすかな風を感じた気がした。コールとシャーリーが、一瞬ギョッとした顔で閣下を見て、すぐに何気ない顔に戻る。ハリー先輩はエールを飲み干していて気づいていない。


 閣下は黙ったまま、便箋をコールに戻した。


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