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筆耕マギーは沼のなか  作者: コイシ直
第17章 マギーと約束

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(17-3)マギー、こぼれでる

 

「〈定着〉〈固定〉」


 魔術語に呼応して、青い光がますます白く力を帯びる。

 フィリアスさんは重ねて呪文を唱え始める。


 紡いだ文字が繊麗(せんれい)な銀糸に変わっていく。人形と人間をみるみる包み込み——


「〈結〉」


 ひときわ低く響く声で、すべてが止まった。


 4人の人間が、横たわっている。血の、においがする。

 静寂が支配する。何もかもが動かない。


「成功だな!」


 いつも通りのハーフォードさんの声に、我に返った私は一目散に駆けだした。


「フィリアスさん!」


 飛びつく私をしっかり抱き止めてくれた、その体が異様に冷たい。見上げた顔が蒼白だった。今やこの舞台で、フィリアスさんだけが人形みたいに血の気がない。


「フィーさん!!」


 思わず悲鳴をあげた私を、むぎゅうとフィリアスさんの腕が強く抱きしめる。


「大丈夫」


 そう言う魔術師ローブから、ぞっとするような冷たい空気が流れでる。私はぴゃぁあと震え上がった。


「ぜんぜん大丈夫じゃない!」

「いま暖をとっている」

「私ゆたんぽじゃない!」

「はは。魔力の使いすぎだな。よくやった」


 ハーフォードさんがポン、っとフィリアスさんの肩をたたいてから、大声をあげた。


「ジャンニ!撤収! 殿下と少年を魔術医療エリアの特別室に運べ。こっそりな」

「ええぇ〜!一度にふたりまとめてっすかぁ?!人づかい荒い!」


 客席内に控えていたジャンニさんが、陽気に不服な声を張り上げながら駆け寄ってくる。


「お前なら得意の身体強化術で余裕だろ」

「まぁ余裕ですけどっ」

「ちなみに魔術医チームにバターケーキを差し入れた。まだ残ってるかも」

「今すぐ移動します」


 真顔になったジャンニさんがひらりと舞台に躍り出て、無傷のまま気絶している方の少年の体をひょいっと肩に担いだ。


「うわ、魔術人形、ほんとにリアル。魔力暴走して死んじゃった感じが半端ない。痛々しすぎて泣きそう」


 鼻の頭にしわを寄せ、床に残された無惨な少年から目を逸らし、倒れ伏したふたりのアシル殿下に歩み寄る。


「はい、ちょっと失礼しますね。うわ、こっちもひっどいな」


 顔をそむけながら、無傷なまま意識だけを失っている方の殿下を軽々と担ぎあげて、すたすた舞台端に移動する。そこにあらかじめ移動魔法陣を仕込んでいたらしく、床から青い光が立ち上がる。


「じゃ、運んじゃいますね。お疲れさまっした!」


 部活動が終わった後の体育会系のお兄さんにしか見えない清々しさで、ジャンニさんはぴゅん、っと姿を消した。


「さてと、後片付けか。面倒だなー。ま、ちゃちゃっとやって、ちゃちゃっと帰ろう」


 客席フロアでまだ眠りこけている人々を見て、ハーフォードさんは肩をすくめた。


「で、フィー。お前、家まで飛んでく余力はあるか。俺んちな。高原の家だとちょっと距離ありすぎだろ」

「余裕」

「いつからそんな見栄っ張りになったんだよ。顔真っ青じゃねぇか」


 ハーフォードさんは吹き出した。フィリアスさんは聞かなかったふりでよそ見をしている。


「あとは俺と残った仲間で適当に回しておくから、お前はすぐ帰れ。明日も休め。マギーちゃんは、」

「明日あさって、元々お休みをいただく予定でした」

「ならよかった。気をつけて帰れよ。ニーナに、朝までには一度帰るって伝えといて」

「了解です!ハーフォードさんもお気をつけて」

「おう。お疲れ」


 笑顔で片手を上げてから、ハーフォードさんはきびきびと客席に降りていく。

 その後ろ姿を見送って、フィリアスさんと私は移動魔術でまっすぐカワード家に戻った。


 すっかり使い慣れた客室に入った瞬間、急に日常に戻った感覚があった。

 無事に、舞台の幕は降りたのだ。ほんの少しだけ、ぼうっと立ち尽くしてしまう。


 冷え切って青ざめた体をお風呂で温めたフィリアスさんは、逆に真っ赤な顔になって戻ってくるなり、パタンとベッドに倒れて動かなくなる。


 高熱が出ていた。




 私もお風呂から上がって、廊下からそっと部屋をのぞく。やわらかなナイトランプの光の先に、熱で赤く上気した顔が見える。目を閉じていて、どうやら眠れているようだった。


 中に入らずそっとドアを閉めて立ち去ろうとして——


 閉まらない。

 全然まったくドアが閉まらない。


「なんで?」


 動かないドアノブを思い切り押して引いて、思わず間抜けな小声をあげてしまってから、気づいた。フィリアスさんがじぃぃぃぃぃぃっとこっちを見ている。


「フィーさん、なんか魔術使った?!」


 無言のお布団から、にゅっと片手だけが出てくる。もぞもぞと手招きされる。

 招かれるまま近づいたら、ドアが自然に閉まった。


「魔力欠乏で熱が出ているんでしょ? 術を使ったらいけないんじゃない?」


 飛び出した手に、お布団の中に引きずり込まれる。


「明日は休むし大丈夫」

「でも、疲れ切ってるでしょ? 一人で眠れるなら、そっちの方がしっかり体を休められるよね。私は居間のソファーで寝るから、」

「いやだ」


 きっぱり言われて抱き込まれる。私は諦めて、そのまま脱力した。


 フィリアスさんの体が熱い。一刻前の氷のような感触を思い出して、身震いしてしまう。命がこぼれでてしまったような冷たさだった。もう、あんな思いをしたくない。


「フィリアスさん、あのね」


 胸につかえていた思いが、こぼれでる。これを言わないと、眠れる気がしなかった。


「あの人形の魔術、すごくかっこよかった。でも、怖かった。大量の魔力を使うみたいだし、あれって……フィリアスさんの命まで削っていない?」

「今日のは大丈夫。意志を持って動くところまでは作り込んでいないし、大したことはない」

「……ってことは、私の人形を作った時は……?」


 私らしい受け答えまでできる人形を作った、あの時は。


 とっさにフィリアスさんの顔を見上げる。アイスブルーの瞳が、ふいっと逃げた。

 あくまで隠し通そうとする様子に、私はため息をつく。


「私はフィリアスさんに、長生きしてほしいんです。わかってますか?」

「……善処する」


 ほんとかなぁ?と疑いのまなざしを向ける。まだ目を逸らされている。


「そもそも、なんで魔術人形を作ろうと思ったの?」


 ようやくフィリアスさんと目が合った。  


「魔術師としての能力を極めたかったから。なるべく複雑な要素を組み合わせた術を作りたかった。複雑さを極めるなら、人間を生み出すのが一番いいと考えた。それだけ」


 それは、ホーラン文字の時代の魔術師に近い考え方な気がする。魔術の頂点を追い求めようとする一心。その純粋さが畏怖され、禁忌とされて、今の時代になっている。 


「まだその術を極めたい?」

「もういい。君と菓子を作る時間が減るのは困る」

「そうなの?」

「うん」


 穏やかな沈黙が落ちる。


 今日は疲れたな、と思う。たくさんのものを見て、たくさん心が動いて、そして、誰も命を落とさなかった。


「フィリアスさん」

「うん」

「ありがとう。大好き」


 ふふっと笑って、私は目を閉じた。そのまま、あたたかくて幸せな眠りの中に落ちていった。




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