(16-1)マギーは予期せず頼られる①
なんだかおかしなことになっている気がする。
手にしたトマトと燻製チキンのサンドイッチを一切れ口の中に押し込むと、ティーカップを見る。ほとんど空になっている。おかわりがほしい。
まるで私の心を読んだように、壁際に控えていた給仕の男性が、滑らかな動きで近寄ってきて、香り高い紅茶を注いでくれた。
私の左隣のフィリアスさんのカップにも。それから、右隣の、ルイーズ殿下のカップにも。
——なんで私は、天下のカンティフラス王国の第2魔術師団団長閣下と第3王女殿下に挟まれて、ランチボックスをつまんでいるんだろう。
今日は大園遊会2日目だ。この奇妙な状況は、昨日から続いている。マルタ帝国皇弟殿下とルイーズ殿下のお見合い交流が始まって以来ずっと。
ルイーズ殿下とは、学生時代にほんの少し、会話を交わしたことがあるだけだ。なのになんでだろう、昨日から急に懐かれているのだ。それもなんというか、完全に予想外の方向から。
深く考えるのをやめて、紅茶をひとくち。ふわりと果実みたいな爽やかな甘みと渋みが口の中に広がって、
「いい香り……!」
思わず口からこぼれてしまった。とたんにお隣のルイーズ殿下の茶色の瞳が、弾むように私を見る。赤みがかった黄金色のロングヘアが嬉しそうに揺れた。
「おいしいですよね!ディンバー高山の春摘み紅茶。今回、お世話になる裏方の皆さんがちょっとでもリラックスしてくださったらいいな、と思って昨日、侍従長にお願いしておいたんです。ちゃんと控え室でも提供されていてよかったわ」
わあ、ルイーズ殿下、気遣いのできる良い子すぎる……!
彼女の声は凛と透き通っていて、スタッフが控え室がわりに使っている広間によく響いた。私同様にランチ休憩をとっている人たちの顔が、微笑ましげにあちこちで緩んでいる。
「ありがとうございます。おかげさまでリラックスできます。生き返ります」
心までほっこり温まった私はうんうんと同意して、おもてなしの紅茶を堪能する。フィリアスさんは黙ったまま、まもなく3つ目のランチボックスを食べ終わるところだ。
「フィリアスさん、もう一箱食べます?」
「いや。大丈夫。そろそろハーフォードと交代の時間だ」
ハーフォードさんはおとといから、皇弟殿下の身辺警護に当たっている。今日の午後から明日にかけては、フィリアスさんが任務を引き継ぐことになっていた。
フィリアスさんは立ち上がると、私の手の中に小さな包みをふたつ落とした。
「食後に食べるといい」
「わぁ、クッキー? こないだ試作してたマルタのゴマペーストを使ったやつですか?」
「うん」
「ありがとうございます!楽しみ」
「アイスも要る?」
「それはいいかな……もうお腹いっぱい気味で」
「わかった」
「お気をつけて!」
「うん。いってくる」
目元をふんわり緩めたフィリアスさんが、ぽんっと控えめに私の頭に軽く手を置く。
ルイーズ殿下には黙礼してから、使った食器やランチボックスを風魔法でまとめて持ち上げる。慌てて歩み寄ってくる給仕を軽く片手で制し、返却ワゴンに使用済みの一式を置くと、そのまま魔術師ローブを翻し、広間を出ていった。
「やぁーん、氷の魔術師閣下が溶けた……!」
ルイーズ殿下が、小声で悲鳴をあげて、ゆるゆるに緩んだほっぺたを両手で押さえている。いつもはキリリと大人びた表情をする彼女も、そうしているとすっかり普通の17歳の女の子だ。
そのまま期待いっぱいのお顔を勢いよく間近に寄せられて、私は小さくのけぞった。ぐっと抑えた声で囁かれる。
「マーガレット先輩、どうやってあのテナント閣下を手なづけていらっしゃるの?!」
「え、いえ、あの、その」
「あの無表情無感動しゃべらない崩れない高嶺の氷山みたいなテナント閣下が……まさかデレっとなさるなんて!そもそも会話が続くなんて!なんということでしょう。すてきだわ。うらやましい……!」
そこでルイーズ殿下の顔に、すとんと分かりやすく陰が落ちて、はぁ、とため息がこぼれる。
「それに比べて、私の今回のお見合いのお相手。底の知れないことといったら……」
そのお気持ちはよくわかる。昨日から、得体の知れないというか、思いがけないことばかり起こっている気がする。
「でも、底知れないといえば、テナント閣下も五十歩百歩ですわね。だからこそ!」
そうかなぁ。フィリアスさん、けっこう最近分かりやすいと思うんだけどなぁ。と、口には出せない私の手を、ルイーズ殿下が情熱的に握りしめる。わぁ、至近距離で見ると、お顔が小さい。王妃さま譲りの涼やかな美貌を受け継ぎながら、純粋な好奇心で目を大きくしているのが妙にあどけなく見えて、ギャップが心に突き刺さる。……か、かわいらしい……!
「だからこそ、マーガレット先輩には、ぜひテナント閣下をメロメロにした手練手管をご伝授いただきたく!」
——だからどうしてそうなった?
ルイーズ殿下の尊敬のまなざしが痛い。それどころか、ホールのあちこちで働いている侍女さんたちから、チラッチラッと期待の目線が飛んでくる。
髪を切る以前のフィリアスさんは、王宮行事の時だけはしぶしぶ前髪をあげて整えていたようだ。その顔の造形の良さは、王族やその周囲の人たちのなかで、たびたび話題になっていたらしい。
でも魔術以外の話題は、最低限のうなずきのみ。絶対に目は合わせない。しつこく世間話を仕掛けると物理的に移動魔法で逃げる。などなど、なかなか自由な行動を繰り広げていたようで。
だから私とフィリアスさんが普通に仲良く話しているだけでも、侍女さんたちからギョッと二度見される。いつもみたいに頭をポンポンされると三度見される。
ということを、私は昨日初めて知った。もはやこの1日半だけで、一生分のチラ見をされた気がする。
そんな二度見三度見ラッシュのあげく。
「とっても教えを乞いたいカリスマ大恋愛マスター」みたいなとんでもないポジションに勝手に祭り上げられた私は、断崖絶壁ぎりぎりの縁に立たされている。本当に泣きたくて仕方ない。
なんでこんなにフィリアスさんとずぶずぶ仲良くなっているのか、って自分でもよく分かっていない私に!できるアドバイスなどあるものですか!
いたたまれなくなって、肩を小さくすぼめた。
本当に、なんだかおかしなことになっている。
投稿にお時間いただきありがとうございます!
引き続きお楽しみいただけますように……!




